撥雲見天 第18章 流れ落ちる星 4 陰に生きる者たち
みなさん、おはようございます、こんにちは、こんばんは、お疲れ様です。
サンディエゴ海軍基地近郊にあるホテルの一室で、ジュード・ウォール・ホイル上院議員は、ガウン姿で寝室のベッドに腰掛けて、書類に目を通していた。
「失礼します」
彼の秘書が、サンドイッチとコーヒーを載せたトレイを持って、入室して来た。
「議員、少し休まれては如何ですか?あまり根を詰められては・・・」
秘書は、サイドテーブルにトレイを置きながら、心配そうに声を掛けてくる。
「どうしても、目が冴えてしまってね。眠ろうと思ったが、眠れなかった」
ホイルは、書類をサイドテーブルに置いて、立ち上がる。
そのまま窓に歩み寄り、閉められたカーテンを少し開けて、外を覗く。
「・・・マスコミが、随分と詰め掛けて来ているようだね」
窓からはホテルの正面玄関に詰め掛けて、警備員やホテルマンに、止められているらしいカメラマンや記者の姿が良く見える。
「・・・申し訳ありません。議員が、ホテルに滞在しているという事が、どういう訳かマスコミに漏れたようで・・・記者たちが取材を申し込んできまして・・・議員は、体調不良で医者から休養するようにと言われているため、取材には応じられないと、断ったのですが・・・帰ろうとしないのです・・・」
「・・・彼らの気持ちは、理解するが・・・彼らの聞きたい事に答えられるものを、私は持っていない。まさか、『今の、お気持ちは?大統領を殺害した者たちに、言いたい事は?』等の、意味のない質問ではあるまい」
「そんな、一般人にするような、下らないジョークのようなインタビュー等しないでしょう。彼らが欲しているのは、前大統領の暗殺に関しての新しい情報です。連邦政府はもとより、カリフォルニア州政府、サンディエゴ市政府も、現在捜査段階である事を理由に、一切の情報を遮断しています。交渉団の一員として、いち早く現地入りをした貴方の見解を、聞きたいといったところなのでしょう」
秘書の言葉にホイルは、ため息を付いた。
「・・・事実を知りたいのは、私もだが・・・?」
昨日からホイルは、一睡もしていない。
疲労が溜まっていた。
昨日早朝に、急な電話で呼び出され、駆け付けた病院で変わり果てた姿となった、ルーズベルトと対面した。
あまりに受けた衝撃が大きく、その後自分が、どう行動したのか記憶が曖昧になっている。
とにかく、深く考えずに機械的に動く事で、精神的な負担を無意識に減らしていたのだろうと思う。
とにかく昨日は、多忙だった。
ルーズベルトの遺体は、搬送された病院から海軍病院へ運ばれ、司法解剖と遺体への防腐処理が行われた。
それらの処置が終わり、ルーズベルトは空港に待機している空軍輸送機によって、ワシントンDCに帰っていった。
それらに必要な手続きを終え、ホイルは帰って行くルーズベルトを見送った。
その後、捜査の陣頭指揮を執るために、文字通りワシントンDCから、軍の輸送機に乗って飛んで来た、FBI長官と顔を合わせる事になった。
「先日の反戦団体と州兵部隊が衝突した事件で、亡くなられた反戦団体の代表者の女性は、議員の知人だったそうですね」
挨拶の後、口を開いたFBI長官の最初の言葉だった。
「私の幼馴染で親友の娘だ。私には子供がいないからね。自分の娘のように、思っていたのだが・・・」
「そうですか。それは、お辛いですね。お悔やみを申し上げます」
社交辞令といった感じで、FBI長官は悔やみの言葉を述べる。
「・・・それが何か?」
「いえ、あの事件には色々と、不可解な部分がありましてね。捜査という程ではありませんが、我々も捜査官を送って、極秘で調査をしようとしていたところなのです」
「何ですって!?」
ホイルは、思わず身を乗り出した。
「調査に着手しようとしたという段階で、今回の事件です。まだ、何とも言えない状態なのですが、場合によっては議員から、お話を伺う事も、あるかもしれません」
「・・・・・・」
何を考えて、そんな事を言ったのか、真意を測りかねる。
FBI長官の表情からは、それを読み取る事が出来ない。
「それは、どういう意味かね?」
仕事柄なのだろうが、他人に決して心を読ませない立ち振る舞いに、少し苛立ちを覚えるが、それも手段の1つなのかも知れない。
「そう警戒なさらずに。別に貴方に、疑いを持っている訳ではありません」
フッと微笑を浮かべるFBI長官に、ホイルは油断ならないものを感じていた。
「・・・ところで、大統領を襲撃した集団は、主戦を主張する団体だったと言われているが、間違いは無いのかね?」
