薄明光線 第15章 最後の戦い 3 陸軍教化隊と執行猶予部隊
みなさん、おはようございます、こんにちは、こんばんは、お疲れ様です。
大日本帝国陸軍ハワイ方面軍第11教化隊は、オアフ島の東部地区で、食糧を含む日用品の検品を行っていた。
「お前等!無理をしないで、自分の出来る事をやれ!作業を急ぐ必要は、無いぞ!」
口調は荒いが、厳しい事を言わず、検品を行う兵卒たちを監督する軍曹が、叫ぶ。
他の部隊であれば、このような言葉は、使われない。
本来であれば・・・
「お前等!もたもたするな!前線の部隊が待っているのだ!!急いでやれ!!」
と、怒鳴られるだろう。
しかし、この部隊では、そのような厳しい事を言われる事は無い。
陸軍教化隊は、史実の軍紀違反者や一般の軽犯罪者等が入れられる、懲罰部隊では無い。
懲罰部隊は、別に編成されている執行猶予部隊が、それに当たる。
新しく編成された教化隊は、一般的な軍紀や厳しい軍規に馴染む事が出来ない、知的障がいや精神障がいを持つ障がい者たちが、入隊する独立部隊である。
未来の日本人たちの介入により、大日本帝国陸海空軍では、大規模な改革が行われた。
徴兵検査も見直され、世に言う、徴兵差別を廃止する事に成功した。
徴兵差別とは、兵役に就く年齢に達しているにもかかわらず、さまざまな理由で、兵役に就く事が出来なかった者たちが受ける差別の事である。
身体にハンデを持つ障がい者は、障がいを理由に、兵役に就く事が出来なかったが、それだけでは無い。
例えば、自分の父親が定職に就いていない、又は母親が身売りされた経験がある等の、本人の身上とは関係ない事案で、徴兵検査に不合格になるケースもあった。
これらの徴兵差別を、無くしたのだ。
特に日本共和区に拠点を置く人権団体は、人権派弁護士を中核として、徴兵検査の改善を主張した。
統合省防衛局を経由して、陸海空軍省に、その旨を伝えられ、徴兵検査の改正が実施された。
特に、人権団体が苦労したのが、障がい者や持病を持った者たちに、兵役を与える事だった。
持病や単に身体的に問題を抱えている者たちは、軍紀を乱す事も無く、厳しい軍規に耐える事が出来る。
しかし、知的障がいや精神障がいを抱える者たちは、軍紀を乱す可能性があるだけでは無く、厳しい軍規にも耐える事は出来ないと判断されていた。
実際、そういったハンデを抱える者たちが、軍に入隊する事があるが(さまざまな方法で、入営する)・・・ほとんどが軍紀を乱し、軍規違反を繰り返し、懲罰部隊である教化隊に入れられるケースが多かった。
史実のデータによれば、知的障がい者や精神障がい者が多く徴兵された1944年には、当時、在隊中の教化兵の6割以上が知的障がい者と精神障がい者が占めていた。
もちろん、健全兵でも軍紀を乱す者や、軍規違反を繰り返す者も一定数はいたが、それは一番多い時で全体の3割であった。
防衛省から提出されたデータから、統合軍省及び陸海空軍省は難色を示したが、彼らの強い要望により、知的障がい者と精神障がい者の入隊を認めた。
もちろん、自衛隊でも、知的障がい者や精神障がい者の入隊は、かなり厳しい条件が設けられていたが、2020年代に入ってから、それらの条件が緩和された。
ただし、いくつかの条件があるが、それらをクリアすれば、入隊は可能だった。
陸軍は、それらのデータを参考に、知的障がい者や精神障がい者の入隊を認めた。
まず、第一に、本人が軍に入隊する事を希望している事が、条件だ。
そこから、さまざまな条件をクリアして、軍に入隊する事が出来るようになった。
そもそも、人権団体が徴兵制そのものに、何故、反対をしないのか・・・?
そう疑問に思う者も、いるだろう。
現代の日本であるなら、それも通るが、大日本帝国の国民の生活水準は、未来人の介入により、かなり向上したものの、まだお世辞にも高くなったとは言えない。
日本共和区統合省厚生労働局からの様々な改革案を受け、大日本帝国政府は、失業率を改善し、労働環境の改善等にも取り組んでいるが、やはり生活困窮者すべてには、改革は行き渡らない。
障がい者や生活困窮者の自立支援等、諸々の福祉等を充実させるには、国民の意識改革も求められる。
そういった人々の社会進出を、受け入れられる体制を整える。
それには、徴兵制度の見直しにより、彼らに軍隊での活躍の場を与え、それらを宣伝する事で、国民に健常者と障がい者に違いは無いという事を、認識させるという目的もある。
いずれは、徴兵制制度そのものを廃止する方向へ持っていくには、何か必要か?
