表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
350/452

薄明光線 第12章 生と死の境界線 8 1つの結末 巡る思い

 みなさん、おはようございます、こんにちは、こんばんは、お疲れ様です。

 菊水総隊旗艦[くらま]の司令部作戦室で、山縣は、海上自衛隊情報幕僚からの報告を、受けた。


「聯合艦隊第1艦隊旗艦、戦艦[大和]、爆沈!」


「「「・・・・・・」」」


 情報幕僚からの報告に、司令部作戦室にいる高級幹部及び上級幹部たちの、表情が曇った。


 もちろん彼らは、この結果を予測していた。


 しかし・・・


 その心情は、それぞれ複雑である。


「司令長官及び艦長は?」


 黒山が、情報幕僚に聞いた。


「はい。司令長官の伊藤中将及び艦長の有賀大佐は、戦艦[大和]と、運命を共にした・・・との事です」


「・・・[大和]の生存者は?」


「現在、確認中ですが、駆逐艦からの報告では、生存者は300名強との事です」


「・・・・・・」


 その報告を受けて、黒山の表情が、さらに曇った。


「史実の戦艦[大和]と、ほぼ同じ結果ですね・・・」


 幕僚の1人が、つぶやいた。


 1945年(昭和20年)4月7日。


 坊ノ岬沖海戦で、戦艦[大和]以下の第2艦隊は、マーク・アンドリュー・ピート・ミッチャー中将が指揮する、機動部隊から出撃した、攻撃隊400機弱の航空攻撃を受けて、戦艦[大和]、軽巡洋艦[矢矧]以下、4隻の駆逐艦が沈没した。


 戦死者は、4000名以上である。


 そのうち、戦艦[大和]の戦死者は、3000名以上だった。


 報告では、今回の海戦でも、戦艦[大和]以外にも随行の駆逐艦が、航空攻撃によって撃沈され、戦艦[武蔵]以下、他の水雷戦隊の軽巡洋艦及び駆逐艦にも、被害が出た。


 現在、確認中ではあるが、戦死者は3000人を超えているだろう・・・という事だ。


 結果だけを見れば、坊ノ岬沖海戦の結果と、ほぼ似ているだろう。


「しかし・・・それは、我々だから出来る結果の模索だ。我々は、元の時代の戦史を知っている。しかし、この時代での戦史は、まったく異なるものだ。この時代の者たちからすれば、我々から、もたらされた戦史は、異なる記録の1つでしか無い・・・」


 山縣が、幕僚たちを見回す。


「・・・これで、満足かね。准将?」


 山縣は、1人の若い高級士官に、顔を向けた。


 新世界連合軍NATO軍欧州連合軍最高司令部幕僚の、ヴィリ・フォン・ベルヴァルト准将だった。


「はい、大変結構です」


 ベルヴァルトは、冷たい表情を貼り付けた顔で、頷いた。


 彼が、何を思っているのかは、その表情から読み取る事は難しい。


 戦艦[大和]を撃沈させるために、米英独伊連合軍に、その情報が届くように細工をした。


 そして、その工作に気が付いている者は、恐らく米英独伊連合軍には、いないだろう。


「ベルヴァルト幕僚」


 黒山が、声をかける。


「1つ、聞いておきたいのだが・・・もしも、連合国アメリカ海軍が、我々の予想通りに戦艦[大和]を撃沈出来ず、逆の結果が生じた場合は、どうしたのだ?」


「その可能性は極めて低いと、申し上げたはずですが?」


「貴官は、そう言うが・・・あくまでも、その低い可能性になったとしたらの場合だよ。貴官なら、抜かりなく当然代案も、準備していただろう。それを聞きたい」


 ベルヴァルトは、目を閉じた。


「そうです。確かに低い可能性ではありますが・・・我々の予想と、逆の結果になるという事も、まったく無いとは言えませんでした。その場合、オアフ島に上陸している米英独伊連合軍上陸部隊に、偽の情報を流します。大日本帝国陸軍及びスペース・アグレッサー陸軍地上部隊は、前回の大規模戦闘で弾薬を大量に消費し、戦える余力を残していない・・・と」


