こぼれ話 熱闘! 兵(つわもの)たち 中編 舞台裏での熱戦
みなさん、おはようございます、こんにちは、こんばんは、お疲れ様です。
パールハーバー・ヒッカム統合軍基地内野球場。
1回戦第2試合。
『大日本帝国軍チーム 対 新世界連合軍アメリカ軍チーム』
奇しくも、過去と未来の日米対決となった試合は、試合前の大方の予想に反して、凄まじい打撃戦での、点の取り合いというシーソーゲームといった展開を見せていた。
『打ったぁぁぁ!!デカい!デカいぞ、これはぁぁぁ!!!打球は、一直線にライトスタンドにぃぃぃ!!ホームラン!ホームラン!!!』
横に置いたラジオから、試合を中継するアナウンサーの興奮した声が響く。
「「「うおぉぉぉぉ!!!」」」
アメリカ軍の応援団から、歓声が沸き上がる。
「さすがは、野球王国アメリカの面目躍如だな。当たった1発が、デカい。簡単に、外野まで運ばれる」
バックスタンドの応援席に陣取って、まったりとノンアルコールビールの缶を片手に、観戦をしている菊水総隊司令官の山縣幹也海将は、つぶやいた。
「司令官は、高校野球の地方大会を観戦するのが、お好きだとか・・・」
山縣のお供で、一緒に観戦している菊水総隊海上自衛隊総隊幕僚長の秋山悟海将補が、同じくノンアルコールビールを片手に、口を開く。
「そうだ、プロや全国大会等の大きなスタジアムで、大勢の人間に紛れて観戦するのは、どうも落ち着いて試合に集中出来なくてね。こういった、長閑な感じが丁度いい」
一口ビールを飲みながら、山縣は、つぶやく。
「・・・まあ、試合に集中しようと思ったら、こういう感じが良いでしょうね」
秋山も、同調する。
野球場に設置されている、巨大モニターでは、サッカー場で行われている試合が、同時中継で放送されている。
対戦しているのは、新世界連合軍イギリス軍チームと、同じくドイツ連邦軍チームだ。
何となく、秋山の脳裏に第1次大戦時に起こった、クリスマス休戦の話が過った。
1914年の12月24日から25日にかけて西部戦線各地で対峙していた、ドイツ軍とイギリス軍の間で生じた、一時的な停戦状態である。
『クリスマスの奇跡』、『クリスマス休暇』と呼ばれる、この停戦が、何故起こったのか、切掛けは諸説ある。
とあるドイツ軍の塹壕陣地から、ドイツ語でクリスマスソングが聞こえてきたのを、聞いたイギリス軍兵士が英語で同じ歌を歌った・・・
ドイツ軍陣地に、クリスマスツリーが立っているのを、イギリス軍兵士が発見した・・・
色々あるが本当のところは、よくわからない。
秋山が、この話を知ったのは、とあるイギリスの世界的に有名なロック歌手の歌だった。
正確に言えば、その歌のミュージックビデオで・・・だが。
いわゆる、その歌は反戦歌に分類されているらしいが、ミュージックビデオでは、独英軍の塹壕に籠っている兵士たちに、それぞれ届いた家族からの手紙が、その休戦の切掛けになっていた。
当時、中学生くらいだった秋山は、そのミュージックビデオが切掛けとなって、第1次世界大戦、第2次世界大戦の戦史を詳しく調べるようになった。
そんな、昔の思い出が秋山の脳裏を過った時。
「おおっ!!」
山縣の小さな叫びで、秋山は我に返った。
「見たかね、秋山君!」
興奮気味で自分を見ている山縣に、秋山は少し困った。
「・・・すみません。サッカーのゲームの方に気を取られていました・・・」
それを聞いた途端に、山縣の機嫌が悪くなる。
「・・・至れり尽くせり・・・というのも、考えものだ。目前で、野球の試合が行われているのだ。他会場のゲーム等、結果だけで十分だろう」
「・・・はぁ・・・」
