撥雲見天 第14章 Xデーへのカウントダウン
みなさん、おはようございます、こんにちは、こんばんは、お疲れ様です。
アメリカ合衆国大統領であるフランクリン・デラノ・ルーズベルトが、西部の州で州兵が反戦団体の
集会を襲撃し、結果として反戦団体を虐殺したという事を、別荘の執務室で首席補佐官から報告された。
「何だと!?」
ルーズベルトは、執務机をバンと叩き、立ち上がった。
「それは本当か!?」
「はい、何度も確認しましたが、確かに州兵が、反戦団体を虐殺しました」
「それで・・・状況は、どうなっている?」
首席補佐官が、重い口を開いた。
州兵部隊の先任指揮官が、反戦団体の集会を開いた主催者の女性を誤って殺害し、それを目撃した反戦団体の市民たちの一部が、暴徒化し、先任指揮官を含めた州兵部隊に襲い掛かった。
先任指揮官は死亡し、暴徒化した反戦団体は、州兵から武器を奪った。
やむを得ず、現地の部隊指揮官たちは発砲を許可し、武力による鎮圧を行った。
だが、事態は沈静化どころか、激化の一方をたどった。
暴徒化の数は増加し、現地に展開している州兵だけでは、対処出来ない状況となった。
そこで、部隊指揮官たちは増援を要請し、州知事は、それを承諾・・・それどころか、積極的に部隊の増員を行い、暴徒化した反戦団体及び関係者たちを武力で、殲滅するよう指示した。
「反戦団体の規模は、どのくらいだ?」
ルーズベルトは報告を聞きながら、最初の確認をした。
「約1万人です」
「1万だと!?」
「はい、その州にいる反戦団体だけでは無く、他の州からも反戦団体が集まり、大規模な反戦集会が行われる事が、予定されていましたので・・・」
「それだけの規模なら、事前に州政府に許可申請があったはず、州知事は何も知らなかったのか?」
「報告では、事前に反戦団体から許可申請があり、州政府は許可を出しましたが、州議会で反戦集会の開催について、州議会議員の否定的な意見が過半数を上回り、州知事の命令で許可を取り消しました。その通知が、どういう訳か、反戦団体には届かなかったようなのです」
「何という事だ・・・」
ルーズベルトは肩を落として、椅子に深く座った。
だが、いつまでも沈んでいる訳にはいかない。
「現況は、どうなっている?」
「はい、暴動は拡大し、暴徒たちは州兵や警察官、保安官等から銃を奪い暴動が発生した公園を中心に、バリケードを設置し立て籠もっている状況です。州兵部隊は、それを包囲し、武力で鎮圧する構えです」
ルーズベルトは、その報告を聞いて決断した。
「ただちに、連邦軍を投入しろ!!」
「ですが・・・」
「勘違いするな。反戦団体を鎮圧するためでは無い。反戦団体を警護するためだ。これ以上、国民を、殺傷してはならない!」
「わかりました。ただちに」
首席補佐官は、そのまま陸軍長官であるヘンリー・ルイス・スティムソンに緊急連絡し、陸軍の出動を指示した。
さらに大統領命令も、伝えた。
スティムソンは、陸軍長官として現在治安出動している州兵部隊の総監に、部隊を撤退させるよう指示をした。
州兵の指揮官は州知事であるが、最高指揮官は大統領である。
そのため、いくら指揮官である州知事が命令しようが、大統領が逆の命令を出せば、大統領の命令に、従わなければならない。
州兵総監は大統領命令である事を確認すると、ただちに治安出動している州兵部隊を撤退させた。
州兵部隊と入れ替わりに連邦軍がやってきて、連邦軍は暴徒化した反戦団体に対話による交渉を求めた。