 それを聞いた陸上自衛隊副司令官の星柿いさめ陸将が、会議机をバン!と、叩いた。


「そんな事をすれば、米英独伊連合軍上陸部隊が、再び大規模攻勢を行うでは無いか!!」


「その通りです」


 ベルヴァルトは、きっぱりと答えた。


「欺瞞情報に乗った敵上陸部隊は、大規模な攻勢を仕掛けて来るでしょう。そうなれば、前回の戦闘を越える、大規模な地上戦が発生する。双方共に、多大な犠牲が出ます。そうなれば連合国、枢軸国だけでは無く、大日本帝国も戦争継続意識を無くすでしょう。それが狙いです」


 彼の言葉は、その場にいる一同の心を凍り付かせるには、十分だった。





 一通り幕僚会議を終えた後、菊水総隊司令部付防衛政務官の畑中が、休憩を指示した。


 作戦室を退室しようとしたベルヴァルトは、山縣に呼び止められた。


「准将。少し・・・話さないか?」


「はい、わかりました」


 ベルヴァルトは、山縣の自室に案内された。


「コーヒーを、飲むかね?」


「いただきます」


「ハワイ諸島が近いから、ハワイ産のコーヒー豆が届いた。私としては、小笠原産のコーヒー豆が好きなのだが、贅沢は言えない」


 山縣は、お湯を沸かし、コーヒーを淹れた。


「どうぞ」


 山縣がコーヒーカップを、ベルヴァルトの前に置いた。


「ミルクと砂糖は?」


「いただきます」


 ベルヴァルトは、角砂糖を2個とミルク(彼はヴィーガンであるため、植物性のミルクを淹れる)を、たっぷりと淹れた。


「かなりの甘党なのだな」


「はい。甘い物は、思考を整えます」


 ベルヴァルトは、コーヒーを啜る。


 山縣も甘党であるため、コーヒーの中に角砂糖とミルクを淹れた。


 甘党であると自負している山縣であるが、ベルヴァルトのようなヨーロッパ人や、別の地域のアジア人等の甘党を前にしては、自分が甘党だと主張出来ない。


 日本人の甘党と言っても、本来の元の味が損なわれないように、配慮するのが常識とされている。


 例えばコーヒーでも、コーヒーの苦みが消えないように、砂糖やミルクを絶妙なバランスで淹れる。


 しかし、ヨーロッパ人等の中には、元の味がわからないぐらいに砂糖やミルク等を淹れる人もいる。


 いくら甘党でも、限度があると思うのだが・・・と、山縣は思うのであった。


「・・・ドイツ人は、合理主義の塊と聞くが、それは本当だったな」


「恐縮です」


「それで聞きたいのだが、准将・・・」


「何なりと」


「貴官は、第2次世界大戦というものを、どう見る?」


 山縣の質問に、ベルヴァルトはコーヒーカップを置いた。


「閣下の質問に、お答えするには、もう少し詳しく、質問内容を把握せざるを得ません」


「何故、第2次世界大戦が、勃発したと考える?」


 山縣の質問に、ベルヴァルトはテーブルの上で指をトントンと鳴らしながら、質問の答を考えた。


「それを説明するには、第1次世界大戦の話から、始めなくてはなりません」


 ベルヴァルトは、説明を始めた。


 第1次世界大戦。


 ヨーロッパ諸国での、覇権を巡る大戦。


 ヨーロッパ諸国では、世界各地に植民地を持つ大国が、現地住民を徴用して、そこでしか育たない作物等を生産、または資源を採掘し、巨大な利益を得ていた。


 しかし、植民地政策は、極端な格差社会を作るのは、歴史を見ればわかる。


 ドイツを含めた、植民地の少ない、若しくは持たない他のヨーロッパ諸国は、経済的にガタガタの状態が続いていた。


 それだけが原因では無いが、それらの要因も含めて、国家間の格差を是正するために勃発したのが、第1次世界大戦である。


 この時の常識として、敗戦国は戦勝国に賠償金を払い、領土を割譲する事が決まっていた。


 戦争によって、傾いた経済を回復させようとした。


 しかし、思い通りには行かず、戦争はヨーロッパ全土に拡大・・・大規模な消耗戦となった。


