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撥雲見天 第5章 ネメシスの計略 3 プロヴィデンスの目

 みなさん、おはようございます、こんにちは、こんばんは、お疲れ様です。

 パールハーバー・ヒッカム統合軍基地内歓楽街。





 時間は既に午前零時を回り、ほとんどの店の入り口には、『Closed』の札が掛けられている。


 そのため、街灯に照らされた大通りも、閑散としている。


「笹川さん、こんな時間に何方へ?」


 その大通りを歩く、3つの人影。


 陽炎団国家治安維持局治安部警部である笹川と、彼の直属の部下である巡査部長の新谷(しんたに)花木(はなき)である。


「ちょっとした、野暮用だ・・・」


 言葉少なく語る笹川に、2人は顔を見合わせる。


 真珠湾内フォード島で行われる会談を狙って、テロが行われる可能性があり、陽炎団ハワイ派遣隊と、新世界連合連合警察機構ハワイ派遣隊が中心となって、警戒態勢を敷いている。


 こんな状況下で、何処に行くというのだろう。


「ですが、昨日の今日で、こんな情報が飛び込んで来るなんて・・・基地警備に当たっている、各軍の警備隊との協力体制も不十分な状態で・・・大丈夫なのですか?」


 花木の言葉に、新谷も自分たちの前を歩く、笹川の背中を見る。


「何処までが大丈夫で、何処までが大丈夫では無いか。その境界線を見極められる人間がいると思うか?」


「・・・・・・」


「・・・・・・」


 笹川には、何か思うところがあるようだが、2人にはサッパリである。


「着いたぞ」


 笹川が足を止めたのは、1軒のコンビニエンスストアの前だった。


 自分たちがいた元の時代では、当たり前のように見ていた看板。


 日本共和区では、幾つかの同じ店舗を見掛けていたが、ハワイにまで店舗を展開しているのかと、新谷は少し感心した。


 笹川は、スタスタと、コンビニに入って行く。


「あっ、待って下さい。笹川さん」


 新谷と花村は、慌ててその後を追った。





 ピロリロリン!ピロリロリン!


「いらっしゃいませー!」


 客が入店して来た事を告げるチャイムが鳴り、レジカウンターにいる、アフリカ系の黒い肌の巨漢が、身体に似合わない愛嬌のある声を上げる。


「よう、店長。奴は、いるか?」


「・・・・・・」


 店長と呼ばれた男は、無言で『Staff Only』と書かれた、事務室のドアを指差す。


「ちょっと、邪魔するぞ」


「ど~ぞ」


 笹川は迷う事無く、事務室に入ろうとする。


「笹川さん?」


 いくらなんでも、好き勝手な事をしていい訳が無い。


 新谷は、慌てて止める。


「ここは、俺の知り合いの店だ。心配するな」


「ノープロブレム!」


 店長は、うんうんと頷いている。


(いや、いいのか!?)


「新谷。お前は、花木と客の振りをして、周囲を見張っていろ」


 ノックも無しに事務所のドアを開けながら、振り返った笹川は、2人にそう告げた。


「・・・・・・」


「・・・・・・」


 客の振りをして、周囲を見張っていろと言われても、コンビニで、どう時間を潰せと・・・?


「コーヒーは、いかがぁでぇすかぁ~?」


 英語訛りの日本語で、オススメされる。


「カフェオレのLと、新谷君は?」


「・・・コーヒーのS・・・」


 仕方なく、新谷は注文をする。





 狭い事務室は、無人であった。


 笹川は、迷う事無く、事務室の奥。


 デスクの所へ向かう。


 デスクには業務用のパソコン、その横には防犯カメラの映像が映っているパソコンが、置いてある。


 防犯カメラの分割された映像の1つには、セルフコーヒーマシーンで、コーヒーを淹れている新谷と、花木の姿が映っている。


 それを横目で見ながら笹川は、デスクの後ろ側の壁を叩く。


 ココンコ!コンコン!コン!ココンコ!コンコン!コン!


 リズムを付けて壁を叩くと、ヴォン!という起動音と共に、壁が少し浮いた感じになり、笹川は、すかさず壁を押し、壁の奥へ身体を滑り込ませる。


 忍者屋敷でお馴染みの、回る扉・・・いわゆる『どんでん返し』と呼ばれる仕掛けの現代版だ。


(相変わらずの、悪趣味だな・・・)


 良く言えば遊び心と言えなくも無いが、笹川にとっては、何を無駄な事に金を掛けているのかと言いたくなる。


 まあ、この設備も個人の財布から出ているから、文句を言う筋合いは無いのだが。


 笹川の個人的感想は、置いておく。


「あ~・・・やっぱり、来たんだ」


 回転扉の裏側の階段を降りると、何処の悪の組織の施設だと言いたくなるような室内の中で、悪の首魁としては、迫力が完全に欠ける小柄な人物が、自分を見て微笑を浮かべている。


