撥雲見天 第7章 ネメシスの計略 5 譲らない決意 山本の覚悟
みなさん、おはようございます、こんにちは、こんばんは、お疲れ様です。
4ヵ国連合軍総旗艦[インディアナポリス]。
レイモンドとニミッツが、停戦会談に出発後、総参謀長のマクモリスは、[インディアナポリス]艦長と、MPの隊長から先日の、主戦論派の将兵たちの反乱未遂疑惑の件に付いての、報告を受けていた。
「・・・停戦の決定に付いて、不満に思っている将兵も多い・・・という事か」
マクモリスは、ため息を付いてコーヒーを啜った。
ニミッツが、停戦と撤退の意志を伝えた幕僚会議の席上で、ことさら反対意見を主張した士官がいたが・・・
彼も、MPによって逮捕拘束され、取調べを受けていた事も、報告をされていた。
「しかし・・・密告を根拠として、逮捕拘束に踏み切るとは・・・些か、早計とも思えるのだが・・・」
苦言とも取れる艦長の言葉にも、MPの隊長は表情を変えなかった。
「十分な証拠も無い状況で、逮捕拘束に踏み切った件に付いて、その点で非難を受けるのは、致し方無いと思っています。ですが、[インディアナポリス]艦内に限って・・・と、前置きはさせて頂きますが、規律の乱れが無視出来ない状態に、なりつつありました。特に、停戦が通達されてから、なおさら、それが深刻となっていました。主戦論を強く主張する、若しくは同調する者たちによる、停戦撤退の決定を受け入れた者たちへの、暴力脅迫行為は、目に余るものがありました。ここで、頭を沸騰させている者たちに、一時的にでも冷水を浴びせる必要に、せまられての事です」
艦内の綱紀粛正を預かるMPの立場としては、そういった事態を看過する事が出来なかったのだろう。
「・・・軍というものに限らないが、組織という人間の集合体というものは、ある意味、国家の縮図でもある。当然ながら、多様な思考、思想、主義を持った個人が集まっているのだ。それ故、考え方の違いから、反目や諍いも起こる。それらを、纏める事は極めて難しい・・・1つの方向性を指し示せば、纏めるのは難しくは無いが、それが消失すれば、途端に、その多様性が暴走を始める・・・自由というものが、かくも不自由であるという証左・・・と、いう事かね。だから、自由を守るには、一定の不自由を強いるルールが必要という事だね」
どこか、哲学めいた言葉を語るマクモリスの眉間には、深刻過ぎる問題に悩む、深い皺が刻まれていた。
「・・・終わった事を掘り返しても、詮無き事です。問題は、[インディアナポリス]から脱走をした者がいたという事が、今の今まで伏せられていた事です」
艦長は、厳しい表情を浮かべて、隊長に視線を送る。
「・・・それに付きましては、申し開きが出来ません」
「10数名程度とはいえ、集団での脱走を許すなど、不祥事等という言葉では、すまされない事態だ。何故、それが発覚した段階で、私に報告をしなかったのだ?」
「・・・・・・」
隊長は、答えようとしない。
「何故だ!?」
「したくても、出来なかった・・・というのが、正しいかと・・・」
強い口調で詰問する艦長を、宥めるように声を掛けたのは、同席しているレイトン中佐だった。
「どういう事かね?」
「法務士官から、事を荒立てないようにと、きつく釘を刺された・・・そうだね、隊長?」
「・・・はい」
レイトンの質問に、隊長は頷いた。
「何故、法務士官は、そんな事を?」
「わかりません。それは、本人に確認を取ってみないと、憶測で私の考えを、申し上げる事は出来ません」
「確かに、そうだ・・・」
コン!コン!
