表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
364/452

撥雲見天 第0章 敵であり味方であり、敵でなく味方ではない

 みなさん、おはようございます、こんにちは、こんばんは、お疲れ様です。

 スイス連邦の首都ベルンにある大日本帝国大使館の一室で、防衛駐在官たちが、ラジオのニュースを聞きながら、雑談をしていた。


『ドイツ、イタリア、アメリカ、イギリスの4ヵ国で編成された連合軍が、ハワイ方面で大規模な戦闘を繰り広げています。戦闘結果については、宣伝相から何の発表もありませんが、パシフィック・スペース・アグレッサー軍に対して、少なくない被害を出している模様です』


 放送を聞きながら、首席防衛駐在官の名元(なもと)(ひろ)(たけ)空将補は、新聞紙を広げていた。


「この新聞社・・・情報が、やけに早いな。政府の高官とでも、繋がりを持っているのか?」


 名元の言葉に、他の防衛駐在官たちが顔を向けた。


 スイス連邦に派遣されている防衛駐在官は6人おり、中立国の立場を利用して、連合国、枢軸国の大使や駐在武官たちと、さまざまな交流や交渉を行っている。


「ドイツとイギリスの首脳部が、非公式の講和会談を行った事を、真っ先に発表したのも、この新聞社でしたね」


「あれには驚きましたよ・・・」


 防衛駐在官たちが、口を揃えて言った。


 統合省防衛局自衛隊から派遣されている防衛駐在官たちは、大日本帝国大使館を間借りした状態で、外交を行っているが、スイス連邦政府には新世界連合が早い段階で接触し、独自の高等弁務官事務所を設置している。


 新世界連合だけでは無く、サヴァイヴァーニィ同盟の高等弁務官事務所も、設置されており、双方が接触出来る貴重な国でもある。


 新世界連合軍とサヴァイヴァーニィ同盟軍は、現段階では直接的に、大規模な戦闘を繰り広げていない。


 地域的な武力紛争レベルで、収められている。


 武力紛争といっても、陸海空でも双方の作戦が重なった結果、たまたま武力衝突するだけだ。


 菊水総隊海上自衛隊の護衛艦が、サヴァイヴァーニィ同盟軍同盟海軍の艦艇と大規模に戦闘を繰り広げたのは、アリューシャン列島周辺海域での戦闘のみで、その他の海域では、ミサイル艇やコルベット等の小型戦闘艦艇から、護衛艦に対して火器管制レーダーが照射されたぐらいである。


 もちろん、その度にスイスでは、大日本帝国大使館にいる統合省外務局の外交官が、サヴァイヴァーニィ同盟に対して、抗議や戦線拡大を阻止するための交渉を行っている。


 最近の事件としては、ジブチを拠点にインド洋を警戒している海上自衛隊航空部隊のP-3Cが、サヴァイヴァーニィ同盟軍同盟海軍南海攻略艦隊のミサイル駆逐艦を発見し、接近を試みたところ、国際法に従った警告を受けただけだ。


 もちろん、海上自衛隊のP-3Cは、ミサイル駆逐艦に対して、異常接近した訳では無い。


 ミサイル駆逐艦側も、これ以上の接近は許容出来ないという意味合いでの、警告だった。


 その時、ドアからノック音が響いた。


「どうぞ」


 名元が許可すると、統合省外務局の秘書官が、部屋に入って来た。


「空将補。そろそろ、お時間です」


「おっと、もうそんな時間か?」


 名元が、立ち上がった。


「サヴァイヴァーニィ同盟主催の軍民交流パーティーに、招待されるとは・・・彼らは何を企んでいるのやら・・・」


 名元は、立ち上がりながら、つぶやいた。


「さぁ~・・・私には何とも・・・」


 秘書は、首を振った。


 サヴァイヴァーニィ同盟主催の交流パーティーには、統合省外務局の外交官だけでは無く、首席防衛駐在官、新世界連合の外交官、駐在武官や、アメリカやイギリス等の連合国高官や軍人、ドイツやイタリア等の枢軸国高官や軍人、それと大日本帝国の高官や軍人が、招待されている。


