撥雲見天 第17章 流れ落ちる星 3 トルーマン大統領
みなさん、おはようございます、こんにちは、こんばんは、お疲れ様です。
ルーズベルト大統領死去。
アメリカに向けて航海を続ける、ヘリコプター搭載護衛艦[ひゅうが]を旗艦とする派遣艦隊に、菊水総隊司令部と統合省防衛局、新世界連合軍連合総軍司令部からの緊急連絡が届いたのは、サンディエゴ軍港入港が、翌日に予定されている時だった。
「・・・そんな・・・」
その事を聞いた石垣は、一言つぶやいて、絶句した。
[ひゅうが]では、隊司令が今後の行動計画に付いて、高級士官と特使団、4ヵ国連合軍の派遣士官を[ひゅうが]の幕僚室に召集して、協議を行う事にした。
「皆も知っている通り、ルーズベルト大統領が亡くなられたのは、間違いないようだ。傍受したラジオ放送も、各局が挙って同じ内容を報道している。それに、複数の情報筋から確認した結果、誤報では無い事が判った」
隊司令は、どこか事務的な説明口調であった。
恐らく、彼自身も衝撃的な情報を、頭の中で整理しきれていないのだろう。
隊司令の話を聞いている幹部たちも、特使団の面々も青褪めた顔色をしているが、それ以上に衝撃を受けているのは、レイモンドを含む4ヵ国連合の派遣士官・・・特に、アメリカ軍出身の士官たちだろう。
隊司令の説明は続いているが、石垣は派遣士官たちの様子を窺ってみた。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
4ヵ国連合軍派遣士官全員が、言葉を失って、呆然としている。
レイモンドたちアメリカ軍士官たちは当然としても、ドイツ軍士官、イギリス軍士官、イタリア軍士官も同様であった。
レイモンドは、まだ隊司令の説明に聞き入っている様子が見えるが、衝撃的な報告に混乱しているのか、両手で顔を覆って、俯いている士官もいる。
「・・・・・・」
何気にチャッカリと会議に参加し、石垣の席の後ろで、お座りしていた伝助が、スッと立ち上がると、その士官の側へ尻尾をフリフリ歩み寄っている。
「コ・・・コラッ!伝助!」
石垣は、突然行動を起こした伝助が何をしようとするのか理解出来ず、小声で伝助を叱って、止めようとした。
その石垣の耳を、隣に座っている小松が、引っ張る。
「・・・!!・・・!!」
悲鳴を上げそうになった石垣だが、時と場所を考えて、グッと堪える。
「いきなり、何をする?」
「石垣君は、大人しく座っていなさい」
小声で抗議するが、そのまま小松に引っ張られて、席に戻される。
「・・・・・・」
何やら意味深な視線を送って来る小松に、ムッとした表情を浮かべながら、石垣は伝助の様子を窺う。
伝助は、両手で顔を覆って俯いている士官の側に座ると、顎を士官の膝に乗せた。
その姿勢で、暫く、じっとしている。
「!」
多分、無意識なのだろうが、士官は自分の膝に顎を乗せている伝助に気付き、暫く伝助と視線を合わせていたが、ぎこちなく手を伸ばし、伝助の頭を撫で始めた。
そこにきて、石垣は伝助が何を思って、行動を起こしたのかを理解した。
衝撃的な事実に激しく動揺している士官に寄り添う事で、その心を安定させようとしているのだと。
(・・・まあ、犬好きな人で良かった・・・かな?)
伝助の頭を撫でている士官は、顔色は相変わらず悪いが、表情は幾分落ち着いてきているように見えた。
「ボーダーコリーは、犬の中では断トツに頭が良いって、前に言ったでしょう。伝助は人間の心が判るのよ。だから、自分が何をすればいいのか、自分で判断して実行しているの」
必要以上に身体を石垣に密着させながら、小松が囁く。
「わ・・・わかったから、少し離れろ」
「コホン!」
隣のメリッサが咳払いをする。
メリッサの視線が痛い・・・
コン!コン!