「失礼します!」
ノックの音と共に、慌てた様子の通信参謀が、許可を得る間もなく、作戦室に飛び込んできた。
「どうした?」
「海軍省・・・いえ、海軍長官からの、緊急電です!!」
「・・・・・・」
一同を代表して、通信文を受け取ったマクモリスは、それに目を通す。
その、通信文は、海軍長官の命令で、アメリカ合衆国海軍省傘下のNIS(海軍捜査局)から発行されていた(因みに、現在ではNCIS(海軍犯罪捜査局)に、改称されている)。
「通信参謀!至急、ハワイ・オアフ島の司法局と、大日本帝国軍、ニューワールド連合軍に連絡を。MP派遣隊の、フォード島即時上陸許可を、要請せよ!」
マクモリスが、指示を出す中、艦長、MP隊長の順で回って来た通信文を、レイトンは最後に受け取った。
「何て事だ・・・嫌な予感が、的中してしまった・・・」
それに目を通して、レイトンは小さな声で、つぶやいた。
両端で、捧げ銃の姿勢を取る儀仗隊の隊列の間を、ゆっくりと進み、米英独伊4ヵ国連合軍総司令官チェスター・ウィリアム・ニミッツ・シニア元帥は、大日本帝国統合軍省統合軍作戦本部総長山本五十六大将の前に立った。
「お会い出来るのを、楽しみにしていました。元帥閣下」
挙手の敬礼をする、山本。
「私もだよ。ヤマモト提督」
答礼をする、ニミッツ。
「・・・!!・・・!!・・・!!!」
石垣のテンションは、爆上がりであった。
もちろん、不動の姿勢のままではあるが、興奮の度合いを測る機械があれば、その数値はマックスを指しているだろうと、容易に想像出来る。
(・・・オイオイ・・・)
同じく、隣で不動の姿勢で立っている氷室は、まるで、アイドルに会って舞い上がっているファンの様な石垣の様子に、呆れていた。
(・・・山本総長と、ニミッツ提督のツーショットを見られるなんて、僕たちの時代の人間じゃ、考えられない事だから気持ちはわかるよ・・・でもねぇ・・・頼むから、興奮しすぎて鼻血ブーッ!なんて事に、ならないでよ・・・)
もちろん、氷室には桐生を通じて、会談の場でテロが行われるかもしれないという事が、伝えられている。
事の重大さで考えれば、比べ物にさえならないのだが・・・
氷室にとっては、興奮しまくっている石垣の方が心配で、気になって仕方が無い。
事態が、動いた。
SWAT仕様の装甲車であるM113、ハンヴィーと、SATの装甲車が、会場である軍施設の敷地内に、猛スピードで乗り込んで来た。
そのまま敷地内で半円陣状に停車すると、黒の戦闘服と防弾チョッキに身を包んだ、SWAT隊員と、SAT隊員が次々と下車する。
「な・・・?何が?」
ターン!
石垣の疑問に答えたのは、銃声だ。
敷地内にある小規模な森の木の梢から、人のようなモノが、落下して茂みに消える。
待機していたらしい、防弾楯を構えた黒の戦闘服の集団が、ニミッツや山本等の要人の周囲を取り囲む。
「これは、どういう事だ!!?」
ニミッツの随行員である高級士官が、叫び声を上げた。
「落ち着いて。皆様は、建物内へ退避してください!」
騒然となった中、陽炎団ハワイ派遣隊本部長の、井坂の声が響く。
リードを外された、ジャーマンシェパード、ドーベルマン、ラプラドールレトリバー等の警備犬が、森の茂みの中に突入を開始するのが見えた。
「石垣君、避難するよ」
突然の出来事に呆然となって、固まっている石垣の肩を、氷室が叩く。
「氷室2佐。これは一体?」
思考が追い付かず、疑問しか口に出来ない。
「まあまあ、今は考えるより、行動あるのみだよ」
氷室に促され、石垣は山本に視線を送る。
「山本総長は、僕たちよりもSWATやSAT隊員によってガッチリと、ガードされているよ。モタモタしていて流れ弾にでも当たったら、洒落にならないよ」
ドォン!
何処かから投げられた手榴弾が、芝生の上で炸裂する。
「これは、一体どういう事だ!!」
ニミッツに随行している高級士官が、激昂して井坂に詰め寄る。
「詳しい説明は、後で申し上げます。今は、皆様の安全のため、屋内への避難を・・・」
「そんな言葉が、信用出来るか!総司令官!これは、罠です!連中は、停戦会談に応じる振りをして、総司令官を誘き出し、人質にしようとしているのです!!」
井坂の言葉を遮って、高級士官が叫ぶ。
どんなぶっ飛んだ妄想だ!?お前、馬鹿だろ?第一、人の話は最後まで聞けと親に教わっていないのかよ!?そもそも誰のせいで、こんな面倒事が、起こっていると思っている!?
