薄明光線 第17章 最後の戦い 5 甘くて辛くて苦い
みなさん、おはようございます、こんにちは、こんばんは、お疲れ様です。
菊水総隊海上自衛隊第1護衛隊群第1護衛隊のイージス艦[あかぎ]は、同じく第1護衛隊に所属する汎用護衛艦[いかづち]と共に、空母連合艦隊と離れ、オアフ島沖の北側を航行していた。
[あかぎ]を先導に、その後方に[いかづち]、さらに後方には[しょうない]型多機能輸送艦準同型艦[わかまつ]と、[独島]級強襲揚陸艦、[延坪島]、後方には、[燕山君]級駆逐艦[燕山君]と、[李舜臣]級駆逐艦、[金春秋]が続く。
「神薙艦長。朱蒙軍海軍は、きちんと付いて来ている?」
第1護衛隊司令の畠山和香1等海佐が、司令席から、艦長席に座る神薙真咲1等海佐に、聞いた。
「問題無く。本艦の後方を、航行中です」
神薙は、スクリーンに映し出されているレーダーを、見上げながら答えた。
「司令、艦長。コーヒーです」
女性海士が、トレイにコーヒーカップを乗せて、声をかけてきた。
「ありがとう」
「どうも~」
神薙と畠山は、礼を言って、トレイに乗ったコーヒーを受け取る。
「艦長。珍しいですね。甘いコーヒーを、頼むなんて」
副長兼船務長である切山浩次2等海佐が、別の海士が持ってきたコーヒーを、受け取りながら声をかけてきた。
「たまには・・・な」
度重なる戦闘と艦内哨戒第1配備によって、艦長である神薙は、あまり睡眠を取っていない。
むろん、仮眠は取っているのだが、自分が取るぐらいなら、優先的に部下に取らすべきだ、と考えて、神薙は仮眠時間を削り、部下の仕事を代わりにやっているのだ。
そのため、かなり疲れが出始めている。
疲れを吹き飛ばすためには、甘い物を口に入れるといいと言うから、いつもはブラックで飲むコーヒーに、砂糖とミルクを淹れるように注文したのだ。
因みに切山のコーヒーにも、砂糖とミルクが、しっかり入っている。
「やっぱりコーヒーは、塩っぱいのが、一番~♪」
畠山が、コーヒーを啜りながら嬉しそうに、つぶやいている。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
彼女の味覚には、どこか異常ともとれる、部分がある。
お汁粉やぜんざい等であれば、確かに砂糖の甘味を深く引き立たせるために、塩を入れるが・・・普通、コーヒーに塩を淹れるだろうか・・・?
それを疑問に思ったのは神薙だけでは無い、切山以下[あかぎ]の乗組員たちの、ほとんどが、疑問に思っている事だ。
(まあ、いいか・・・)
神薙は、そのままコーヒーを、一口啜る。
口の中に広がる甘味が、疲れた精神を癒す・・・そのはずだった。
「ブゥゥゥゥ!?」
神薙は豪快に、コーヒーを噴き出した。
口の中に広がったのは、甘味では無く、塩っぱい味だった。
「塩っぱい!!?何だ、これは!!?」
「あははははは!!真咲、ナイスリアクション!!」
畠山が、豪快に笑う。
「・・・やりましたね。司令・・・」
「何の事かな?」
「惚けないで下さい!こんな子供じみた悪戯をするのは、貴女ぐらいです!いや・・・貴女だけでは無いか・・・」
言った後、神薙の脳裏に、一人息子の神薙司が浮かんだ。
誰に似たのか、それとも誰かの悪知恵なのか(それを唆したのは、1人しかいない)、司も、たまにそういった悪戯をする事がある。
「でも塩は、身体の疲れだけでは無く、精神の疲れを砂糖よりも癒すのよ。塩は命の源!!」
うんうんと、畠山は頷いている。
「艦長・・・下げましょうか?」
コーヒーを持ってきた女性海士が、恐る恐る尋ねてくる。
多分、隊司令の言い付けに逆らえず、悪戯の片棒を担がされたのであろう。
「いや・・・いい」
神薙は、一気に塩っぱいコーヒーを、飲み干す。
「不味い!!」
神薙の感想は、それだった。
そもそも、苦いコーヒーに塩を淹れたら、苦い上に塩っぱいである。
美味しい訳が無い。
「お見事!」
パチパチパチパチ!!