 他の周辺国や同盟国も、巻き込む事態となった。


 数多くの新兵器の登場や新戦術の登場により、戦争経済は、右肩上がりを続けた。


 これにより一般経済が、左に下がり続ける事態になるのは、当然の結果だ。


 犠牲者の数も、甚大な物となった。


 戦争は終結したが、戦争の傷跡は、予想を超える物だった。


 都市部が攻撃目標となったため、工業地帯、商業地帯、居住地帯が戦禍を被る事になり、戦争被害が、過去最大の物となった。


 これまでの戦争は、遠くの土地で軍隊同士が戦うもの・・・ヨーロッパ人は、そう思っていた。


 しかし、第1次世界大戦は、ヨーロッパ人の常識を覆す物だった。





「その後、世界恐慌が発生し、世界は不景気になった・・・」


 山縣の言葉に、ベルヴァルトは頷いた。


「そうです。世界は新たな時代に突入したのです。これまで世界の覇権を握っていた大国が、その覇権を失う時代に・・・」


 世界恐慌により、世界的に不景気になったヨーロッパ諸国の中の1つの国が、覇権を握ろうとした。


 それが、ドイツ第3帝国である。


 優れた指導力と政治センスを持つ独裁者により、ドイツ第3帝国は、急速に国権を回復させ、軍事力、政治力、経済力を拡大させていった。


 これに危機感を持ったヨーロッパ諸国は、経済不況のまま軍拡を余儀なくされた。


 ドイツ第3帝国は、優れた陸海空軍による快進撃と、優れた外交力で同盟国を増やし、ヨーロッパの大半を、支配下に置いた。


 イギリスとソ連が、ドイツの覇権主義に対立し、強固に抵抗したが、勢いがついたドイツ軍は強力だった。


 イギリスからの参戦要請を受けたアメリカは、ヨーロッパに参戦する準備をしていたが、ルーズベルト大統領は、国民に戦争をしないという事を、選挙公約としていたため、義勇軍を派遣するのにとどまった。


 だが、ドイツの快進撃を止めるには、それだけでは不十分だった。


 そこでアメリカが目を付けたのが、大日本帝国だ。


 大日本帝国は、覇権国家の仲間入りをしたばかりの国であったが、世界恐慌、金融危機、関東大震災により、国内はガタガタだった。


 アメリカは、様々な理由を付けて、大日本帝国に対し経済制裁を行い、大日本帝国が戦争に傾くよう仕向けた。


 戦争に傾けば、必然的に味方を得ようとする。


 ドイツ第3帝国は、覇権国家として国力を回復したものの、それが急だったため、国内外の地盤が緩かった。


 これを強固にするためには、味方が必要だった。


 それが大日本帝国だ。


 アメリカの思惑通りに、大日本帝国とドイツ第3帝国は、イタリア王国を引き込み、三国軍事同盟を締結した。


 しかし、アメリカが予想しない事が、発生した。


 それが、自分たちの登場だった。


 自分たちの登場により、三国軍事同盟が破棄され、大日本帝国は、アメリカを含む連合国に対し、最後通牒を行った。


 アメリカの計画は失敗し、計画を大幅に変更しなければならなかった。


 だが、そんな余裕を与える事も無く、大日本帝国軍と統合省防衛局自衛隊は、アメリカに対して、開戦を行った。


 そこまでベルヴァルトの説明を受けると、山縣はコーヒーを啜った。


「その話なら、石垣達彦(いしがきたつひこ)1等陸佐からも聞いている」


「イシガキ准将も、私と同じ戦争の行方を予想していたでしょう?」


 ベルヴァルトが、石垣1佐を准将と呼称したのは、石垣1佐の区分が1佐1等であるからだ。


 1等陸佐の1等は、諸外国の准将に相当する。


「ベルヴァルト准将。この戦争が終結した後の世界の体制は、どうなる?」


 山縣の質問に、ベルヴァルトは即答した。


「世界に、新たな体制が構築される事になるでしょう。それは我々が、我々の歩んだ歴史の中で経験した、冷戦を越える新冷戦時代です。ニューワールド連合体制の諸国と、サヴァイヴァーニィ同盟体制の諸国との冷戦です」


