撥雲見天 第19章 撥雲見天 前編 連合国からの申し入れ
おはようございます、こんにちは、こんばんは、お疲れ様です。
サンディエゴ沖。
ワシントンDCでは、ルーズベルト大統領の国葬が、執り行われている時間だろう。
帰還兵を乗船させている、大日本帝国民間船籍の輸送船団は、各船長の判断で4ヵ国連合軍の輸送船と共に、マストに掲げられていた日章旗を降納し、星条旗を半旗にして掲揚し、弔意を示した。
「先の天皇陛下が崩御された時の我々と同じ悲しみを、アメリカ軍の帰還兵たちも、感じているだろう・・・彼らの気持ちを汲み取りたい」
部下に、その理由を問われた時、1人の船長は、そう答えた。
その船長の年齢を考えれば、明治の終わり頃生まれだろう。
2人の陛下の崩御を、実際に目の当たりにした船長の言葉には、色々な思いが込められている様に思える。
本来であれば、この時間には輸送船団は、サンディエゴ軍港に順次入港し、帰還兵たちを船から降ろしている最中だったはずだ。
どんな形であれ、再び祖国の地に足を付ける。
それが、どれ程幸せな事か、数10年以上船に乗って世界を回っている船長には、理解出来る。
現在、輸送船団はサンディエゴ海軍基地からの要請で、入港待機をさせられている。
目前に、帰る港があるのに入港する事さえ出来ない。
帰還兵たちの心情は如何に。
それを思えば、少しでもアメリカ本土にいる人々と、彼らが気持ちを共有出来るようにと、配慮したのだった。
ワシントンDC。
ルーズベルト大統領の国葬の後、サヴァイヴァーニィ同盟軍の攻撃により破壊されたホワイトハウスの代わりに、仮大統領府として指定されたホテルの執務室に入った、ハリー・S・トルーマン大統領は、執務机の斜め後方に掲げられている星条旗の前に佇んでいた。
大きな窓からは、夕暮れの赤みがかった太陽光が差し込み、星条旗を赤く染め挙げている。
「・・・大統領・・・」
トルーマンは、亡き人となったルーズベルトに、語り掛ける。
「貴方は、私に途方もなく大きな課題を、遺して逝かれました・・・私は・・・この国を・・・この国に住む人々を、どう導いていくべきなのでしょう・・・?」
唐突に・・・本当に唐突に、大統領という地位に就いてしまった。
神は、自分に心の準備をする時間すら、与えてくれなかった。
正直、途方に暮れている。
(すまない・・・)
「!!?」
声が聞こえた気がした。
「・・・!?・・・!?・・・!?」
この部屋には、自分以外誰もいないはず・・・
トルーマンは、キョロキョロと周囲を見回す。
そして、最後に星条旗に視線を送った。
(・・・本当なら・・・私が、すべての決着を付けるべきだったのだが・・・残念ながら・・・私に、その時間は与えられなかった・・・)
「・・・・・・」
(君に、後始末を押し付ける事になってしまったのは、本当に心苦しい・・・しかし、これは誰かがやらねばならない事。君は君の信念に従えば良い。もちろん賛同する者もいれば、反対する者もいる。厳しい批判や非難の言葉を口にする者も、いるだろう。だが、恐れず自分を貫いてもらいたい。10年後・・・20年後・・・さらに、その先の未来のために。私は、ずっと見ている。いや、私だけでは無く、ワシントン初代大統領以後の歴代の大統領も、この国と君たちの未来を、ずっと見守っている・・・)
コン!コン!
