撥雲見天 第4章 ネメシスの計略 2 正義は悪の手の内にこそ在り
みなさん、おはようございます、こんにちは、こんばんは、お疲れ様です。
ハワイ・オアフ島
パールハーバー・ヒッカム統合基地の一部敷地を間借りし、本部庁舎と官舎を建設した陽炎団ハワイ派遣隊は、ニューワールド連合・連合警察機構ハワイ派遣隊と共に、警察業務を行っている。
その本部の本部長室で、書類に目を通していた派遣隊本部長の井坂彬警視正は、空調とは違う風の流れを感じて、顔を上げた。
しかし、室内にいるのは自分だけであり、視界に入るものは、何もない。
「お久し振りですね。井坂さん」
誰も、部屋に入って来た気配を感じなかったのに、背後から声がした。
「何の用だ、警視?」
「ちょっと、お願いがありまして・・・」
振り返らずに、答える井坂の目の前に、背後から書類が差し出された。
「・・・!!?・・・!!・・・!!!」
その書類に目を通した井坂のこめかみに、青筋が浮かぶ。
「じゃあ、そう言う事で~・・・手配を、よろしく~」
「ちょっと待て!また、無茶振りを!?」
振り返った背後には、誰もいない。
「・・・・・・」
井坂は、深呼吸を何度も繰り返す。
そして書類を、読み返す。
また、深呼吸を繰り返す。
とにかく、思考を纏めるためと、気を落ち着かせるためだ。
しばらく、それを続けた後、大きくため息を付いて、井坂は内線電話の受話器を、取った。
「警備課と地域課に繋いでくれ・・・それと・・・国家治安維持局治安部から派遣されて来た・・・笹川・・・だったな。笹川に、俺の所へ来るように伝えろ。直ぐに・・・だ!!」
因みに、警察の階級で言えば、警視正は、警視より上である。
だが、あの警視に限っては、その上下の序列は、一切通用しない。
警察幹部の中でも、知る人ぞ知るというレベルの、極秘情報である。
(・・・本庄警視監が、際限なく甘やかすから・・・俺たちに、皺寄せが来る・・・)
尊敬する、上司ではあるが・・・そこだけは、納得出来ない。
心中で、文句を並べている井坂の前に、国家治安維持局治安部警部の、笹川が現れた。
「お呼びですか?」
「・・・・・・」
喫煙中だったのか、紫煙を燻らせながら笹川が、声をかけてきた。
(まったく!!こいつも、かぁ~!!!)
相変わらず、この笹川という男には、禁煙しようという概念が無い。
元の時代でも、禁煙と書かれたポスターに見向きせず、当たり前のように、その前で煙草を吸う。
特に、まだ禁煙という概念の無い、この時代に来てからは、「禁煙の概念の無い時代で、喫煙者にのみ、喫煙の自由に制限を掛けるのは、平等性に欠ける」とか、訳のわからない屁理屈を宣って、警察病院(自衛隊病院の敷地内に設置されている場合が多い)の施設内ででも、吸う(もちろん、注意はされるが、意に介すという事が無い)。
「・・・・・・」
井坂は、無言で携帯灰皿を出した。
「・・・・・・」
「消せ!!」というオーラが全身から滲み出ている井坂の表情を見て、笹川も無言で携帯灰皿を受け取った。
『触らぬ神に祟りなし』
笹川の表情が、言葉よりも雄弁に心情を語っている。
「・・・これを、見てくれ」
井坂は、笹川に書類を見せた。
それには・・・
「・・・相変わらずの、手際の良さだな・・・」
書類に目を走らせてから、笹川はシニカルな口調で、賛辞を述べた。
「井坂本部長。残念ながら、我々の総力を以ってしても、奴には到底敵いませんよ。それに、奴が我々だけに、協力を要請するはずがありません。すでに、新世界連合の連合捜査局や連合警察機構にも、協力を要請しているはずです。何しろ奴は建前上、顔出しNGですからね。代わりに、自分の手足として使える物は、すべて使う気満々ですよ」
「・・・だろうな。しかし、少々腑に落ちないのだが・・・奴が本気なら、自分の権限を使って、連合警察機構配下のテロ対策部隊も、自分の直接指揮下に組み込む事も可能なのに、何故、俺たちに要請してくる?」
笹川は、新しい煙草を口に咥えると、井坂の非難の眼差しを無視して、ライターで火を点ける。
「・・・私が思うに、貴方がたの手柄にしようと、思っているのでは?」
フゥーと、煙を吐きながら笹川は、意見を述べた。
「奴が、そんな殊勝な性格か?」