一番気になる所を、単刀直入に聞いてみた。
「断定は出来ませんが、状況証拠や幾つかの目撃証言等から、可能性は高いと思われます」
「決定的な証拠は、まだ見つかっていないという事かね?」
「そうですね。大統領の公用車が現場から逃れる際に、何人かの暴徒を跳ね飛ばしましたが・・・その後、駆け付けた警察官が意識不明の重体になって倒れている者たちを、病院に収容しています。軽症、若しくは重傷でも動く事が出来た者たちは、逃げ散ってしまっていました。サンディエゴ市内の病院や診療所には、市警察から警察官が派遣され、怪しい負傷者に付いては目を光らせています。重体の者が意識を回復するなりすれば、何か手掛かりが掴めるかもしれません」
「しかし・・・襲撃犯たちも、それを見越しているのではないかね?医者には、掛からないかもしれない・・・」
ホイルの指摘に、FBI長官は、微笑を浮かべたままだった。
「そうですね、それも1つの方法です。ですが・・・公用車の破損状況から察するところ、そんな事を言っていられるかどうか・・・たとえ軽傷であっても、応急処置程度では済まない傷でしょうからね。耐えがたい苦痛に、のたうち回っている者を見捨てる事が出来る非情な人間なら、話は別ですが・・・」
微笑というより、どこか嘲っているようにも見える。
ホイルは、背筋がゾクッとした。
「そうそう。市内の薬局にも、やたらと包帯やら鎮痛剤、傷薬を買い込む客がいれば、連絡するようにと、市警察を通じて要請しています。遅かれ早かれ、尻尾を掴む事が出来ると思いますね」
抜かりが無い。
サンディエゴ市内某所。
ラジオからは、トルーマン大統領の演説が流れている。
「目的は、達成したな・・・」
潜伏しているアジトで、ルーズベルトが死去した事を聞いた桐生隼也は、つぶやいた。
「・・・それにしても、あれだけ下準備をしたわりには、呆気ない結末だな」
同じくラジオを聞いている国見鶴も、つぶやいた。
「呆気ない・・・それが一番大事だ。その結末に、疑問や不審を持つ人間はいても、誰もそれを証明出来ない、証明されない。複数の真実が、本当の真実を覆い隠し、人々の記憶には1つの事実しか残らない。ルーズベルト大統領は、講和反対派によって暗殺された・・・と、いうな」
「・・・小難しく哲学的な事を語るのは結構だが、バクバクと菓子を食いながらでは、御大層な講義は、台無しだと思うが?」
自分の前に積み上げられた、大量の甘い菓子を忙しく口に運んでいる、ノア・ドゥエーイン・ジェンキンズに呆れた視線を送りながら、桐生は突っ込みを入れる。
「甘い菓子は、私にとっては生涯離れられない、恋人のようなものだよ」
「アンタはそうでも、菓子の方はどうかな?恋人としては、もう少しゆっくり、味わって食べてもらいたいと、思っているんじゃないか?」
ジトーとした目で見詰める桐生を気にする事無く、ジェンキンズは食べるスピードを緩める事も無い。
「それもありだろう。だが、美味いと思って食べてくれるなら、どんな食べ方でも、恋人は幸せだと思うのではないかね?」
ああ言えば、こう言う・・・まったく意に介さず、自分を貫いている上司に桐生は、ため息を付いた。
「それはそうと、後始末の方は、どうなっているかね?」
「今日の夕方に、アメリカ全土で配られる予定の号外だ」
そう言って、桐生は一部の新聞を取り出して、ジェンキンズの目の前に差し出す。
そこには・・・
『ルーズベルト前大統領暗殺犯?自殺か!?』
という、大きな見出しが躍っていた。
内容は、市民からの通報を受けたFBI捜査官が、サンディエゴ市内の、ある家屋を捜索に向かったところ、拳銃自殺を図ったとみられる男たちの遺体を発見した事。
その家屋の居間の暖炉から、主戦論のスローガンを書いたプラカードらしき物の残骸と、死亡当日のルーズベルト大統領の移動ルートが記された書類らしき物の燃え残りが、発見されたと書かれている。
「既に、デュークたちが、後始末に動いている」
淡々とした口調で告げる桐生。
「ふむ。しかし、これでは情報が、少な過ぎやしないかね?」
ジェンキンズの指摘にも、桐生は眉一つ動かさない。
「これは、単なる第一報だ。書かれたキーワードは、多くの人に想像を膨らませてもらうためのツールに過ぎない。キーワードに込められた意味を解こうと、情報に飢えている多くのマスコミが、ハイエナのように群がって、そこら中を嗅ぎまわって、ある事無い事、様々な情報を勝手に拾ってくるだろう」
無表情で語る桐生を、ジェンキンズは満足そうに眺めた。
「結構。これで後は、彼らが掴んで来る情報を分析して、我々の思うように世論を誘導していく訳だな」