一言で、人権団体と言っても、考え方は様々である。
自衛隊と共に、タイムスリップをして来た人権団体の中には、そういった人々の支援、教育をするために、軍属待遇で大日本帝国軍に志願し、雇用されている者もいる(彼らの給与等は、日本共和区統合省が支払っている)。
また、軍隊だけでは無く、職業訓練所等で、彼らの指導、教育を行い、一般企業への就職を斡旋する等の活動に、積極的に取り組んでいる者もいる。
彼らの、健常者や障がい者が、お互いを認め合って共に生きるという活動は、少しずつではあるが、大日本帝国国民に、受け入れられつつある。
少なくとも、自衛隊と共にタイムスリップして来た人権団体は、理想だけは声高に叫ぶが、自分たちでは何もせず、文句だけしか言わない花畑思想の持主では無く、理想に現実を近付ける事に労力を惜しまない、リアリスト精神と、実行力の持主たちである。
「お前等!無理をしないで、自分の出来る事をやれ!仕事を急ぐ必要は無いぞ!」
背後からの軍曹の声を聞き、2等兵は、段ボールをトラックの荷台から降ろしながら、愚痴った。
「なあ、俺たち、何をしているのだろうな・・・」
「物資の検品だろう」
同僚の2等兵が、答える。
「そんな事は、わかっている。しかし、俺は、こんな事をしたくて、陸軍に入隊した訳では無いのだ」
段ボールを積み重ねながら、小声で愚痴る。
同僚の2等兵は、積み重ねられた段ボールの番号を確認しながら、書類に書かれている番号と間違いが無いか、チェックする。
「これで、良し」
同僚の2等兵は、自分に任されている検品作業を終えて、背後に振り返った。
「おい、これを運んでくれ」
「はいよ」
別の2等兵が現れて、積み重なった段ボールを運んで行く。
「なあ、俺の話を、聞いているのか?」
「聞いているよ」
「俺は、敵と戦う事を、覚悟していたのだ。だが、軍に志願してみれば銃を撃つ事も無く、単に荷物の検品と塹壕を作る事だけだ。それも短い時間だぜ・・・」
「それは、教官から何度も説明されただろう。こういった作業は、戦場ではもっとも大切なのだ・・・と。戦うだけが兵士の仕事では無いと。後方支援がしっかりしているからこそ、前線の兵士は、十分に力を発揮出来る。俺たちの仕事は、とても重要なのだ・・・と」
「それは、そうだが・・・」
愚痴を言っていた2等兵は、それでも不満な表情を浮かべている。
「そいつの言う通りだ」
内地から届いたばかりの郵便物が入っているらしい、大きな袋を運んでいる別の2等兵が声をかけてきた。
「俺・・・この間、前線から戻って来た部隊の兵士から、声をかけられた。『家族からの手紙を、いつも届けてくれて、ありがとう』って、俺、仕分けの仕事しかしていないのだけれど・・・少し、こそばゆいが、嬉しかった・・・」
「・・・俺も、前に『ありがとうな。お疲れさん』って、声かけられた・・・」
愚痴を言っていた2等兵が、ボソッと、つぶやく。
「作業やめ!作業やめ!」
第11教化隊隊長の叫び声が、響く。
「総員整列!」
軍曹の号令が、かかる。
教化隊に所属する兵たちが、一斉に整列する。
「点呼!」
「1!」
「2!」
「3!」
と最前列の兵士たちが叫び、点呼が行われる。
「隊長殿。総員整列に異常は、ありません」
「ご苦労!」
軍曹の言葉に、隊長が挙手の敬礼で労う。
「楽にしてくれ」
隊長の言葉に、兵たちは休めの姿勢をとった。
「皆、疲れているだろう」
隊長が、労いの言葉をかける。
これも教化隊の、特徴である。
本来の部隊であれば、3時間程度の軽作業で、指揮官が兵士たちの労を労う事は無い。
通常の勤務として3時間を区切りとして、1日6時間の勤務に就かせる。
それ以外は、自由時間である。
3時間の勤務を終えると、1時間の休憩が与えられるが、実際は作業の程度によって1時間おきに休憩が入れられる事もある。
隊長の声も威圧的な口調では無く、優しい感じである。
教化隊に所属する兵士たちは、知的障がい者や精神障がい者であるため、一般部隊や特殊部隊のように、上官が厳しい口調で言う事も無く、体罰も実施されない。
普通の部隊であれば、体罰の一度や二度は受ける事もあるが、教化隊は軍規によって厳しく制限されている。
ある程度に軍紀を乱す事や、軍規違反を犯して、叱責される事があるが、あまり厳しい罰を受ける事は無い。
