撥雲見天 第12章 混迷する国家
みなさん、おはようございます、こんにちは、こんばんは、お疲れ様です。
ハワイ会戦で、アメリカ軍、イギリス軍、ドイツ軍、イタリア軍の4ヵ国軍で編成された4ヵ国連合軍が、大日本帝国軍とスペース・アグレッサー軍に敗退した事は、アメリカ全土に衝撃を与えた。
「直ちに家に、戻りなさい!」
アメリカ合衆国西海岸の某地域で、大規模な暴動が発生した。
暴動と言っても、デモから発生したものでは無い。
とある酒場で、酒を飲んでいた者たちが、ハワイ会戦の敗北をニュースで聞き、やけ酒を飲んでいた。
この酒場は、安酒を提供しているだけでは無く、金の無い人にも、付けという形で提供もしているため、酒場を利用する人のモラルは、あまり高く無い。
1人の酔っ払いが、酒の勢いで店の物を壊したため、警察沙汰になった。
いつもであれば、警察官又は保安官がやって来れば、すぐに収まるのであるが、この日はそうはいかなかった。
店の物を壊した酔っ払いが、駆け付けた保安官に、いちゃもんをつけて、事態が悪化した。
器物損壊罪だけでは無く、公務執行妨害罪まで適用される事態になって、保安官は、その男を逮捕した。
しかし、それを見ていた他の酔客たちが、酒の勢いと、これまでの不満や鬱憤等が爆発し、保安官たちを殴り倒した。
現場にいた保安官は、すぐに無線で応援を要請するが、事態は単なる乱闘騒ぎに止まらなかった。
酒場での乱闘が切掛けになり町全域で、鬱憤を貯めた者たちが、一斉に騒ぎを起こした。
30人規模の乱闘が、100人規模の暴動になるまで、30分もかからなかった。
現地の治安を任されている保安官事務所では対応出来ないと判断され、保安官は町長に州兵の出動を要請した。
町長の息子も、その暴動に巻き込まれて負傷したため、州兵の出動要請は、即座に行われた。
町長の要請を受けた州知事は、州兵に出動命令を出し、州兵部隊が暴動発生地域に、展開した。
「直ちに家に戻りなさい!!戻らなければ、不幸の結果を招く事になる!!直ちに家に、帰れ!!」
治安出動した、州兵部隊の指揮官である少佐が、拡声器で怒鳴る。
M1803[スプリングフィールド]を構えた州兵たちは、まったく効果の無い警告に、呆れ果てていた。
「いつまで、こんな事を続ける気だ?」
「向こうが、撃って来るまでだ」
「どうやってわかる?」
「プシューという音が響いたら、相手が撃ってきた証拠だ」
その時・・・
プシュー!!
「おい!!あいつら、撃って来たぞ!!」
「射撃開始!!」
大隊指揮官からの号令により、M1903を構えていた州兵たちが、一斉に引き金を引いた。
100挺以上のライフルの銃口が、火を噴く。
暴徒たちが、次々と絶命し、倒れていく。
しかし、暴徒たちは、それで引く事は無く、折り重なった死体を乗り越え、火がついたように棍棒等を持って、州兵たちに襲い掛かって来た。
「重機関銃で、暴徒を排除しろ!!」
ジープに搭載されている重機関銃である、M1917[ブローニング]が、火を噴いた。
重機関銃だけでは無く、軽機関銃も火を噴いたため、その火力は絶大である。
暴徒たちは、次々と絶命するが、数10人の暴徒が州兵部隊の展開地点に接近し、棍棒を振り下ろす。
棍棒が、ヘルメットを被った州兵の頭を、直撃する。
州兵は、ものすごい衝撃を受けて、絶命した。
州兵を倒した暴徒は、他の州兵たちによって射殺されるが、暴動は治まりそうに無い。
暴動は、5時間程で鎮圧されたが、州兵側に死者5人、重軽負傷者15人を出し、暴徒側に死者38人、重軽負傷者190人を出した。
しかし、これだけの惨事にもかかわらず、アメリカ国内では衝撃のニュースとしては、取り上げられなかった。
西海岸の某地域では・・・
「ハワイ会戦で、4ヵ国連合軍が敗退した!このまま手を拱いていれば、スペース・アグレッサー軍と、大日本帝国軍は、ここ、西海岸に上陸するだろう!そうなれば、不可侵領域である、アメリカ合衆国が、外敵に侵略される事になる!!」
「「「そうだ!!!」」」
「「「星条旗が、汚される事態になる!!!」」」
1人の少年の演説に、観衆たちが声を上げる。
