薄明光線 第10章 生と死の境界線 6 モイライの糸 前編 死闘の始まり
みなさん、おはようございます、こんにちは、こんばんは、お疲れ様です。
戦艦[大和]の艦内全域に、戦闘配置命令が発令された。
対空及び対水上戦闘配置命令である。
「戦闘指揮所に、上がります」
艦長の有賀が、伊藤に告げた。
「[大和]を、よろしく」
伊藤の言葉に、有賀は挙手の敬礼で答える。
第1艦橋要員も、有賀に挙手の敬礼をする。
有賀は答礼して、戦闘指揮所に向かった。
戦闘指揮所では、主計課要員たちが用意した、握り飯が配られている。
焼きおにぎりである。
「艦長。どうぞ」
「うむ」
水兵が、焼きおにぎり3個を渡す。
焼きおにぎりは、耐熱性のプラスチックケースに入れられていた。
「では、いただこう」
有賀の言葉に、戦闘指揮所に要員たちが、焼きおにぎりに、かぶりつく。
「これは、これで、美味いな」
有賀も、1個目の焼きおにぎりに、かぶりつきながら、つぶやく。
「ですが、これだけの味を維持しながら冷凍し、必要な時に温めて食べられる。というのは、驚く限りです」
随行員の1人が、つぶやく。
「80年後・・・というのは技術だけでは無く、食も進歩した。知っているだろうが、お湯を淹れるだけで麺類等を食べられるインスタント食品は、警察機関では、大人気だそうだ」
「それは陸海空軍でも、人気です」
有賀の言う通り、カップラーメン、カップうどん、カップそば等の麺類だけでは無く、お湯があれば調理できるインスタント食品や、お湯で温めるだけで食べられるレトルト食品は、国家地方警察及び自治体警察では、かなりの人気だ。
これまでの食事は、食堂で食べるか、出前をとるかの2つしか無く、特に派出所では、出前をとるしかなかった。
しかし、これらのインスタント食品やレトルト食品の登場で、必要な時に食べられる。
小腹が空いた時に、温かい食品を食べる事が出来る等である。
「私の弟が警察の警部補でして、派出所の生活が改善したと、手紙を寄こしてきました」
「現在では、軍、警察等の国家機関、地方機関、政府等の行政機関に優先されているが、この戦争が終われば、これらのインスタント食品やレトルト食品が、民間の市場にも出回る事になるな・・・」
「その事ですが、艦長は知っていますか?」
少佐の階級章をつけた、上級士官が有賀に尋ねてきた。
「何をだ?」
有賀が、顔を向ける。
「闇市場では、すでに、これらの食品が出回っているらしいという事を・・・」
「何だと?・・・それは、知らなかった」
有賀は、少し驚いた。
インスタント食品やレトルト食品等の製造は、統合省経済産業局に属する食品企業が中心となって製造している。
市場に出回っているのは、日本共和区だけであり、後は、国家機関、地方機関等に買い占められている。
それがどうやって、闇市場に流れているのか・・・
可能性として考えられるのは、それらの物資の横流しが行われた・・・だろう。
「私も詳しい事は知りませんが、農商務省本省に勤務する兄がいます。兄の話では、すでに、これらの食品が、高値で闇市場でも売買されているとの事です」
「確か・・・反乱軍にも、レトルト食品やインスタント食品が流れている・・・という情報があったな」
「はい、内地の通信を傍受した、通信隊の士官たちが話していました」
少佐が、うなずく。
「国内では、大規模な内部調査の嵐だろうな・・・」
有賀は、そうつぶやきながら、最後の焼きおにぎりに、かぶりつく。
「対空電探!目標を探知!推定機数200機以上の大編隊です!」
対空電探員の報告に有賀は、最後の焼きおにぎりを味わう事無く、一気に食べた。
「第11航空戦隊司令部より、入電、これより、迎撃戦闘機隊を迎撃に向かわせる。との事です!」
第11航空戦隊空母[笠置]から発艦した、零式艦上戦闘機[海鷹]が、増槽を投下した。
「各機へ、敵攻撃隊が第1艦隊に接近している!我々は、これを迎撃する!」
隊長機からの連絡を受けて、下部久藏特務少尉は、操縦席の計器類に挟んだ家族の写真を眺めた。
自分と妻、そして生まれたばかりの娘の写真である。
「下部!聞こえているか?」
「はい、聞こえています。少佐殿!」
「いいか、これは上官命令だ。必ず生き残れ!お前は、生き残って必ず家に帰らなければならん!いいな!」
「はい!わかっています。少佐殿!」
下部の上官である少佐は、海軍の中では珍しく、奮戦する事を主張しない上級士官である。
生きて家族の元に帰る事が、国のための奮戦だと、主張する海軍軍人だ。
そのため、海軍兵学校をそれなりの成績で卒業したにも関わらず、年齢しては、かなり出世が遅い。
下部自身も、第11航空戦隊の戦闘機部隊に配属される前は、内地の飛行訓練学校の教官であった。
