薄明光線 第12章 生と死の境界線 8 1つの結末 巡る思い
みなさん、おはようございます、こんにちは、こんばんは、お疲れ様です。
菊水総隊旗艦[くらま]の司令部作戦室で、山縣は、海上自衛隊情報幕僚からの報告を、受けた。
「聯合艦隊第1艦隊旗艦、戦艦[大和]、爆沈!」
「「「・・・・・・」」」
情報幕僚からの報告に、司令部作戦室にいる高級幹部及び上級幹部たちの、表情が曇った。
もちろん彼らは、この結果を予測していた。
しかし・・・
その心情は、それぞれ複雑である。
「司令長官及び艦長は?」
黒山が、情報幕僚に聞いた。
「はい。司令長官の伊藤中将及び艦長の有賀大佐は、戦艦[大和]と、運命を共にした・・・との事です」
「・・・[大和]の生存者は?」
「現在、確認中ですが、駆逐艦からの報告では、生存者は300名強との事です」
「・・・・・・」
その報告を受けて、黒山の表情が、さらに曇った。
「史実の戦艦[大和]と、ほぼ同じ結果ですね・・・」
幕僚の1人が、つぶやいた。
1945年(昭和20年)4月7日。
坊ノ岬沖海戦で、戦艦[大和]以下の第2艦隊は、マーク・アンドリュー・ピート・ミッチャー中将が指揮する、機動部隊から出撃した、攻撃隊400機弱の航空攻撃を受けて、戦艦[大和]、軽巡洋艦[矢矧]以下、4隻の駆逐艦が沈没した。
戦死者は、4000名以上である。
そのうち、戦艦[大和]の戦死者は、3000名以上だった。
報告では、今回の海戦でも、戦艦[大和]以外にも随行の駆逐艦が、航空攻撃によって撃沈され、戦艦[武蔵]以下、他の水雷戦隊の軽巡洋艦及び駆逐艦にも、被害が出た。
現在、確認中ではあるが、戦死者は3000人を超えているだろう・・・という事だ。
結果だけを見れば、坊ノ岬沖海戦の結果と、ほぼ似ているだろう。
「しかし・・・それは、我々だから出来る結果の模索だ。我々は、元の時代の戦史を知っている。しかし、この時代での戦史は、まったく異なるものだ。この時代の者たちからすれば、我々から、もたらされた戦史は、異なる記録の1つでしか無い・・・」
山縣が、幕僚たちを見回す。
「・・・これで、満足かね。准将?」
山縣は、1人の若い高級士官に、顔を向けた。
新世界連合軍NATO軍欧州連合軍最高司令部幕僚の、ヴィリ・フォン・ベルヴァルト准将だった。
「はい、大変結構です」
ベルヴァルトは、冷たい表情を貼り付けた顔で、頷いた。
彼が、何を思っているのかは、その表情から読み取る事は難しい。
戦艦[大和]を撃沈させるために、米英独伊連合軍に、その情報が届くように細工をした。
そして、その工作に気が付いている者は、恐らく米英独伊連合軍には、いないだろう。
「ベルヴァルト幕僚」
黒山が、声をかける。
「1つ、聞いておきたいのだが・・・もしも、連合国アメリカ海軍が、我々の予想通りに戦艦[大和]を撃沈出来ず、逆の結果が生じた場合は、どうしたのだ?」
「その可能性は極めて低いと、申し上げたはずですが?」
「貴官は、そう言うが・・・あくまでも、その低い可能性になったとしたらの場合だよ。貴官なら、抜かりなく当然代案も、準備していただろう。それを聞きたい」
ベルヴァルトは、目を閉じた。
「そうです。確かに低い可能性ではありますが・・・我々の予想と、逆の結果になるという事も、まったく無いとは言えませんでした。その場合、オアフ島に上陸している米英独伊連合軍上陸部隊に、偽の情報を流します。大日本帝国陸軍及びスペース・アグレッサー陸軍地上部隊は、前回の大規模戦闘で弾薬を大量に消費し、戦える余力を残していない・・・と」
それを聞いた陸上自衛隊副司令官の星柿いさめ陸将が、会議机をバン!と、叩いた。