「今こそ!女も子供も、兵士になるべきだ!!スペース・アグレッサー軍の奴隷になるぐらいなら、徹底抗戦して、我々の不屈の意思を、示そうでは無いか!!!」
「「「そうだ!!」」」
「「「議会は、軍の開放をしろ!!」」」
「今、西海岸では、敗北主義者たちが、東に逃げている!これを許していいのだろうか!?いや、許される訳が無い!!!」
「「「そうだ!!」」」
「「「敗北主義者たちに、死を!!」」」
「いや、全員を路上に並べて、公開処刑にするべきだ!!」
少年の演説に、参加者たちが声を揃えて叫ぶ。
だったら、演説等をしている暇があったら、軍隊に志願すれば?と思うだろうが、彼らは徴兵検査を、受けている。
しかし、徴兵検査に不合格した者たちである。
徴兵制度があるからと言っても、必ずしも全員が軍に徴兵される訳では無い。
富裕層の子供たちは、親の金やコネ等で徴兵免除をするが、徴兵不適合者も、軍隊に行けないのだ。
彼らからすれば、純粋な愛国心故の言動だが、間違った方向に進み、このような過激で拗れた方向に向かってしまっているのだ。
「戦争は、力の問題では無い!意志の強さが、問題なのである!!」
「「「そうだ!!」」」
「では、何故!念入りに準備された、ハワイ奪還作戦が失敗したのか!?それは、意志が弱かったのだ!意志の弱いイギリス、ドイツ、イタリアに、協力を要請した事が、間違いだったのだ!あの戦いは、アメリカ軍だけなら勝てた戦いだった!!」
「「「そうだ!!」」」
「2流国のイギリスや、3流国のドイツやイタリアに、頼んだのが間違いだったのだ!!」
ハワイ会戦の激戦を、経験していない徴兵不適合者の意見を、ハワイ会戦に従軍したアメリカ軍将兵たちが聞けば、怒りを覚える主張だろう。
イギリス軍も、ドイツ軍もイタリア軍も、スペース・アグレッサー軍や、大日本帝国軍に対して必死に戦った。
士官、下士官、兵という区別が無く、ありとあらゆる兵器を駆使して、スペース・アグレッサー軍と、大日本帝国軍に戦いを挑んだ。
しかし、それでも負けたのである。
何故、負けたのか?
確かに、意志の強さもあるだろう・・・
だが、意志の強さだけで、戦争に勝てるのであれば、楽なものである。
戦いの勝敗を分けるのは、それだけでは無い。
しかし、それを主張できる者は、今、ここにはいない。
後に、アメリカ本土での混乱と惨状を聞いた、大日本帝国陸軍ハワイ方面軍司令官である栗林忠道大将は、こう述べた。
『私は、アメリカにいた経験があるために知っているが、アメリカ人というのは、とにかく熱くなる性質が強い民族である。アメリカは、あらゆる人種が入り混じった国家であり、一度、人種の壁を越えて団結すれば、その団結心は、とても強い。だが、時には偏った感情が、群衆を支配する事がある。今回の件も、それが原因であるのだろう』と。
彼らのような主戦主張は、アメリカ全土で行われた。
もちろん、それに反対する主張も、アメリカ全土で行われている。
これが、後にアメリカ史上最大の、暴動となる事件の前兆でもあった。
アメリカ合衆国首都ワシントンDC。
アトランテック・スペース・アグレッサー軍(サヴァイヴァーニィ同盟軍)の長距離弾道ミサイルの攻撃で破壊された、アメリカ合衆国議会の議事堂の代わりに、別の場所にある、ホテルの大会議場に設置された、仮議事堂では、上院議員たちによる、白熱とした議論が行われていた。
ハワイ会戦で、4ヵ国連合軍が敗退した結果は、上院、下院を問わず、衝撃を与えた。
「念入りに準備した、ハワイ奪還作戦が失敗した!陸海空軍海兵隊及びイギリス軍、ドイツ軍、イタリア軍を合わせて、100万人の兵力と、300隻の戦闘艦艇、1500隻の輸送艦艇を投入した!しかし、結果は、どうであろうか。戦死者は推定でも、30万人以上!戦傷者は、40万人以上を出し、航空戦力の、ほとんどを失い、大小100隻以上の戦闘艦艇を、失った!これに付いて大統領に責任を、問うべきであろう!!」
「そんな事は、当然である!大統領の責任は重大である。ここまで完璧に敗退し、大統領に何の責任も無いのでは、アメリカ合衆国の民主主義が崩壊する!!」
