撥雲見天 第9章 後日談 前編 前へ進むために
みなさん、おはようございます、こんにちは、こんばんは、お疲れ様です。
ハワイ・オアフ島真珠湾内フォード島で、山本とニミッツによる会談が行われ、停戦が成立して1週間が経過した。
パールハーバー・ヒッカム統合軍基地内陽炎団ハワイ派遣隊本部本部長室で、本部長である井坂は、次々と上がって来る報告書に目を通し、自分も書類の作成にと、忙しくしていた。
「ふぅ・・・」
さすがに、疲れる。
「コーヒーでも飲むか・・・」
小休止を、する事にする。
自前のインスタントコーヒーを、淹れるために立ち上がった。
コン!コン!
ドアが、ノックされる。
「入れ」
「失礼します。コーヒーを、お持ちしました」
「・・・・・・」
まるで、見ていたかのように計ったタイミングで、1人の小柄な婦警が、2つのコーヒーカップを、トレイに載せて入って来た。
そのまま、井坂の許可も取らずに、来客用の応接テーブルの上に、コーヒーを並べる。
「・・・おい・・・」
突っ込みを入れようとしたが、婦警は、極上の微笑を浮かべ、「どうぞ」という感じで、ソファーを指し示す。
「・・・・・・」
井坂は、無言でソファーに座る。
そのまま、自分の前に座る婦警を、眺めていた。
「・・・何のつもりの、コスプレだ?」
たっぷりと、時間を掛けて眺めた後、井坂は口を開いた。
「コスプレって・・・一応、私・・・警視なのですけれど・・・」
「お前にとって警察の階級など、自分を縛る首輪としての価値しかないのだろう?一般のキャリア組が聞けば、怒り心頭だろうが・・・」
たとえキャリア組として入官しても、上の階級に昇進するのは、並大抵では無い。
警部までは、キャリアであれば、厳しくはないが、それ以上は極めて狭き門である。
それを、この警視は入官して、あっという間に警視に昇進したにも関わらず、それ以上の昇進は必要なしと宣った、トンデモナイ奴である。
「ヒドイです!こんなに、お勤め頑張っているのに!シクシク・・・」
「泣き真似を、するな!」
挨拶代わりのコントを終えて、井坂はコーヒーを、一口飲む。
「・・・で?何の用だ?」
「逮捕したテロリストの取調べは、終わったのかな~っと、思ったので・・・」
「終わった。全員、グアムの新世界連合連合検察局に、送検する。今は、グアムへ移送の為の手続きの最中だ。取り敢えず、連合検察局から急遽派遣された検察官が、ウチの本部庁舎や、連合警察機構ハワイ派遣団の本部庁舎を間借りした状態で、取調べをしている」
「そうですか」
井坂の説明を聞いて、警視・・・桐生は、自分のコーヒーを飲む。
「あっ!そう言えば・・・」
桐生は、ハタと思い出した表情を浮かべる。
「確か・・・やたらと、大騒ぎしていたモンスタークレーマーが、いたような・・・アレどうなりました?」
「ああ・・・アレか・・・」
井坂は、渋い顔になる。
ニミッツの随行員だった、法務士官だ。
テロリストの襲撃の最中も、避難した屋内で、自作の陰謀論とやらを、散々喚き散らしていたが・・・
「そういえば・・・お前の店では、喚き散らす迷惑クレーマーには、どんな対応をする?」
「お客様は、神様。なーんて事は、言いません。クレーム内容に、よりますよ。あくまでも、売り手と買い手は対等です。こちらに失礼があったのなら、誠心誠意の対応をさせて頂きますし、誤解があるのなら、誠意をもって和解出来るように努めます。ただし、これはあくまでも、一般のお客様に対しての対応・・・それ以外なら・・・」
そう言って、桐生は邪悪な笑みを浮かべる。
「・・・聞きたいですか?」
「・・・もういい・・・」
身の毛がよだつような、恐ろしい話を聞くのは遠慮したい。
「それで?そのモンクレは、どうなりました?お店なら、ああいう意味不明な、お騒がせ迷惑キャラは、場合によっては出禁はもちろん、威力業務妨害で、警察に通報も視野に入れますよ。容赦なく!」
「・・・殴り飛ばした」
この世の終わりという表情で、井坂は述べる。
「あっははははっ!!グッジョブです!」
桐生は、手を叩きながらケラケラと笑う。
「笑うな!お陰で、始末書だ・・・」
井坂は、渋い表情を、さらに渋くする。