「失礼します」
ノックの音と、補佐官の声で我に返った。
「・・・・・・」
照明の点いていない執務室内は、薄暗くなりつつある。
「いかがされましたか、大統領?」
照明を点けながら、補佐官が心配そうに尋ねる。
「・・・何でも無い。少し考え事をしていただけだ。何か用かね?」
「スティムソン陸軍長官が、大統領との面会を希望されています」
「わかった。通してくれたまえ」
スティムソンが、訪ねて来た理由は、わかっている。
彼は、ウィリアム・フランクリン・ノックス海軍長官と共に、サンディエゴでの交渉会談に出席する予定であった。
先に、帰還兵を迎え入れる準備を整えるために、サンディエゴ海軍基地に向かったノックスに遅れて、サンディエゴに発つ直前で、今回の事件である。
これから、どうするかというのが、訪問の目的であろう。
「海軍長官より、明日にでも帰還兵の受け入れを始めたいと、連絡が来ています」
「そうか、それに付いては海軍長官に任せる。ハワイでは、第2陣、第3陣の帰還兵の帰国準備は、すでに整っているだろう。それを遅延させる訳には、いかないからね」
「それで・・・ですが、今回の事件で、連邦議会から交渉メンバーに選抜されていた議員たちから、辞退を申し出ている者もいるそうです。そのため、連邦議会では交渉メンバーの再調整をしている最中だそうです」
主戦派の団体に、大統領が襲撃された事で、自分も身に危険を感じている者もいるとの報告が議会から上がってきているのは、トルーマンも知っている。
FBIが全面的に捜査に乗り出した事で、過激な主戦派は鳴りを潜めているが、それでも恐怖を感じている議員も、多数いるという事だろう。
ルーズベルト前大統領の二の舞には、なりたくないというのは、わからないでもない。
「君は、どう考えているかね?」
「すでに、明日にはサンディエゴに向かって発つ準備は、整えています。特使団を待たせるのは、得策とは思えませんので。交渉メンバーに関しては、人数を確保するのが難しいのなら、私と海軍長官、サンディエゴに既に到着しているホイル上院議員とだけでも、会談を持とうと思います」
スティムソンの言葉に、トルーマンは少し考えた。
「・・・確かに、その考えは一理ある。しかし、それでは相手に侮られる事に、なりはしないだろうか?」
「それは・・・十分考えられます。ですが、交渉メンバーの再選出を待っている程、我々に時間はありません」
スティムソンも自分の提案が、会談において、かなり不利に働く事になりかねない可能性は理解している。
しかし、だからと言って、このままズルズルと時間だけが過ぎていくのは、看過出来ない。
彼自身は、何方かと言えば、主戦派ではある。
しかし、彼の主張の根幹は、合衆国と国民を守るという事である。
このまま、なし崩しに交渉が決裂し、再戦という事になれば、国民である連邦軍全将兵の命が、無駄に消える事になる。
それに、そうなれば今度こそ、パシフィック・スペース・アグレッサー軍も、自分たちに対して容赦はしないだろう。
これまでの戦闘では、彼らは、かなり消極的だったと思う。
次は、全力で攻勢に出て来るだろう。
アメリカ全土が、戦禍を被る事にでもなれば、自分たち軍人が守るべき国民にも、犠牲者が出るかもしれない。
それだけは、絶対にさせない。
「・・・わかった。君の意見を尊重しよう」
しばらく考え込んでいたトルーマンが、口を開いた。
「ありがとうございます」
「そこで、1つ提案をしよう」
「?」
「ベストとは言えないが、ベターな提案だ」
トルーマンの次の言葉に、スティムソンは驚いて、目を見開いた。
サンディエゴ沖で待機をしている派遣艦隊旗艦[ひゅうが]に、連合国アメリカ合衆国海軍長官の名で、電文が届いた。
翌朝より、サンディエゴ軍港への輸送艦隊の、順次入港を許可するという事。
アメリカ合衆国の交渉メンバーが、サンディエゴに到着次第、交渉会談を[ひゅうが]にて、行いたいという旨が、同時に伝えられた。
「何故[ひゅうが]で?」
その事を、幕僚室での会議中に隊司令から伝えられた時、石垣は、つぶやいた。
当初の予定では、交渉会談は、サンディエゴ海軍基地で行われるはずだったからである。
「・・・多分だけれど。陸上で行う危険性を、考慮したんじゃないかな」
石垣の疑問に、氷室が答える。
氷室には、ハワイにいる桐生から、随時、直接情報が送られて来る。
もっとも、彼女の息子である隼也から、彼女に送られて来た情報を、経由して受け取るという、非常に回りくどい面倒な方法を、取られているが・・・
桐生の息子から、自分に直接情報を送ってくれれば早いのにとの思うのだが、氷室が知っていい情報と、知らない方がいい情報。
それを分けるために、桐生を介しているのだろう。
新世界連合軍総司令部と菊水総隊司令部、防衛局情報部からの情報しか知らされない幹部たちに比べれば、ある意味では氷室は、かなり優遇されているだろう。
許容される範囲ではあるが、表の情報に含まれない裏の情報を、手に入れる事が出来るからだ。
(まあ・・・何故だか、桐生さんには、気に入られてしまっているみたいだからねぇ・・・僕は・・・)
思えば、『護衛艦を、ぶっ壊した男』という、ありがたくない異名を頂戴する事になった[ながなみ事件]で、窮地に陥った自分を救ってくれたのが、桐生母子だった。