「そんな事をすれば、米英独伊連合軍上陸部隊が、再び大規模攻勢を行うでは無いか!!」
「その通りです」
ベルヴァルトは、きっぱりと答えた。
「欺瞞情報に乗った敵上陸部隊は、大規模な攻勢を仕掛けて来るでしょう。そうなれば、前回の戦闘を越える、大規模な地上戦が発生する。双方共に、多大な犠牲が出ます。そうなれば連合国、枢軸国だけでは無く、大日本帝国も戦争継続意識を無くすでしょう。それが狙いです」
彼の言葉は、その場にいる一同の心を凍り付かせるには、十分だった。
一通り幕僚会議を終えた後、菊水総隊司令部付防衛政務官の畑中が、休憩を指示した。
作戦室を退室しようとしたベルヴァルトは、山縣に呼び止められた。
「准将。少し・・・話さないか?」
「はい、わかりました」
ベルヴァルトは、山縣の自室に案内された。
「コーヒーを、飲むかね?」
「いただきます」
「ハワイ諸島が近いから、ハワイ産のコーヒー豆が届いた。私としては、小笠原産のコーヒー豆が好きなのだが、贅沢は言えない」
山縣は、お湯を沸かし、コーヒーを淹れた。
「どうぞ」
山縣がコーヒーカップを、ベルヴァルトの前に置いた。
「ミルクと砂糖は?」
「いただきます」
ベルヴァルトは、角砂糖を2個とミルク(彼はヴィーガンであるため、植物性のミルクを淹れる)を、たっぷりと淹れた。
「かなりの甘党なのだな」
「はい。甘い物は、思考を整えます」
ベルヴァルトは、コーヒーを啜る。
山縣も甘党であるため、コーヒーの中に角砂糖とミルクを淹れた。
甘党であると自負している山縣であるが、ベルヴァルトのようなヨーロッパ人や、別の地域のアジア人等の甘党を前にしては、自分が甘党だと主張出来ない。
日本人の甘党と言っても、本来の元の味が損なわれないように、配慮するのが常識とされている。
例えばコーヒーでも、コーヒーの苦みが消えないように、砂糖やミルクを絶妙なバランスで淹れる。
しかし、ヨーロッパ人等の中には、元の味がわからないぐらいに砂糖やミルク等を淹れる人もいる。
いくら甘党でも、限度があると思うのだが・・・と、山縣は思うのであった。
「・・・ドイツ人は、合理主義の塊と聞くが、それは本当だったな」
「恐縮です」
「それで聞きたいのだが、准将・・・」
「何なりと」
「貴官は、第2次世界大戦というものを、どう見る?」
山縣の質問に、ベルヴァルトはコーヒーカップを置いた。
「閣下の質問に、お答えするには、もう少し詳しく、質問内容を把握せざるを得ません」
「何故、第2次世界大戦が、勃発したと考える?」
山縣の質問に、ベルヴァルトはテーブルの上で指をトントンと鳴らしながら、質問の答を考えた。
「それを説明するには、第1次世界大戦の話から、始めなくてはなりません」
ベルヴァルトは、説明を始めた。
第1次世界大戦。
ヨーロッパ諸国での、覇権を巡る大戦。
ヨーロッパ諸国では、世界各地に植民地を持つ大国が、現地住民を徴用して、そこでしか育たない作物等を生産、または資源を採掘し、巨大な利益を得ていた。
しかし、植民地政策は、極端な格差社会を作るのは、歴史を見ればわかる。
ドイツを含めた、植民地の少ない、若しくは持たない他のヨーロッパ諸国は、経済的にガタガタの状態が続いていた。
それだけが原因では無いが、それらの要因も含めて、国家間の格差を是正するために勃発したのが、第1次世界大戦である。
この時の常識として、敗戦国は戦勝国に賠償金を払い、領土を割譲する事が決まっていた。
戦争によって、傾いた経済を回復させようとした。
しかし、思い通りには行かず、戦争はヨーロッパ全土に拡大・・・大規模な消耗戦となった。
他の周辺国や同盟国も、巻き込む事態となった。