何がいけなかったのを、自分で理解し二度と繰り返さないように、教育カリキュラムを組まれて指導を受ける。
さらに、軍紀違反や軍規違反を犯したとしても、一般部隊のように懲罰部隊である執行猶予隊に配属される事も無い。
ただし、軍法違反者に関しては、正規部隊と同様に軍法会議にかけられる事になる。
しかし、一般兵とは異なり、ある程度には減刑される事が、規定されている。
「隊長殿!!」
隊長の訓示を聞いていた時、無線兵が叫びながら、隊長の元に駆け寄って来た。
「緊急連絡です!」
無線兵が持ってきた通信文に、隊長が目を通す。
隊長の顔色が、変わった。
「兵士諸君!」
隊長が、甲高い声を上げる。
「先ほど、西海岸に連合国軍が、上陸した!」
隊長の言葉により、兵士たちが、ざわついた。
「静粛に!静粛に!みんな、落ち着け!」
軍曹は、声は高いが優しい口調で窘める。
「敵の大規模侵攻が、あるかもしれん。諸君等は撤退の準備をしろ!」
教化隊は、あくまでも後方支援が目的の部隊であるため、基本的には戦闘には従軍しない事が定められている。
そのため、戦闘が予想される場合は、即座に撤退する事が、定められている。
前哨部隊として配置されている第201執行猶予隊の兵士たちは、僅かな安らぎの時間を迎えようとしていた。
「そろそろ朝食だな・・・」
「ああ」
「楽しみだな」
「お前・・・よく楽しみに出来るな。朝食は、いつもの献立だぞ。この隊を去るまで、永久にな・・・」
「だが、飯の時間は、万国共通、安らぎの時間だ」
兵士2人は、束の間の雑談を楽しむ。
「おい!新入り!」
「はい!何でしょうか?」
2等兵が、昨日、配属されて来たばかりの、新入りの2等兵を、呼ぶ。
「お前、何をして、ここに来たのだ?」
「それは・・・」
2等兵の言葉に、新入りの2等兵が、口籠る。
「お前、少尉様だったのだろう?余程の事をしなければ、ここには配属されないぞ?」
別の2等兵が、口を挟んで来る。
「脱走です・・・」
「それは・・・余程の事だな・・・」
「ここに配属されるとは、運がいい事だ」
2等兵たちが、口々に言う。
執行猶予隊とは、陸軍再編成計画で編成された、懲罰部隊である。
主に配属されるのは、軍紀を乱した軍紀違反者や軽度の軍法違反者に限られるが、刑務所で服役している囚人も、条件を満たせば配属が可能だ。
執行猶予隊に配属された懲罰兵は、元の階級は剥奪され、2等兵として配置される。
基本的には軍紀を乱した軍紀違反者が大半を占めるが、執行猶予付判決を受けた軽度の軍法違反者又は重度の軍法違反者でも、情状酌量の余地が認められた場合は、懲罰部隊である執行猶予隊に配属される事がある。
刑務所で服役している一般囚人も志願する事が可能だが、志願するには模範囚である事が絶対条件である。
執行猶予隊に配属される期間は、長くても半年までと、制限されている。
半年が過ぎると、懲罰期間が満了し、剥奪した階級が戻され、原隊に復帰する事が出来る。
最短期間は1ヵ月であるため、中には、1カ月後に原隊に復帰する者も多くいる。
執行猶予隊は懲罰部隊であるため、食事も質素である。
1日3食が、麦飯のおにぎり3個と、具の無い味噌汁だけである。
他に必要な栄養は、すべてサプリメントで、補う事になっている。
基本的にメニューは変わる事が無く、最短で1ヵ月、最長で6ヵ月まで、このような食事が繰り返される。
そんな質素な食事であるが、彼らの任務は過酷である。
執行猶予隊は、他の部隊よりも危険な任務を任せられるだけでは無く、通常勤務が終了すると、懲罰勤務があるため、1日12時間の激務を熟す事になる。
通常部隊であれば、1日7時間程度の勤務であるが、彼らは、その通常勤務を終えた後、懲罰勤務が待っているのだ。
戦闘後も休息を与えられる事は無く、敵味方の死体処理や塹壕の補修、破壊された車輛の撤去等の任務を、疲れた身体に鞭を打たれた状態で、行わされるのだ。
今回、彼らが配置されていのは前哨部隊であるが、もっとも敵の攻勢が激しいと予想される地区に配置され、攻撃を受ければ味方部隊が駆け付けるまで、持ち場を死守せよ、という命令が出されている。
もしも、その命令を守れなかった場合は、懲罰期間が延長されるだけでは無く、軍刑務所に服役する可能性もある。
中には、それを望む者もいるが、懲罰部隊から軍刑務所に移送された兵士は、通常の服役者よりも刑期が伸びるだけでは無く、さまざまな社会的制裁を受ける事になる。