ニンマリと笑みを浮かべてジェンキンズは、自分の顔ほどの大きさのあるドーナツに、ガブリとかぶりついた。
「それと、今回の記事には掲載されないが、容疑者の家屋から大統領に撃ち込まれた銃弾と同じ硝煙反応の拳銃が、押収される予定になっている」
「フフン。今頃、アメリカ全土の主戦論・・・特に、徹底抗戦を主張していた団体や政治家等は、生きた心地がしないだろうね。ニューワールド連合からの特使団との交渉会談に反対して、カリフォルニア州やサンディエゴ市の行政機関に、抗議という名の脅迫や犯罪予告をした連中は、特にね・・・何としても会談を、阻止しようと思っていただろうが、こんな状況で、下手に徹底抗戦を主張しようものなら、身に覚えの無い疑惑の目を向けられる可能性がある」
「早速、火消しに躍起になっている連中もいるぞ。自分たちのところに飛び火して来ないように、自分の今までの主張を棚に上げて、主戦派団体への非難声明を発表している政治屋もいる」
国見が、幾つかの新聞紙やタブロイド紙を持って来て、テーブルの前に広げる。
「まあ、痛くない腹を探られるのは、誰でも避けたいだろうからな。おや、この新聞を出している大手新聞社は、前の反戦団体の事件の時には、あの州政府の主張を支持して、反戦団体を非難する記事を書いた奴らじゃないか。大統領が、連邦軍を投入した事にも、何か文句を垂れていたな・・・それが今度は、主戦団体を非難か・・・まだ、容疑者であって犯人じゃないんだが・・・見事な手の平返しだな。よく、手首の関節が外れないものだ」
「そりゃそうだ。金儲けがしたいのなら、新聞は売れなきゃ意味が無い。売れなきゃ、社員に給料を支払えない、給料が無きゃ、社員は生活が出来ない。当然の結果だろう」
嫌味を言う桐生に、新聞社を擁護するように国見が答えた。
もっとも、国見の口調は、桐生以上に嫌味のスパイスが、ふんだんに掛かっていたが・・・
「これで、表にいる連中も、多少は動きやすいだろう。今、大統領死去のニュースには、アメリカ全国民が注目している。うかつに、主戦論派も交渉会談に反対出来る空気では無くなってきたからな。必然的に徹底抗戦派は、黙らざるを得ない。後は、表の連中の手腕次第だが、絶好のチャンスを逃さず、講和交渉まで持って行ってもらいたいものだ」
「・・・取り敢えず、徹底抗戦派が横槍を入れられないように、適度に情報を流していく」
桐生は、今後の活動について、用意している案を纏めている資料を、ジェンキンズに見せる。
「いいだろう、任せる」
ジェンキンズは、桐生の案を了承する。
「しかし、もう一発くらい強烈なボディブローを、お見舞いしておくか・・・」
ボソッと、つぶやきながら大量に菓子を食べて喉が渇いたのか、ジェンキンズは、2リットルはあるダイエットコーラを、一気にガブ飲みしている。
((意味無ぇ~・・・!!))
桐生と国見は、同時に心の中で、声を揃えて全力で、突っ込みを入れた。
「だが・・・あまり、やり過ぎては逆に怪しまれないか?」
桐生の懸念に、ジェンキンズは笑い声を上げた。
「もちろん、それに付いては考えている。FBI長官の了承も、ちゃんと得ているからね」
「・・・・・・」
「FBI長官って、あのオッサンだろ?赤狩りで有名の?それに、結構黒い疑惑塗れの奴だが・・・信用出来るのか?」
確かにジェンキンズは、色々な手土産を片手に、FBI長官を密かに懐柔した。
懐柔したというよりは、お互いの利害が一致したために、協力関係を結んだと言った方が良いかもしれない。
国見は人の好き嫌いが、はっきりしている性格のため、FBI長官に、あまり良い印象を持っていないらしい。
「心配するな。向こうも、そう思っているはずだ。だが、俺たちに利用価値があると踏んだから、こちらの誘いに乗ったんだろう。こちらも、それは承知の上だ。お互い様ってところだな」
嫌そうな表情の国見を、桐生が諫める。
「まあ、オアフ島のフォード島の件では、色々便宜を計ってくれたからね。これからの事を考えても、協力関係を築いておくに越した事は無い」
ジェンキンズは、話は終りと宣言するように、菓子の山を平らげるのに、再び集中し始めた。
翌日。
サンディエゴ沖に、ヘリコプター搭載護衛艦[ひゅうが]を旗艦とする派遣艦隊が到着する。
この日は、ワシントンDCにおいて、フランクリン・デラノ・ルーズベルト大統領の国葬が、しめやかに執り行われていた。
撥雲見天 第18章をお読みいただきありがとうございます。
誤字脱字があったと思いますが、ご了承ください。
次回の投稿は6月21日を予定しています。




