薄明光線 終章 3 不快指数
みなさん、おはようございます、こんにちは、こんばんは、お疲れ様です。
1942年8月中旬。
アメリカ合衆国東部某州。
その日は、朝から蒸し暑く、人々は、拭いても、拭いても、滲み出る汗に、不快な気分を味わっていた。
この州は、州知事からして過激とも言っていい主戦論派で、州内の各都市部でも過激な主戦論を唱える市民が幅を利かせている。
もちろん、慎重派や講和派の市民も存在するが、迂闊にそれらの言葉を唱えようものなら、嫌がらせを受けるくらいなら、まだいい方で、酷い場合には白昼堂々であっても、暴行を受けたりする。
警察に訴えても、単なる強盗事件や傷害事件として片付けられる始末であった。
身の危険を感じる人々は、沈黙せざるを得ない。
民主主義国家であるフランスには、こんな言葉があるそうだ。
「私は、貴方の意見には反対だ。しかし、貴方が意見を言う権利は、尊重する」
民主主義国家の理想としては、素晴らしい言葉だが、現実に実行するのは簡単では無い。
「号外!号外!」
新聞の束を入れた袋を担いだ少年が、大声を上げている。
新聞等を販売するスタンドに、配布する暇も無かったのか、少年の表情は酷く真剣だ。
号外の言葉に、見向きもしなかった人々でさえ、少年の発した次の言葉には、驚愕の表情を浮かべて振り返った。
「ハワイ奪還軍、敗退!!!」
その言葉を聞いた大人たちが、少年の周囲に群がる。
「1部くれ!!」
「こっちもだ!」
「俺も1部!」
無数に伸びてくる手に、テキパキと号外を渡し、少年は代金を受け取る。
あっと言う間に、号外は売り切れてしまった。
「毎度あり~!」
すべての号外を売り切った少年は、手を振って立ち去って行った。
「本当だ!」
「巡洋艦に、白旗が掲げられている・・・」
号外には、『米英独伊4ヵ国で編成された、ハワイ奪還連合軍敗退!』という、大きな見出しと、パールハーバー海軍基地に、大日本帝国海軍の海軍旗である旭日旗が掲げられた駆逐艦群に、包囲された状態で入港する、白旗を掲げたアメリカ海軍の巡洋艦の写真が、大きく掲載されている。
「・・・そんな・・・」
「こんな事が・・・」
ショックのあまり呆然としている人々もいれば、号外を破り捨て、そこらのものに、当たり散らしている人もいる。
「ちょっと、待て!ラジオでは、そんなニュースは流れていない。誤報かも知れないぞ!」
冷静になるように、周囲の人々に呼びかける者もいる。
そのストリートの、数ブロック先では・・・
まったく、逆の事を報じた号外が、飛ぶように売れていた。
ストリートの裏路地では・・・
「全部売り終わったよ!」
空になった袋を抱えた少年が、売上金の入った鞄を、差し出してきた。
「ありがとう。売上金は、君の仕事料だ。納めてくれ。それと・・・これは、少ないが、謝礼金だ」
そう言って桐生隼也は、封筒を渡す。
「こんなに!?」
封筒の中身を確認して、少年は目を丸くする。
かなりの枚数の紙幣が、入っている。
「親父さんが、ヨーロッパで戦死して、生活が苦しいのだろう?生活費の足しにでもしてくれ」
「あ・・・ありがとう。また、何かあったら声を、かけてくれよ。何でも手伝うよ!」
「ああ、またな・・・」
手を振って、駆け去っていく少年に、手を振り返す。
「さて・・・種蒔は、終わったな・・・」
雑踏に紛れるように歩きながら、桐生は、つぶやく。
アメリカ全土の主要都市では、自分がしたのと同じような事が、行われている。
良い意味でも悪い意味でも、センセーショナルな情報は、人々の関心を惹きつける。
それを鵜呑みにして信じるもよし、疑ってかかるもよし・・・
それは、それぞれの自由だ。
「しかし・・・デジタル加工は、便利だな・・・」
素材さえあれば、無い物をあるように・・・ある物を無いように見せる事が出来る・・・
ハワイ諸島での戦闘は中止され、現在、4ヵ国連合軍総司令官と、大日本帝国、新世界連合との間で、停戦と撤退に付いての会談が、もたれようとしているはずだ。
合衆国連邦政府からの、公式発表が行われるまでには、まだまだ時間がかかる。
それまでに、アメリカ国民の心に蒔かれた種からは、どんな芽が芽吹くだろうか・・・?
不安、恐怖、疑惑、疑念、不信・・・それらを養分にして、育つ物は、何なのだろうか・・・?
「・・・毒を持った植物か・・・はてさて、新生アメリカの希望となる、大輪の花か・・・?」
どちらにしても、苗床となる存在の運命は、決まっている。
薄明光線 終章3をお読みいただきありがとうございます。
誤字脱字があったと思いますが、ご了承ください。
本日で、薄明光線編は終了です。
来週及び再来週はお正月休みをいただきたいと思いますので、ご了承ください。
次回の投稿は2021年1月18日を予定しています。
今年も後、僅かになりました。今年1年は大変な1年でありました。来年は良い年になるようお祈りいたします。
読者の皆様、今年1年、ありがとうございました。
来年もよろしくお願いいたします。