「時代は、繰り返すのか・・・?」


「いいえ」


 山縣の言葉に、ベルヴァルトは首を振った。


「より深刻化した、冷戦が始まるでしょう。そして、ここで犠牲を出さなければ、次に発生する第3次世界大戦は、この大戦で消えた人命を遥かに凌駕する人命が、消える事になります」





 指揮母艦[信濃]の統合作戦室で、統合作戦本部総長の山本五十六大将は、陸軍本部長の牛島(うしじま)(みつる)中将、陸軍参謀長の八原(やはら)博道(ひろみち)少将、海軍本部長の宇垣纒(うかきまとめ)中将、海軍参謀長の黒島(くろしま)亀人(かめと)少将、空軍本部長の小沢治三郎中将、空軍参謀長の(かみ)(うら)(うるう)少将と顔を合わせていた。


「総長」


 宇垣が、立ち上がる。


「急報が入りました。戦艦[大和]が、爆沈しました」


「[大和]が!!?」


 宇垣の報告に、誰よりも早く声を上げたのは、石垣だった。


 石垣程では無いが、他の高級士官たちも驚愕した。


「そんなに驚く事は、無いだろう・・・」


 山本が、落ち着いた口調で語る。


「[大和]も、戦艦として生まれた。戦艦である以上、戦闘によって沈む事は、十分考えられる事だ。船は、いずれ沈む。それが事故によるものか、戦闘によるものか、寿命によるものか・・・それは、わからないが・・・いずれは沈む。[大和]を、不沈戦艦と言う者もいるが、そんなものは存在しない」


 山本の言葉を聞き、石垣は落ち着きを取り戻した。


(さすがは、山本五十六だ!)


 石垣は、単純にそう思った。


 石垣たちの史実でもあるように、山本五十六は、ミッドウェー海戦での敗退で、最初の一報により空母3隻が沈んだ時、その報告に驚愕する参謀たちを後目に、落ち着いた口調で、「ほぅ~3隻も沈んだか・・・」と、つぶやいたそうだ。