第201執行猶予隊隊長の山崎保代中佐は、本部天幕で書類整理を行っていた。
山崎は、アッツ島攻略作戦に参加した時は大佐であり、山崎支隊の指揮官だった。
元々、アッツ島の攻略は、新世界連合軍で立案された作戦案であり、陸軍参謀本部及び海軍軍令部は、補助的な立ち位置として、攻略に参加したのだが、サヴァイヴァーニィ同盟軍からの突然の攻撃により、指揮系統が混乱し、山崎以下山崎支隊の将兵たちは、敵中に孤立した。
サヴァイヴァーニィ同盟軍からの攻勢があった時、アッツ島守備隊のアメリカ軍部隊と共闘し、サヴァイヴァーニィ同盟軍と戦った。
その結果、今まで破壊する事が出来なかった、主力戦車の撃破を可能にした。
しかし、その後で山崎を待っていたのは、査問委員会だった。
査問官である法務士官たちに、敵であるアメリカ軍と共闘しただけでは無く、軍機であった未来の軍事勢力に対する戦法を暴露した事等について、徹底的に追及された。
大日本帝国陸海空軍は、単に菊水総隊、新世界連合軍、朱蒙軍等の未来軍に対して尻尾を振っているだけでは無い。
万が一にも、彼らが敵になった場合に備えて、彼らを倒す方法も同時に模索していた。
その作戦内容は陸軍と海軍、空軍それぞれで計画されていたため、共通性は無いが、今回の一件で、自分たちが彼らに対する対策案を練っていた事が、把握されてしまった。
むろん、菊水総隊、新世界連合軍、朱蒙軍等の未来軍は、何も言わなかったが・・・不信感が生まれたのではと、危惧した。
査問委員会では、軍法会議の開催までが議論されたが、山崎の行った行動は、想定外の事態で、やむを得ない状況であっただけでは無く、自分たちの戦法が彼らに通用する事を海空軍よりも早く立証する事が出来たため、山崎の軍法会議は開かれる事は無かった。
しかし、何もお咎め無しという訳にはいかないため、山崎には大佐から中佐に降格、1ヵ月の減俸処分、そして、執行猶予隊の指揮官にするという処分が、下された。
実は、これには裏があった。
背後から、連合国アメリカ軍が、手を加えていたのだ。
連合国アメリカ軍は、中立国を通じて、山崎を厳罰にしないように求める嘆願書を、提出してきたのだ。
統合軍軍法会議所及び陸軍法務部は、この嘆願書を慎重に考慮した上で、処分を決めたのである。
山崎は、個人的な感謝の手紙を、中立国に通じて、連合国アメリカに送った。
「隊長殿」
副官の中尉が、天幕内に顔を出した。
「コーヒーを、お持ちしました」
「ああ、ありがとう」
懲罰部隊であるが、軍規が厳しいのは懲罰兵のみであり、それ以外の士官や下士官(彼らは懲罰兵では無く、一般部隊から配属された者たちである)たちは、一般的な軍規が適用される。
そのため、このような安らぎの時間もある。
当然ながら、懲罰兵のように食事は麦飯のおにぎりと具無し味噌汁では無い。
普通の食事が、与えられる。
「彼らの様子は、どうだ?」
山崎が言った彼らとは、懲罰兵の事である。
「元の生活に戻ろうとするために、必死で頑張っています。まあ、多少の不満や文句はありますが、許容範囲です」
「そうか。戦闘になれば一般兵も懲罰兵も関係は無い。彼らの事も考えてやってくれ」
「はっ!」
「失礼します!」
通信士官が、本部天幕に駆け込んできた。
「どうした?」
「師団司令部より緊急通信です。『オアフ島東部に展開している米英独伊連合軍陸軍部隊が、再侵攻を開始。執行猶予部隊は、本隊が急行するまで拠点を死守せよ』以上です」
「了解と返信してくれ」
飲みかけのコーヒーカップを置いて、山崎は立ち上がった。
拠点防衛のための指示を出しながら、山崎の心の内を過る思いがある。
未来人の歴史の中で、アッツ島で玉砕を選択した自分と、今、ここで生きている自分とは、同じであって、異なる存在なのでは無いかと・・・
ただ、あのアッツ島での死闘を経験して、1つだけ決意している事がある。
未来人の記録の中の自分の決断を、否定するつもりは無い。
それも、1つの生き方だと思う。
だが、今の自分に、その選択肢は無い。
別の生き方を、山崎は選択していた。
薄明光線 第15章をお読みいただきありがとうございます。
誤字脱字があったと思いますが、ご了承ください。
次回の投稿は11月23日を予定しています。