「もし、奴が主導で動けば、テロリストは殲滅・・・つまりは、皆殺し一択ですよ。殲滅では無く、逮捕を主目的としているからでしょう」
「・・・・・・」
盛大に、ため息を付く井坂を見て、少し気の毒そうに笹川は、肩を竦める。
プルルルッ・・・プルルルッ・・・
計ったようなタイミングで、内線電話の着信音が鳴る。
「・・・井坂だ」
「本部長、連合警察機構ハワイ派遣隊本部から、外線が入っています」
「繋いでくれ」
何の連絡かは、もう予想が付いている。
「では、私の用は終りですね」
「ちょっと待て。君にも、ちゃんと役目が用意されている」
「は?」
井坂が、1枚の紙を差し出してきた。
「・・・逮捕状・・・ですか?」
それを一瞥して、笹川は、つぶやいた。
ハワイ連邦司法裁判所が発行した、正規の逮捕状だ。
それには、フォード島で行われる停戦会談を妨害しようとするテロリストを逮捕せよという内容が記されている。
そして、その執行を笹川に委任するという委任状が、司法裁判所の裁判官の署名入りで、発行されている。
「何処までも、用意周到・・・空恐ろしい奴だ・・・」
「奴こそは、正真正銘の悪の権化という事ですよ。正義というものの使い方を、熟知しているね・・・しかし、私は大日本帝国内で起こった、同時多発クーデターの捜査のために、こちらに出向して来ているのですが・・・超過勤務もいい所だ・・・超過勤務手当は、何処に請求すべきですかね?」
「知らん!奴に聞け!」
やけっぱちのように叫ぶ井坂に、笹川は肩を竦めた。
「・・・せっかく、始末書無し期間の記録を、更新出来るはずだったのになぁ・・・ミスターホンジョウが、始末書の山の前で頭を抱える姿が、想像出来る・・・」
心底気の毒そうな表情で、民間軍事会社[アズラエル・カンパニー]CEOの、サイモン・ロビン・リドリーが、つぶやく。
「それは・・・何があっても、私に[信濃]で、大人しくしていろって事かな?」
「いいや。今回の相手は、今までのクサれテロリストとは訳が違う。れっきとしたアメリカ市民権を持った、連中だ。過激な戦争続行思想に、骨の髄まで染まっているとしてもな。テロリストに人権は無いが、連中の人権は尊重する必要がある。少々・・・どころの、レベルでは無いが、ゴリ押し感はあっても、正式な手順は踏む必要はある」
「まあ・・・お兄様には、日本共和区に帰ったら、平身低頭で謝りに行くから・・・」
「それで、許されると思っている所が、何とも・・・まあ、実際そうだが・・・」
煙草に火を点けながら、リドリーは、つぶやく。
「それと、ノア爺さんからの連絡だ。連合国アメリカ連邦政府司法長官と、FBI(連邦捜査局)局長は、こっちの味方に付けた。そっちは、思う存分やってくれ・・・だそうだ」
「ノア爺さんって・・・確か、サイモンさんと、ジェンキンズさんって、同い年じゃなかった?」
「俺の方が、若く見える。それに、男っぷりもいい」
ムキッと、筋肉を誇示するポーズを、意味も無く取る、70代。
「あ~はいはい・・・そう言う事にしておきましょう」
多分、向こうに聞けば、同じ言葉で反対の事を言うだろう。
団栗の背比べ、五十歩百歩、色々な言葉が脳裏をかすめるが、それには突っ込まない事にする。
どちらにしても、新世界連合連合情報局外部局[ケルベロス]局長ノア・ドゥエーイン・ジェンキンズは、いい仕事をしてくれたようだ。
これで・・・
「大阪城の外堀は、完全に埋めた。さて、鳴くのは、どの杜鵑かな?」
「・・・お前さん、性格悪いって言われないか・・・?」
「お褒めに与り、光栄至極」
「これを、褒め言葉に取る精神が、理解出来ん」
「クッ・・・ククク・・・」
口の両端を吊り上げる酷薄な笑みを浮かべた桐生だが、直ぐに真顔に戻った。
「これで、テロリストには、陽炎団と連合警察機構の派遣隊で十分対処出来る。ほぼ100パーセント、山本総長の安全は確保出来たけれど、大阪夏の陣の、ユッキーの例もあるから油断は出来ない」
「誰?」
「真田信繁。幸村と言った方が、わかりやすいかな」
「わかりにくい例えを出されても、困るのだが・・・」
「・・・・・・」
これが氷室なら、桐生が何を言わんとするか、即理解してくれるのだろうが・・・
さすがに、リドリーに説明するとなると、どこから説明するべきか。
まさか・・・父親の昌幸のくだりから順を追って説明しなくては、ならないのだろうか・・・?