「よう。久し振りだな」


「久し振り~・・・で?」


「で?って。俺が来る事ぐらい、予想していたのだろう?だから、お前が、ここにいる」


「さて、何の事だか?」


 意味がわからないといった感じで、8人目(通称)は、首を傾げる。


「白を切るなら、それでもいい。俺は勝手に、野暮用をすませるからな」


 室内の大型スクリーンには、幾つもの細分化された映像が、映し出されている。


 恐らく、パールハーバー・ヒッカム統合軍基地全域の監視カメラの映像だろう。


 ただのコンビニの地下に、こんなトンデモ施設を造っている事自体、異常としか言いようが無いが。


 ここは、ただのコンビニでは無い。


 陽炎団国家治安維持局防衛部外部0班が運営する、活動拠点の1つでもある。


 警察幹部の肩書を持ちながら、ただの民間人であり、その他にも多くの顔を持つ、外部0班班長こと、8人目が、民間の企業グループ傘下の経営者の顔を使って日本全国各地、海外等で店舗展開させ、外部0班の活動拠点としているのだ。


 もちろん、その目的は様々な諜報工作活動を、効率よく行うためである。


 陰謀論や都市伝説好きの人間なら、喜んで飛びつきそうなネタではあるが、まさか、本当にあるとは、誰も思わないだろうが・・・


 それは、さておき。


「別に、お前から要請されなくても、陽炎団ハワイ派遣隊は、会談当日の警備計画は、立てていた。規模は、お前の求めて来たものより小さかったがな。井坂警視正だったから、内心で文句は言いたかっただろうが、お前の要求を呑んでくれて、急遽な計画の大幅変更に、応じてくれた。まあ、各方面からの苦情は殺到して来ているが・・・」


「うん。クレーム対応まで引き受けてくれるなんて・・・井坂さんには、感謝、感謝だね!」


 シレッとした表情で、8人目は微笑を浮かべる。


「・・・まあ、いい」


 笹川は、8人目の側に、ツカツカと歩み寄る。


 ゴン!


「いったぁ~い!!」


 そのまま、拳を固めて拳骨を喰らわす。


「俺の用はすんだ。じゃあな!」


「いや、何それ?」


 拳骨を喰らった頭を抱えて、8人目が文句を言う。


「厄払いだ。お前に関わると、ロクな事が無いからな」


「酷い!私は疫病神じゃないもん!!」


「疫病神の方が、可愛いわ!どちらかと言うと、お前は祟り神だ!いや・・・それは、祟り神に失礼だな・・・」


「酷い!こんな、小さくて可愛い祟り神が、何処にいるの!?」


「やかましい!自分で、可愛いとか言うな!!」


 ほとんど、コントである。


「まあまあ、お二人さん。イチャコラするのは止めて。ちょっと、面白そうなモノを、見つけましたよ」


「誰が!?こんなのと、イチャコラするか!!」


「この人となんて!あり得ない!!私にも、イチャコラする相手を選ぶ権利はある!!」


 同時に、叫ぶ2人を後目に、さっきまで、2人のじゃれ合いを余所に、無言で端末を弄っていた、ドレットヘアの南米系の男が、スクリーンに、1つの映像を拡大する。


「・・・こいつは・・・」


 笹川が、つぶやいた。


 ちょうど、[インディアナポリス]が、フォード島の桟橋に接岸した時、桟橋で舫い縄を繋ぐ作業中に、作業をする乗組員に紛れて、闇の中に姿を消す人影が見えた。


 もちろん、桟橋には何人かの警備の人員がいたが、作業中に誤って海に落ちた[インディアナポリス]の乗組員を、大わらわになって救助をしている隙を突いた・・・という形だ。


「う~ん。間抜けっちゃ間抜けだけど・・・下手すりゃ桟橋と艦体に挟まって、大怪我するかもしれない捨て身の手法で、隙を作ったって事?無茶するなぁ~私には、とても真似出来ないや・・・」


「感心するな!真似もするな!」


 何とも言えない表情で、突っ込みを入れる8人目に、笹川が突っ込む。


「しないよ・・・」


「どちらにしても、こんなアホな手段で、警備が出し抜かれた訳か・・・舐められたものだな・・・」


 舌打ちをする笹川を、横目で見る8人目。


「テロリスト如きが、誰もが刮目するような、高尚な戦術を使ってくる訳が無い。一見して、そんな馬鹿なと思うような手の方が、常識を持ち合わせた普通の人間ほど引っ掛かりやすいものね。例えるなら、幼稚園児の悪戯に、大人が振り回されるみたいな・・・いや、ちゃんと言って聞かせれば、やっていい事と悪い事を理解出来る幼稚園児に対して、比べるのは、失礼だよね」