そのせいで、この母子との間に、トンデモナイ腐れ縁が出来上がる事に、なってしまったが・・・
「あの~・・・氷室2佐。聞いています?」
意識を別に向けていたせいで、石垣が何か言っていたのを聞き逃してしまった。
「ゴメン、ゴメン。何かな?」
「・・・危険だからというのは、わかりますが・・・[ひゅうが]で交渉会談を行うという事を申し入れて来るなんて、どうしてでしょう?別に俺たちは、何処でも構いませんけれど、向こうからすれば、滅茶苦茶アウェーじゃないですか?」
「・・・そう・・・だねぇ。まあ、アチラさんには色々と、事情があるんじゃないかな。ルーズベルト大統領暗殺事件で国内がゴタゴタしている状態では、迂闊に交渉会談を行えないってトコでしょう」
裏を知らされない1人である石垣にとっては、不思議がるのも当然だろう。
それに付いては、この幕僚室に集っている幹部たちも、同様である。
ほぼ全員が、アメリカ側からの申し入れに、驚きの表情を浮かべていた。
「隊司令は、どう思われますか?」
艦長が代表して、質問する。
「正直、あまりに突然過ぎて驚いているところだが、悪くない話ではある。総隊司令部にも確認を取ったが、新世界連合軍総司令部も、この申し入れを受け入れるそうだ。このまま、ズルズルと延期されるよりは良いと、私も考えている」
「しかし、前大統領の事件で、混乱が生じている中では、どちらかと言うと不利になり兼ねない今に交渉を行う思惑は、何なのでしょう?」
「逆に考えれば、今だからこそ・・・なのではないか。現FBI長官が噂通りの人物なら、これを機に、国内の不安要素を片端から潰していくだろう。むしろ、今が好機と考えているのかも知れない」
「なる程」
隊司令の見解に、艦長は、納得する様に頷いた。
「氷室2佐」
「はい」
「特使団としては、この申し入れに対して、どの様に考えているかね?」
「そうですね。隊司令の、お考えと概ね同じです。こちらの投げたボールを、比較的早く投げ返してきた事を、好意的に捉えている・・・と、いったところですね」
氷室は、簡潔に説明をした。
因みに特使団は、錚々たるメンバーが揃っている。
文民からは、新世界連合、統合省、大日本帝国を中心とする、外交関係者。
軍からは、それぞれの将官クラスといった顏ぶれである。
石垣等の下級幹部、中級幹部である氷室でさえ、立ち位置的にはオブザーバー的な存在である。
わかりやすく説明すると、大学病院等で研修のために医師に付いて回っている医学生・・・といった感じである。
ただ、氷室の場合、派遣艦隊と特使団の連絡役も担っているので、石垣とは同列に語れない部分はある。
その夜。
「997・・・998・・・999・・・1000!」
[ひゅうが]の全通甲板の一画で、石垣は日課の素振りをしていた。
最初は、嫌々ながらやっていた日課だが、今ではやらないと気になって眠れなくなるくらいになっている。
「お疲れ~はい、ご褒美のスポーツドリンク」
そして、素振りが終わる頃を見計らって、必ず氷室が、スポーツドリンクの缶を持って来る。
「ありがとうございます」
さすがに、毎日奢ってもらうのは気が引けるのだが、厚意は素直に受け取る事にしている。
「いやぁ~・・・遂に、ここまで来たって感じだねぇ~・・・」
スポーツドリンクを片手に、氷室は海の彼方に見えるサンディエゴ軍港の灯を見ながら、つぶやく。
「・・・そうですね」
そう・・・遂に、ここまで来たのだ・・・
氷室と並んで、夜景を眺めながら石垣は、相槌を打つ。
昨年12月8日の開戦から10か月余り・・・
(何だろう・・・途方もなく、長かった・・・)
そう心の中で、つぶやいた。
「すご~く、感傷に浸っているところ悪いけれど・・・まだ、終わっていないからね」
「わ・・・わかっています・・・」
氷室に心を見透かされて、石垣は慌てて表情を引き締める。
そう・・・まだ、交渉会談は始まってもいない。
これを成功させ、この後の講和交渉に繋げなくてはならない。
翌日。
サンディエゴ海軍基地から差し向けられた駆逐艦に先導されて、輸送船団は、サンディエゴ軍港に入港していく。
輸送船の甲板に勢揃いした米英独伊4ヵ国連合軍の帰還兵たちが、手を振ってくれている。
派遣艦隊の甲板要員たちが、それに応えて手を振り返す。
石垣と氷室、石垣チームの面々も甲板要員たちに混じって、去って行く輸送船に手を振っていた(1頭は、手の代わりに尻尾を振っている)。
サンディエゴ海軍基地司令部で、ワシントンDCから送られて来た通信文に目を通していた海軍長官であるノックスは、時計を見て立ち上がった。
「軍港へ向かう」
短く、副官に告げる。
「車の用意は出来ています」
副官の言葉に、ノックスは頷いた。
「・・・・・・」
通路を歩くノックスは、僅かに笑みを浮かべていた。
「長官、いかがされましたか?」
「ワシントンDCからの交渉メンバーが、今日の午後にサンディエゴに到着する。明日は、交渉会談だ。我々は、戦争ではスペース・アグレッサー軍に勝つ事は出来なかった。しかし、この国の未来を決めるのは、我々だ!」
ノックスは、強い意志の籠った言葉を口にする。
撥雲見天 第19章をお読みいただきありがとうございます。
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次回の投稿は6月28日を予定しています。




