撥雲見天 第0章 敵であり味方であり、敵でなく味方ではない
みなさん、おはようございます、こんにちは、こんばんは、お疲れ様です。
スイス連邦の首都ベルンにある大日本帝国大使館の一室で、防衛駐在官たちが、ラジオのニュースを聞きながら、雑談をしていた。
『ドイツ、イタリア、アメリカ、イギリスの4ヵ国で編成された連合軍が、ハワイ方面で大規模な戦闘を繰り広げています。戦闘結果については、宣伝相から何の発表もありませんが、パシフィック・スペース・アグレッサー軍に対して、少なくない被害を出している模様です』
放送を聞きながら、首席防衛駐在官の名元博威空将補は、新聞紙を広げていた。
「この新聞社・・・情報が、やけに早いな。政府の高官とでも、繋がりを持っているのか?」
名元の言葉に、他の防衛駐在官たちが顔を向けた。
スイス連邦に派遣されている防衛駐在官は6人おり、中立国の立場を利用して、連合国、枢軸国の大使や駐在武官たちと、さまざまな交流や交渉を行っている。
「ドイツとイギリスの首脳部が、非公式の講和会談を行った事を、真っ先に発表したのも、この新聞社でしたね」
「あれには驚きましたよ・・・」
防衛駐在官たちが、口を揃えて言った。
統合省防衛局自衛隊から派遣されている防衛駐在官たちは、大日本帝国大使館を間借りした状態で、外交を行っているが、スイス連邦政府には新世界連合が早い段階で接触し、独自の高等弁務官事務所を設置している。
新世界連合だけでは無く、サヴァイヴァーニィ同盟の高等弁務官事務所も、設置されており、双方が接触出来る貴重な国でもある。
新世界連合軍とサヴァイヴァーニィ同盟軍は、現段階では直接的に、大規模な戦闘を繰り広げていない。
地域的な武力紛争レベルで、収められている。
武力紛争といっても、陸海空でも双方の作戦が重なった結果、たまたま武力衝突するだけだ。
菊水総隊海上自衛隊の護衛艦が、サヴァイヴァーニィ同盟軍同盟海軍の艦艇と大規模に戦闘を繰り広げたのは、アリューシャン列島周辺海域での戦闘のみで、その他の海域では、ミサイル艇やコルベット等の小型戦闘艦艇から、護衛艦に対して火器管制レーダーが照射されたぐらいである。
もちろん、その度にスイスでは、大日本帝国大使館にいる統合省外務局の外交官が、サヴァイヴァーニィ同盟に対して、抗議や戦線拡大を阻止するための交渉を行っている。
最近の事件としては、ジブチを拠点にインド洋を警戒している海上自衛隊航空部隊のP-3Cが、サヴァイヴァーニィ同盟軍同盟海軍南海攻略艦隊のミサイル駆逐艦を発見し、接近を試みたところ、国際法に従った警告を受けただけだ。
もちろん、海上自衛隊のP-3Cは、ミサイル駆逐艦に対して、異常接近した訳では無い。
ミサイル駆逐艦側も、これ以上の接近は許容出来ないという意味合いでの、警告だった。
その時、ドアからノック音が響いた。
「どうぞ」
名元が許可すると、統合省外務局の秘書官が、部屋に入って来た。
「空将補。そろそろ、お時間です」
「おっと、もうそんな時間か?」
名元が、立ち上がった。
「サヴァイヴァーニィ同盟主催の軍民交流パーティーに、招待されるとは・・・彼らは何を企んでいるのやら・・・」
名元は、立ち上がりながら、つぶやいた。
「さぁ~・・・私には何とも・・・」
秘書は、首を振った。
サヴァイヴァーニィ同盟主催の交流パーティーには、統合省外務局の外交官だけでは無く、首席防衛駐在官、新世界連合の外交官、駐在武官や、アメリカやイギリス等の連合国高官や軍人、ドイツやイタリア等の枢軸国高官や軍人、それと大日本帝国の高官や軍人が、招待されている。
名元は、大日本帝国特命全権大使である舟田正と共に、公用車に乗り込んだ。