「そもそも、あれ程の高言にも関わらず、スペース・アグレッサー軍に与えられた損害は、フリゲート1隻を撃沈、巡洋艦1隻を操艦不能にした程度である。この程度の損害で、国民に、大勝利と公言した大統領には、発言に対する責任を取ってもらわなければならない!」
「それだけでは無い!大日本帝国の誇る、戦艦[ヤマト]撃沈の代償が、クリスマス島の失陥だという事を、国民に、どう説明するつもりなのだ!!」
野党の上院議員たちが、口々にフランクリン・デラノ・ルーズベルト大統領に対して、責任を追及する発言をしている。
日米開戦が勃発した、大日本帝国陸海軍によるハワイ攻略作戦の時も、彼らはルーズベルトの、責任を追及した。
この時も、大日本帝国政府からの最後通牒と宣戦布告を、事前に受けたにも関わらず、ハワイだけでは無く、フィリピン等の南太平洋の防衛態勢を、強化しなかった事について、言及し、ルーズベルトを弾劾しようとした。
しかし、念入りに開戦準備をしていた、大日本帝国軍とスペース・アグレッサー軍の前では、どのような準備をしても無駄であったという軍部からの発表で、野党は引き下がった。
だが、今回は違う。
野党は、ルーズベルトの弾劾を迫り、会議場内は熱を帯びていた。
「その件に関しては、後にしたら、いいだろう!」
1人の上院議員が、発言した。
「ここは、子供の議論を、するところでは無い!」
「なんだと!?」
「もう一度、言ってみろ!!」
「何度でも言う。ここは、子供のたまり場では無い!大統領の弾劾は、いつでも出来るが!今、しなければならない事があるだろう!!」
「「「・・・・・・」」」
彼の言葉に、会議場内が静まり返った。
迫っている脅威が、見えて来たからだ。
「諸君。ここは、私の意見を聞いてくれ」
上院議長席に座るハリー・S・トルーマンが、眼鏡を掛け直しながら、立ち上がって意見を交わす上院議員たちに告げる。
アメリカ合衆国議会では、上院議長は副大統領を兼務する形で、任命される。
「ハワイ会戦で、勝利したスペース・アグレッサー軍は、大日本帝国軍と共に、アメリカ本土への大規模上陸作戦を計画しているとの情報がある」
トルーマンの声が、静まり返った会議場内に響く。
「軍部から寄せられた情報では、スペース・アグレッサー軍も大日本帝国軍も、アメリカ本土西海岸上陸作戦を計画している事は確実であり、その前に行われる、アメリカ本土全域への戦略爆撃は、開戦時に行われたアメリカ本土空襲を遥かに超えるものである。スペース・アグレッサー軍は、レーダーでは探知出来ない戦略爆撃機を、数多く保有している。これらが、アメリカ本土の空を覆いつくす」
先程までの熱は何処に行ったのか・・・完全に会議場内の空気は、冷え切っている。
「これらが、アメリカ本土の空を覆いつくす・・・」
トルーマンの話を聞いていた上院議員であり、軍事委員会に席を置くジュード・ウォール・ホイルは、目を閉じた。
彼は、上院議員の中では講和派である。
現在、上院議員内での主戦派と講和派は、6対4という割合である。
(もはや、我々の手は出し尽くした・・・)
ホイルは、心中でつぶやく。
開戦以来、スペース・アグレッサー軍と大日本帝国軍は快進撃を続けて、南太平洋からインド洋まで勢力を拡大した。
その間、アメリカ軍は防戦に転じていた。
大日本帝国軍の恐るべき高性能の兵器は、アメリカ軍部だけでは無く、政府、民間を驚かせた。
そのため、アメリカ軍は、情報収集のために全力を挙げた。
多くの犠牲者を出しながら、アメリカ軍は、敵の情報を入手した。
大日本帝国に手を貸していたのは、未来の日本、アメリカ、イギリス、フランス、ドイツ、イタリア等の国々であった。
彼らを総称して、アメリカ政府及び議会、軍部は、スペース・アグレッサーと呼称した。
スペース・アグレッサーは、80年後の軍事力を全面に出し、アメリカ軍を含む連合軍を圧倒した。
スペース・アグレッサー軍が、未来から来た軍隊と判明してからは、アメリカは世界の団結が必要であると考え、枢軸国にも講和提案を出し、枢軸国とも手を組む事を考えた。
だが、枢軸国との交渉は、なかなか上手く行く事が出来ず、アメリカ政府と議会は、焦り始めていた。