畠山が、称賛しながら手を叩く。
「艦長、お疲れ様です!」
CIC要員から、称賛の声が上がる。
「・・・・・・」
渋い表情を浮かべる神薙だが、CIC内の張り詰めた空気が、一掃されて和んだ空気に変わった事には、気が付いていた。
(・・・まあ、いいか・・・)
多分・・・この出来事は、調子に乗った畠山が、[あかぎ]艦内に拡散しまくり、笑いのネタとして提供するだろう。
激戦続きで、疲弊している乗員たちの心の清涼剤に、少しでもなるなら、それはそれで良いかもしれない。
朱蒙軍海軍機動艦隊第1艦隊に所属する[燕山君]のCICでは、[あかぎ]であった、この話が報告された。
「何を、やっている・・・?」
[燕山君]の艦長である李世媛大領(大佐)が、呆れた口調で、つぶやく。
「ガス抜きでは、ありませんか?」
副長の中領(中佐)が、コーヒーを啜りながら、答える。
「神薙艦長は、極めて真面目な方だと聞いておりますから、こういったドッキリは、効果的でしょう」
「日本共和区で放送されている、ドッキリ番組の真似だな」
「はい。あの番組は、我が国でも人気の番組です」
日本共和区で放送されている番組は、区民からの要望で製作された番組が多い。
そのため、20代、30代の日本人たちが、子供の頃に観ていた番組を、もう一度やってくれ・・・という要望が、強すぎるのだ。
ドッキリ番組だけでは無く、心霊番組、動物のクイズ番組も人気だ。
「・・・・・・」
李は、自分のコーヒーを眺めながら、1つアイディアを思い付いた。
彼女は、コーヒーを飲み干し、水兵を呼んだ。
李は、水兵に耳打ちをした。
「はぁ~・・・わかりました」
水兵は、彼女が何を思って、そんな事をするのか理解できない顔で、コーヒーカップを持って引き下がった。
4分後・・・
「コーヒーを、お持ちしました」
「ありがとう」
李が、コーヒーカップを受け取ると、それを飲む。
口いっぱいに広がるのは、苦味でも無く甘味でも無い。
「辛いっ!!」
李が、叫ぶ。
李は、コーヒーの中に、砂糖でも無く塩でも無く、キムチの漬け汁を淹れるように、指示したのだった。
「「「・・・・・・」」」
CICは、とんでもないぐらいに静まり返った。
場の空気が、ものすごく重い・・・
誰も、笑わない。
「面白くなかった?」
李が、CICを見回しながら、問いかける。
「はい。この世のものとは思えないぐらいに、面白くありませんでした」
「・・・・・・」
部下の言葉に、李が言葉を失う。
「艦長。そもそもですね・・・そのドッキリは、真面目な艦長が、部下・・・神薙艦長の場合は、上官でしたが・・・の、悪戯に引っかかるのが、面白いのです。艦長自らが、率先してやっても、面白い訳がありません」
副長がコーヒーを啜りながら、告げる。
「私は、真面目では無いという事か?」
「いえ、そういう意味ではありません」
「・・・・・・」
李は、キムチの漬け汁入りのコーヒーを眺める。
「これ、下げてくれ・・・」
「「「飲み物及び食べ物を、粗末にしては、いけません!」」」
CICの要員たちが、一斉に叫んだ。
「艦長は、いつも言っていたではありませんか!食べ物だけでは無く飲み物に使われている材料の1つ1つに命があると、それを粗末にするのは言語道断です!」
副長の言葉に李は、ぐぬぬぬ~と、唸るのであった。
CIC要員たちの目が痛い。
李は、一気にキムチの漬け汁入りのコーヒーを、飲み干した。
「不味い!!」
パチパチパチ!
