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撥雲見天 第15章 流れ落ちる星 1 深くなる闇

 みなさん、おはようございます、こんにちは、こんばんは、お疲れ様です。

 大日本帝国統合軍省統合軍統合作戦本部総旗艦指揮母艦[信濃]内酒保。


「ありがとうございます。また、お越しくださいませ」


 いつも通り、買い物に来た水兵に、明るい挨拶をする伊藤(いとう)恵美(めぐみ)


 その笑顔で見送られ、まだ幼さの残る若い水兵は、頬を赤らめながら笑顔を浮かべている。


「・・・ふう~・・・」


 店内の客がいなくなってから、伊藤は小さく、ため息を付いた。


「どうしたの、伊藤さん?」


 どこか、心此処にあらず・・・といった風情の伊藤に、桐生が声を掛けて来た。


「ひょえっ!?す・・・すみません!ちょっと、ボーッとしていました」


 慌てた様子で、伊藤は、ワタワタと両手を振る。


「う~ん。まあ、今まで色々あったからね。ちょっと疲れているのかな?時間が少し早いけど、休憩に入るといいよ」


 腕時計を見ながら告げる桐生に、伊藤は、さらに慌てる。


「いえ!大丈夫です!」


 バタバタという感じで両手を振る伊藤のエプロンに手を掛けた桐生は、あっという間に伊藤のエプロンを、はぎ取った。


 それこそ、時代劇でお馴染みの、悪代官が「良いではないか、良いではないか」と言いつつ、町娘の帯を解くシーンを彷彿とさせる、早業である。


「いいから、いいから。はい、ごゆっくり」


 そのまま、伊藤の背中を押して酒保の外へ追い出す。


「どうしちゃったのかな、伊藤さん。体調でも悪いのかな?」


 エプロンを片手に、桐生は首を傾げる。


「違いますよ」


 商品を補充している、副店長の三上(みかみ)博史(ひろし)が答える。


「?」


「片思いの君が、アメリカに出かけているから、心配でならないだけですよ」


「片思い?誰?」


「店長は、知らなかったんですか?石垣2尉ですよ」


「・・・マジで?」


「マジです」


「・・・・・・」


 いつの間に、そんな事になっているのか・・・?


 顎に手を当てて、桐生は考え込んだ。


「店長が、パールハーバー・ヒッカム統合軍基地内のコンビニに、応援で出向いて留守にしていた時も、『石垣さん、石垣さん』て、毎日のように、つぶやいていましたよ。本当に・・・毎日それを聞かされていたこっちは、堪ったものじゃ無かったです・・・」


 ちょうど、フォード島で停戦会談が行われた時に、桐生は基地内のコンビニに、応援に出かけて(表向きの理由)、副店長の三上に[信濃]酒保店長代理を任せていたため、知らなかったが、三上が言うには伊藤は、山本の随行員として石垣が出かけて以後、毎日のように心配していたそうだ。


「そうなの?」


「フォード島でテロ事件が起こった時なんか、大変でしたよ・・・『石垣さんが、死んじゃう~!!助けに行く~!!』ってな感じで、半泣き状態で水兵さんたちに、内火艇をフォード島まで出して欲しいって、頼み込んで困らせていましたしね。もう、宥めるのに骨が折れたの、なんのって・・・」


 いや、勝手に石垣君の命日を決めないように・・・気持ちは、わかるが・・・それに、石垣君だって、そんなに弱くは無い・・・はず。


 そんなに、弱いと思われていたなんて、ちょっと石垣君が、可哀想だ。


「そうなんだ・・・お疲れ様」


 前に冗談のつもりで、石垣に伊藤の事を言った事があったが・・・本当に、冗談のつもりだったのだが・・・


 何があったのか・・・よもや、伊藤が石垣に淡い思いを抱いていたとは・・・


「石垣君は、真面目だし・・・イイ子だし・・・若い時は、ジャンジャン恋愛を経験するのは、OKだと思うけど・・・石垣君を攻略するのは、恋愛シミュレーションゲームでも、かなりのハードモードだよ。それこそ、ラスボスにメリッサちゃんが、いるんだから・・・」