山縣の言い分は、わからないでもないが・・・山縣としては、目前の試合よりモニターでの試合中継に気を取られるのが、怪しからんと言いたいのだろう。
「そ・・・それは、そうと。第2護衛隊群の[あしがら]艦長の、向井1等海佐は高校時代、野球部に所属していたそうです」
「ほう」
山縣の機嫌を直すための言葉だったが、それに山縣が興味を示した。
「第2護衛隊群が、ハワイに来ていたら自衛隊チームとして、当然出場しただろうね。少し残念だ・・・ところで、向井のポジションは何処かね?あの体格なら、やっぱりキャッチャーかね?」
体格で、ポジションが決められている・・・
「いえ・・・キャプテンを務めていたそうですが、控えのピッチャーだったそうです」
「キャプテンなのに、ベンチ?」
山縣が、怪訝な表情を浮かべる。
「私も、詳しくは存じていませんが。向井はピッチャーの能力は、そこそこのレベルだったそうですが、監督の代理として部員の指導などを率先して行い、部員からの信頼がとても篤かったそうです」
「・・・ほう」
「実際、向井の母校は、向井が高校3年の夏に、地元の強豪校を抑えて全国大会に出場しています。2回戦か3回戦くらいまで進んだそうです」
「ふむ。そのくらいの頃なら、私も向井の高校の試合をテレビで観戦していたかもしれないな・・・[あしがら]の乗員の向井に対する信頼度が高いのも、納得出来る話だ」
「ええ。向井は、一見ムードメーカー的な人間に見られがちですが、指揮官としての資質は十分に備わっています」
「そうだな」
満足そうにつぶやきながら、山縣は缶に再び口を付けようとしたが・・・
ゴンッ!!
「きゅうぅぅぅ!!」
鈍い音と共に、山縣は白目を剝いて、ノンアルコールビールの缶を取り落としてしまった。
何があったのか?
コロコロと転がる白いボール。
『ファールボールに、ご注意下さい』
場内アナウンスが流れる。
「メディック!!」
(アナウンス、遅すぎだろう!!!)
内心で絶叫しながら、秋山は大声を上げる。
「・・・はぁ」
各試合会場が、熱戦の興奮で盛り上がっている最中。
石垣は、運営本部として用意された一室で、ため息を付いていた。
「どうしたの、タツヤ?」
そんな石垣に、嬉々とした様子のメリッサが、話しかけてくる。
例の特別イベントで、大役を任された事が、相当嬉しかったのだろう。
「ねえ。イベントの映像見てくれた?」
「ええ・・・」
「どうだった?」
「ええ・・・」
「・・・・・・」
何処か気も漫ろな石垣に、メリッサは怪訝な表情を浮かべる。
「似合って無かった?」
「あっ!いたいた。メェメェ、ちょっとお願いがあるんだ」
そこへ、側瀬と任が、連れ立ってやって来た。
「私の女房の衣装、似合って無かった?」
石垣の反応が芳しく無かったのか、メリッサは心配そうに、2人に問い質している。
「メェメェ、とっても綺麗だったよ。すごく素敵だったって、皆、褒めているよ」
側瀬の言葉にも、メリッサは浮かない顔をしている。
「?」
「石垣に褒めてもらいたいのだよ、メリッサは」
「そうなんだ」
任の言葉に、側瀬は納得したようだ。
「石垣2尉は、見惚れていたよ。鼻の下をデレーと伸ばして」
「そうなの・・・でも」
「石垣が、ボケーとしているのは、理由がある」
「そーそー」
「・・・・・・」
意味深な笑みを浮かべる2人に、メリッサは無言で話の先を促す。
「メェメェに、お願いがあるんだ」
ニコニコとした笑顔で、側瀬が提案する話に、メリッサは目を剝いた。
2人がメリッサに要求したのは、『石垣との1日デート権』だった。
パールハーバー・ヒッカム統合軍基地内の歓楽街での、映画、ショッピング、食事の三点セットである。
実は・・・2人は、少し怒っていた。