公用車が走り出すと、舟田が話しかけて来た。
「私は文官であるから専門的な事は、わからないが・・・ハワイ方面での大規模会戦だが、あまりにも弱腰では無いのか?」
舟田は、文官の中では過激的な思想を持つ者であり、菊水総隊海上自衛隊第2護衛隊群所属のイージス艦[あしがら]艦長である向井基樹1等海佐の、開戦当初の作戦行動を、弱腰だと非難し、SSM-1Bで跡形も無く[キング・オブ・ジョージ5世]級戦艦[プリンス・オブ・ウェールズ]を破壊するべきだったと、発言した程の人物だ。
「新世界連合軍陸海空軍が集結し、菊水総隊陸海空自衛隊、朱蒙軍陸海空軍もいた。全力投入すれば、数週間で4ヵ国連合軍を壊滅させる事が、出来たのでは無いか?」
「確かに、武力を全力投入すれば、4ヵ国連合軍を壊滅させる事が出来たでしょう。しかし、その方法を使えば、連合国と枢軸国の国民に、憎悪の感情を根深く植え付ける事になります。上陸部隊を乗せた輸送船団等を輸送船に乗せた状態で、沈めてしまった場合、彼らの面子も消滅します。ある程度には、彼らの面子を保つ必要もありますし、憎悪や復讐心を抑えるように戦わなければなりません」
「だが、戦争にルール等無いだろう。徹底的に、やるかやられるかの戦いに、そのような甘い感情を持ち込んでは、敵に舐められる元では無いかね?」
「そんな事はありません。戦争にも、ルールがあります。わかりやすく説明すれば、反社会的思想の団体にも、抗争のルールがあるように、戦争にも暗黙の了解が、存在します。ルールの無い、何でもありの争いをするのは、チンピラぐらいです」
「だが、私としては、徹底的に叩く方が良かったのでは無いかと思う。地上軍総司令官であるグデーリアン上級大将を拘束しても、末端の兵までもが停戦命令を受けいれるとは、思えないのだが・・・?」
「その可能性はあります」
名元は、舟田の話が早く終わってくれないか・・・と、内心で思うのであった。
彼としては、あまりにも過激な発言をする、舟田が、少し苦手なのである。
何も知らない素人であるのなら、いくらでも対応出来るのだが、彼は専門家でも頭を悩める内容を、ズバズバと問うてくる。
それに・・・彼の発言は、確かに過激な部分が多いが、一理は、あるのである。
そのため、対応に非常に頭を悩めるのであった。
「しかし、グデーリアン上級大将を拘束せず、地上部隊を壊滅させたとしても、アメリカ西海岸から、新たに10万人の陸軍と海兵隊を乗せた、輸送船団が接近していました。50万人を殲滅したとしても、さらに10万人と戦う事になります。それも復讐心と憎悪に駆られた集団を相手に・・・です」
「阻止作戦も、あったのであろう?」
「はい、潜水艦部隊と巡洋艦部隊による阻止作戦は、存在していました。しかし、そこでさらに10万人を殺してしまったら、今度は講和が遠のく可能性もあります」
「確かに・・・その可能性は、あるな」
舟田は、頷いた。
「100万人近い人命が失われれば、連合国、枢軸国だけでは無く、全世界に主戦感情を積もらせる可能性があるな・・・」
100万人の戦死で、講和交渉が、うまく行かない訳では無いが、それこそ、かつてのアメリカのように、原爆を使う事態にまで発展するだろう。
「君たちの史実での第2次世界大戦で、日米戦争があのような形になったのは、どちらも引く手段を講じる事が出来ない程、徹底的に旧陸海軍を、アメリカ軍が叩きのめした結果でもあるからな・・・」
「そうです」
名元が頷く。
「そろそろ到着です」
運転手が、声をかける。
交流パーティー会場を訪れた名元たちは、会場スタッフに案内された。
「さすがに、ピリピリしているな・・・」