井坂は内心で、過激で品の無い言葉を叫ぶ。
当然、それは口にしないが・・・
「総司令官。ここは、彼らの指示に従って、避難をするべきです!」
レイモンドは、ニミッツに告げる。
「ラッセル少佐!貴官は、連中の肩を持つのかね!?」
「法務士官!貴方も、こうなる事は予想出来ていたのでは?」
「何の事だね?」
レイモンドと、法務士官の言葉に、ニミッツは質問をする。
「一昨日未明。[インディアナポリス]が、フォード島の桟橋に接岸した際、密かに脱走をした[インディアナポリス]の乗組員がいる事が、確認されています」
それに答えたのは、井坂だった。
「だから、何だ!?」
「待ちたまえ!そんな報告を、私は聞いていないぞ。どういう事だ、法務士官?」
ニミッツが、口を挟んできた。
タン!タン!タタタタッ!!
それを遮るように、連続しての銃撃音が、響く。
M113に搭載されている、M240汎用機関銃が火を噴いている。
「ワン!ワン!」
「バウ!バウ!」
「ヴァウッ!」
茂みに潜んでいたらしい、数名の男が警備犬に追い立てられるように、飛び出て来た。
「ガルルルッ!!」
「うわっ!!」
ジャーマンシェパードに、服を噛まれ、引き倒される男。
軍用ナイフを、犬に突き立てようと右腕を振るうが、犬用の防弾チョッキに阻まれて傷付ける事が出来ないでいるところを、別の警備犬に右腕を噛まれて、動きを封じられている。
タン!タン!
木陰や、茂みからは、単発の発砲音が聞こえる。
「さあ、早く!」
防弾楯を構える隊員に促されるが、レイモンドは銃撃戦の様子を注視していた。
「少佐?」
護衛と、防弾楯を構える隊員に囲まれて、低くした姿勢で避難しようとしていた、ニミッツが声を掛けてきた。
「すぐに行きます!総司令官は、先に退避してください!」
レイモンドが、動かない理由。
レイモンドは、目を凝らしてキリュウの姿を捜していた。
恐らく、キリュウは[インディアナポリス]から脱走した乗組員と共に、この襲撃に加わっているはず。
きっと、ここにいる。
そう、確信していた。
だから何としても、早く見つけ出して止めなくてはならない。
「うおぉぉぉぉ!!!」
銃弾が尽きたのか、銃剣の付いていない小銃を逆手に持って、棍棒代わりにして、突っ込んで来る男の姿がある。
無謀である。
十分な距離を保って小銃を構えている、『SWAT』と、白字で書かれた防弾チョッキを装備した隊員の銃撃を受け、男は一瞬痙攣したような素振りを見せ、昏倒する。
(確か・・・テイザーガンだったっけ・・・)
現物を見る機会は無かったが、未来のアメリカを始め、各地の警察機関等で採用されている、非殺傷武器だと聞いた事がある。
機関銃の銃撃音も、軍の使用している機関銃の銃撃音と、少し違う気がする。
恐らく殺傷能力の低い、ゴム製の銃弾を、使用しているのだろう。
別の場所では、『SAT』の白字の防弾チョッキを装備した隊員が、小銃と防弾楯を構える別の隊員たちに援護されながら、円筒形のパーティホッパー(クラッカー)のような物を構えて、向かってくる男に撃ち出す。
撃ち出された物は、蜘蛛の巣状に広がり、男の全身に絡みつく。
捕縛用ネットランチャーだ。
捕縛用ネットに捕らえられた男は、身体の自由を奪われて、ゴロゴロと転がった。
この事から、彼らは襲撃者の殺傷を、目的とはしていない。
あくまでも、逮捕拘束しようとしている。
今なら、まだ間に合う・・・
「拡声器!拡声器は、無い!?」
レイモンドは、無理やりにでも自分を避難させようと腕を掴む、隊員に問いかけた。
「どうされるのですか?」
「僕が投降を、呼びかけます!」
「・・・・・・」
咄嗟の思い付きだったが、今はこれを押し通すしか無い。
これ以上、事態を悪化させずに停戦会談を、実行するためにも・・・キリュウを、こんな愚かな行為に、加担させない為にも・・・
