薄明光線 終章 1 薄明光線 前編 停戦と撤退
みなさん、おはようございます、こんにちは、こんばんは、お疲れ様です。
橋頭保陣地が、スペース・アグレッサー軍の特殊部隊によって急襲され、壊滅した報が、米英独伊4ヵ国連合軍総司令部旗艦[ポートランド]級重巡洋艦[インディアナポリス]に、もたらされた。
「・・・・・・」
作戦室で、その報告を受けた4ヵ国連合軍総司令官であるチェスター・ウィリアム・ニミッツ・シニア元帥は、暫く目を閉じて無言であった。
「司令官・・・」
総参謀長である、チャールズ・ホレイショー・マクモリス少将に声をかけられ、ニミッツは、目を開いた。
「幕僚たちを、招集してくれたまえ」
ニミッツは、落ち着いた口調で告げた。
数10分後。
作戦室に揃った一同を前に、ニミッツは口を開いた。
「ハワイ諸島全域での作戦行動を中止し、撤退する」
穏やかな口調であり、簡潔な言葉であったが、その言葉は作戦室内の者たちの心に、轟雷のように、響いた。
「・・・理由を、お聞かせ頂きたい・・・」
どうにか聞き取れるくらいの、か細い声が、どこからか聞こえる。
「1時間程前、ハワイ・オアフ島東部に構築した橋頭保陣地が強襲され、地上軍総司令官の、グデーリアン上級大将は、敵の手に落ちた。スペース・アグレッサー軍空軍の重爆撃機の爆撃により、地上軍の指揮系統は分断され、これ以上の作戦行動は、不可能であると判断した」
淡々と落ち着いた口調で語るニミッツの態度に、混乱していた幕僚たちも、ある程度には落ち着きを取り戻してきた。
(・・・終わった・・・かな?)
レイモンドは、ニミッツの言葉を聞きながら、心中で、つぶやいた。
ニューワールド連合軍の空母機動部隊の集結を、阻止出来なかった時点で、この会戦の結果は、予測出来ていた。
後は、どのタイミングで幕引きを図るか、だったのだが・・・
大日本帝国軍による、クリスマス島攻略が、そのチャンスだった。
ハルゼー提督率いる、空母機動部隊から発艦した戦闘機群と、戦艦[モンタナ]を基幹とする戦艦部隊によって、戦艦[ヤマト]の撃沈に成功した。
戦局全体から見れば、この戦果は、大した事では無いだろう。
だが、大日本帝国に与えた心理的打撃は、相当だったはずである。
これは、軍人の仕事では無いが、この時点で、アメリカ側が交渉を持ちかければ、それなりに有利な立場で、講和交渉に臨めたはずであった。
それこそ、今更であるが・・・
「いくら、橋頭保陣地が占領されたからといって、この状況で撤退する事には、賛成出来ません!」
1人の海軍高級士官が、席を立って強い口調で、告げる。
「確かに地上軍は、最高司令官が敵の手中に落ちた事で、ほぼ全滅したと言っていいでしょう。ですが、我々にはまだ、[アイオワ]級戦艦をはじめ、戦艦[モンタナ]は失いましたが、他の[モンタナ]級戦艦が健在であり、水上戦力は、まだ失っていません!ここで、今一度、海戦を行い、残存する陸軍兵力を上陸させ、橋頭保陣地を再奪取すべきと考えます!それに、現在、陸軍と海兵隊10万人で編成された、増援部隊を乗せた輸送船団が、ハワイ諸島を目指して急行しています。スペース・アグレッサー軍地上軍も、これまでの戦闘で、砲弾や銃弾を大量に消費しています。今一度攻勢をかければ、勝機を掴む事も不可能では無いと考えます!」
(で・・・?)
どこをどう突っ込むべきか・・・そもそも、その主張に突っ込む価値すらあるのか・・・?