熱心な教育指導と、生きて家族の元に帰る事こそ大事であると、教える教官だった。
そのため、一部の教官と教習生から快く思われていなかったが、それでも信頼は厚かった。
「敵機発見!」
敵機発見、という報告が入る。
「全機、攻撃開始!」
少佐からの号令がかかり、飛行隊は、散開した。
下部も、機の速度を増速させた。
敵であるアメリカ海軍のF8F[ベアキャット]も機銃掃射しながら、高速接近する。
下部も、機銃の発射ボタンを押す。
主翼に搭載されている、二〇粍機関砲が火を噴く。
下部機から撃ち出された二〇粍機関砲弾が、F8F[ベアキャット]の主翼に直撃した。
そのまま主翼から、煙が出る。
下部は操縦桿を倒し、ペダルを踏む。
そのまま急旋回し、主翼から煙を出すF8Fの後ろにつく。
照準器の照準線に合わせて、機銃の発射ボタンを押す。
完全に捉えた、二〇粍機関砲弾がF8Fに直撃する。
尾翼が吹っ飛び、そのまま右の主翼が折れた。
そのまま回転しながら、墜落する。
「1機、撃墜!」
下部は撃墜した事を、チョークで記入した。
だが、その時、後ろから銃撃を受けた。
「くそぉぉぉ!!」
下部は操縦桿と格闘しながら、回避飛行をする。
全速飛行状態であるため、これ以上、速度を上げる事はできない。
「ならば!」
下部は、速度を急に落とした。
これにより、敵機は衝突回避のために回避飛行を行った。
その隙をついて後につく。
下部は照準を合わせると、機銃の発射ボタンを押した。
2機目を撃墜した。
「少佐殿!敵の攻撃隊が、[大和]に向かっています!」
「わか・・・る。だ・・・」
激戦のために、少佐との交信が雑音で掻き消される。
何を言っているのか、理解出来なかった。
その後、雑音しか聞こえなくなった。
「少佐殿!!少佐殿!!応答願います!!」
だが、返事は無い。
「副隊長だ!隊長機は撃墜された。よって、私が指揮をとる。各機、目の前の敵機に集中しろ。他は考えるな!!」
「ですが、大尉殿。このままでは[大和]が!!」
「その心配は無い。[大和]には防空能力がある。簡単にはやられない」
大尉の言葉を聞いて、下部は、渋々と承諾した。
F8Fの操縦手たちの力量は、かなり高い。
簡単には勝たせてくれない。
大尉の言う通り、目の前の敵にしか集中出来ない。
「敵編隊30機!低高度で接近中!」
対空電探員が、報告する。
「見張員より報告!敵機は、TBF[アヴェンジャー]です!」
「副長。知っているかね?アヴェンジャーは、復讐者又は報復者という意味だ」
有賀が、副長である中佐に告げる。
「アメリカに、相応しい名前ですね」
副長が、答える。
これまでのアメリカ軍は、新世界連合軍及び菊水総隊に、完膚なきまでに叩かれた。
多くの艦船や航空機、人命が消えた。
それらの復讐又は報復のために、アヴェンジャーという名称は、相応しいだろう。
「各員に告ぐ」
有賀が、戦闘指揮所にいる要員に言った。
「アヴェンジャー雷撃機は、これまでのデヴァステイターとは異なる。心して当たれ!」
「「「はい!」」」
戦闘指揮所の要員が叫ぶ。
これまでの主力艦上攻撃機だった、TBD[デヴァステイター]は、航続距離が短すぎて、戦闘機や急降下爆撃機と連携出来なかった。
TBF[アヴェンジャー]は、この問題を解決するために、内部の燃料タンクを大型化し、艦上攻撃機の弱点である防弾性能、飛行安定能力の向上を行った。
これは戦闘機や急降下爆撃機と連携するためだけでは無く、艦上攻撃機は、航空雷撃の魚雷命中率を高めるために、海面スレスレを飛行しながら、目標の艦船にぎりぎりまで近づかなければならない。
そのため、激しい対空砲火と敵機の迎撃を受ける事になる。
そこで重要になるのが、防弾性能と飛行安定性能だ。
「彼らの報告では、アヴェンジャーは、世界水準を越えている、高性能な艦上攻撃機だったはずだ」
「ですが、これまでの戦闘の報告では、アヴェンジャー雷撃機は言われる程の高性能さは、ありません」
「恐らく、急造で開発、量産されたため、彼らの史実に登場したアヴェンジャー雷撃機よりも攻撃能力、飛行能力、安定能力等が劣る・・・という事だろう」
「それと、搭乗員の練度も、低いのでしょう」
「しかし、油断は禁物だ。揺るぎない強い意志は、時として技量や性能を超越した力を見せる事がある」
「その通りです」
有賀と副長が、会話する。
「敵編隊!なおも接近!」
対空電探員が、報告する。
「主砲!三式弾弐型、撃ち方始め!」
有賀の号令で、砲術員たちが主砲の操作を行い、3連装45口径四六糎砲6門が旋回し、砲口を上げる。
「発射準備完了!」
「撃ぇぇぇ!!」