しかし、転機が訪れた。
新たなスペース・アグレッサーが、現れたのである。
もう一つのスペース・アグレッサー軍は、ドイツ軍等の枢軸国軍を圧倒し、枢軸国だけでは、スペース・アグレッサー軍に対応出来なかった。
ドイツ政府は、アメリカ政府との講和交渉を全面的に飲む事にし、イギリスとドイツの戦争は終結した。
講和成立後、ドイツ軍は東南アジアやインド洋に陸海空軍を派遣し、スペース・アグレッサー軍に、少なく無い損害を与えた。
(その損害は大きいものでは無く、比較的小規模なものであった)
ホイルの考え通り、戦況そのものに大きく影響を与えるものでは無かった。
戦術的勝利すら収める事は、出来なかった。
あくまでも戦闘時に発生する、発作的な勝利程度であった。
この時になって、講和派が増えるようになった。
しかし、主戦派は、簡単に頭を縦に振る事は無い。
この状況下で講和をすれば、アメリカ合衆国を含む連合国と枢軸国は、事実上降伏したような形になってしまう。
議会が講和に傾くには、どうしても決定的な勝利が、1つ必要であった。
勝利が1つあれば、講和交渉でもある程度に、こちらに有利な条件下で講和を締結する事が出来る。
連合国も枢軸国も、大日本帝国と2つのスペース・アグレッサーに負け続けている。
それに彼らは、アメリカが、ドイツ第3帝国の支援を受けて、再び研究、開発を始めた原子爆弾を越える原子爆弾を保有している。
アトランティック・スペース・アグレッサー軍は、それを、我々に対して使ってきたのである。
パシフィック・スペース・アグレッサー軍は、まだ使う素振りは、見せていないが・・・それも、時間の問題だろう。
我々が、あくまでも徹底抗戦の姿勢を、崩さないなら・・・
しかし、ここまで戦略的に負けた状態では、確かに講和に傾くのは難しいであろう。
こちらの苦悩を知ってか、知らずか・・・パシフィック・スペース・アグレッサー軍は、撤退する4ヵ国連合軍の帰路の安全の保障と、戦闘時に出た捕虜の返還を通告してきた。
まだ、講和も為されていない状態で、極めて異例な事ではあるが、大量に出た捕虜の管理が、許容を越えているのであろう。
帰還兵が、再び銃を取って自分たちに向かってくるという危険よりも、捕虜の管理を続けるより返還した方が楽・・・というのが本音かもしれないが・・・
現段階では、まだ国民には知らされていないが、この一見すると温情にも見える措置は、こちらにとって、とんでもない踏み絵でもある。
国民が、この事を知れば講和派と主戦派の溝は、さらに深まるのは目に見えている。
大統領と連邦政府が、どちらに判断しても、国内の混乱を短期で収束させるのは、不可能・・・
そして、狡猾というか、何というか・・・帰還兵を乗せた輸送船団の護衛艦隊の派遣も通告され、その安全保障も要求され、さらには、講和のための特使団も派遣されて来るという。
当然、特使団の安全保障も、要求されている。
連邦政府や連邦議会では、彼らの行動の真意に付いても、講和派と主戦派で意見が分かれている。
主戦派からすれば、これは口実で、アメリカ侵攻の足掛かりにするのでは無いかと、疑っている節もある。
彼らの抱いている危機感を理解出来ない訳では無いが、自分たちに残された時間は、余りにも短い。
自分たちは、決断を迫られている。
(もしも・・・このまま、不毛な内部対立を続けていれば、アメリカ合衆国は、焦土と化す・・・)
パシフィック・スペース・アグレッサーも、この特使派遣が最後の譲歩と、考えているはずだ。
彼には、このまま内部対立を続けた場合の、未来のアメリカが、予想出来た。
ワシントンDCが・・・ニューヨークが・・・それだけでは無く、アメリカ全土の主要都市が・・・
旧約聖書の、ソドムとゴモラのように・・・
天から落ちて来た火が、町を、人を、建物を、跡形もなく焼き尽くす・・・
そんな、恐ろしい未来。
撥雲見天 第12章をお読みいただきありがとうございます。
誤字脱字があったと思いますが、ご了承ください。
来週と再来週はゴールデンウイークをいただきたいと思います。
次回の投稿は5月10日を予定しています。
次の投稿話数は、2話同時投稿です。