「失礼します」
ノックの音と共に、3等海尉が入室して来た。
「トルーマン大統領が、全米に向けてラジオで演説を行うそうです」
「・・・そうか」
説明を中断して、隊司令は少し考えたが、おもむろに艦内電話の受話器を取った。
「艦隊通信に、切り替えてくれ」
そう告げて、再び隊司令は受話器に語り始める。
「各員、そのままで聞いて欲しい。今からトルーマン大統領の演説が行われる。不確かな情報が飛び交うなかで、不安を感じている者もいるだろう。ラジオ放送を、艦隊通信で流す。作業中の者は、作業を続けながら聞くように。大統領の口から、真実が明らかにされる」
隊司令は、ラジオ放送を全艦隊に流すように、指示を出した。
「隊司令、輸送船団にもラジオ放送を、流すのですか?」
[ひゅうが]艦長が、確認をするように質問をする。
「そうだ。不確かな情報に不安を感じているのは、我々だけでは無い。輸送船団に乗船している帰還兵たちも同様だ。小さなラジオと、大きな不安を抱えて、大統領演説を聞き入っているよりは、全艦通信を通して演説を聞く方が、心の健康には良いと思う」
隊司令の主張は、当然だろう。
ラジオを聞ける者と、聞けない者がいるのなら、口伝で色々な憶測が広まるより、全員が等しく聞けた方が良いと思える。
『アメリカ合衆国全国民に、悲しい報告をしなくてはならない・・・』
沈んだ口調で、トルーマン大統領は、語り始めた。
『ルーズベルト大統領が亡くなられたのは、紛れもない事実であるという事を、国民の皆さんに報告しなくてはならないという事に、深い悲しみと残念でならない気持ちを、強く覚えている』
最初にトルーマンは、ルーズベルトの死が事実である事と、自分が法で定められた継承順位に従って、大統領に昇格した事を告げた。
『ルーズベルト大統領は、昨日未明、明日サンディエゴ軍港に帰港予定の米英独伊4ヵ国連合軍の帰還兵が乗船している輸送船団と共に来港する、スペース・アグレッサー軍ゴーストフリートの派遣艦隊に乗艦する特使団との交渉会談に向かう途上で、一部の主戦派団体による襲撃を受け、射殺された。現在、サンディエゴ市警察が全力で捜査、容疑者逮捕に動いている。FBIも、現地に捜査官を派遣し、捜査を開始している。現状は、捜査段階であるため、私の口から事件の概要に付いて語る事は出来ないが、近いうちに、全容を解明する事を約束する。アメリカ全土に、今現在、様々な憶測やデマが飛び交っているが、くれぐれも、それらに惑わされないよう、国民の皆さんには、落ち着いて慎重に行動する事を、求めたい』
そこで、トルーマンのラジオ演説は終わった。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
短い演説であり、本当に言わなくてはいけない最低限の事のみを伝える、といった内容だった。
「これは・・・無理もないと思いますが・・・連邦政府も連邦議会も、混乱の極致に陥っているという事でしょうか?」
幹部自衛官の1人が、口を開いて意見を述べた。
「それは、そうだろう・・・まさか、こんな事件が起きると、誰も想像が付かない。講和交渉に向けての交渉会談に反対してのデモや暴動は、ある程度には予想はされていただろうが・・・まさか、大統領本人に危害が及ぶとは、想像の遥か上だっただろう」
「しかし・・・」
1人が、不安そうな表情を浮かべる。
「先ほどの演説では、特使団との交渉会談に付いての言及が、ありませんでした。優先順位的に、二の次にされるのは仕方が無いかもしれませんが、トルーマン大統領は、どう考えているのでしょう?」
「「「・・・・・・」」」
背広姿の、文民から特使団に選抜された男性の言葉に、一同は押し黙った。
確かに、最終的に特使団との交渉会談を決定したのは、前大統領になってしまったルーズベルトである。
トルーマンが、その遺志を履行するかどうかに付いては、今のところ不明である。
今更ながら、その事実に思い至り、全員が表情を曇らせる。
「・・・あの・・・ちょっと、いいでしょうか?」
遠慮がちに、オズオズとレイモンドが、手を上げた。
全員の視線がレイモンドに、集中する。
「皆さんのご心配には及ばないと、思います。予定は、ある程度の延期や変更は、余儀なくされると思いますが、交渉会談に付いては履行されると思います」
「その根拠は?」
隊司令が一同を代表して、レイモンドに質問をする。
「皆さんもご存じの通り、アメリカ合衆国の歴代の大統領は、アメリカ国民の選挙で選ばれます。大統領に強い権限が付与される理由の1つには、国民の意思で選ばれた国家元首であるという事が挙げられます。それだけ、国民に選ばれるという事は大統領にとって重要な意味がある事なのです。ですが副大統領は、そうではありません。それだけに思い切った政策の変更は、不可能では無いとしても、相当難しいでしょう。ルーズベルト大統領の遺志を、そのまま引き継ぐ可能性が高いと思います」
レイモンドの意見に、アメリカ軍の派遣士官たちは、頷いた。
「ケッツァーヘル少尉。貴官はラッセル少佐の意見を、どう思うかね?」
石垣チームのメリッサに、隊司令は意見を聞く。
「私も、ラッセル少佐の意見は正しいと思います。私たちの時代であれば、副大統領の権限は、かなり強化され、状況によっては国家的な行事でも大統領代行として職務を遂行する場合もあります。ですが、今の時代では・・・言葉は良くありませんが、大統領の補佐的な存在でしかありません。あまり強い権限を発揮するより、無難な路線を選択すると思います。それに、今の、アメリカ国内の現状を考えても、対外政策より内政の安定を優先させると思います」
(メリッサさん、カッコいい!)