「お願いします!」
襟を掴む勢いで訴えるレイモンドに、相対する隊員は、タジタジになっている。
「ハイハーイ!ストップ!ストップ!ラッセル少佐。あまり、お巡りさん達を困らせちゃ、ダメだよ!」
「ヒムロ中佐?」
感動の再会?と言うには、時と場合が悪すぎるが・・・
「やれやれ・・・本当に、エクアドルでの救出作戦の時といい・・・君は、全然変わっていないね。いつもは冷静だけど、突発的に感情を優先させて、突っ走ろうとするのは、直すようにした方がいいよ」
チクッとする事を言いながら、氷室は、こめかみに指を当てて、辟易した表情を浮かべている。
「まったく、どうして僕が関り合いになる男連中は、こうもマイペースで自己中、空気読まない系なのが、多いんだか・・・これが、美人なお姉さんか、可愛い女の子なら、大歓迎なのだけれど・・・いや・・・女性にも、常識の遥か斜め上をいく、トンデモナイ人が、いたわ・・・」
何か、独り言をブツブツと、つぶやいている。
「・・・こんな時ですけれど・・・お久し振りです、ラッセル少佐」
そして、空気読まない系が、もう1人。
(こんな時に、何、普通の挨拶をしているの!!?)
氷室は心中で、全力で石垣に突っ込みを入れる。
「ええと・・・誰だっけ?」
「!!?」
キョトンとした表情で、石垣を見るレイモンドに、石垣は、ガビーン!とした表情を浮かべる。
因みに、レイモンドは、忘れっぽい訳では無く、大事な事(あくまでも個人的主観)と、どうでもいい事で、物事を判断する無意識の癖がある。
どうでもいい事は、事細かに憶えていないだけである。
「とにかく、君が避難してくれないと、余計な仕事が増える警察関係の人達に、迷惑が掛かるんだ。そこのトコ、理解してよね」
ショックを受けている様子の石垣を放置して、氷室は、必要な事のみを伝える。
「いえ・・・僕には、どうしてもやらないといけない事が・・・!」
「はぁ~・・・」
これ以上、言葉での説得をしても無意味と判断した氷室は、強硬手段に出る事にした。
「この人、公務執行妨害の現行犯で逮捕しちゃってよ。出来るでしょ?」
「「はい?」」
レイモンドと、SAT隊員が、同時に声を出す。
「・・・まあ、出来なくは・・・ありませんが・・・」
SAT隊員は、微妙な表情で答える。
「えぇ?それは、ちょっと・・・」
さすがに逮捕は、されたくない。
「じゃあ、そういう事で!!逃げる!!」
躊躇っているレイモンドの手を握ると、氷室は一目散に駆け出す。
「ちょ!ちょっと、待って下さい!ヒムロ中佐、僕は・・・」
「綺麗なお姉さんや、可愛い女の子じゃなくて、男の手を取って逃げている僕の空しい気持ちを考えてよね!」
「・・・・・・」
氷室は、ドサクサ紛れに、トンデモナイ事を口走っている。
何とか、建物の正面まで辿り着いた。
そこでは、山本が避難もせず、事の推移を、厳しい目で見詰めていた。
「総長!危険です!早く内へ!」
「・・・・・・」
氷室の呼びかけにも、山本は応じない。
・・・ここで、テロリストに屈しては、やっと辿り着いた講和への道筋が、絶たれてしまうかも知れない・・・そうなれば、これまでに失われた、多くの命が無駄になってしまう・・・それは、大日本帝国軍軍人だけでは無く、世界各国の祖国や祖国に住む人々を守るために、命を落とした軍人たち、すべてだ・・・
決して、一歩も引かない・・・
無言の山本の、心の声が聞こえる。
それは、かつての日露戦争の日本海海戦の折、戦艦[三笠]の甲板で最初から最後までロシア・バルチック艦隊との砲撃戦を見続けた、後の海軍元帥東郷平八郎を、どこか彷彿させるものがあった。
撥雲見天 第7章をお読みいただきありがとうございます。
誤字脱字があったと思いますが、ご了承ください。
次回の投稿は3月22日を予定しています。