反戦団体側も交渉に応じて、平和的に事態は解決した。
今回の事件で、州兵、警察官、保安官等の治安部隊側に250人の死者を出し、反戦団体側に1500人以上の死者を出した。
死者は、これだけでは無く、暴動に巻き込まれた市民にも、200人以上の犠牲が出た。
アメリカ合衆国ワシントンDC郊外。
ニューワールド連合・連合情報局傘下の外部局[ケルベロス]に所属する桐生隼也は、同僚の国見鶴と共に、アジトとして使っているアパートの一室で、ラジオ放送を聞いていた。
『アメリカ西部の州で発生した、反戦団体による大規模暴動は、連邦軍の介入により、沈静化しました。反戦団体、治安部隊、地元の市民に多くの犠牲者が出たという事です。さらに、反戦団体に密着取材を行っていた各メディアの記者たちにも、犠牲者が出たという事です。 生存者たちの証言を聞くところによると、最初に仕掛けたのは州兵部隊だとの事です。この件について、州兵総監の話では、現地に展開した州兵部隊は、適切な行動を行ったため、こちら側の過失は無いとの事です』
桐生は、ラジオのボリュームを上げた。
「随分と、ド派手にやってくれたようだな」
キッチンから、国見の声がした。
「ああ、これで反戦派と主戦派は、完全に分裂した事になる。国内だけでも反戦派は、数1000万人いる。彼らの一部が、暴動を起こしてくれれば、我々の計画の最終段階が実行される事になる」
桐生は、薄く笑みを浮かべた。
反戦団体と州兵の衝突は、彼らが仕組んだ事である。
反戦団体が大規模な集会を行うという情報を掴み、州議会の議員に接触し、反戦団体は大規模な破壊工作を実行しようとしていると、密告をする。
表向きは公園での平和を唱える集会であるが、本当の目的は、大規模な破壊工作により州議会等を含む重要施設を占拠し、州を制圧する事にある。
その目的は、主戦派の一掃である。
彼らはパシフィック・スペース・アグレッサーと結託し、西海岸を無力化し、近い将来に実施されるパシフィック・スペース・アグレッサー軍による大規模な上陸作戦を、スムーズに行えるようにするために協力をしている・・・と。
そんな情報を、州議会の有力議員たちに流し、彼らの不安を助長させた。
州議会は、ただちに議会を開き、反戦団体の集会を中止し、解散させる手続きを行った。
しかし、その通知が反戦団体に届く事は無かった。
事前に行った工作により、通知が届かないようにしたのだ。
そして、州政府と州議会の不信感を確信に変えさせるために、予めでっち上げていた主戦派の集会を、州議会から中止命令が届くと、それを受理し、集会を中止したように見せかける。
双方の団体に、通知が届いたと思っている州政府と州議会は、反戦団体の集会が開催されたと聞き、より一層の危機感を持った。
州知事は、州兵を出動させ、武力による解決も辞さない覚悟で、州兵部隊に反戦団体の強制執行による解散を命じた。
「だが、ここまで上手く行くとは・・・」
「まったくだ」
桐生にしても、国見にしても、ここまで上手くいくとは、考えていなかった。
州兵の指揮官たちが主戦派であり、物事を平和的に解決するという思考を、最初から持ち合わせていなかったというのも、上手くいった理由の1つである。
もしも、州兵部隊の指揮官の中に、柔軟な思考の持主が1人でもいれば、ここまでの結果は出なかった。
少なくとも、最初は少人数で反戦団体の指導者と接触し、説得による解散という方向に持っていく事も、十分に出来たのだ。
何故、それをしなかったのか?