いきなり意見を求められても、堂々と冷静沈着に自分の意見を述べるメリッサの姿を、石垣は惚れ惚れと眺めていた。
そんな石垣の脇腹を、ギュッと抓る小松。
「・・・!!・・・!!」
もちろん、痛みに声を出す訳にもいかず、石垣はグッと堪える。
そんな石垣たちの様子を視界の端に収めながら、氷室は一切意見を言う事無く、眼鏡を弄っていた。
(・・・・・・)
レイモンドとメリッサの見解は、概ね正しいだろう。
そう思いつつ、氷室は自分の心の中で、思考を巡らせていた。
アメリカの歴代の大統領46人。
その内、副大統領から、大統領に昇格したのは9人。
昇格の理由は、前大統領の暗殺が4人、病死が4人、辞任が1人である(ただ、暗殺された大統領の内1人と、辞任した大統領に付いては、氷室が歴史として知っている第2次世界大戦後の事であるため、今の時代までと考えれば、数にカウント出来ないかもしれないが・・・)。
任期中に暗殺される可能性が、8%を超えるという数字が高いのか低いのかという事に付いては、何とも言えない。
ただ、任期を終えた後で暗殺された、任期中に暗殺未遂に遭ったという件を含めると、その確率の数字は、格段に跳ね上がるだろう。
(・・・国民に選ばれるという事は、それだけ大きな期待を受けて選ばれるという事・・・期待が失望に変わった時の反動は凄いという事かな。失望が怒りや憎悪に変化し、暗殺という暴挙に出る・・・任期中に病死した大統領も、のしかかる重責に、精神も体力も削られたからかもしれないね・・・)
あくまでも個人的な考えではある。
まだ詳しい情報は入っていないが、今回、ルーズベルトを襲撃したのは、目撃情報等から主戦論を主張する団体だったそうだ。
その襲撃をした団体は、ルーズベルト本人を狙って、襲撃を企てたのだろうか?
それとも、単に、交渉会談に出席しようとしている連邦議会の議員たちの誰かと思って、それらしい車輛を狙って、襲撃しただけなのだろうか?
容疑者が逮捕されない限り、その点は不明である。
どちらにしても、テロと断じられても仕方が無い事件ではあるが、何となく、その情報を聞いた時、氷室の脳裏にパッと浮かんだのは第35代大統領の暗殺事件だった。
あの事件は、容疑者として逮捕された人物が拘置されていた警察署で殺害されるという異常事態になったが・・・
後に、政府の公式説明もあったが、それに対する異説も数多く、さらに数々の陰謀説も噴出して、どれが本当なのか、さっぱり判らなくなっている。
今回の事件も、真相を究明する事が、出来るのだろうか・・・?
自分たちの知らない所で、色々な事が複雑に絡み合っている・・・そんな気がする。
(・・・それにしても・・・)
タイムスリップをしてから、ずっと疑問だった事があった。
フランクリン・デラノ・ルーズベルト大統領は、アメリカの政治史上でただ1人、4選をした大統領である(ただし、4期目は1945年4月12日に脳卒中で死去したため、任期を満了出来なかったが)。
(まあ・・・世界恐慌、第2次世界大戦と、揺れ動く世界情勢の最中では、強力なリーダーシップが取れる人物が必要だったという事だね)
自分のすぐ側で、バチバチという火花を、今は関係ない理由で散らしている2人の女性に挟まれて、小さくなっている石垣に視線を送りながら、氷室はため息を付いて、思考を戻す。
氷室の疑問・・・というより、誰も口に出さないが、恐らく皆が思っている疑問。
自分たちの知っている史実では、1941年から1945年までのルーズベルトの任期中、副大統領を務めていた人物は、ヘンリー・アガート・ウォレスのはずである。
それなのに何故、その地位に既にハリー・S・トルーマンが就いているのか?
これに付いては、新世界連合や日本共和区の知識人たちの間で、色々と意見交換や検証がされているようだが、まったくの謎だそうだ。
「・・・運命を操る存在が、干渉した・・・まさかね」
「・・・?氷室2佐。何か、意見でもあるのかね?」
頭の中だけで思っていたはずが、最後はつぶやきとして、口から洩れてしまったらしい。
隊司令が怪訝な顔で、問いかけてきた。
「いいえ。何でもありません」
手をパタパタと振って、氷室は答える。
「・・・ですが、そうですね。1つ、懸念されるのは・・・トルーマン大統領が演説で言っていましたが・・・FBIが、事件の捜査に加わるそうですが・・・」
「そのようだな」
「・・・今のFBI長官は、初代長官の彼の人ですよ」
「「「!!!」」」
氷室の言葉に、その場にいる全員の脳裏に、1人の人物と、その名前が浮かんだ。
何か、とんでもない事が起こるのでは・・・
全員の心に、そんな不安が過る。
撥雲見天 第17章をお読みいただきありがとうございます。
誤字脱字があったと思いますが、ご了承ください。
次回の投稿は6月14日を予定しています。