「恋愛シミュレーションゲームって・・・どちらかと言うと、ラスボスなら、アクションゲームやRPGじゃないですか?てか、どうして恋バナが別路線に向かって、暴走して行っているんです?」


 何故、ゲームの話になっている?至極真面目な表情で、論評する桐生に、三上は呆れた表情で突っ込む。


「う~ん・・・アイちゃんを同行者に、ゴリ押しで加えたから、一安心と思っていたけど・・・隼也にも、一言言っておくかな・・・」


 ボソッと、桐生は小さな声で、つぶやく。





 一方、その頃・・・


 派遣艦隊旗艦[ひゅうが]の資料室に、調べ物をするために入室した石垣は、パソコンを前にして、何やらパニックを起こしているレイモンドと、遭遇した。


「ちょうど良かった!!イシガキ中尉、助けて!!」


「・・・!?・・・!?どうしたんですか、ラッセル少佐?そんなに、慌てて?」


「パソコンが、動かなくなって・・・助けて!」


「はぁ・・・?」


 石垣は、レイモンドに代わって、パソコンの前に座り、暫くキーとマウスを弄った。


「直りましたよ」


「はぁ~・・・良かった。1人で勝手にパソコンを弄ったのがバレたら、また叱られるところだった・・・ありがとう、イシガキ中尉」


「・・・・・・」


 お礼ついでに、さらっとトンデモ発言をする、レイモンドだった。


「それで・・・何を、検索していたんです?」


 当然、深い意味は無いが、レイモンドが調べようとしているモノに付いては、気にはなる。


「・・・今、アメリカ国内で起こっている、暴動とかの情報に付いて、もっと詳しく知りたい・・・と、思ってね・・・無断でパソコンを使用した事は、マツニ少尉には、黙っていてね」


 アメリカ西海岸の州で起こった、州軍と反戦団体の衝突に付いての情報は、4ヵ国連合軍から派遣されている派遣士官たちにも、隊司令から伝えられている。


 当然、彼らも、それに付いての詳細な情報を、さらに知りたいと思うのは、当然だろう。


「・・・80年後だったら、こんな大きな事件は、全世界でテレビやラジオのトップニュースになるだけでは無く、ネットニュースでも、即配信されますからね・・・まあ、視聴する側が、誤報やフェイクに注意する必要は、ありますが・・・」


 何となく説明をしながら、80年後の一部のマスメディアでさえ、偏向や切り取り等で視聴者をミスリードしようとする傾向があるのに、この時代だとどうなのだろう?と、考えてしまった。





 史実では、太平洋戦争(大東亜戦争)時、大本営が行った公式発表でも、開戦当初の大日本帝国軍が優勢だった時は、比較的事実に即した発表だったが(誤認による虚報もあったらしい)、徐々に劣勢になると、戦果を過大に報じる、損害を過少に報じる等の、虚飾報道が行われるようになった。


 ガダルカナル島の戦いで発表された、撤退を転進と言い換える。


 アッツ島守備隊の全滅を玉砕と言い換えるというのは、有名だろう。


 まあ、これは大日本帝国での事だが、対する連合国は、どうだったのかと言うと、結構似たり寄ったりの所もあったようだ。


 ミッドウェー海戦等、劇的な勝利の報は、大々的になされたが、そうならなかったものや、被った損害が大きかったもの等は、意図的に隠蔽されていたりもする。


 そのため、自国の軍の情報が不明瞭だった事で、大日本帝国の大本営発表の虚飾報道を知ったアメリカの投資家の一部が、戦時国債を買うのを控えたという事が、あったそうだ。


 その史実と違う歴史を進んでいる現代の大日本帝国では、大本営発表は事実に即した内容の発表とはなっているが、すべて包み隠さずという訳でも無い。


 特に、東南アジア方面の戦闘に付いては、戦局が混迷していた頃は、連合国に作戦行動を予測されないために、意図的に誤情報を国内で発表したりもしていた。





 取り敢えず、レイモンドにパソコンを使用させるのは、故障等、物理的な理由で危険と感じた石垣は、パソコンを操作してレイモンドの代わりに、レイモンドが知りたがっている情報を検索する。