数多くの新兵器の登場や新戦術の登場により、戦争経済は、右肩上がりを続けた。
これにより一般経済が、左に下がり続ける事態になるのは、当然の結果だ。
犠牲者の数も、甚大な物となった。
戦争は終結したが、戦争の傷跡は、予想を超える物だった。
都市部が攻撃目標となったため、工業地帯、商業地帯、居住地帯が戦禍を被る事になり、戦争被害が、過去最大の物となった。
これまでの戦争は、遠くの土地で軍隊同士が戦うもの・・・ヨーロッパ人は、そう思っていた。
しかし、第1次世界大戦は、ヨーロッパ人の常識を覆す物だった。
「その後、世界恐慌が発生し、世界は不景気になった・・・」
山縣の言葉に、ベルヴァルトは頷いた。
「そうです。世界は新たな時代に突入したのです。これまで世界の覇権を握っていた大国が、その覇権を失う時代に・・・」
世界恐慌により、世界的に不景気になったヨーロッパ諸国の中の1つの国が、覇権を握ろうとした。
それが、ドイツ第3帝国である。
優れた指導力と政治センスを持つ独裁者により、ドイツ第3帝国は、急速に国権を回復させ、軍事力、政治力、経済力を拡大させていった。
これに危機感を持ったヨーロッパ諸国は、経済不況のまま軍拡を余儀なくされた。
ドイツ第3帝国は、優れた陸海空軍による快進撃と、優れた外交力で同盟国を増やし、ヨーロッパの大半を、支配下に置いた。
イギリスとソ連が、ドイツの覇権主義に対立し、強固に抵抗したが、勢いがついたドイツ軍は強力だった。
イギリスからの参戦要請を受けたアメリカは、ヨーロッパに参戦する準備をしていたが、ルーズベルト大統領は、国民に戦争をしないという事を、選挙公約としていたため、義勇軍を派遣するのにとどまった。
だが、ドイツの快進撃を止めるには、それだけでは不十分だった。
そこでアメリカが目を付けたのが、大日本帝国だ。
大日本帝国は、覇権国家の仲間入りをしたばかりの国であったが、世界恐慌、金融危機、関東大震災により、国内はガタガタだった。
アメリカは、様々な理由を付けて、大日本帝国に対し経済制裁を行い、大日本帝国が戦争に傾くよう仕向けた。
戦争に傾けば、必然的に味方を得ようとする。
ドイツ第3帝国は、覇権国家として国力を回復したものの、それが急だったため、国内外の地盤が緩かった。
これを強固にするためには、味方が必要だった。
それが大日本帝国だ。
アメリカの思惑通りに、大日本帝国とドイツ第3帝国は、イタリア王国を引き込み、三国軍事同盟を締結した。
しかし、アメリカが予想しない事が、発生した。
それが、自分たちの登場だった。
自分たちの登場により、三国軍事同盟が破棄され、大日本帝国は、アメリカを含む連合国に対し、最後通牒を行った。
アメリカの計画は失敗し、計画を大幅に変更しなければならなかった。
だが、そんな余裕を与える事も無く、大日本帝国軍と統合省防衛局自衛隊は、アメリカに対して、開戦を行った。
そこまでベルヴァルトの説明を受けると、山縣はコーヒーを啜った。
「その話なら、石垣達彦1等陸佐からも聞いている」
「イシガキ准将も、私と同じ戦争の行方を予想していたでしょう?」
ベルヴァルトが、石垣1佐を准将と呼称したのは、石垣1佐の区分が1佐1等であるからだ。
1等陸佐の1等は、諸外国の准将に相当する。
「ベルヴァルト准将。この戦争が終結した後の世界の体制は、どうなる?」
山縣の質問に、ベルヴァルトは即答した。
「世界に、新たな体制が構築される事になるでしょう。それは我々が、我々の歩んだ歴史の中で経験した、冷戦を越える新冷戦時代です。ニューワールド連合体制の諸国と、サヴァイヴァーニィ同盟体制の諸国との冷戦です」
「時代は、繰り返すのか・・・?」
「いいえ」