「テロリストを、ディスり過ぎだ!仕返しされても、知らんぞ」


「まあ・・・録画された各所の監視カメラ映像を、片っ端から洗い出していた甲斐は、あったかな」


「しかし、姿を消した連中は、ロクな武器も所持していないだろう。そんなので、停戦会談でどうやってテロを起こす?俺たちだけでは無く、少数とはいえ大日本帝国軍も警備の兵を配置している、それを突破するのは至難だぞ」


「それが、そうでもないのですよね」


「?」


 ドレットヘアの男が、別の映像を拡大する。


「こいつは、1日前の別の場所での映像です」


 スクリーンの映像が切り替わり、パールハーバー・ヒッカム統合軍基地敷地内に建造されている、民間の物流センターの倉庫の映像が、映し出された。


 駐車しているトラックの荷台に、段ボール箱が積み込まれている様子が、映っている。


「・・・これが?」


 特に、おかしい様子は無いように思える。


「・・・まあ、ここからですよ」


 映像が、早送りされる。


 物資の積載が終わったのか、作業員たちの姿が映像から消える。


 その後、周囲の様子を窺うような素振りをしつつ、複数の人間が、それまで積まれていた段ボール箱とは明らかに形状が異なる箱を、1台のトラックに運び込んでいるのが見える。


「この配送センターは、基地内の各施設への物資の配送を請け負っています。検品と、中身の確認が行われるのは、物資が基地外から搬入された時と、各施設に配送された時のみ、民間の業者に委託されている物資は、食品や日用品等、一般的な物ですから、左程、監視が厳しい訳ではありません・・・」


「・・・・・・」


「元の時代であれば、フォード島への連絡手段として、フォード・アイランド橋がありますが、今の時代の連絡手段は1日2回のフェリーの往復のみですからね。追跡の結果、このトラックは、昨日の午後の便で、フォード島に上陸し、島内の各施設に物資を搬送しています」


 ドレットヘアの男の説明を聞きながら、笹川は、この男の名前を思い出せないでいた。


 この所の、激務のせいで疲れが溜まっているのが原因で、決して老化現象のせいでの記憶力低下では無いと、固く信じている。


「リカルド君的には、どう考えている?」


 8人目が、さり気なく男の名前を口にした事で、ようやく思い出した。


 元の時代で、国際手配されていた元ハッカーだ。


 取り敢えず、この男の犯罪履歴に付いては、今は関係無いが・・・


「まあ、連合国も枢軸国も、ハワイが占領された時点で、スパイは送り込んで来ていますからね・・・当然。基地内の民間委託の施設に付いては、ハワイ在住の民間人が、身辺調査はされているとはいえ、多数雇用されています。当然、民間人に成りすましている輩がいても、おかしくはないし、それらを摘発し尽くすなんて、土台無理な話です。そんな連中と、パイプを持っていた奴がいたって、おかしくはないでしょうね。だから、怪しいと思われる所には、片っ端からリーパー(草)を、予め配置していましたので・・・」


「フムフム。ところで、リーパー君たちから、有益そうな情報は入ったかな?」


「大量の情報を整理するのに、少々時間がかかりましたが、いいネタを見つけましたよ」


 リカルドが、マウスを操作し、映っている映像の隣に、別の映像を出す。


 それには、トラックの荷台の中の様子が、映し出されている。


「・・・どうやら、気付かれずにすんだようだな。警備員に不審に思われる事は無いか?」


「監視カメラで、撮影されているとは思うが、万一、追及されたら検品漏れがあったので、急いで積み込んだと言うつもりだ。それ用の偽伝票も用意している。俺は、警備員とも顔見知りだから、まず疑われない」


 音声が流れて来る。


 英語だが、発音等からアメリカ人らしい。


 映像が移動し、ちょうどカメラが、上方から下を俯瞰する様になる。


 作業服に身を包んだ男たちが、運び込んだ段ボール箱を開け、中身を確認する様子が見える。


 段ボール箱の中から、缶詰の入ったケースが現れ、それを除くと下から木箱が現れた。


 その、開けられた木箱の中身が、映し出される。


「ハワイ連邦軍が、廃棄処分しようとしていたライフル銃や狙撃銃、手榴弾だ。残念ながら、対戦車砲や迫撃砲は手に入れられなかったが、これだけあれば停戦会談を妨害するには十分だろう」


