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撥雲見天 第6章 ネメシスの計略 4 常在戦場 もう1つの戦いの始まり

 みなさん、おはようございます、こんにちは、こんばんは、お疲れ様です。

 自分は、一体何をしようとしているのだろう・・・?


 何度も何度も、自問自答していた事だ。


 祖父だったら、こんな時どうしたのだろう・・・兄なら、どうだったのだろう・・・


 答は、出てこない・・・





「「ヴゥゥゥッ!ヴゥゥゥッ!」」


 蛙が泣くような、くぐもった声が、足元から聞こえてくる。


 足元では、身ぐるみを剝がされ、猿轡を噛まされ拘束された、下着姿の男が2人、倒れている。


「大日本帝国軍の陸軍兵士は、精強だと言われていたが・・・大した事は無いな・・・」


「何処の軍隊でも、それは大して変わり無い。個人差というものはある」


「・・・・・・」


 歩哨に立っていた、大日本帝国陸軍の兵士を拘束し、奪った衣服に着替えたカズマ・キリュウは、自分と同じく[インディアナポリス]から脱走した男たちの会話を聞きながら、少し気の毒そうに、日本兵を見ていた。


「こんな、ヒョロヒョロでガリガリの、貧弱な体格の連中に、戦場でやられたかと思うと、情けない・・・」


「やはり、枢軸国の将を連合陸軍の総司令官にしたのが、そもそもの間違いだったのだ。ドイツは、スペース・アグレッサーには宣戦布告をしたが、大日本帝国には、していない。そんな中途半端な覚悟で臨むから、ジャップ如きに遅れを取ったのだ!」


 吐き捨てるような言葉。


 キリュウは、内心で「それは、違うだろう」と思ったが、口にはしなかった。


 この戦争に参加した、連合国、枢軸国各国軍の軍人たちは、未来からの侵略軍に対して、祖国と祖国の人々を守るために、命を懸けている。


 その覚悟は、どの国の軍人であっても、変わらないはずだ。


 今の自分たちが置かれた現状を見て、覚悟が足りないと言うのなら、過去である現在へ、歴史を変えるためにやって来た、スペース・アグレッサーの覚悟に、自分たち現代人の覚悟が劣っていたという事になるのだが・・・


 それを、彼らは認める事が、出来るのだろうか?


 もし、祖父が生きていたら、祖父はこれに、どう答えてくれるのだろう?祖父の兄は、何と言うだろう?レイモンドは、どう思っているのだろう?


(レイモンド・・・)


 出会いとは、不思議なものだ。


 最初に出会ったのは、単なる偶然だったが・・・


 どこか、風変りな奴としか思っていなかったのだが・・・


 いつの間にか自分の中では、祖父や兄と同じくらい、かけがえのない存在になっていた。


 自分の倍は年上の相手を親友と呼んでもいいのなら、それくらい大切に思える存在だ。


 たった1人の兄の戦死の報せを聞いた後も、自分が自分でいられたのは、レイモンドがいてくれていたからだとも思える。


 もしも、レイモンドと出会っていなければ、自分はどうなっていただろうか?


 それこそ、想像が付かない。


 そんな、キリュウの回想は、掛けられた声に遮られた。


「それにしても、日系アメリカ人とはいえ・・・やはり、ジャップと同じ血が流れているのだな。どこから見ても、立派なジャップだ」


 どんなに好意的に解釈しても、褒めてはいない口調で、男が語りかけて来る。


「・・・・・・」


 キリュウが、それに反論せず聞き流したのも、彼ら・・・いわゆる、ヨーロッパ系アメリカ人から見れば、日本人も日系アメリカ人も、同じようにしか見えないからだろうと、考えたからだった。


 キリュウは無言で、日本軍兵士が所持していた、64式7.62ミリ小銃改を点検していた。


 欧米人と比べて、体格が貧弱な日本人に合わせて作られた小銃は、今まで手にして来たどの小銃よりも、手に馴染む感じがする。


 キリュウは、64式7.62ミリ小銃に、銃剣を装着する。


「俺は行く。アンタたちも、早く配置に付け」


 顔がわかりにくいように、軍帽を目深に被ったキリュウは、64式7.62ミリ小銃を肩に掛ける。


「せいぜい、背中から味方に撃たれないように気を付けろよ、『ジャップ』!」


 ことさら、わざとらしい声が掛かった。

 