山縣の言葉に、ベルヴァルトは首を振った。
「より深刻化した、冷戦が始まるでしょう。そして、ここで犠牲を出さなければ、次に発生する第3次世界大戦は、この大戦で消えた人命を遥かに凌駕する人命が、消える事になります」
指揮母艦[信濃]の統合作戦室で、統合作戦本部総長の山本五十六大将は、陸軍本部長の牛島満中将、陸軍参謀長の八原博道少将、海軍本部長の宇垣纒中将、海軍参謀長の黒島亀人少将、空軍本部長の小沢治三郎中将、空軍参謀長の神浦閏少将と顔を合わせていた。
「総長」
宇垣が、立ち上がる。
「急報が入りました。戦艦[大和]が、爆沈しました」
「[大和]が!!?」
宇垣の報告に、誰よりも早く声を上げたのは、石垣だった。
石垣程では無いが、他の高級士官たちも驚愕した。
「そんなに驚く事は、無いだろう・・・」
山本が、落ち着いた口調で語る。
「[大和]も、戦艦として生まれた。戦艦である以上、戦闘によって沈む事は、十分考えられる事だ。船は、いずれ沈む。それが事故によるものか、戦闘によるものか、寿命によるものか・・・それは、わからないが・・・いずれは沈む。[大和]を、不沈戦艦と言う者もいるが、そんなものは存在しない」
山本の言葉を聞き、石垣は落ち着きを取り戻した。
(さすがは、山本五十六だ!)
石垣は、単純にそう思った。
石垣たちの史実でもあるように、山本五十六は、ミッドウェー海戦での敗退で、最初の一報により空母3隻が沈んだ時、その報告に驚愕する参謀たちを後目に、落ち着いた口調で、「ほぅ~3隻も沈んだか・・・」と、つぶやいたそうだ。
それによって、参謀たちを落ち着かせる事に成功した。
山本まで驚愕してしまっては、参謀たちが混乱し、重大な事態になっただろう。
しかし、空母[飛龍]が沈み、第二航空戦隊司令官の山口多聞少将が、艦長と共に艦と運命を共にした事を知らされた時は、表情を変えたそうだ。
石垣は、山本の落ち着いた態度に感動しているが、氷室は、眼鏡を光らせながら、指揮官としては当然だな・・・と、思っていた。
彼の言った通り、戦艦[大和]は不沈戦艦などでは無い。
ただの戦艦である。
戦艦である以上、いずれは沈むのは、当然だ。
ある意味では不沈艦として思われていた、菊水総隊海上自衛隊第1護衛隊群第1護衛隊に所属する汎用護衛艦[むらさめ]が撃沈された時、かなりの衝撃が走った。
防空能力等の戦闘能力が、この時代の戦闘艦や攻撃機に劣るはずの無い[むらさめ]が、撃沈された。
それだけでは無く、無敵の防空能力を誇るイージス艦[こんごう]も、敵機の体当たりを許した。
軍艦、自衛艦である以上、無敵、不沈等という迷信は存在しない。
勝敗は時の運、というのと同じように、敵機の攻撃や戦闘艦の砲撃が、たまたま命中する事がある。
戦場では、何が起こるかわからない。
人間が行うすべての物事に、絶対大丈夫という事は無い。
何かの不測の事態は、必ず起こる。
「宇垣君。戦艦[武蔵]は、健在か?」
「はい、健在です。旗艦機能を戦艦[武蔵]に、移譲しましたが・・・」
「どうした?」
「第1艦隊司令長官の伊藤誠一中将と、[大和]艦長の有賀幸作大佐が、艦と運命を共にしました」
宇垣の報告に、山本が僅かに表情を変えた。
それも、一瞬だけの事だ。
「そうか・・・2人は、艦と運命を共にしたか・・・」
山本は、緑茶を飲む。
「宇垣君。戦闘は、まだまだこれからだ。[大和]が沈んだだけで、戦意を喪失する訳にはいかん」
「はい」
会議が終わり、石垣は救護所へ向かった。
おそらく桐生は、救護所で負傷兵の世話をしていると思ったからだ。
現時点では、[大和]沈没の報を知らされているのは、指揮艦[信濃]でも、高級幹部のみである。
当然、箝口令が敷かれている。