内心で、意地悪な事を考えながら、レイモンドは無言で高級士官を眺めていた。
確かに増援部隊は、やって来ている。
だが、10万人すべてが、ハワイ諸島近海に集結出来るのか?と、言われれば、恐らく無理だ。
ニューワールド連合軍・・・パシフィック・スペース・アグレッサー軍は、すでに知っている。
海中では、潜水艦が待ち構えているだろう。
それに、輸送船団も馬鹿では無い。
皆で揃って、仲良くやって来る訳が無い。
潜水艦に警戒するために、幾つかのグループに分かれて、別々の進路を取っているはずだ。
集結が完了し、作戦行動に移るまで、一体、いつまでかかるやら・・・
自分たちに、ハワイ奪還戦を仕掛ける前までに、保有していた戦力は、もう無い。
確かに、これまでの戦闘で、大日本帝国軍や自衛隊、ニューワールド連合軍も人的、物的に、かなり消耗しているだろう。
しかし、自分たちの方が、それ以上に消耗している。
これ以上の継戦は、無駄に戦力を消耗するだけだというのは、誰の目からも明らかである。
(・・・ええと、誰だっけ?『戦局、好転せず・・・云々』って、言っていた大日本帝国陸軍の将校って?まあ、いいか・・・)
興味の無い事には、とことん無知なところのあるレイモンドだが、彼の思考は、次の段階。
いかにして、オアフ島に残存する陸軍兵力を撤収させ、無事に撤退を果たすか・・・という点に移っていた。
レイモンドは、さっさと議論から撤退していたが、他の幕僚たちは、撤退か継戦かで意見を交わしている。
それが、徐々にヒートアップし始めた時、バン!というテーブルを叩く音が響いた。
「いい加減にせんか!!総司令官の決定に、異を唱えるとはっ!!」
その音に、静まり返った作戦室内に、怒号が響く。
ハルゼーだった。
「再奪取などと、簡単に言ってくれるな!戦艦[ヤマト]を沈める・・・ただ、それだけに我々が、どれ程部下を死なせたと思っている!?」
彼は、大日本帝国軍のクリスマス島攻略時に、自分の機動部隊そのものを囮として、大日本帝国海軍第一航空艦隊の猛攻を引き付け、雷撃を受けて空母[エンタープライズ]を失いながら、[ミッドウェイ]に移乗して指揮官旗を掲げ、戦艦[ヤマト]撃沈の援護をした。
最終的に、[ミッドウェイ]も、撃沈される事になったが・・・艦隊護衛の駆逐艦に救助されるまで、彼は戦い続けた。
もしかしたら、実用的な作戦案で無く、単に、増援の数頼みで橋頭保陣地の再奪取を主張する士官に、自分の座っている椅子を投げつけたいとか考えているかも知れないが・・・彼自身の負った傷も、軽くない。
軍医から、安静を言い渡されているのを怒鳴りつけて、この会議に参加している。
「・・・しかし・・・」
「だったら、貴官が1人でやってみせろ!!」
「そんな、無茶な!?」
やはり、相当無理をしているのか、ハルゼーの怒号は弱々しい。
しかし、鋭い眼光は若い士官を怯ませるには、十分だった。
「無茶だと!?ならば、その無茶を前線の兵士たちに、強要しようとしている貴官は何だ!?空母機動部隊は、保有する航空戦力の、ほとんどを失っている。その状況下で、航空支援も無しに、強襲上陸を敢行させるつもりか!?貴官は、どれだけの兵士を殺すつもりなのだ!!?」
「・・・・・・」
士官は、何も言えず、無言で椅子に腰を下ろした。
「・・・貴官たちの悔しい気持ちは、わかっている」
ある程度、会議室内が落ち着いたところで、ニミッツが、口を開く。
「私も、悔しい。しかし、ここで撤退をするというのは、決して敗北したからでは無い。確かに、この会戦は、スペース・アグレッサーや大日本帝国との戦争において、重要な戦闘だった。だが、我々には、もっと重要な事がある。アメリカ合衆国と、アメリカ国民を守るという事だ。この先、戦争がどこの向かっていくかは、私にはわからない。大統領や連邦政府が、いかなる判断を下すのか・・・どんな判断であっても、我々軍人は、全力でそれに従う。この会戦での戦局を覆す術は、もはや無い。しかし、我々は敗北をした訳では無い。たとえ、ここで撤退をしたとしても、まだ、戦争に敗れた訳では無い。国家と国民を守るための、次に備えるための撤退なのだ」
ニミッツの言葉を聞きながら、レイモンドは先ほど、徹底抗戦を主張した、高級士官の表情を窺った。
不承不承ではあるものの、ニミッツの決断を受け入れるしかない・・・そんな、表情が浮かんでいる。
(・・・この、会戦は終わったという事かな・・・次は、あるかな・・・?)
「ラッセル少佐」
「はぁ?・・・い・・・いえ、サー!」
何となく、他人事のように考えていたところ、いきなりニミッツに声をかけられた。
「貴官に、やってもらいたい事がある」
ニミッツの次の言葉は、レイモンドの予想通りのものだった。
薄明光線 終章1をお読みいただきありがとうございます。
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