「・・・まあ、あの後で、都合よく連合国アメリカ海軍長官の命令書を持った、[インディアナポリス]から派遣されて来たMPによって、回収されて行ったが・・・」
「ほうほう・・・」
「回収していったMPが言うには、海軍長官から法務士官の職務の解任と拘束が命じられたから・・・との事だ。詳しい経緯に付いては、海軍捜査局が調査中のため、説明出来ないそうだ」
「ふむふむ」
相槌を打つ、桐生。
「テロリストとして、現行犯逮捕した連中だが・・・取調べで、その法務士官を含む、数名の高級士官から、テロリズムを教唆されたという供述があった」
「おやおや・・・教唆するだけで、命懸けのテロ行為は他人任せ・・・鬼畜ですね。鬼ですね・・・せめて、大石内蔵助のように、自ら陣頭指揮を執っていれば、私の評価が高くなりますけれど・・・それで?」
何の、評価だよ?それに、忠臣蔵は関係無いだろう?という突っ込みはしない。
「供述だけではな・・・証拠としては弱すぎて、身柄の引き渡しを要求も出来ない。取り敢えず、そいつの身柄を連合国アメリカ側が確保している以上、参考人として事情聴取をしたくても、手続きに時間が、かかり過ぎる・・・」
「お疲れ様です」
「・・・・・・」
「?・・・どうしました?」
ジトーとした目で自分を見る井坂に、桐生は首を傾げて、惚けた表情を浮かべる。
「タイミングが良すぎる・・・面倒事が、ある程度スムーズに解決するのは、助かったが・・・お前、何かやったのか?」
そう、テロの情報といい、件の法務士官の解任と拘束を命じる海軍長官の命令書といい、まるでタイミングを計っていたかのように、こちらにとっては都合のいい事が、ポンポンと飛び出してきたのだ。
そこに、何だかの作為が働いていたのでは?と、疑問に思うのだが・・・
「いやいやいや、無理、無理、無理ですよ、現時点では。まだ連合国アメリカ合衆国内に、基盤を築いていませんから。私が裏から手を回して、合衆国海軍の海軍長官を動かすなんて、出来ませんよ・・・とても・・・とても・・・」
右手をパタパタと振って、桐生は否定する。
(・・・現時点という事は、いずれは築くという事か・・・もう、表の顔の1つを使って、準備は進めているのだろうな・・・)
と・・・すれば、動いたのは別の組織。
彼女の息子が所属している、組織だろう。
そちらとの情報共有による、今回の件なのだろう。
それなら得心がいく。
桐生と、その組織が連携していたのなら・・・
(公安が、彼女を警戒してマークしているのも当然だ。味方であれば、心強いが・・・一度敵に回れば・・・)
彼女の行動理念は、『日本と日本国民を守る』である。
これは、日本国憲法及び法律等を尊守し、それに従って公明中正に警察職務を遂行し、日本の治安を守り、国民の安全を保護するという警察の理念と変わりがないように思えるだろう。
しかし、彼女が従っている理は、日本国憲法では無い。
それを知っているからこそ、公安は、本来なら飼い馴らす事が出来ない獣を、首輪1つで飼うという事に、強い警戒感を持っている。
井坂は、無言でコーヒーを、飲み干した。
「・・・・・・」
レイモンドは、途方に暮れていた。
撤退へ向けての準備等、多忙な時間を過ごしているが、何とか時間を作って、現在、警察の48時間の取調べを終えて、留置場から拘置所に移されて拘置されているキリュウと面会しようと、面会許可を申請したのだが、何度面会を受付で申し込んでも、断られていた。
面会自体は禁止されている訳では無く、必要な手続きを踏めば、許可をされている。
実際、テロに参加した者たちと友人であった他の乗組員たちも、手続きを踏んで、面会をしてきている。
レイモンドが面会出来ないでいる理由は、キリュウ自身が、レイモンドとの面会を拒否しているからだという。
レイモンド以外でも、[インディアナポリス]の料理長が、キリュウとの面会を申し込んだが、結果は同じであり、キリュウに付けられた弁護士に、差し入れの品を渡す事が出来ただけだったそうだ。
「・・・貴方に、合わせる顔が無い・・・だそうです」
キリュウと接見した弁護士に、直接会って相談をした際に、弁護士からそう告げられた。
