撥雲見天 序章 2 怨霊の独語
みなさん、おはようございます、こんにちは、こんばんは、お疲れ様です。
・・・声が、聴こえる・・・
「・・・あの方の血を、後々の世まで必ず繋いでおくれ・・・」
「右府殿、太閤殿下より、この内府が引き継ぎし、日の本の統一。そして、戦の無い世を作る事。そち等の一族は、後々の世まで影として、日の本に住む民の平安と安寧を守る、護人となれ・・・」
「・・・私の死を、兄上が望むのならば、受け入れよう。兄上に伝えよ。私は、見ておるぞ。いや、私だけでは無い。徳川に滅ぼされ、死したる、すべての亡者たちが、徳川の・・・幕府の行く末を見ている事を・・・それを、努々忘れる事なかれ・・・とな」
「貴方に、天主様のご加護を・・・これは、私の願いです。必ず、生き延びて下さい」
それは、自分の内を流れる血潮に、刻まれた声・・・
心臓が鼓動を打つ度に、それらの声が木霊のように響く。
その中でも、ひと際大きく響く声。
「必ず生きて帰って来い。俺は、ずっと待っている。たとえ、この身が老いさらばえ朽ち果てようと、何度でも生まれ変わって、ずっと待っている!」
「・・・・・・」
ため息をついて、目を開ける。
「・・・守れない約束は、するものじゃない・・・」
桐生明美は、小さくつぶやいた。
「報告が入った」
[信濃]の甲板の一画、ほとんど人気が無い場所で、桐生は海を見詰めたまま、小さな声を発した。
現在[信濃]は、ニミッツ提督と山本の直接会談のために、ハワイ・オアフ島真珠湾に向かって、護衛の駆逐艦群と共に航行している。
「米英独伊4ヵ国連合軍総旗艦重巡洋艦[インディアナポリス]内で、一部の主戦論派の将校が、停戦に反対して反乱を企てようとした事が発覚し、MPに拘束されたそうだ」
「へぇ~、ふぅ~ん、ほぉ~ん。それは、それは、大変ですねぇ~・・・一大事ですよねぇ~・・・」
桐生と並んで、海を眺めている氷室匡人2等海佐は、惚けた口調で応じる。
「そうであろうな・・・」
「アメリカの警察権の行使条件の1つに、『疑わしきは、捕らえよ』が、ありますからねぇ。事件によっては、逮捕するのに、証拠も令状も、不必要。何て事も、ありますもんねぇ~・・・」
「・・・・・・」
(さり気な~く、そう仕向けるように、したんじゃ、無いんですか・・・?)
ジト目で桐生を眺めつつ、内心で、つぶやく。
ただ、これに付いては、何とも言い難い。
連合国アメリカ軍のMPの捜査力だって、それなりに有能である。
桐生が、送り込んでいるらしい工作員が、働きかけなくても、MP独自の捜査で発覚した可能性も、十分に考えられる。
どちらでも、いいが・・・
「まあ、これで停戦交渉の会談に、おかしな横槍が入るような事は無さそうですし、めでたし、めでたし・・・ですよね」
何だか桐生の雰囲気が、いつもと違うのが気になるが・・・
「そこでぇ~・・・氷室さんに~、ちょっ~と、お願いがあるんだけど~・・・」
あっ、元に戻った。
「何です?お小遣いは、あげませんよ!」
「違う、違う。ちょっと個人的な件で、確認しなきゃならない事が、あるんだな~・・・」
「個人的な件?」
「そ~なの。と、いう訳でぇ~・・・一時的に、氷室さんの監視下から離れま~す。OK?」
「いやいやいや!何ですか、それは!!?貴女が何をしようとしているのか、わかりませんけど、貴女に何かあったら、僕が本庄さんに叱られるって、いつも言っているでしょう!いや・・・下手したら、僕、本庄さんに殺されるかも・・・鬼か悪魔のように、コワ~い人だし・・・」
「・・・お兄様の悪口言ったら・・・怒るよ!プンプン!!」
「・・・スミマセン」
口調は朗らかだが、桐生の目が本気で怒っている。
「と・・・とにかくですね。理由は、聞かせてもらいますよ!」
「私が、この時代に来た目的のため・・・以上!」
「・・・・・・」
それは、まったく理由になっていないのだが・・・多分、追及しても答えてくれないのは、明白である。
氷室は無言で、肩を竦めた。
「・・・私は、自分にとって一番大切な人との約束を、守れなかった・・・だからこそ、もう絶対、約束した事は破らない。そう決めているの・・・」
海を眺める桐生の横顔が、一瞬だけ悲しそうに見えた。
これは、説得しても無理だな・・・氷室は、そう思った。
ここで、桐生に貸しを作っておくのも、悪い事では無い。
「・・・仕方ありません。その代わり、目的を果たしたら、その理由をちゃんと説明して貰いますからね!」
「ありがとう」
ため息を付いて、許可を出した氷室に、桐生は礼を言った。
撥雲見天 序章2をお読みいただきありがとうございます。
誤字脱字があったと思いますが、ご了承ください。
次回の投稿は1月25日を予定しています。