「こいつらは、どうする?」


 拘束されている日本兵を見下ろしていた、もう1人の男が振り返る。


「このままにしておく訳にも、いくまい」


 そう返すと、その男が拳銃を抜いた。


「拳銃は、まずい。歩哨に立っているのは、こいつ等だけじゃない。発砲音を聞かれたら、別の兵士が、駆け付けて来るかもしれない」


「ここに、転がしておいても同じ事だ。放り込んでおく物置も、ありゃしない」


「ナイフで、喉を掻き切れ。死体は、その辺の茂みにでも、投げ込んでおけばいい」


「チッ!」


 舌打ちをしながら、男は面倒臭そうに、拳銃をホルスターに収め、軍用ナイフを取り出す。


「ヴゥゥゥゥッ!!!ヴゥッ!!ヴゥッ!!!」


 喉に軍用ナイフの刃を当てられた日本兵が、悲鳴を上げる。


「あらあら、ボウヤ達。そんな、イケナイ遊びをしては、いけませんよ~」


「「!!?」」


 突然、掛けられた優しい声に、男たちは飛び上がるほど驚いた。


 振り返ると、少年かと思える小柄な人物が、満面の笑みを浮かべて立っている。


「誰だ!?」


「・・・・・・」


 少年のような人物は、答えない。


 この状況が、わかっているのか、いないのか・・・何故か、少し困ったような表情を、浮かべている。


「何者だ!?今、フォード島は民間人の立ち入りが、禁止されているはず!!」


「その通り。では、ボウヤ達は何者なのかな?興味本位で、こっそり立ち入り禁止地区に忍び込んで来た、観光客ではなさそうだし、[インディアナポリス]に乗り込んでいる軍人さんたちには、上陸許可は出ていない。委託業者さんでも無い。はてさて・・・君たちは、一体何者なのかな~・・・?」


 質問に質問で答えて首を傾げて、はぐらかすような口調の、少年のような人物の態度に、男は、イライラした。


 いつの間に近付いて来たのかさえ、わからない。


 ここにいる自分たち以外の気配等、声を掛けられるまで、気付かなかった。


 しかし、現実問題として、自分たちの姿を見られた以上、生かして帰す訳にもいかない。


 男は、拳銃に手を掛ける。


「危ない、危ない。こんな危険な玩具で遊んじゃ、ダメダメ」


「!!?」


 確かに拳銃を手にしたはずなのに、右手には何も無い。


 奪われた感覚は無かったのに、少年のような人物の右手には、その拳銃がしっかりと握られている。


「バッキューン!な~んてね」


 完全に人を舐めたような態度で、拳銃を撃つ振りをした後、少年のような人物の姿が、視界から消えた。


「!!・・・!!?」


 腹部に強烈な衝撃を受け、声を上げる事も出来ず、男は前のめりに昏倒する。


「なっ!!?」


 日本兵の喉を、軍用ナイフで掻き切ろうとした男は、信じられない程の素早い動きで、仲間の鳩尾に拳を叩き込んだ、少年のような人物に唖然となった。


 自分たちが拘束した日本兵よりも、さらに小柄で貧弱な体格の人間が、屈強な体格の男を、一撃でノックアウトしたのだから、無理もない。


「お前は、一体何者だ!?」


「通りすがりの、ただのスーパーヒーロー・・・かな?」


 ・・・だから何故、そこで疑問形になる?


「そして君たちは、そのスーパーヒーローの凄さを見せつけるために、やっつけられるのがお約束の、雑魚キャラって立ち位置・・・って、事でOK?」


 ヒュッ!!