「彼を担当した捜査官の話では、彼は取調べにも素直に応じ、反省の弁を口にしていたそうです。今回の襲撃に加担したのも、すべては自分の考えが、未熟だったからだとも言っていました」
その弁護士からは、レイモンドと料理長と、食堂で働いている同僚たちに宛てた、キリュウの手紙を渡されたが、それには今まで世話になった事への感謝と、心配や迷惑をかけた事への謝罪の言葉が綴られていた。
それは、まるで遺書のようにも感じられた。
レイモンドは、今後のキリュウの処遇に付いても、弁護士から話を聞いたが、キリュウは、グアムにある新世界連合連合検察局に送検され、容疑が確定次第、連合司法局の裁判所に騒乱罪及び反乱罪等に該当する罪で、告訴されるだろうとの事だった。
「・・・恐らく、極刑は免れないでしょう。最大限に減刑されたとしても・・・仮釈放無しの終身刑・・・かと」
弁護士は、難しい表情で告げた。
テロ等、悪質な暴力犯罪は、重罪となる事が多い。
それは、日本でも、何処の国でも変わらない。
そして、何よりも一般的(という表現が正しいのかに付いては、置いておく)な、殺人や放火等の重大犯罪と決定的に違うのが、国によって基準が異なるが、少年法は、一切適応されないという事だろう。
たとえ、どれ程凶悪な犯罪であっても、個人ないし少数に対して行われた犯罪と、国家ないし大多数の国民に対して行われた犯罪とでは、それが与える影響力は桁違いである。
これに対して、まだ十分な事の是非を理解出来ていない子供たちに、過酷な罰を与えるのは可哀想と、思う人も当然いるだろう。
しかし。
もしも、少年法を盾にして、少年たちを利用してテロ行為を行う、反社会的集団が出てきたらどうなるか・・・
そういった、悪意を持って子供を利用しようと考える大人たちから、子供を守るための一種の予防措置と考えれば、妥当であるのかもしれない。
そんな大人の悪意に、キリュウは利用された。
キリュウだけではなく、今回のテロの実行犯として逮捕された者たちも、ある意味では被害者なのだろう。
これが、脱走だけですんでいれば、まだましな結果となったのだろうが・・・停戦会談の場に、武器を持って突入して来た時点で、取り返しがつかなくなってしまった・・・
事の発端となった(元)法務士官だが、現在は[インディアナポリス]内の自室で、拘束されている。
MPの話では、例の密告を元に、逮捕した将兵の取調べを行っていた時も、(元)法務士官は、何かと理由を付けて、捜査を妨害していたそうだ。
それもあって、十分な証拠も集められず、時間切れで嫌疑不十分となって釈放するしかなかったそうだ。
その時点ではMPも、艦内の規律の緩みを正すのを最優先していた事もあり、停戦の決定に対する不満を言動に表している者たちに対して、釘を刺す事が出来ただけでも良しと判断していた。
結果として、詰めが甘かった訳だが・・・
現在(元)法務士官は、MPの取調べに対して、完全黙秘を続けているらしい。
まだ、正式に逮捕されたわけでは無いので、声を大にして言う訳にはいかないが、逮捕される、されないは別にして、取り敢えず、アメリカへ帰国出来る(元)法務士官と、帰国すら叶わず、グアムへ移送され裁判を受ける事になるだろうキリュウたちの境遇の差には、憤りのようなものを感じずにはいられない。
因みに新世界連合・・・ニューワールド連合からは、ニミッツに宛ててテロ実行犯の裁判は、ニューワールド連合本部のあるグアムの裁判所で行う事が通達され、連合国、枢軸国各国にも、中立国を通じて、それが通達されている。
それに対しての各国の返答は、裁判の公聴に、各国の法律の専門家を派遣するという事の要請のみであった。
当然ながら、これは即了承されたそうだ。
そして、レイモンドには時間が、余り残されていない。
レイモンドは、撤退の準備も整い、第1陣としてアメリカ本土へ帰還する、4ヵ国連合軍の将兵を乗船させた輸送船団の護衛艦隊に、同行する派遣士官として、乗艦する事が決定されている。
それは、3日後には出航する。
キリュウと会うのは、これが最後のチャンスかも知れないのだ。