だが・・・
[大和]の乗組員、特に若い兵士たちにとって、桐生は『お母さん』だった。
[大和]が聯合艦隊の旗艦だった時に、桐生は、剣道教官として酒保店長として、『息子たち』に、関わっていた。
海軍が再編されて、桐生が[信濃]に異動した後も、[大和]の『息子たち』からは、桐生宛の手紙や葉書が、いつも届いていた。
『息子たち』の事に付いて、『お母さん』に伝える・・・
まさか、ほんの少し前まで、一緒に楽しく(少々、微妙だが)将棋を差していたのに、こんな悲しい事を伝えなくてはならなくなるとは・・・
おそらく、桐生は悲しむだろう・・・
誰に言われた訳でも無い・・・
あくまでも、石垣の独断である。
越権行為かもしれないとは思うが、桐生に伝えないという選択肢は無かった。
後で、宇垣に叱られるかもしれないが、それも覚悟の上だった。
「桐生さんなら、先ほど山本総長に呼び出されて、外していますよ」
「え?」
衛生兵の1人に声をかけて、桐生への取り次ぎを頼むと、そう返事が返って来た。
「・・・・・・」
まさか山本は桐生に、直接伝えようとしているのだろうか?
気になる。
総長室に行こうとした石垣を、氷室が呼び止める。
「こういう事を言うのは何だけれど・・・あまり出しゃばらない方が、いいと思うよ」
「・・・・・・」
冷たいと感じる氷室の言葉に、一瞬だが、石垣は鋭い視線で、見返した。
「石垣君、コワ~い」
おどけた口調と態度だが、氷室の目には、冷たい光がある。
(それは、責任感からじゃなくて、単なる自己満足の延長線みたいなものだって事、自分でわかっているのかい?)
氷室の視線は、そう問いかけている。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
そのまま2人は、無言で睨み合う。
「こんな所で、何をしているの?」
「「ぎゃあぁぁぁぁ!!!」」
急にかけられた声に、2人は同時に悲鳴を上げる。
桐生だった。
「だからっ!!いつも、いつも、後ろから驚かすのは、やめてくださいと言っているでしょう!!!」
「・・・心臓が、口から飛び出るかと思った・・・」
2人は、二通りの反応をする。
「あら、ごめんなさい・・・」
「・・・・・・」
口調は、いつもと変わらないようでいて、桐生の声音は明らかに弱々しい。
顔色も、悪い。
「・・・あの・・・」
「あっ、山本総長さんから、コーヒーを淹れて欲しいと頼まれているの。だから、ちょっと失礼するわね。じゃあねぇ~」
いつもと変わらない、朗らかな口調で告げて、桐生は、2人に背を向けた。
「あ・・・あの・・・桐生さん・・・」
思わず、石垣は声をかけた。
「!!?」
何かはわからない、全身の血が一瞬で凍り付くような恐怖を感じて、石垣の身体は金縛りになったように動かなくなった。
冷厳な怒り・・・硬質で冷徹な殺意・・・
どう表現すればいいのか、わからない気配が、桐生から発せられ、桐生と石垣の間を遮っていた。
「・・・・・・」
普段からは考えられない程、肩を落としている様子の桐生の姿が通路から消えるまで、石垣は呆然として、桐生の小さな背中を眺めていた。
ポン!
氷室に肩を叩かれて、呪縛が解ける。
「・・・・・・」
「あの女性には、生半可な慰めや、共感したつもりの同情なんて、一切通用しないよ。潜って来た修羅場の数は、僕や君とは比べ物にならないからね。まあ、今はそっとしておいてあげよう・・・」
「・・・・・・」
氷室の言葉に、石垣は黙って頷く事しか出来なかった。
薄明光線 第12章をお読みいただきありがとうございます。
誤字脱字があったと思いますが、ご了承ください。
次回の投稿は11月2日を予定しています。