 間髪を入れず、小柄な人物から投擲された何かが、男の軍用ナイフを握った右手に、突き刺さった。


「グアッ!!」


 軍用ナイフを取り落として、右手を押さえる男の脳天に、勢いをつけた踵が落とされる。


「!!」


 もう1人の男も、あっさりと昏倒させられた。


「二丁上がり!大丈夫ですか~?大きな怪我とかは・・・して無さそうだけど~?」


 拘束されていた日本兵に近寄った、小柄な人物・・・8人目は、2人の縛めを解き、どこか脱力するような口調で話しかけて来た。


「・・・あ・・・ありが・・・とう・・・」


「・・・だ・・・だいじょう・・・ぶ・・・です」


 あまりにも突然すぎる展開に、付いていけない様子の日本兵2人。


「うんうん。後の始末は、こっちでするから、ゆっくり休んでいて~・・・」


「いえ・・・恥ずかしくて、情けない限りなのですが・・・武器や装備を、奪われてしまいまして・・・一刻も早く隊へ、報告しなくてはなりません」


 生真面目な表情で告げる、兵士。


「うん。真面目なのは良い事だけど、心配しないで。ちゃんと、手は打っているから」


 そう答えながら、兵士を拘束していた縄で、倒れている2人を、縛り上げる。


 そのついでに、投擲武器?として使用した、ボールペンを回収する。


「ふっふっふっ。コンビニ店員七つ道具の1つ、ボールペンを甘く見るなよ。本当は、人に投げる物じゃないけれど・・・」


 クルクルと、華麗で無意味なペン回しを披露しながら、ドヤ顔で意味不明な独り言を、つぶやく。


「もしもーし。サッシー!聞こえている?どうぞ!」


 そのまま、インカムで連絡を取る。


『その、ネス湖のネッシーみたいな呼び方は、ヤメロ!俺は恐竜じゃない!何だ?こっちは忙しいんだ!用も無いのに、連絡をよこすな!』


 インカムから、笹川の怒鳴り声が聞こえる。


「用があるから、連絡を入れたんですけどぉ・・・」


『何だ?』


「ん~とね。大きな鼠を、2人捕獲したから~・・・回収を、お願いしたいな。ついでに2人、日本軍の兵隊さんの保護を、お願いするね」


 8人目は、簡単に経緯を説明する。


『わかった。部下を、そっちへ向かわせる。それより、お前はチョロチョロするな。目立つな。お前が、しゃしゃり出て来ると、無駄に厄介事が増える!』


「えぇ~!言い方!!」


 あまりの言われように、8人目は文句を言う。


『いいな。お前は、引っ込んでいろ!さもないと、公務執行妨害で逮捕するぞ!』


 ブチッ!という感じで、通信を切られた。


「ヒド~い。お兄様に、言い付けてやるんだから~」


 切られたインカムに向かって、8人目はブツブツと文句を言う。


「あ・・・あの・・・」


 おずおずといった感じで、兵士が声を掛けてくる。


「はい?」


「・・・自分たちを拘束して、装備を奪った奴らの中に、日系アメリカ人らしき奴が、混じっていました・・・そいつは、我々に成りすまして、何かをしようとしています・・・自分たちとしては、上官に一刻も早く、報告しなくてはならないと・・・」


 彼らの主張は、もっともである。


 本来なら、任務中に敵?に拘束され、装備一式を奪われるなど、隠してしまいたい程恥ずべき失態だと思うが、それを忍んで上官に報告し、次に起こり得る事に備えようとする姿勢には好感が持てる。


 ただ、今回に限っては、少々困るのである。


「あ~・・・それは、ちょっとマズいんだな。君たちが責任感が強いのは、わかるけれど・・・ここは、命の恩人である私に恩を返すと思って、ここに向かって来ている警察官に、大人しく保護されて欲しいな~・・・」