 実際のところ、石垣が所有しているパソコンには、今回の事件に関しての詳細な情報が、防衛局情報本部や新世界連合連合情報局から、総隊司令部を通じて、既に入っているが、機密事項に該当する情報もあり、当然、それをレイモンドに見せる訳には、いかない。


 資料室のパソコンで閲覧出来るのは、日本共和区の一般人が、知り得るレベルの情報である。


 それでも、アメリカ本土から流れてくるラジオ放送を、ヤキモキしながら聞き入っているよりは、遥かに正確に現況を知る事が、出来るだろう。


「この記事、印刷して貰えない?」


 レイモンドは、幾つかの情報をピックアップして、石垣に注文する。


 理由を聞くと、輸送船団に乗船している4ヵ国連合軍の帰還兵たちが、受信したアメリカのラジオニュースを聞いて、不安を感じているそうだ。


 もちろん、それに付いての対処として、輸送船に、乗船している広報官が、帰還兵に情報を逐次説明するようにしているのだが、やはり、それだけでは不安を払拭出来ない。


 不安に駆られて、集団で問題行動を起こす者たちも、出て来るかもしれない。


 レイモンドが言うには、帰還兵たちの不安を解消するために、4ヵ国連合軍の派遣士官たちは、聞き取り調査を行い、彼らが何に不安を感じているかを聞き出す事にしたそうだ。


 その結果、多くの将兵たちが、アメリカ各地で発生しているデモや暴動に、自分の故郷は大丈夫なのか、家族は巻き込まれていないのかという事を、心配しているそうなのだ。


 そこで、派遣士官の中では唯一、パソコンの扱いが出来る(?)レイモンドが、情報を収集しようとしたそうなのだ。


「・・・今回は、偶々居合わせた俺が手伝った・・・という事に、しておきますけど・・・次は、勝手にパソコンを弄らないで下さいね」


 レイモンドの気持ちは、わかる・・・しかし、広報官が釘を刺した理由は、十分理解出来た。


 こんな調子で、勝手にパソコンを使用されて不具合が起これば、叱られるのは広報官だからだ。


「わかった。気を付けるよ」


 石垣の忠告に、レイモンドは素直に答えているが・・・多分、また何か、やらかすのではと思ってしまう。





 アメリカ合衆国某州別荘地。


 ワシントンDCを離れ、別荘に身を隠しているルーズベルトの元に、1本の電話が掛かってきた。


 相手は、連邦議会上院議員であり、軍事委員会委員のジュード・ウォール・ホイルである。


 簡単な挨拶の後、ホイルは本題に入った。


『・・・遺憾ながら、国内の状況は内戦さながらの状態と言っても、過言では無いでしょう・・・連日のように各地で行われているデモは、主戦派、反戦派を問わず、抗議行動だけにとどまらず、暴動に発展し、各州の州軍が鎮圧に出動せざるを得ないという事態に陥っています』


「・・・・・・」


『主戦派、反戦派のどちらでも無い国民たちの間でも、スペース・アグレッサー軍による大規模侵攻が始まるというデマが広まり、西海岸、東海岸全域の各州の都市部から中央部の州の都市への疎開をする者たちが、後を絶たない状況です』


 もちろん、これらの情報は、いくつもルーズベルトの手許に届いている。


 そして、それにより発生している問題も・・・


 そのデマが、何処で発生したのかは、わからない。


 ハワイ奪還戦が始まる前から囁かれていた噂に過ぎなかったそれは、4ヵ国連合軍が敗退した情報と共に、瞬く間に、巨大な怪物となってアメリカ全土に広まった。


 恐怖した人々は、我先に安全と思われる地域へと、一斉に避難を始めた。


 ある州では、自家用車で避難しようとした人々の車で、幹線道路が大渋滞を起こし、接触や追突等の事故が発生し、それによって起こったトラブルから喧嘩となり、それが、乱闘から暴動、略奪へ発展するという事件になった。


 また、ガソリンスタンドで給油しようとして、余りにも多くの車が給油したため、スタンドのタンクが底を尽き、ガソリンを給油出来なかった人々が、怒ってガソリンスタンドを破壊し、スタンドの金品を略奪するという事件が多発しているそうだ。