イベントの時、石垣はメリッサが危険だという事で大騒ぎをしたが、うっかり同じ石垣チームのメンバーである2人を、蔑ろにしてしまった。
好きな女性を心配するのは当然なので、その点は2人も不満には思わない。
が、その後の自分たちに対するフォローが頂けない・・・という訳である。
「・・・なる程・・・」
理由を聞いたメリッサは、ヤレヤレという感じで石垣を見る。
石垣は、背中を丸めて小さくなっている。
「それで、レンちゃんと相談して、石垣2尉に、埋め合わせをしてもらおうって事になったの」
「・・・まあ、それも仕方無いわね。OKよ」
自分の心配をしてくれたという事が、ちょっぴり嬉しかったのか、メリッサは2人の要求を快諾した。
「・・・あの・・・俺の意見は・・・?」
自分抜きで、話が纏まった事に、石垣は弱々しく抗議する。
「いいじゃない。美人2人とデート出来るのよ。役得でしょ」
「・・・荷物持ちと、お付きと、ATMの間違いだと思います」
「メェメェから許可も出たし、決定~!」
「・・・・・・」
まあ、あの時に咄嗟にでも「2人の場合でも止めていた」と言っていれば、丸く収まっていたかも知れないが・・・いや、本心からでは無い言葉は、絶対見破られる。
そっちの方が、目も当てられない。
やってしまった事への後悔で、悶々とする石垣を置いてきぼりにして、女性3人で話が進んでいく。
「でも・・・ちょっと、タツヤにとっては不公平かも・・・じゃあ、こうしましょう。レンは、女子バレーで連合支援軍チームの一員として出場するし、ミユキは、女子柔道57キロ以下級に出場する。その試合で3位以内に入れば、タツヤとのデート権を獲得。タツヤは、剣道に出場するのだから、3位以内に入れば、私たちの中から好きな相手を選んで、デートする権利を獲得。どうかしら?」
「いいだろう」
「よぉ~し!絶対優勝するもん!!」
メリッサの提案に、任と側瀬がノリノリで闘志を燃やす。
「あの~・・・それも、一番不利なのは、俺なんですけれど・・・」
剣道なのだが、女性の出場者が少ないという事で、唯一他のスポーツの試合と異なり、男女別無しで試合が行われるという、イレギュラーな事態となった。
男子だけでも、大日本帝国軍から桐生の教え子たちである[大和]、[信濃]の下士官や兵士たちが出場するのに、女性の出場者には、石垣の幹候時代の剣道教官だった、現、第1護衛隊群第1護衛隊イージス護衛艦[あかぎ]艦長の神薙真咲1等海佐だけでなく、山本からの強い願いで、桐生本人まで名を連ねているのだ。
まだ組み合わせ抽選は行われていないが、最悪1回戦で、この2人の何方かと対戦するような事態になれば、最初から詰んでいる。
(・・・終わった・・・)
「失礼します。差し入れを、お持ちしました」
運営本部に、明るい声が響き、[信濃]酒保店員の伊藤恵美が入室して来た。
「皆、お疲れ~!」
伊藤の後から、飲料ケースの入った箱を積んだカートを押して、氷室も入って来る。
「まだまだ、これからだからね。軽く食事でもして、もう一踏ん張り、頑張ろう!」
本当に、自ら率先して動き回っているのだろう。
試合を支えるスタッフ達に、労いの声掛けをして回っているのだろう。
「そうそう、石垣君。プレゼント!」
そう言って、氷室は石垣に封筒を渡す。
「・・・これは!!?」
封筒の中身を見て、石垣は声を上げた。
「いいでしょう。僕のベストショットだと思っているんだ」
入っていた1枚の写真は、女房の衣装に身を包んだメリッサだった。
「これを見たら、疲れも吹っ飛ぶでしょ」
「はい・・・ありがとうございます」
ホワ~とした表情で、写真を眺める石垣。