CIC内で、拍手の音が響く。
「よく出来ました、艦長!」
副長が拍手しながら、称賛する。
「二度と、しないが・・・な」
「当然です」
「艦長。口直しです」
水兵が、紙コップにコーヒーを淹れて、手渡す。
「すまん」
李は、紙コップを受け取り、コーヒーを啜る。
「ブゥゥゥ!!」
口の中に入れた瞬間、キムチの辛みが口いっぱいに広がった。
そのため、李は豪快にコーヒーを吐き出した。
「「「わっはははは!!」」」
CIC内が、爆笑に包まれた。
「さっきのよりも、キムチの漬け汁の量が多いぞ!それにキムチまで、ご丁寧に刻まれて入っている!!」
「面白くするために、キムチの漬け汁だけでは無く、キムチも入れました!」
「艦長。これが、ドッキリです!」
「ぐぬぬぬ~」
李が唸る。
イージス艦[あかぎ]以下の、6隻の艦隊に与えられた任務は、イージス艦2隻が搭載する広域レーダーを利用して、米英独伊連合軍の勢力圏内に侵入し、菊水総隊自衛隊、朱蒙軍、新世界連合軍、大日本帝国軍が大規模攻勢に出る前に、後方を撹乱するためだ。
そして、もう1つの作戦のための、布石でもある。
輸送艦及び揚陸艦に乗艦している上陸部隊は、菊水総隊陸上自衛隊水陸機動団第2水陸機動連隊と、朱蒙軍海兵隊第3海兵旅団第3水陸両用強襲車輛大隊、第3戦車大隊、第3海兵大隊で選抜され、編成された強襲任務大隊だ。
2個上陸部隊は、オアフ島西側にあるワイマナロビーチに強襲上陸し、ビーチにいる守備隊を撃破したのち、そのまま米英独伊連合軍地上軍司令部に、襲撃を仕掛けるのが任務である。
任務の難易度から、まさに決死隊である。
そのため、輸送艦及び揚陸艦には、AH-64DとAH-64Kが搭載されている。
多機能輸送艦[わかまつ]の第2科員食堂で、菊水総隊陸上自衛隊第1ヘリコプター団第11対戦車ヘリコプター隊第1飛行隊第2小隊に所属するパイロット兼機長の森上将太3等陸佐は、食堂で売られている100円アイスを、ペロペロと舐めている。
「やっぱり、アイスはソーダ味だ」
子供の頃から食べている味は、大人になっても変わる事が無く、好みも変わる事は無い。
他のアイスも食べているが、何を食べても、美味しいとは思わない。
「森上さん。ソーダアイス、好きですね」
森上が操縦するAH-64Dの、射撃員を務める池浪久美夫1等陸尉が、同じく100円で購入できるカップアイスを持って、席に腰掛ける。
「そう言うお前も、いつもバニラアイスじゃないか。人の事が言えるか?」
「自分は、いいんですよ。気分によって味を、変えていますから」
そう言いながら、食堂の備品である醤油瓶を持って、バニラアイスに醤油を少しかける。
「味を変えるって?全部バニラアイスじゃないか?」
「違いますよ。バニラアイスに、醤油をかける日もあれば、塩をかける日も、ありますから・・・」
そう、彼には変わった食癖があり、バニラアイスに醤油、塩、七味、ダバスコをかけるのだ。
量は少量ではあるが、それでも変わった食癖だと思う。
その事を、森上は指摘した事があったが、池浪は少し怒った顔付きで、「海に行けばスイカを食べるでしょう。そして、必ず塩をふりかける。それと同じです」と、言うのだ。
確かに、スイカに塩気があれば甘く感じる事はあるが、森上は一度として、そういった食べ方をしていない・・・
いや、一度だけ、スイカに塩をふりかけた事があるが、甘味が増すどころか、塩っぱいだけであった。
確かに、噂によればアイスに醤油をかけると、とても美味しくなるという話は、聞いた事があるが、試す気にはなれない。
「森上さんも一度試して下さい。絶対に美味しいですから」
「俺は、いい・・・」
「絶対に大丈夫ですから、とても甘くて美味しいですから」
池浪に押されて、森上も挫けそうになった。
「本当に、美味いのか?」
「はい」
「では、少しだけ味見させてもらおう」
森上は、自分のソーダアイスを食べ終えると、木の棒をテーブルに置いた。
「はい、どうぞ」