「そうだな。[インディアナポリス]内では、MPに計画を妨害されたが、法務士官が手を回してくれて、どうにかなった・・・プランAは、破棄せざるを得ないが、このままプランBに移行するだけだ。少なくとも、死人が出れば停戦交渉は決裂する。本国では、主戦論派の連邦議会の議員たちが、海軍省や陸軍省に、働きかけている。増援の10万を乗せた輸送船団は、ニミッツ総司令官の命令で、帰投を余儀なくされたが、新たに編成された20万の増援部隊の派遣が、連邦議会で決定された。まだまだ、我々は戦える」


 低いが、はっきりとした音声が流れて来る。


「ニャアァァァ!!」


「「「!!!」」」


 いきなり、猫の鳴き声が流れて来た。


 その鳴き声に反応した男たちの顔が、映像にハッキリと映し出される。


(間抜けだ・・・)


 笹川は、即座に自分のスマートフォンに、その映像を記録すると、転送した。


 それを見た笹川配下の捜査員が、即座に動くだろう。


 1日前の映像であるから、現行犯逮捕出来ないのが、少し痛いが・・・


 ハワイ連邦司法裁判所が発行した逮捕状の効力を、早速示してやろう。


 ハワイ連邦の法は、まだ改正されていない。


 現時点では、連合国アメリカ合衆国の準州であった頃の法が、適用されている。


 つまりは『疑わしきは捕らえよ』が、可能なのだ。


 盗撮と盗聴であっても、容疑者は自分から堂々と自白している。


 証拠としては、それなりだろう。


 一方、映像の方は、まだ続いている。


「何で猫が!?」


「食い物欲しさに、野良猫が迷い込んだのだろう。追い出せ!」


「シッ!シッ!」


 猫は、逃げ出したのだろう。


 そこから先は、映像が乱れて訳が、わからなくなっている。





(テツ)は大丈夫だったの?捕まって、酷い目に遭ってない?」


 心配そうな8人目の言葉から、哲というのが猫の名前だとわかった。


「大丈夫ですよ。ほら、ここに」


 リカルドの足元に置かれた、ペット用キャリーバッグの中では茶色のキジトラ猫が、毛繕いをしている。


「お手柄だねぇ~哲。ご褒美に大好物の煮干しを、あげるからねェ~」


 8人目は、キャリーバックから哲を出すと、抱き上げて、スリスリと頬ずりをしている。


「フニャアァァァ!!」


 毛繕いを邪魔されたのに機嫌を損ねたらしく、哲はバリバリと8人目の顔を引っ搔いた。


「痛い!痛い!もう~哲は、可愛いな~照れなくても良いんだよぉ~」


「・・・・・・」


 傷だらけになりながらも、頬ずりを止めない8人目に、笹川はドン引きした。





 停戦会談当日。


 会談出席者として、大日本帝国軍代表として、統合軍省統合作戦本部総長山本五十六大将、ハワイ駐留軍司令官栗林忠道中将。


 新世界連合軍代表として、菊水総隊総司令官の山縣幹也(やまがたみきや)海将。


 ハワイ連邦軍総司令官ダグラス・マッカーサー中将(新世界連合軍での階級)。


 菊水総隊陽炎団ハワイ派遣団本部長井坂彬警視正。


 そして、彼らの随行員たちは、会談会場である建物の前に整列していた。


 山本の随行員の1人として、後方で氷室匡人2等海佐と一緒に控えている石垣2等海尉は、高鳴る胸の鼓動を抑えられないでいた。


 自分たちの後ろの掲揚台では、新世界連合旗、日章旗、星条旗が、太陽の光と風を受けて、翻っている。


(もう直ぐだ・・・もう直ぐ・・・)


 石垣の心が躍る。


 予定時間通りに、警備車両に挟まれて、2台の黒塗りの公用車が停車する。


「捧げ銃!!」


 整列した儀仗隊の儀仗隊長である少佐が号令をかけると、三八式手動装填銃を装備した、下士官、水兵たちが一斉に、捧げ銃の姿勢を取る。


 運転手が、公用車の後部ドアを開けると、1人の将官と、2人の高級士官が姿を現した。


(あれが・・・ニミッツ提督)


 天にも昇る心地とは、この事だろうか・・・


 昨夜、宇垣から釘を刺されているだけに、石垣が浮つく事は無かったが、興奮を抑えるのは難しい。


 ニミッツの随行員らしい高級士官のうち、1人には憶えがあった。


 第81歩兵師団司令部陣地で出会った海軍士官だ。


 確か名前は、レイモンド・アーナック・ラッセル少佐だ。


「今度は違う形で会いたい」と、あの時に言われたが・・・まさか、こんな形で再会出来るとは・・・


 石垣の、期待は高まる。

 撥雲見天 第5章をお読みいただきありがとうございます。

 誤字脱字があったと思いますが、ご了承ください。

 次回の投稿は3月8日を予定しています。

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