単純と言えば、単純である。
「・・・あの・・・」
暫く写真を眺めていた石垣は、伊藤が声を掛けているのに、直ぐに気付かなかった。
「あっ!ごめん。何かな?」
「・・・どうぞ」
伊藤が、お握りが3個入ったパックを差し出してきた。
「ありがとう」
笑顔で受け取る石垣に、伊藤は笑みを返す。
「石垣さん。剣道の試合に出場されるそうですね?」
「そうだよ」
「頑張って下さいね。私、応援に行きます」
「ありがとう。頑張るよ」
[信濃]の癒しの女神にそう言われれば、もちろん頑張るしかない。
デレデレになっている石垣に、メリッサたちが冷たい視線を送っている事に、石垣は気が付いていない。
「・・・あの・・・」
少し、言い難そうな表情で、伊藤は躊躇っていたが、決心したように顔を上げた。
「私・・・実は、陸上の女子マラソンに出場するんです。軍人さんたちが、たくさん出場するから、順位は上の方にはいけないと思うけど、頑張ります!」
「そうなんだ。応援に行くよ!頑張ってね!」
「ありがとうございます!」
パアッと、明るい笑顔を浮かべて手を振りながら、伊藤は氷室と次の場所へ差し入れを持って向かって行った。
蕩けるような笑顔で伊藤に手を振っている石垣に、メリッサは足を踏み、任は脇腹を抓り、側瀬は後頭部を叩くという3人の三位一体攻撃が、炸裂する。
「ぎゃあぁぁぁぁぁ!!!ごめんなさい!!ごめんなさいぃぃぃ!!!」
石垣の絶叫が響く。
[信濃]甲板の片隅で、剣道着姿で桐生は素振りをしていた。
「やぁ、桐生さん。気合が入っているようだね」
「山本総長」
声を掛けて来た山本に、桐生は一礼する。
「いやいや、畏まらなくてもいいよ」
山本は、軽く手を振った。
「いえ、今まで剣道の公式試合に、一度も出場した事が無い私に、こんな機会を与えて頂いて、感謝しかありません」
「うん。頑張ってくれたまえ。私としても、君の試合は是非とも観戦させてもらうよ。日本共和区に駐在武官として赴任している阿南惟幾中将が、一目置くという君の剣技を直に見てみたいのでね」
「はい。昨年、陸軍士官学校に剣道教官として招かれた時に阿南閣下には、大変お世話になりました。陸士の皆さんには『昭和の千葉さな子』という、過分な綽名を頂きました」
山本の聞いた噂では、剣道教官として現れた桐生に対し、陸軍の士官候補生たちは、最初、「子供が来た」と、小馬鹿にする態度を取ったそうだ。
中には、「女の分際で・・・」と、80年後なら問題にされる発言をした候補生も、いたそうだ。
そんな、彼らを黙らせたのは満州から帰国して、偶々、陸軍士官学校を視察に訪れていた、阿南だった。
阿南は、桐生に剣道の試合を申し込み、士官候補生たちの目前で、試合を行った。
阿南を圧倒する桐生の剣技を目の当たりにした士官候補生たちは、自分たちの非礼を詫び、桐生の指導を積極的に受けたという。
それを耳にしていた山本は、戦艦[大和]酒保店長として桐生が赴任して来た時に、新兵の鍛錬の1つである剣道の教官に、桐生を抜擢したのだった。
「いや、楽しみだ。本当に、楽しみだ」
「はい。東京本庄流剣術師範として、全力で試合に打ち込めるのは、とても楽しみです」
ニッコリと、極上の笑みを桐生は浮かべる。
この後、剣道の組み合わせ抽選が行われる。
ABCD4グループに分かれての、予選トーナメント戦が行われ、各グループ上位2名が決勝トーナメントへ進む。
抽選結果により。
石垣、神薙Aグループ。
氷室、Cグループ。
桐生、Dグループ・・・である。
こぼれ話をお読みいただきありがとうございます。
誤字脱字があったと思いますが、ご了承ください。
次回の投稿は8月16日を予定しています。




