薄明光線 第11.5章 凶事は突然訪れる
みなさん、おはようございます、こんにちは、こんばんは、お疲れ様です。
大日本帝国統合軍省統合作戦本部直轄艦指揮母艦[信濃]の娯楽室で、石垣達也2等海尉は、将棋を差していた。
普段なら、石垣の将棋の相手をするは、山本か、氷室匡人2等海佐なのだが、今日の相手は、[信濃]酒保店長の桐生明美であった。
何故そうなったのかというと・・・酒保店員である伊藤恵美に、桐生を捕獲(?)しておいてほしいと、お願いされたからだ。
伊藤の話では、酒保のシフト体制は変則もあるが艦艇勤務と同じく、通常8時間の3交代制なのだそうだ。
勤務、休憩、休息といったローテーションで、基本回しているそうだ(勤務時間の8時間の内に、1時間の食事休憩は含まれている)。
ハワイ防衛戦が始まってから、病院船機能も併せ持っている[信濃]には、野戦病院や他の病院船に収容しきれない負傷兵が、連日、搬送されて来る。
酒保要員も、売店業務以外に看護官助手として、軍医の指揮下で、負傷兵の手当や世話等に当たっている。
伊藤が言うには、桐生は、自分たち酒保要員には、しっかり休憩や休息を取らせるのに、本人は、ほとんど休まずに売店業務と看護の2つを熟しているとの事だった。
それを心配して、伊藤は石垣に、無理やりにでも休憩を桐生に取らせるように、手伝って欲しいと頼んできたのだった。
女の子の、お願いは断れない・・・
周囲の女性陣から常々指摘されている、女性の頼みは断れないという優柔不断振りを、全開に発揮して、石垣は、このお願いを引き受けたのだった。
(桐生さんに限って、過労なんかで倒れるようには、見えないけどなぁ・・・)
内心で思いつつ、石垣は、駒を動かす。
「・・・あんまり、将棋は得意じゃ無いのだけれどね・・・」
石垣が駒を動かすたびに、眉を八の字にして、悩む表情を浮かべている桐生は、ボソッとつぶやく。
(・・・確かに。桐生さん、メチャ弱い・・・)
何しろ、悩みながら出した桐生の一手は、石垣の予想通りだった。
(これなら後、二、三手で詰みに出来そう・・・8時間も、桐生さんを拘束するのって不可能だよ・・・)
これでは、桐生を足止めする事が出来ない。
「あの~・・・石垣君?」
「何ですか?」
次は、何をして時間を潰そうか?と、考えていると、桐生が上目遣いでオズオズと問いかけてくる。
「ちょっと・・・待って欲しいのだけれど・・・その・・・考える間ちょっと、救護所の様子を見に行っても・・・」
「前半はOKですが、後半はダメです」
「うぅ・・・石垣君のイジワル~・・・」
「・・・・・・」
そのセリフは、卑怯です。
「桐生さん。貴女は店長なのですからね。トップが働き蜂みたいに働いていたら、他の従業員たちの気が休まらないでしょう?従業員の人たちに、心身共にしっかり休んで貰うためにも、桐生さんも、休む時には休むという姿勢を見せるのも、仕事の内ですよ」
言葉に詰まった石垣に代わって、口を挟んできたのはボーダーコリーの伝助と、犬用の玩具で遊んでいる氷室だった。
見事な、ド正論。
桐生が、一瞬言葉に詰まる。
石垣に対して、密かに親指を立てるというハンドサインを送って来る氷室に、石垣も同じサインを返す。
見事な連係プレイだ。
・・・という、自画自賛は置いておいて・・・
「うぅ~・・・別に、私の事は置いといてくれて、いいのだけど・・・でも氷室さん、いつも暇そうですね?」
「失礼な!僕は、メリハリを付けているだけです!」
「はいはい。そういう事にしときましょう」
「・・・・・・」
「ワン!」
桐生の言葉に賛成という伝助の意思表示に、氷室はこめかみに、怒りマークを浮かべて伝助の顔を両手で挟み、視線を合わせる。
「伝助君。それは・・・僕が、いつも暇そうだ・・・と、いう事かなぁ・・・?」
「・・・・・・」
(僕、わかんな~い!)という感じで、伝助は氷室から視線だけを、逸らしている。
「ねぇねぇ。いじがぎぐ~ん・・・」
変な声を出して、テーブルの上に突っ伏した姿勢で、涙目で見上げるという理解不能な戦術を使って、訴えかけてくる桐生。
「ナポさんだって、3時間しか眠らなかったって言うじゃない?休息時間も、休憩時間も、人それぞれだと思うんだ。それに、鮪や鰹は死ぬまで泳ぎ続けるって、言うじゃない。そんな人間がいても、おかしくないと思わない?」
「思いません!てか、その理解不能な謎理論は、何ですか!?それと、ナポさんって、誰ですか!?」
「ナポレオン・ボナパルト。フランスの英雄だよ」
趣味のように、周囲の人やら歴史上の人物に、愛称を付けるという桐生の癖を知っている氷室が、すかさず答える。
「ねぇねぇ、石垣く~ん・・・オバサンのお願い聞いてくれないと、石垣君にも愛称付けちゃうぞ~・・・いっちーが、いいかな?たーくんが、いいかな?タンタンというのも、可愛いな~?」
言う事が、段々と無茶苦茶になっている。
それにしても・・・
本来、薹が立っている女性が、ブリッコをしても、イタイだけなのだが・・・桐生がやると妙に似合っているので、リアクションに非常に困る。
(さてさて、あの冷徹な本庄警視監でさえ、桐生さんのお願いだけにはメロメロになって、断るのに、相当苦労しているらしいというけれど・・・石垣君に出来るかな~・・・?)
伝助と、睨めっこをしながら、様子を窺っている氷室は内心で、つぶやいた。
「・・・わかりました。この対局が終わったら、様子を見に行ってもいいですよ」
折れそうになる心を奮い立たせて、石垣は譲歩案を出した。
「終わったらいいのね?」
桐生の顔が、ぱぁっと明るくなる。
「ええ、勿論です」
こうなったら、この対局を長引かせて、粘るだけ粘ってやる。
石垣は、心中で決心した。
「・・・それじゃ、お言葉に甘えて・・・」
ニカッと笑った桐生の手が僅かに動いた。
「・・・!!!・・・!!!・・・!!!」
一瞬で、将棋盤がひっくり返った。
「はい!終わり。じゃ、そうゆう事で・・・」
突然の事に、口をパクパクさせている石垣を置いて、桐生は娯楽室を出て行った。
そう・・・石垣は、対局が終わったらと言ったのであって、自分に勝ったらとは言っていない。
その言質を、逆手に取られた。
「強制終了。その手があったか・・・まだまだ、甘いねぇ~石垣君」
終わらせるという事に限れば、これもアリではある・・・
「ああああああ~・・・!!!」
叫び声をあげて、頭を抱えている石垣を眺めつつ、氷室はつぶやいた。
「ねえ、伝助君。石垣君は、桐生さんに一本取られた事を悔しがっているのかな?それとも、イトウちゃんとの約束を守れなくて、キラわれる~とでも思っているのかな?どっちだと思う?」
「ワン!」
「うん。そうだね・・・僕も、そう思う」
「失礼します!」
その時、宇垣付きの下級士官が、慌てた様子で娯楽室に入室して来た。
「氷室中佐、石垣中尉!海軍部長がお呼びです。至急、作戦室へ!!」
何か、唯ならない様子の下級士官の言葉に、2人は顔を見合わせた。
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次回の投稿は10月26日を予定しています。