 名元は、大日本帝国特命全権大使である舟田(ふなだ)(ただし)と共に、公用車に乗り込んだ。


 公用車が走り出すと、舟田が話しかけて来た。


「私は文官であるから専門的な事は、わからないが・・・ハワイ方面での大規模会戦だが、あまりにも弱腰では無いのか?」


 舟田は、文官の中では過激的な思想を持つ者であり、菊水総隊海上自衛隊第2護衛隊群所属のイージス艦[あしがら]艦長である向井(むかい)基樹(もとき)1等海佐の、開戦当初の作戦行動を、弱腰だと非難し、SSM-1Bで跡形も無く[キング・オブ・ジョージ5世]級戦艦[プリンス・オブ・ウェールズ]を破壊するべきだったと、発言した程の人物だ。


「新世界連合軍陸海空軍が集結し、菊水総隊陸海空自衛隊、朱蒙軍陸海空軍もいた。全力投入すれば、数週間で4ヵ国連合軍を壊滅させる事が、出来たのでは無いか?」


「確かに、武力を全力投入すれば、4ヵ国連合軍を壊滅させる事が出来たでしょう。しかし、その方法を使えば、連合国と枢軸国の国民に、憎悪の感情を根深く植え付ける事になります。上陸部隊を乗せた輸送船団等を輸送船に乗せた状態で、沈めてしまった場合、彼らの面子も消滅します。ある程度には、彼らの面子を保つ必要もありますし、憎悪や復讐心を抑えるように戦わなければなりません」


「だが、戦争にルール等無いだろう。徹底的に、やるかやられるかの戦いに、そのような甘い感情を持ち込んでは、敵に舐められる元では無いかね?」


「そんな事はありません。戦争にも、ルールがあります。わかりやすく説明すれば、反社会的思想の団体にも、抗争のルールがあるように、戦争にも暗黙の了解が、存在します。ルールの無い、何でもありの争いをするのは、チンピラぐらいです」


「だが、私としては、徹底的に叩く方が良かったのでは無いかと思う。地上軍総司令官であるグデーリアン上級大将を拘束しても、末端の兵までもが停戦命令を受けいれるとは、思えないのだが・・・?」


「その可能性はあります」


 名元は、舟田の話が早く終わってくれないか・・・と、内心で思うのであった。


 彼としては、あまりにも過激な発言をする、舟田が、少し苦手なのである。


 何も知らない素人であるのなら、いくらでも対応出来るのだが、彼は専門家でも頭を悩める内容を、ズバズバと問うてくる。


 それに・・・彼の発言は、確かに過激な部分が多いが、一理は、あるのである。


 そのため、対応に非常に頭を悩めるのであった。


「しかし、グデーリアン上級大将を拘束せず、地上部隊を壊滅させたとしても、アメリカ西海岸から、新たに10万人の陸軍と海兵隊を乗せた、輸送船団が接近していました。50万人を殲滅したとしても、さらに10万人と戦う事になります。それも復讐心と憎悪に駆られた集団を相手に・・・です」


「阻止作戦も、あったのであろう?」


「はい、潜水艦部隊と巡洋艦部隊による阻止作戦は、存在していました。しかし、そこでさらに10万人を殺してしまったら、今度は講和が遠のく可能性もあります」


「確かに・・・その可能性は、あるな」


 舟田は、頷いた。


「100万人近い人命が失われれば、連合国、枢軸国だけでは無く、全世界に主戦感情を積もらせる可能性があるな・・・」


 100万人の戦死で、講和交渉が、うまく行かない訳では無いが、それこそ、かつてのアメリカのように、原爆を使う事態にまで発展するだろう。


「君たちの史実での第2次世界大戦で、日米戦争があのような形になったのは、どちらも引く手段を講じる事が出来ない程、徹底的に旧陸海軍を、アメリカ軍が叩きのめした結果でもあるからな・・・」