 別の交通機関は、どうなっているのかというと、ある州では、避難するために鉄道を利用しようと駅のホームへ大挙して押し寄せて来た人々の間で、切符を買う順番で喧嘩が起こった。


 狭い駅の出入口に殺到した人々により、ドミノ倒し現象が起こり、死傷者が出た等・・・


 また、ホームに入構して来た列車に、我先に乗り込もうとした人々に押された人々が、線路上に転落し、列車に轢かれる事件が起こっていた。


 もちろん、それらの州の州政府は混乱を、手を拱いて眺めていた訳では無い。


 新聞やラジオ等、使用出来る限りのメディアを駆使して、安易にデマを信じないようにと呼び掛け、市警察の警察官や保安官、州兵を動員して、各所で起こる混乱を収めようとしたが、焼け石に水であった。


 そして、避難した先はどうかというと・・・


 そのデマには続きがあり、スペース・アグレッサー軍は、超長距離ロケット弾を保有しており、その射程はアメリカ合衆国の全都市を攻撃対象に出来る・・・というのだ。


 事実として、アトランティック・スペース・アグレッサー軍は、ホワイトハウスや連邦議会議事堂等、重要施設をロケット弾攻撃で破壊している。


 それがデマに対する、信憑性を高めている。


 そのため、避難者たちが避難先として向かったのは、大都市から離れた小さな市や町等であった。


 当然、元から人口の少ない市や町が、多数の避難民を受け入れられる訳もなく、混乱がさらに拡大するという事態であった。


『南部の州では、中立を宣言しているメキシコ合衆国に・・・北部の州では、連合国からの離脱を宣言して、独自で2つのスペース・アグレッサーとの講和交渉を開始したカナダへ入国しようとする避難者も出てきて、国境付近でのトラブルも報告で上がって来ています』


 ホイルの報告に、ルーズベルトは、深くため息を付いた。


 このままでは、アメリカ全土に広がった混乱は収拾が付かなくなり、国が崩壊してしまう。


「・・・私は、サンディエゴへ向かい、パシフィック・スペース・アグレッサー・・・いや、ニューワールド連合の特使団との、直接対話に臨もうと考えている」


『何ですって!?』


 ルーズベルトの突然の言葉に、電話越しにホイルの驚きが伝わって来た。


 連邦議会では、4ヵ国連合軍の帰還兵を乗せた輸送船団の護衛として同行している派遣艦隊に乗艦している特使団との交渉のために、陸軍長官と海軍長官。


 そして、上院下院の両議院から選抜した議員たちを、サンディエゴ海軍基地へ派遣する事を決定している。


 当然、それはルーズベルトも、知っているはずだ。


 それなのに、何故自ら出向こうとしているのか?


『・・・それには、賛成出来かねます』


 少しの沈黙の後、ホイルは否定する意見を述べた。


『今回の交渉は、あくまでも非公式であるとはいえ、大統領が直接特使団との会談に出向かれたと国民に知られれば、無条件降伏をするのではと、捉えられる可能性があります。そんな事になれば、主戦派団体が、どのような行動に出て来るのか予測が付きません。国民の間でも、主戦論は未だ過半数を占めています。下手をすれば、特使団はおろか、大統領ご自身にも危険が及ぶような事態が起こるかも知れません』


「そうかも知れないね」


 翻意を促すホイルの言葉に、ルーズベルトは薄く笑みを漏らした。


「本来なら、この様な事は電話で話す内容では無いのだが・・・ホイル議員、少し長くなるが、私の話を聞いてもらえるかね?」


 ルーズベルトは、受話器を握ったまま、静かに語り始めた。

 撥雲見天 第15章をお読みいただきありがとうございます。

 誤字脱字があったと思いますが、ご了承ください。

 次回の投稿は5月31日を予定しています。

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― 新着の感想 ―
[一言]  更新お疲れ様です。  伊藤さんの心配は、弱いからってわけではないと思いますけど、日ごろの行いでしょうかね?^^;桐生さんのおせっかいは斜め上に行きがちに見えるし……それはそれで面倒ごとが起…
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