砲術長の号令で、砲術士官が発射ボタンを押した。
轟音と振動が、戦艦[大和]の戦闘指揮所に響く。
撃ち出された三式弾弐型の砲弾が敵機の間近で炸裂し、破片が敵機の機体を襲う。
一斉射で、敵機の10機以上を撃墜した。
主砲が一斉射された後、連装速射砲及び高射砲が、火を噴く。
航空魚雷投下のために海面スレスレを飛行しながら、胴体内に格納された航空魚雷が開放されたが、投下する前に次々と火の塊にされ、海面に激突する。
だが、その弾幕をすり抜けて、数機の[アヴェンジャー]が、航空魚雷を投下した。
「右舷、魚雷接近!」
見張員からの報告に、有賀が叫ぶ。
「面舵一杯!急げ!!」
操舵室に号令が響き、操舵員が舵を切る。
戦艦[大和]が、右に急旋回する。
戦艦[大和]は、速力27ノットという全速航行状態であるため、舵の効きは、かなり高い。
しかし、投下された魚雷が多かっただけでは無く、巧妙に投下されたために航空魚雷が戦艦[大和]の右舷に直撃する。
水柱が上がるが、[大和]型戦艦は魚雷攻撃を受ける事を前提に設計されているため、簡単には浸水しない。
「左30度に敵機!」
班長の指示に射撃員が、一二.七糎連装速射砲をその方向に動かす。
「照準よし!」
「撃て!!」
班長の号令により、射撃員が発射ボタンを押す。
連装速射砲が吼える。
発射されている砲弾は、すべて近接信管であるため、命中しなくても敵機にダメージを与える事が出来る。
「残弾ありません!」
砲塔内に、残弾が無いという事を知らせるアラームが鳴る。
「装填急げ!」
班長が、弾薬補給を命じる。
補給班が、ただちに砲弾を持って、再装填を行う。
装填時間は、どんなに急いでも、3分はかかる。
砲弾の装填方法は、内地や外地で行われるバケツリレーの要領で砲弾が装填される。
「敵機!直上!!」
班長が、上空を見上げる。
「いかん!総員退避!!」
班長の号令と共に、射撃員と砲整備員が座席から離れる。
直上から急降下した敵機が、爆弾を投下する。
そのまま爆弾は、一二.七糎連装速射砲に吸い込まれるように直撃した。
爆弾の直撃によって、砲塔が吹っ飛ぶ。
班長が退避命令を出したが、残念な事に退避は間に合わなかった。
班長以下、射撃員、砲整備員、補給班員が犠牲になった。
連装三五粍高射砲群も、激しい砲撃を実施するが、敵機の数が多く対処が出来なかった。
急降下爆撃機が戦艦[大和]の直上に接近し、爆弾を投下するが、戦艦[大和]に搭載されているC-RAMが起動し、高速回転状態で火を噴く。
弾幕が張られ、投下された爆弾を次々に撃墜するが、弾薬は無限には無い。
残弾が無くなると、迎撃をする事は出来ない。
アメリカ軍は、これまでの戦闘でデータ収集しているため、残弾が切れたC―RAMを狙って、爆弾を投下した。
「艦長!右舷、近接防空機関砲大破!」
「艦中央部に、火災発生!」
被害状況の報告が、次々に上がる。
「さすがに、アメリカ軍も馬鹿では無いな・・・」
「これまでの戦闘を研究し、[大和]の弱点を、正確に攻撃しています」
「それだけでは無く、敵攻撃隊は、[大和]だけを狙っています」
士官たちの報告や予想を、有賀が聞く。
「艦長!水上電探に感あり!」
「[モンタナ]級戦艦か!?」
「その可能性は、高いです!」
有賀は目を閉じた。
このタイミングで現れた・・・という事は、[モンタナ]級戦艦は、戦艦対戦艦の対決を挑もうとしている。
航空攻撃を受けている状況下で、水上戦闘をしなければならない。
「主砲!徹甲弾装填!!」
有賀が、号令を出す。
指示が伝達され、ただちに戦艦[大和]の3連装45口径四六糎砲3門に、徹甲弾が装填される。
「水上戦闘用意!!」
有賀の号令で、水上戦闘が知らされる。
「対空要員に連絡!水上戦闘のために主砲を発射する。発射に備えよと」
有賀は、伝達員に指示を出す。
3連装四六糎砲の砲撃は、かなりの轟音と振動があるため、甲板に出ている者たちに警告をしなければ、砲撃音等で甲板に出ている者たちがダメージを受ける。
「各部への警告が、完了しました!」
伝達員の報告に、有賀は頷く。
「主砲!撃ち方始め!!」
有賀の号令で、砲術員、電算員、電探員が諸元入力を行う。
「諸元入力完了!」
3連装45口径四六糎砲3門が旋回し、砲口を上げる。
「発射準備完了!」
「撃ぇぇぇ!!」
砲術長の号令で、戦艦[大和]に搭載されている四六糎砲3門が吼える。
九一式徹甲弾が、敵戦艦部隊に向けて発射される。
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誤字脱字があったと思いますが、ご了承ください。
次回の投稿は10月19日を予定しています。