「そうです」


 名元が頷く。


「そろそろ到着です」


 運転手が、声をかける。





 交流パーティー会場を訪れた名元たちは、会場スタッフに案内された。


「さすがに、ピリピリしているな・・・」


 名元は、会場の空気を感じて、そうつぶやいた。


「当然です」


 答えたのは、通訳として同行している、スタッフであった。


「連合国アメリカ、イギリス、枢軸国ドイツ、イタリアは、サヴァイヴァーニィ同盟軍と、ニューワールド連合軍の、どちらとも交戦しています。それに、フォークランド諸島を奪還するために、30万人の上陸部隊を乗せた輸送船団は、サヴァイヴァーニィ同盟海軍の核攻撃で、消滅させられています」


「確かに・・・」


 連合国アメリカ、イギリス、枢軸国ドイツ、イタリアの軍人たちの雰囲気は、とても言葉には出来ないぐらいの、ピリピリした状態であった。


「4ヵ国連合軍の海軍戦力も、サヴァイヴァーニィ同盟軍同盟海軍西海攻略艦隊に、手痛い目に遭わせられている」


 戦艦部隊及び空母機動部隊は、それぞれの戦闘で、サヴァイヴァーニィ同盟軍同盟海軍西海攻略艦隊の圧倒的防空兵器、ミサイル兵器等で、完膚なきまでに叩きのめされている。


「少し・・・いいかね?」


「?」


 通訳として同行しているスタッフと雑談をしていると、突然、声をかけられた。


 声がした方に振り返ると、ある人物が立っていた。


「アイゼンハワー元帥!?」


 名元に声をかけてきたのは、アメリカ統合軍ヨーロッパ派遣軍総司令官である、ドワイト・デビット・アイゼンハワー元帥だった。


「私が、ここにいるのは、そんなに不思議かね?少将」


「いえ、そのような事は、ありません」


 まさか、ヨーロッパ戦線での、実質ナンバー3にあたる大物を招待するとは、サヴァイヴァーニィ同盟も、なかなかやる・・・


 ちなみに、空将補は、軍での階級では少将に相当する。


「私としては、どうして選ばれたのか、疑問に思うところではあるがね。どちらかと言うと、ロンメル元帥や、モントゴメリー元帥の方が、適任であろうと思うのだが・・・」


「サヴァイヴァーニィ同盟の思惑は、だいたい見当が付きます。自分がパーティーを主催する立場であったら、やはりアイゼンハワー元帥を、お呼びしたでしょう」


「ほう?」


「元帥は、我々の史実では、合衆国大統領になられるだけでは無く、アフリカ系アメリカ人の待遇改善にも、尽力したお方です」


「私は軍人一筋だ。政治の事は、わからない。未来の私がどうなるか、わからないが、軍人が政治に関わるべきでは無いと思うのだが・・・大統領になった私も、その信念を守り、政治にはあまり関心を示さなかったのではないかね?」


「私の知る史実の記録でも、そうでした。元帥は軍人として信念を曲げず、最後まで大統領としてでは無く、軍人として任期を満了されました」


「しかし、それでは政治が、うまくいかないのでは無いか?ハワイに潜入した海軍の将校からの報告では、大統領になった私は、政治にも介入したと聞いている」


「それは、人それぞれの見方によると思います。大統領としては政治に介入せず、副大統領や他の閣僚たちに全権に委任し、必要な判断を迫られた時に決断をする大統領でした。この件に関しては、ニューワールド連合軍の駐在武官の方に、聞けばよろしいでしょう」