桐生たちは確かに、州議会の議員たちが反戦団体の集会に、危機感を募らせるように仕向けた。
だが、別に煽った訳では無い。
彼らが、思っていた事を、肯定してみせただけである。
少々、小細工は弄したが・・・
思った事が起こった・・・それを、それを未然に防ごうという心理が働いた・・・ただ、それだけだ。
「出来たぞ」
国見がトレイを持って、リビングに現れた。
「待っていました!」
桐生が嬉しそうな顔をする。
トレイに乗せられている料理は、白いご飯、味噌汁、肉じゃが、漬物であった。
出来たての料理に舌鼓を打ちながら、桐生は、Xデーに向けての準備の最終段階へ思いを巡らせていた。
今、アメリカ国内は2つの思想に分かれ、揺れている。
それを1つに纏め、講和への道筋へ導くために・・・
そのためには、現在身を隠しているターゲットには、公の場に出て来てもらう必要がある。
アメリカ合衆国サンディエゴ軍港に向けて、航行している輸送船団を護衛する派遣護衛艦隊旗艦[ひゅうが]の士官室で、朝食が用意されていた。
石垣は、用意された席に腰掛け、テーブルの前に料理が並べられるのを待っていた。
「どうぞ」
「ありがとう」
[ひゅうが]の乗組員である女性自衛官の海士が、石垣の前に料理を置く。
どういう訳か、石垣の給仕を担当する海上自衛官は、必ず女性自衛官である。
それも若い人である。
石垣は、どうして自分の給仕を担当する海士が、女性海士なのか、艦長に聞いた事がある。
すると・・・
「貴官の姉上から、弟の給仕担当は、女性自衛官にするようにと言われた。ついでに若くて綺麗で、可愛い娘にして欲しいと・・・綺麗で、可愛いというのは個人差があって、難しい注文であるから、叶えられないとしても、若い女性自衛官なら用意出来た」
何故、そんな事になった?
「どういう事ですか!?」
石垣としては、当然の疑問である。
「知らん!」
そんな事があった。
(姉さん・・・俺に以前、二股疑惑があった時、めちゃくちゃ怒ったのに、どういう事?)
石垣としては、とんだ誤解に巻き込まれただけなのだが、周りが二股、二股と言っている以上は、仕方が無かった。
違うのなら、断固として違うと主張しないから、誤解が解けないどころか、やはり・・・と思われてしまうのだが・・・面倒になって、主張を放棄してしまった事が、問題なのである。
姉としては、弟の優柔不断さが気になって仕方が無いのだろう。
とにかく、彼女となる女性が出来れば、弟もしっかりするだろうという姉心が働いたが故であった。
だからといって、石垣の周囲に女性の影が増えれば、増えるほど、本人にそのつもりが無くても、二股、三股、四股と、石垣の疑惑が増えていくという事に、なっているという事に気付いていない。
それはさておき、女性の給仕を受けるのは、悪い気はしない。
石垣は、だらしない笑顔を浮かべる。
「・・・・・・」
背筋が凍るような、気配を感じた。
メリッサが全身から、ドス黒いオーラを出しながら、石垣を見ているのであった。
石垣は、食事時は、メリッサに顔を向けないようにしていた。
(うぅ~・・・メリッサさんの視線が痛い・・・姉さん。俺は、メリッサさんだけで十分だから、これ以上、波風を立てないでくれぇぇぇ~)
そんな光景を無表情で無視している任と、ワクワクといった感じで、こちらを眺めている側瀬。
それと・・・何か良からぬ事を考えているだろう小松が、不気味な笑みを浮かべて眺めている。
「そこの、お嬢さん~」
小松が、石垣の給仕を担当する女性自衛官に声を掛ける。
「はい?」
「石垣君は、どう~?」
「おい、小松!」
「いいじゃん。減るもんじゃ無いしぃ~・・・」
「減るんだよ!!確実に、俺の寿命が!!」
「石垣2尉。少し横に顔を、向けてください」
側瀬に言われて、石垣が、「えっ?」と顔を向ける。
「・・・・・・」
そこには般若のような顔をした、メリッサの姿があった。
「め、メリッサさん。何もありませんよ。まだ・・・」
「まだ?」
任が反応する。
「まだ・・・という事は、いずれは何かを、するつもりなのか?達也?」
「無いです!何もありません!まだ、というのは言葉の誤りです!」
石垣の必死の弁明に、メリッサは、さらに機嫌を悪くするのであった。
「そ・れ・で、そこのお嬢さん。石垣君の感じは、いかがかしらぁ~」