名元は、会場の空気を感じて、そうつぶやいた。
「当然です」
答えたのは、通訳として同行している、スタッフであった。
「連合国アメリカ、イギリス、枢軸国ドイツ、イタリアは、サヴァイヴァーニィ同盟軍と、ニューワールド連合軍の、どちらとも交戦しています。それに、フォークランド諸島を奪還するために、30万人の上陸部隊を乗せた輸送船団は、サヴァイヴァーニィ同盟海軍の核攻撃で、消滅させられています」
「確かに・・・」
連合国アメリカ、イギリス、枢軸国ドイツ、イタリアの軍人たちの雰囲気は、とても言葉には出来ないぐらいの、ピリピリした状態であった。
「4ヵ国連合軍の海軍戦力も、サヴァイヴァーニィ同盟軍同盟海軍西海攻略艦隊に、手痛い目に遭わせられている」
戦艦部隊及び空母機動部隊は、それぞれの戦闘で、サヴァイヴァーニィ同盟軍同盟海軍西海攻略艦隊の圧倒的防空兵器、ミサイル兵器等で、完膚なきまでに叩きのめされている。
「少し・・・いいかね?」
「?」
通訳として同行しているスタッフと雑談をしていると、突然、声をかけられた。
声がした方に振り返ると、ある人物が立っていた。
「アイゼンハワー元帥!?」
名元に声をかけてきたのは、アメリカ統合軍ヨーロッパ派遣軍総司令官である、ドワイト・デビット・アイゼンハワー元帥だった。
「私が、ここにいるのは、そんなに不思議かね?少将」
「いえ、そのような事は、ありません」
まさか、ヨーロッパ戦線での、実質ナンバー3にあたる大物を招待するとは、サヴァイヴァーニィ同盟も、なかなかやる・・・
ちなみに、空将補は、軍での階級では少将に相当する。
「私としては、どうして選ばれたのか、疑問に思うところではあるがね。どちらかと言うと、ロンメル元帥や、モントゴメリー元帥の方が、適任であろうと思うのだが・・・」
「サヴァイヴァーニィ同盟の思惑は、だいたい見当が付きます。自分がパーティーを主催する立場であったら、やはりアイゼンハワー元帥を、お呼びしたでしょう」
「ほう?」
「元帥は、我々の史実では、合衆国大統領になられるだけでは無く、アフリカ系アメリカ人の待遇改善にも、尽力したお方です」
「私は軍人一筋だ。政治の事は、わからない。未来の私がどうなるか、わからないが、軍人が政治に関わるべきでは無いと思うのだが・・・大統領になった私も、その信念を守り、政治にはあまり関心を示さなかったのではないかね?」
「私の知る史実の記録でも、そうでした。元帥は軍人として信念を曲げず、最後まで大統領としてでは無く、軍人として任期を満了されました」
「しかし、それでは政治が、うまくいかないのでは無いか?ハワイに潜入した海軍の将校からの報告では、大統領になった私は、政治にも介入したと聞いている」
「それは、人それぞれの見方によると思います。大統領としては政治に介入せず、副大統領や他の閣僚たちに全権に委任し、必要な判断を迫られた時に決断をする大統領でした。この件に関しては、ニューワールド連合軍の駐在武官の方に、聞けばよろしいでしょう」
「いや、彼らに聞くより、君から聞く方がいい」
「何故でしょうか?」
アイゼンハワーの言葉に、名元は目を丸くした。
「スイスの武官が、そう言っていた」
「そうですか・・・」
防衛駐在官である以上、多少の外交にも介入する事がある。
その時に、そう評価されたのだろう。
アイゼンハワーとの雑談を終えると、名元に、また声をかける者がいた。
「名元少将。少し、よろしいですかな?」
名元は、声がした方に振り返った。
彼に声をかけたのは、サヴァイヴァーニィ同盟高等弁務官事務所に勤務する、駐在武官の王子豪大校(准将)であった。
「これは王大校。この度は、お招きいただきありがとうございます」