「いや、彼らに聞くより、君から聞く方がいい」


「何故でしょうか?」


 アイゼンハワーの言葉に、名元は目を丸くした。


「スイスの武官が、そう言っていた」


「そうですか・・・」


 防衛駐在官である以上、多少の外交にも介入する事がある。


 その時に、そう評価されたのだろう。





 アイゼンハワーとの雑談を終えると、名元に、また声をかける者がいた。


「名元少将。少し、よろしいですかな?」


 名元は、声がした方に振り返った。


 彼に声をかけたのは、サヴァイヴァーニィ同盟高等弁務官事務所に勤務する、駐在武官の王子(ワン ズー)(ハオ)大校(准将)であった。


「これは王大校。この度は、お招きいただきありがとうございます」


 名元は、頭を下げる。


「これも外交政策の一環です」


 王は、シャンパンが入ったグラスを、2つ持っていた。


「どうぞ」


「いただきます」


 差し出されたシャンパングラスを、名元は受け取った。


「ここは1つ、干杯しましょう」


「わかりました」


「ハワイ会戦の勝利を祝して、干杯(ガンベイ)!」


「乾杯!」


 グラス同士がぶつかる、甲高い音が響くが、会場の賑わいによって、音は掻き消されてしまう。


 2人は、一気にシャンパンを飲み干した。


「我々も、原潜や無人偵察機等を派遣して、ハワイ会戦を観戦しましたが、想像を絶する激戦でしたな。それも貴官たちは核を使わずに、4ヵ国連合軍を撃退しました」


「それは貴官たちも同じでありましょう。ヨーロッパ戦線では、核を使わずにドイツ軍、イタリア軍、イギリス軍、アメリカ軍を撃退しました」


「ヨーロッパ戦線は、序章に過ぎません。しかし、その序章戦でもフィンランド侵攻では、フィンランド軍に、手痛い目に遭わされています。フィンランド軍のゲリラ戦もありますが、貴官等の支援によって、フィンランド軍は、新ソ連軍の物量戦をも凌駕しています」


「支援ですか・・・?」


「隠さなくてもよろしいですよ。新世界連合軍は、フィンランド軍に武器、弾薬等を提供し、日本統合省は、資金提供だけでは無く、医薬品、医師団の派遣等を行っている。我々も何も知らない訳ではありません」


 さすがに、ロシアや中国で組織された、サヴァイヴァーニィ同盟だけの事はある。


 情報収集には、抜かりない。


 だが、こちらも負けてはいない。


「・・・そう言えば、ルーズベルト大統領の周囲で暗躍しているはずの、共産主義者は最近、大人しいようですが・・・?ハワイ会戦の緒戦で第1護衛隊群が、連合国アメリカ海軍の戦艦部隊と、航空部隊に手痛い目に遭わされましたが、何か、ご存じですか?」


「さて、何の事やら・・・まさか、我々が民主主義国家の支援などすると、お思いですか?」


「まあ、あり得ないでしょうね」


 涼しい顔で、惚ける王に、名元は意味深な微笑を返す。


「支援と言えば・・・中国でも手広くやっていますね」


 王が、話題を変えた。


「中国分割案は、そちらも承認したと聞いておりますが・・・?」


「確かに、中国の南北分割は、そちらが提案し、我々も承認しました。共産圏で建国される中華人民共和国と、民主圏で建国される中華連邦共和国・・・やはり、中連(中華連邦共和国の略称)の大統領は、蒋介石(チヤン チエシー)氏かね?」


「国民投票で決められるので、それは何とも言えませんが、決定では無く内定ではありますが、蒋介石氏が中連の初代大統領になると思いますよ」


 王は、頷く。


「上海や香港を、イギリスから奪取したのは、中連に返還するためだったのかね?」


「そうです。元々、上海と香港は中国のものですから、仮に、我々が何もしなければ、貴官たちが、上海や香港を、武力で奪取するつもりだったでしょう?」


「上の連中が、中国分割案を承諾しなければ、サヴァイヴァーニィ同盟軍同盟陸軍と同盟空挺軍が、大規模な上海と香港を奪取する作戦を行っただろう。そうなれば、新世界連合軍と日本統合省自衛隊と、大規模に武力衝突していただろう・・・」


「そうならなかったのは、幸いです・・・」


 王が、笑みを浮かべる。


「我々、中国人にとっては、いくら大義のためであっても、祖国を戦場にするのは、気が引ける。その事を考えれば、確かに幸いな結果であったな」


 王と名元の意見が合った。

 撥雲見天 第0章をお読みいただきありがとうございます。

 誤字脱字があったと思いますが、ご了承ください。

 次回の投稿は2月1日を予定しています。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