「そうですね・・・」
女性自衛官は、石垣とメリッサの顔をチラチラと見ながら、少しの間を空けて答えた。
「愛人になるのは私の趣味ではありませんし、石垣2尉には、すでに素敵な女性がついていますから・・・私は、お呼びでは無いと思います。それに、石垣2尉は何だか、頼りがいが無い感じですから、私のタイプではありません」
女性自衛官の回答を聞き、小松は笑みが深くなった。
「だってさ。石垣君、残念でしたぁ~・・・」
「残念も何も・・・俺は、そんな事はしない。ハーレムなんて、一夫多妻制が認められている国だけの話だ。日本で、そんな事をしたら殺される・・・」
「ほぅ~・・・ハーレムに、興味が無いと?」
任が、聞く。
「いえ、そんな事はありません」
「想像してみろ。綺麗な女性や、可愛い女性に囲まれる貴官を・・・」
任の言葉に、石垣は良からぬ想像をしてしまい、デレェ~となる。
「コホン!」
メリッサが、咳払いをした。
「あっ!!?」
石垣は、現実に戻された。
士官室で、ひと悶着があった後、[ひゅうが]に乗艦する幹部たちが、士官室に入って来た。
最後に艦長と氷室が入室し、士官たちが立ち上がった。
艦長と氷室が席に着くと、全員が席に着いた。
「では、食べよう」
艦長の言葉に、士官たちが「「「いただきます」」」と言って、箸を持った。
朝食のメニューは、白いご飯に味噌汁、焼き魚、漬物、サラダである。
「石垣君」
石垣が焼き魚の身を口に入れた時、氷室が声をかけた。
「総隊司令部から近況報告があったけど、アメリカ合衆国西部の州の公園で、反戦派と州兵がぶつかる大規模な暴動が、発生したんだってさ」
「え!?」
氷室の言葉に、幹部たちが息を呑んだ。
「詳しい内容は、まだ届いてないけど、反戦派団体に対して、州兵が武力で鎮圧したそうだよ」
「それで被害は?」
石垣の質問に、氷室は緑茶を啜る。
「州兵部隊による武力鎮圧により、反戦派団体が激怒し、州兵部隊に襲い掛かった。州兵部隊の銃を奪い、暴動が拡大した」
氷室は、味噌汁を啜る。
「最終的には連邦軍が投入され、反戦派団体を沈静化し、事態は収まったけど、反戦派団体、治安部隊、市民に多くの犠牲が出たようだけどね」
氷室の話を聞いていた幹部の1人が、艦長に顔を向けた。
「艦長。総隊司令部は、我々のアメリカ訪問について、何と言っているのですか?」
「我々には、船団に乗り込む4ヵ国連合軍将兵を、無事にアメリカ本土に送り届ける任務がある。そのため、アメリカ訪問は予定通りに行われる」
「ですが、艦長。アメリカ本土にいる連邦軍、州兵、民兵の中には主戦派も多くいるとの事です。いくら、アメリカ政府から入港許可をとっていても、我々を平和的に受け入れる可能性は低いのでは?」
副長が皆の不安を解消するために、艦長に懸念を伝える。
「統合省外務局は、中立国を通じて、アメリカ政府とコンタクトを取った。もしも、我々に何らかの攻撃があった場合は、武器を使用して攻勢勢力を排除すると通告した。アメリカ政府も、その件については承諾している」
「では、艦長。武器の使用基準は、どのように決められているのですか?」
副長の質問に、艦長は答えた。
「細かな判断は、隊司令や艦長である私の判断に任されているが、基本事項として自衛隊法で定められている、部隊行動基準に従う。正当防衛、緊急避難、武器等防護の範囲内で、武器の使用が認められている」
「いつもの事ですか・・・」
副長が、つぶやく。
「そうだ。しかし、いつもの事では無い。部隊行動における責任については、総隊司令官、統幕本部長、防衛局長官が取る事になる。だから、ある程度には安心出来る」
艦長の言葉に、副長が苦笑する。
「元の時代の一昔前であれば、政府も国会も、現場の自衛官に責任を押し付ける形で、部隊行動を、させていましたな」
副長は2等海佐としては、かなり高齢の自衛官である。
そのため人生経験が長く、日本社会をいい意味としてだけでは無く、悪い意味としても見ている。
多くの事を見ているため、若い艦長である彼も絶大の信頼を寄せている。
艦長には無い人生経験が求められる決断においては、彼の助言は頼りになる。
撥雲見天 第14章をお読みいただきありがとうございます。
誤字脱字があったと思いますが、ご了承ください。
次回の投稿は5月24日を予定しています。