どうしても、キリュウと直接会って話をする事を諦めきれないレイモンドは、陽炎団ハワイ派遣隊本部庁舎前で、ウロウロしていた。
その姿は、何処から見ても、立派な不審者であった。
「・・・ラッセル少佐?」
背後から掛けられた声に振り返ると、本部庁舎から出て来る石垣と氷室の姿があった。
「ヒムロ中佐!!!」
地獄で仏とは、この事である。
ほとんど無意識に、レイモンドは氷室に駆け寄っていた。
「ヒムロ中佐!お願いがあります!!」
「・・・・・・」
その勢いのままで、氷室に迫って来るレイモンドに、氷室は思わず上半身を反らす。
「ラ・・・ラッセル少佐・・・落ち着いて下さい」
宥めようとする石垣の声も、届かないようだ。
「お願いします!ヒムロ中佐!」
「・・・・・・」
必死に縋って来るレイモンドに、氷室はタジタジになっている。
「ラッセル少佐、とにかく落ち着こう。お願いされても、何が何だかわからないんじゃ、どうしようも無いよ・・・」
「・・・そうでした・・・」
氷室に宥められて、掴んでいた氷室の胸倉から手を離す。
「実は・・・」
レイモンドは、事情を説明する。
「・・・・・・」
それを聞きながら、氷室は難しい表情を浮かべた。
「ヒムロ中佐の知り合いに、警察関係者が、いるのでしょう?何とか、その人に相談する事は出来ませんか?」
「・・・話は、わかったけれど・・・」
「無理を言っているとは、わかっています。でも、どうしても諦めきれないのです。お願い出来ませんか?」
「う~ん・・・でも、もう管轄は検察に移っているからねぇ・・・そういった所は、どうなのか、わからないから、何とも言えないけれど・・・いくら、あの人でも・・・」
額に指を当てて悩む氷室だったが、暫く考えて、ポケットからスマホを取り出した。
「取り敢えず連絡してみるよ。ただし、ダメもとだからね。無理って言われたら、残念だけど諦めてね」
「わかりました。ありがとうございます」
氷室は、スマホを操作して、何処かへ電話を掛けている。
「ところで、イシガキ中尉。君たちは、何故ここへ?」
ここは、軍の基地内とはいえ、警察関係の施設である。
レイモンドは、今更ではあるが、疑問に思った事を聞いてみた。
「ああ・・・停戦会談の時の事で、事情を聞きたいと言われたので・・・」
ピロリロリロン・・・ピロリロリロン・・・
「「「ぎゃあぁぁぁぁ!!!」」」
いきなり、背後から聞こえた、可愛らしい電子音に、3人は同時に悲鳴を上げる。
「しまった~・・・マナーモードにするの、忘れてた。失敗、失敗」
「だからっ!!背後から忍び寄って、驚かすのは、やめてくださいと、いつも!言っているでしょうが!!!」
「「・・・・・・」」
氷室の絶叫が響くなか、石垣とレイモンドはポカンとした顔で、自分たちの背後に立っている小柄な婦警を、見詰めていた。
「やっ、石垣君。忙しいとは思うけれど、早く[信濃]に戻って来てね。伊藤さんが、寂しがっているから・・・」
怒り狂っている氷室を無視して、片手を上げてニッコリと微笑む、桐生。
「・・・桐生さん・・・」
「ん?何かな?」
「こんな所で、婦警さんのコスプレは、駄目です!警察の人に叱られますよ!」
「えっ?似合わない?」
少し、悲しそうな表情を、桐生は浮かべる。
「いえ、似合っています。ちょっと、可愛いと・・・思い・・・ます」
「えへへへ。アリガト」
「・・・じゃ、無くて!!・・・モガッ!!フガッ!!」
「石垣君!ちょっと、黙っていて!!」
氷室に、口を塞がれた。
「桐生さん、ちょうど良かった。貴女に、お願いしたい事が・・・」
「ムッー!!ムッー!!」
石垣の口を塞いだ状態で、氷室は桐生に話し掛ける。
「キ・・・リュウ・・・?」
レイモンドは、驚いて桐生をマジマジと、見詰める。
(・・・この女性が・・・)
石垣たちが、話していた人物・・・もしかすると、カズマの・・・
カズマが、自分と血の繋がっている可能性がある人物が、いると知ったら・・・
この人なら・・・
一縷の望みが、レイモンドの心に宿る。
撥雲見天 第9章をお読みいただきありがとうございます。
誤字脱字があったと思いますが、ご了承ください。
次回の投稿は4月5日を予定しています。