時間が、かかり過ぎる。
(諦め~た!)
説明は、すっ飛ばして、本題に入る事にした。
「桜川参謀長閣下の言葉と同じになるけれど、人間の行動に100パーセントは、あり得ない。極小の危険も見過ごす訳にはいかない。最後の最後で、大どんでん返しが無いとも限らない。そのための保険として、我々は控えておく」
「了解した」
M4に、マガジンを叩き込みながら、リドリーは不敵な笑みを浮かべる。
「いや、だから・・・あ・く・ま・で・も、私たちは保険だからね」
「わかっている、わかっている。悪い奴らは、ダディとダディの仲間が、ボコボコにしてやるから、安心しろ」
「いや!全っ然、わかっていない!ほ・け・ん!ほ・け・ん!東南アジアで、あれだけ暴れまわったのだから、少しはストレス解消出来たでしょう?」
あくまでも、今回は警察の力を主導としての、テロリストの逮捕を目的としている。
何で、殺る気満々に、なっているのだろう・・・?
それに、ダディって・・・誰が?
料理長から、カズマが行方不明になった経緯を聞いたレイモンドは、[インディアナポリス]に、乗艦しているMPに詳しい話を聞くために、艦内通路を早足で歩いていた。
話は、レイモンドが特使として、[インディアナポリス]を離れていた時に遡る。
[インディアナポリス]内で、停戦に反対する一部の士官や下士官が、反乱を企てたという容疑で、MPによって逮捕、拘束された。
キリュウは、その逮捕された士官の1人と、度々話していた姿を目撃されていた事で、参考人としてMPに、事情聴取をされたそうだ。
料理長が、キリュウから打ち明けられていた話では、第1海兵隊師団の事を、その士官から聞かされて、その事で、師団に所属していた海兵隊員の安否についての情報を、時折、聞いていただけだと言っていたそうだ。
MPも、その点に付いては、キリュウが第1海兵師団の准隊員であった事から、彼が同僚や上官の安否を気にするのは当然で、今回の件に付いては、特に、関係性は無いと判断したようで、キリュウに対しては、それ以上追及される事は無かったという。
因みに、逮捕された士官、下士官は、48時間後には嫌疑不十分と言う事で、釈放されたそうだ。
そもそも、切っ掛けは密告の様だったらしく、十分な証拠も揃えられなかったのだろう。
(やっぱり・・・カズマと、もっと話をしておくべきだった・・・)
キリュウが、どこか思い詰めている様子があった事に、薄々気が付いていたが・・・
こんな事になる前に、十分に、時間を取って話が出来ていなかった事が、今更ながら悔やまれる。
「おや?ラッセル少佐、何方へ?」
背後から声を掛けられ振り返ると、1人の眼鏡を掛けた上級士官が、多分、慌てている様子の自分を、不思議そうに見詰めていた。
「レイトン中佐?」
「明日の、停戦会談には、貴官も臨席するのではないのかね?こんな夜更けに、どうしたのかね?」
4ヵ国連合軍情報主任参謀の、エドウィン・トーマス・レイトン中佐だった。
「急用で、MPに少し聞きたい事がありまして。急いでいますので失礼します」
悠長に話している暇は、無い。
レイモンドは、そのまま立ち去ろうとした。
「待ちたまえ。MPの所に行っても、門前払いされるだけだよ。何しろ、パールハーバーに[インディアナポリス]が入港する前後で、姿を消した乗組員が複数いる事が判明して、その調査でMPは、今、大わらわだからね」
「何ですって!?それは、どういう事ですか!?」
レイトンから、驚きの話を聞き、レイモンドは声を上げた。
「静かに」という感じで、人差し指を自分の口元へ当てたレイトンは、自分の職場である情報分析室に、レイモンドを招いた。
「あまり公に出来ないのでね。取り敢えず箝口令を敷いて、対処はしているそうだが・・・任務から戻ったばかりの貴官が、どういった経緯でそれを知ったかに付いて、どうこう言うつもりは無いが・・・箝口令も、無意味だったようだね・・・」
ヤレヤレと言った感じで肩を竦めているレイトンだが、レイモンドにとっては、それどころでは無い。
「パールハーバーに入港する前後という事は・・・昨夜から今朝にかけてくらいの事ですか?」