 それによって、参謀たちを落ち着かせる事に成功した。


 山本まで驚愕してしまっては、参謀たちが混乱し、重大な事態になっただろう。


 しかし、空母[飛龍]が沈み、第二航空戦隊司令官の山口多聞少将が、艦長と共に艦と運命を共にした事を知らされた時は、表情を変えたそうだ。


 石垣は、山本の落ち着いた態度に感動しているが、氷室は、眼鏡を光らせながら、指揮官としては当然だな・・・と、思っていた。


 彼の言った通り、戦艦[大和]は不沈戦艦などでは無い。


 ただの戦艦である。


 戦艦である以上、いずれは沈むのは、当然だ。


 ある意味では不沈艦として思われていた、菊水総隊海上自衛隊第1護衛隊群第1護衛隊に所属する汎用護衛艦[むらさめ]が撃沈された時、かなりの衝撃が走った。


 防空能力等の戦闘能力が、この時代の戦闘艦や攻撃機に劣るはずの無い[むらさめ]が、撃沈された。


 それだけでは無く、無敵の防空能力を誇るイージス艦[こんごう]も、敵機の体当たりを許した。


 軍艦、自衛艦である以上、無敵、不沈等という迷信は存在しない。


 勝敗は時の運、というのと同じように、敵機の攻撃や戦闘艦の砲撃が、たまたま命中する事がある。


 戦場では、何が起こるかわからない。


 人間が行うすべての物事に、絶対大丈夫という事は無い。


 何かの不測の事態は、必ず起こる。


「宇垣君。戦艦[武蔵]は、健在か?」


「はい、健在です。旗艦機能を戦艦[武蔵]に、移譲しましたが・・・」


「どうした?」


「第1艦隊司令長官の伊藤誠一中将と、[大和]艦長の有賀幸作大佐が、艦と運命を共にしました」


 宇垣の報告に、山本が僅かに表情を変えた。


 それも、一瞬だけの事だ。


「そうか・・・2人は、艦と運命を共にしたか・・・」


 山本は、緑茶を飲む。


「宇垣君。戦闘は、まだまだこれからだ。[大和]が沈んだだけで、戦意を喪失する訳にはいかん」


「はい」





 会議が終わり、石垣は救護所へ向かった。


 おそらく桐生は、救護所で負傷兵の世話をしていると思ったからだ。


 現時点では、[大和]沈没の報を知らされているのは、指揮艦[信濃]でも、高級幹部のみである。


 当然、箝口令が敷かれている。


 だが・・・


[大和]の乗組員、特に若い兵士たちにとって、桐生は『お母さん』だった。


[大和]が聯合艦隊の旗艦だった時に、桐生は、剣道教官として酒保店長として、『息子たち』に、関わっていた。


 海軍が再編されて、桐生が[信濃]に異動した後も、[大和]の『息子たち』からは、桐生宛の手紙や葉書が、いつも届いていた。


『息子たち』の事に付いて、『お母さん』に伝える・・・


 まさか、ほんの少し前まで、一緒に楽しく(少々、微妙だが)将棋を差していたのに、こんな悲しい事を伝えなくてはならなくなるとは・・・


 おそらく、桐生は悲しむだろう・・・


 誰に言われた訳でも無い・・・


 あくまでも、石垣の独断である。


 越権行為かもしれないとは思うが、桐生に伝えないという選択肢は無かった。


 後で、宇垣に叱られるかもしれないが、それも覚悟の上だった。


「桐生さんなら、先ほど山本総長に呼び出されて、外していますよ」


「え?」


 衛生兵の1人に声をかけて、桐生への取り次ぎを頼むと、そう返事が返って来た。


「・・・・・・」


 まさか山本は桐生に、直接伝えようとしているのだろうか?


 気になる。


 総長室に行こうとした石垣を、氷室が呼び止める。


「こういう事を言うのは何だけれど・・・あまり出しゃばらない方が、いいと思うよ」


「・・・・・・」


 冷たいと感じる氷室の言葉に、一瞬だが、石垣は鋭い視線で、見返した。


「石垣君、コワ~い」


 おどけた口調と態度だが、氷室の目には、冷たい光がある。


(それは、責任感からじゃなくて、単なる自己満足の延長線みたいなものだって事、自分でわかっているのかい?)


 氷室の視線は、そう問いかけている。


「・・・・・・」


「・・・・・・」


 そのまま2人は、無言で睨み合う。


「こんな所で、何をしているの?」


「「ぎゃあぁぁぁぁ!!!」」


 急にかけられた声に、2人は同時に悲鳴を上げる。


 桐生だった。


「だからっ!!いつも、いつも、後ろから驚かすのは、やめてくださいと言っているでしょう!!!」


「・・・心臓が、口から飛び出るかと思った・・・」


 2人は、二通りの反応をする。


「あら、ごめんなさい・・・」


「・・・・・・」


 口調は、いつもと変わらないようでいて、桐生の声音は明らかに弱々しい。


 顔色も、悪い。


「・・・あの・・・」


「あっ、山本総長さんから、コーヒーを淹れて欲しいと頼まれているの。だから、ちょっと失礼するわね。じゃあねぇ~」


 いつもと変わらない、朗らかな口調で告げて、桐生は、2人に背を向けた。


「あ・・・あの・・・桐生さん・・・」


 思わず、石垣は声をかけた。


「!!?」


 何かはわからない、全身の血が一瞬で凍り付くような恐怖を感じて、石垣の身体は金縛りになったように動かなくなった。


 冷厳な怒り・・・硬質で冷徹な殺意・・・


 どう表現すればいいのか、わからない気配が、桐生から発せられ、桐生と石垣の間を遮っていた。


「・・・・・・」


 普段からは考えられない程、肩を落としている様子の桐生の姿が通路から消えるまで、石垣は呆然として、桐生の小さな背中を眺めていた。


 ポン!


 氷室に肩を叩かれて、呪縛が解ける。


「・・・・・・」


「あの女性(ひと)には、生半可な慰めや、共感したつもりの同情なんて、一切通用しないよ。潜って来た修羅場の数は、僕や君とは比べ物にならないからね。まあ、今はそっとしておいてあげよう・・・」


「・・・・・・」


 氷室の言葉に、石垣は黙って頷く事しか出来なかった。

 薄明光線 第12章をお読みいただきありがとうございます。

 誤字脱字があったと思いますが、ご了承ください。

 次回の投稿は11月2日を予定しています。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