 もの凄い恩の押し売り・・・である。


「で・・・ですが・・・」


「ほ・ご!!されて、欲しいな~・・・」


 それでも食い下がる兵士に、優しい声音ではあるのだが、途轍もない威圧感が圧し掛かって来る。


「・・・はい」


「・・・・・・」


 その威圧感に、本能的な恐怖を感じて・・・2人の兵士は、コクコクと頷く。





「まったく、はるばるハワイに派遣されて来たと思ったら、到着早々任務に駆り出されるとは・・・」


 ブツブツと文句を言っているのは、陽炎団警備部SATハワイ派遣隊狙撃支援班所属の高荷尚也(たかになおや)巡査部長だ。


「まあまあ、こっちはこっちで、色々とあるからね。しょうがない、しょうがない・・・」


 それを宥めているのは、高荷の友人であり、同じくSATハワイ派遣隊制圧第1班所属の森山(もりやま)重信(しげのぶ)巡査部長だ。


「せっかく、常夏のハワイへ来る事が出来たのに・・・ちょっと、残念です」


 どこか、呑気な口調で語るのは、高荷の観測手である市川宜(いちかわのぶ)()巡査だ。


「ど阿呆!今は戦時で、ここは戦場だぞ!観光気分で、いるんじゃねえ!!」


「・・・すみません」


 高荷に怒鳴られて、市川はシュンとなる。


「そうだよ。停戦っていうのは、戦闘行為が停止されていると言うだけで、戦争そのものは継続状態だからね。気を緩めるのは、まだ早いよ」


 森山が優しく、市川を諭す。


「・・・そうですね。すみませんでした」


 彼らが、愚痴を言っている理由。


 ヒッカム航空基地へ到着して早々、官舎へ荷物を置く間も無く、陽炎団ハワイ派遣隊本部庁舎の会議室への集合を、命じられたからだ。


 そこで告げられたのが、山本とニミッツを中心とした、大日本帝国軍、新世界連合軍と米英独伊4ヵ国連合軍との間で行われる停戦会談の場において、テロ行為が行われる可能性があり、自分たちはそれを阻止するというものである。


 その場にいた全員に、緊張が走る。


 ハワイ派遣隊本部長である、井坂警視正が直々に、具体的な行動計画を会議室に集合した警察官に説明をする。


「しかし、連合警察機構ハワイ派遣隊に配属されている、SWATの狙撃・監視チームとの共同任務とはな・・・彼らの狙撃能力は、ピカイチだ。それを、直近で見られるのは幸運かもな。市川、お前も、しっかり勉強させてもらえ」


 高荷は、その説明を聞きながら、市川に囁く。


「はあ・・・はい」


 俄然、やる気になっている上司とは対照的に、部下の方は、職務の重大さに気を取られているためか、ノリはイマイチである。


「そうだな、俺たちもSWAT突入チームと、共同で任務とは・・・気合が入るな!」


 森山も、気合十分である。


(・・・何だかなぁ・・・)


 余裕を漂わせている上司2人と、緊張感に支配されている自分との温度差に、おかしいのは自分の感覚なのかと疑問に思ってしまう、市川だった。





「4ヵ国連合軍から離脱したテロリストが、停戦会談をぶち壊そうと、画策している。こんな暴挙は、絶対許さない。必ず阻止する!私からは以上だ。諸君等の健闘を祈る!」


 井坂は、説明の最後にそう言って、挙手の敬礼をする。


「「「「はい!!!」」」」


 会議室にいた全員が、一斉に答礼をする。





「・・・・・・」


 配備地区で、PSG―1の狙撃眼鏡を覗いていた高荷は、自分の側で、双眼鏡を覗きながら、何度も深呼吸をしている、市川に振り返った。


「す・・・すみません・・・気が散りましたか・・・?」


 申し訳なさそうに謝罪の言葉を口にする市川は、緊張で強張った表情をしている。


「気にするな。お前のやり方で、緊張を解せばいい。ここには、俺たち以外の仲間がいる。お前は1人じゃない。気負わず、お前の出来る事に集中すればいい」


 いつもは、キツい事しか言わない上司が、優しい声を掛けてくれる。


 ただ、それだけだが・・・それだけで、緊張でガチガチだった心が、解れて来る。


 市川は、周囲へ視線を走らせる。


 公用車と警備車両が到着し、3人の連合国アメリカ海軍の制服に身を包んだ軍人と、護衛らしい、数人の軍人の姿を双眼鏡越しに確認した。


 大日本帝国海軍の儀仗隊が、捧げ銃をするのが見える。


「!!?」


 別の場所へ双眼鏡を向けた時、SWAT仕様の装甲車であるM113が、猛スピードで走行しているのが、目に入った。


「高荷巡査部長!!」


 思わず、市川は叫び声を上げた。


 ターン!


 SWATか?SATか?


 自分たちとは違う場所からの、狙撃音が響く。


 ドォン!!!


 手榴弾らしき炸裂音が、響き渡った。

 撥雲見天 第6章をお読みいただきありがとうございます。

 誤字脱字があったと思いますが、ご了承ください。

 次回の投稿は3月15日を予定しています。

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― 新着の感想 ―
[一言]  更新お疲れ様です。  ん~、キリュウ君は[インディアナポリス]から脱走組と一緒に行動していて、8人目さんとはニアミスですか、惜しい、惜しすぎる。  キリュウ君の行動は解らない訳ではないけど…
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