名元は、頭を下げる。
「これも外交政策の一環です」
王は、シャンパンが入ったグラスを、2つ持っていた。
「どうぞ」
「いただきます」
差し出されたシャンパングラスを、名元は受け取った。
「ここは1つ、干杯しましょう」
「わかりました」
「ハワイ会戦の勝利を祝して、干杯!」
「乾杯!」
グラス同士がぶつかる、甲高い音が響くが、会場の賑わいによって、音は掻き消されてしまう。
2人は、一気にシャンパンを飲み干した。
「我々も、原潜や無人偵察機等を派遣して、ハワイ会戦を観戦しましたが、想像を絶する激戦でしたな。それも貴官たちは核を使わずに、4ヵ国連合軍を撃退しました」
「それは貴官たちも同じでありましょう。ヨーロッパ戦線では、核を使わずにドイツ軍、イタリア軍、イギリス軍、アメリカ軍を撃退しました」
「ヨーロッパ戦線は、序章に過ぎません。しかし、その序章戦でもフィンランド侵攻では、フィンランド軍に、手痛い目に遭わされています。フィンランド軍のゲリラ戦もありますが、貴官等の支援によって、フィンランド軍は、新ソ連軍の物量戦をも凌駕しています」
「支援ですか・・・?」
「隠さなくてもよろしいですよ。新世界連合軍は、フィンランド軍に武器、弾薬等を提供し、日本統合省は、資金提供だけでは無く、医薬品、医師団の派遣等を行っている。我々も何も知らない訳ではありません」
さすがに、ロシアや中国で組織された、サヴァイヴァーニィ同盟だけの事はある。
情報収集には、抜かりない。
だが、こちらも負けてはいない。
「・・・そう言えば、ルーズベルト大統領の周囲で暗躍しているはずの、共産主義者は最近、大人しいようですが・・・?ハワイ会戦の緒戦で第1護衛隊群が、連合国アメリカ海軍の戦艦部隊と、航空部隊に手痛い目に遭わされましたが、何か、ご存じですか?」
「さて、何の事やら・・・まさか、我々が民主主義国家の支援などすると、お思いですか?」
「まあ、あり得ないでしょうね」
涼しい顔で、惚ける王に、名元は意味深な微笑を返す。
「支援と言えば・・・中国でも手広くやっていますね」
王が、話題を変えた。
「中国分割案は、そちらも承認したと聞いておりますが・・・?」
「確かに、中国の南北分割は、そちらが提案し、我々も承認しました。共産圏で建国される中華人民共和国と、民主圏で建国される中華連邦共和国・・・やはり、中連(中華連邦共和国の略称)の大統領は、蒋介石氏かね?」
「国民投票で決められるので、それは何とも言えませんが、決定では無く内定ではありますが、蒋介石氏が中連の初代大統領になると思いますよ」
王は、頷く。
「上海や香港を、イギリスから奪取したのは、中連に返還するためだったのかね?」
「そうです。元々、上海と香港は中国のものですから、仮に、我々が何もしなければ、貴官たちが、上海や香港を、武力で奪取するつもりだったでしょう?」
「上の連中が、中国分割案を承諾しなければ、サヴァイヴァーニィ同盟軍同盟陸軍と同盟空挺軍が、大規模な上海と香港を奪取する作戦を行っただろう。そうなれば、新世界連合軍と日本統合省自衛隊と、大規模に武力衝突していただろう・・・」
「そうならなかったのは、幸いです・・・」
王が、笑みを浮かべる。
「我々、中国人にとっては、いくら大義のためであっても、祖国を戦場にするのは、気が引ける。その事を考えれば、確かに幸いな結果であったな」
王と名元の意見が合った。
撥雲見天 第0章をお読みいただきありがとうございます。
誤字脱字があったと思いますが、ご了承ください。
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