池浪から、カップアイスを受け取る。
「グロテスクだな・・・」
醤油のかかったバニラアイスを見ながら、感想を漏らす。
一口、口の中に入れる。
最初に感じたのは、醤油の味だった。
冷たさと醤油の味が融合した味で、甘味を感じる事は無かった。
「辛い」
彼の感想は、それだけであった。
パイロット待機室に集合する時間になり、森上と池浪が、パイロット待機室に入室した。
パイロット待機室には、AH-64Dのパイロットとガンナーたちだけでは無く、OH-1のパイロットや偵察員、UH-60JAのパイロットたちが、集まっていた。
森上と池浪が、席に着く。
「コーヒーは、いかがですか?」
若いパイロットが、2人に声をかける。
「頼む」
「俺も頼む」
「ミルクと砂糖は?」
「俺は、ミルク少しと、角砂糖5つで」
「俺は、ミルク少しで、角砂糖は2つ。それと、塩をスプーンに半分だけ淹れてくれ」
森上と池浪という順で、ミルクと砂糖の量に注文を付ける。
若いパイロットは、池浪の面倒な注文にも驚く事無く、馴れた手つきで角砂糖を2つ淹れて、スプーンに塩を半分だけ乗せて、それをコーヒーに淹れた。
「先輩。自分が持っていきます」
まだ、ヘリコプターの操縦席に座らされる事も無い、新人のパイロットが、手を上げる。
「絶対に、渡す相手を間違えるなよ!」
若いパイロットは簡単に警告した後、トレイにコーヒーの入った紙コップを2つ置き、それを彼に渡した。
「どうぞ。コーヒーです」
「ありがとう」
「サンキュー」
2人はコーヒーを受け取り、同じタイミングでコーヒーを啜る。
「「ブゥゥゥゥ!!」」
2人同時に、コーヒーを噴き出した。
「塩っぱ!!」
「甘っ!!」
どうやら渡すコーヒーを、間違えたようだ。
「?・・・?・・・?」
最初、何がどうなったのか理解出来なかった新人だったが、渡すコーヒーを間違っていた事に、気付いた。
「すみません・・・間違えました」
「間違えたじゃない!あれほど、しつこく間違えるなと、言っただろうが!!」
新人に向かって、コーヒーを淹れた若いパイロットの怒鳴り声が響く。
因みに森上は、極端な甘党であり、マレーシアのコーヒーであるコピも、普通に飲む事が出来る。
一方の池浪は、甘さの中に絶妙な塩気があるという、理解不能な味を好んでおり、基本的には、自分で淹れる(あまりに細かな注文があるため、誰もやらないのだ)。
しかし、稀に彼の好みに近いコーヒーを、淹れる事が出来る者もいる。
「全員やす・・・どうした?」
混成飛行隊の指揮官である2等陸佐が、パイロット待機室に入ると、これから決死隊の行動に出向く者たちの集まりとは思えない、空気が流れている事に驚いた。
「何があった?」
2佐が、もう一度聞く。
「森上さんと池浪さんのコーヒーを、間違えて渡してしまって、2人が豪快に噴き出しました」
簡単な説明ではあるが、ほとんど、その通りである。
「・・・それは・・・大惨事だな」
2佐は、どんな事態になったかを理解した。
森上の激甘コーヒーを、彼も飲んだ事があるから、わかるが・・・甘過ぎて、とても飲めたものではない。
それに対して、池浪のコーヒーは苦味の後に塩っぱく感じ、その後に甘さが感じられるため、これまた美味しくないコーヒーなのだ。
そんなコーヒーを、間違って2人が飲んでしまったのだから、豪快に噴き出すのは必然である。
「森上さん。何ですか、このコーヒー、砂糖の味しかしないですよ!」
「何ですかは、俺のセリフだ。苦味に塩っぱい感じあるのが、どこが美味いんだ?」
「これが、最高なんですよ!」
「俺には、理解出来ない味だ!」
「同感です!」
どう考えても、普通の味覚では無い2人が、そんな事を言っても、何の説得力も無い。
そう思うのは、2人以外のパイロットたちの感想だった。
薄明光線 第17章をお読みいただきありがとうございます。
誤字脱字があったと思いますが、ご了承ください。
次回の投稿は12月7日を予定しています。