「そうだね」
情報分析室では、レイトンの部下たちが、忙しく動き回っている。
「・・・彼らは、何をしているのですか?」
彼らの動きは、敵の通信を傍受し、それを解読しようとしているようにしか見えない。
「MPから要請されてね。姿を晦ました乗組員の中には、先日の反乱容疑で逮捕され、保釈された士官、下士官、兵士も何人か含まれているそうだ。MPは、連中は停戦命令を無視して、現在オアフ島内に潜伏中の、地上軍部隊に合流を目論んでいるのではないかと予測している。だから、地上軍部隊との連絡を付けるために、何だかの通信が行われる可能性もある。我々は、それらの通信の傍受に全力を挙げているという訳さ」
「・・・・・・」
「貴官が、何を思っているかは想像が付くがね。まったく無意味とは思わないが・・・面倒ばかりが多い割に成果は少ない。しかし、やらない訳にはいかないからね」
「・・・・・・」
レイトンの言葉を聞きながらも、レイモンドはMPの見解には疑問しか感じない。
確かに、地上軍部隊との合流を図るというのは、最終的にあり得るが、目前に差し迫った危険が転がっている。
「・・・停戦会談・・・」
「そうだね。普通に考えても、会談会場でのテロを画策していると見るのが、妥当だろう。目的が、停戦の阻止なのか、要人の暗殺なのかは不明だが、最低でも会談中に死者が出れば、交渉が決裂する可能性は、十分にあるからね」
「それが、わかっていて・・・こんな悠長な事を、しているのですか!!?」
呑気過ぎるとしか思えない。
「・・・もちろん。しかし、現在ハワイ諸島を実効統治しているのは、大日本帝国とハワイ連邦だ。我々の立場は、彼らの玄関先に立ち寄らせて貰っているだけだよ。そんな状況で、こちらのMPが、大々的に捜査をする訳には、いかないからね・・・それどころでは無いと、わかっていても、大日本帝国側に情報を提供して協力を要請するのは、面子に関わる・・・だからと言って、会談を延期する訳にもいかない・・・こんな、洒落にならないジレンマに陥っている訳だ・・・笑えないジョークより酷い話だ」
「・・・・・・」
確かにMPの立場上、容疑のあった者を一度逮捕したにも関わらず、結果として立件出来なかった上に、まんまと逃げられたのだ。
いくら、問題が切迫していると言っても、身内の恥を外部に晒すのには、抵抗があるのだろう。
しかも、ついこの間まで、銃火を交わしていた相手になら、なおさらであろう。
「・・・ところで、この件は、ニミッツ総司令官やマクモリス総参謀長に、報告はされているのですか?」
[インディアナポリス]に戻った時、2人には交渉結果の報告をしたが、特に何も言っていなかった。
2人が、この事を把握していないとは、思えないのだが・・・
「・・・・・・」
僅かに、レイトンの表情が曇った。
「どうしたのですか?」
「・・・噂くらいは、ご存じだろうが・・・詳しい報告は、されていないと思う。私も法務士官から、くれぐれも内密にと、きつく釘を刺されていてね・・・どうにも、胡散臭いのだが、どうにもならないのが歯痒いというのが現状なのだよ。私も色々調べてみるが、君も十分に注意してくれ。どうも、嫌な予感しかしない・・・」
「・・・・・・」
レイトンとしては、レイモンドにギリギリの範囲で警告するのが、やっとなのだろう。
レイトンと別れて、自室に戻りながらレイモンドは、何度もレイトンに聞かされた話を、反芻していた。
何か、とんでもない陰謀が図られているようだが、色々と情報がありすぎて、逆に整理出来ない。
元々、こういった類の事には不向きなレイモンドである。
それに、気になるのは・・・
(カズマ・・・)
キリュウが、こんな愚かな事に加担しているとは思えない。
巻き込まれたのか・・・それとも・・・
1人悩むレイモンドを余所に、時計の針は既に会談当日の時刻を指していた。
撥雲見天 第4章をお読みいただきありがとうございます。
誤字脱字があったと思いますが、ご了承ください。
次回の投稿は3月1日を予定しています。




