薄明光線 第2.5章 思慮様々
みなさん、おはようございます、こんにちは、こんばんは、お疲れ様です。
西が用意した面会用の天幕に、1人の少年兵が、憲兵上等兵に連れられて入って来た。
「まあ、かけてくれ」
西は、椅子に座るように勧める。
もちろん、英語である。
少年兵は、何も言わず椅子に腰かける。
「最初に言っておくが、これは尋問では無い。簡単に言えば、俺と世間話をするだけだ」
西が、穏やかに言う。
「鹵獲品であるが、コーラを用意した」
西は、コーラが入った瓶を置く。
「・・・・・・」
少年兵は、何も言わない。
「俺の名は、西竹一だ。君の名は?」
「アメリカ合衆国陸軍海外派遣少年兵団第1大隊所属の、ケン・コスナー2等兵」
コスナーと名乗った少年兵は、ジュネーブ条約に規定されている所属、部隊、認識番号、氏名を名乗って黙った。
「ははは、最初に言ったが、これは尋問では無い。君から軍事機密を聞き出そうとは思っていない。聞きたいのは、君の事だ」
「・・・・・・」
コスナーは、意味がわからないという顔をしている。
「君は、ケンと名乗った。顔立ちから見ても、日系アメリカ人だろう?」
「そうだ」
コスナーは、うなずいた。
「どこの生まれだ?」
西が質問すると、コスナーは、彼の出方を見るように答えた。
コスナーの生まれは、アメリカ中部の田舎町だった。
「驚いたな・・・日系アメリカ人だから、西海岸出身だと思っていたが、アメリカ中部だとは・・・」
西は、ある程度に少年兵の境遇を想像した。
アメリカ中部だという事は、日系アメリカ人等のアジア系の人間は、彼を除いてほとんどいないだろう。
アジア系が多い西海岸の地域なら、ある程度にはヨーロッパ系アメリカ人の理解度はあるが、中部であれば、完全な固守社会だろう。
当然、陰湿な差別やいじめは、あっただろうと想像出来る。
「何故、軍に志願した?」
「俺には理解者がいた。親友とも呼べる存在だ。そいつが陸軍の少年兵団に志願したから、俺も志願した」
「町に残る・・・という選択肢は、無かったのか?」
ある程度に予想出来るが、西は一応聞く事にした。
「あんた、アメリカに行った事があるだろう。それなら、わかるはずだ。アメリカは、世界一の自由な国だと誰もが思う国だ。しかし、それは幻想に過ぎない。アメリカは世界一の差別国家であり、侮蔑国家でもある。差別や侮蔑に耐え、認められた者だけが、勝利者になれる国だ」
少年兵の言葉の意味を、西は理解した。
「俺の理解者は、故郷の町で、唯一、俺という存在を認めてくれた人だ。そいつが街を離れるのだ。好き好んで、そこに残ろうとは考えない」
コスナーの言葉に、西は頷いた。
「自分の親や祖父母の祖国と戦うのは、どんな気持ちだ?」
「日本人だったのは、母親だ。母から色々話を聞いたし、父も好意的に日本の事を話した。だが、戦争が始まってからは、日本について、いい話なんて一切聞かなかった。どんな国なのか、俺の目で直接見たかった。だから、戦う事については、そんなに抵抗は無い」
「君の親友も、ここにいるのか?」
「いや、ヨーロッパ少年兵団に志願した。だから、ここにいない。最後に受け取った手紙には、ポーランドにいる。と、書いていた」
「ポーランド・・・」
西は、ドイツ第3帝国の大日本帝国大使館にいる、陸軍駐在武官からの話を思い出した。
すでにポーランドの陥落は、時間の問題であり、アメリカ軍及びイギリス軍は、ドイツ第3帝国本土を防衛線とした、防衛態勢を構築していると話を聞いている。
もしかすれば、彼の親友は・・・
西とコスナーは、制限時間まで、世間話をするのであった。
「ほら、おやつだぞ」
大日本帝国陸軍ハワイ方面軍オアフ島軍第1機甲師団第1機械化歩兵旅団第1機械化歩兵聯隊第1歩兵大隊第1攻撃犬中隊第1小隊に所属する櫻井結弦兵長は、先ほどの戦闘で保護したアメリカ陸軍の軍用犬を収容している犬舎で、軍用犬に犬用おやつの、ササミをあげようとした。
「バウッ!バウッ!」
「グルルルゥゥゥ・・・!」
アメリカ陸軍に所属する軍用犬の反応は、自分たちに対して敵意剝き出しである。
「やっぱり、そう簡単にはいかないか・・・」
訓練された軍用犬は、敵に対して、中々馴れ馴れしく接する事は無い。
「兵長。無理ですよ・・・」
上等兵が、声をかける。
「噂では、米軍は、軍用犬の訓練に、我々や我々の血を引く米国人を使うそうです。臭い等で、敵である事を教えているのですから、そう簡単に、懐く事は無いですよ」
「だから、俺たちが対応する事に、なったのだろう・・・それに、此奴らは訓練された結果、俺たちに敵意を植え付けられているだけだ。別に、懐く必要は無いが、ある程度は敵意を抑えるようにしてもらわないと、危険と判断されたら害獣として、処分されるかも知れないじゃないか。それは、可哀そうだろう・・・」
歩兵部隊の中でも、櫻井が所属する隊は、軍用犬を専門的に使う隊であり、歩兵科としての能力と、犬を扱えるというスキルがなければならない。
国家憲兵隊でも、犬を扱う部隊が存在するが、彼らがここに到着するまで、かなりの時間がかかる。
それまでに、ある程度は慣らす必要がある。
「おや?」
1頭の軍用犬が、おやつのササミの臭いを嗅ぐ。
「食べていいぞ。これは、何でも幽霊総隊から届けられた、犬専用のおやつだそうだ。美味いぞ」
彼も、犬用のおやつを試しに口にしたが、人間にとっては、あまり美味しくなかった。
それは、味付けを薄めているだけなのだが(あるいは味付けを一切していない場合もある)。
最近になって、犬用の餌や、おやつ等が専門的に出回るようなった。
どういう訳かわからないが、これまでの餌が問題であると、陸軍獣医部から、指示書が出されたそうだ。
櫻井が徴兵される前に、実家で飼っている犬の餌と言えば、人間の残飯であった。
陸軍軍用犬部隊に配属されてから、ご飯と味噌汁、さらに魚等のおかずが用意され、それを与えていたが、つい最近になってドックフードと呼ばれる犬専用の食事が用意された。
さらに部下たちからの話を聞いてみると、犬だけでは無く、猫専用の餌も存在するそうだ。
おやつのササミの臭いを嗅いでいたジャーマンシェパードが、パクッとササミを咥えた。
そのまま持って行くと、隅の方で食べ始めた。
それを見た他のドーベルマンやジャーマンシェパードの何頭かが、近付いてくる。
「食べるか?」
側に寄って来た犬に、おやつのササミを渡す。
すると慎重に臭いを嗅いでから、口に咥えて隅の方で食べ始めた。
「ある程度には、上手く行ったかな・・・?」
櫻井が、つぶやく。
「ですね」
上等兵が、頷く。
特別に訓練された軍用犬や警察犬等は、簡単に人に懐く事は無い。
特に、相棒である人間が敵だと言った者に対しては、そう簡単に心を開く事は無い。
だが、例外も存在する。
人間と同じであり、犬の中にも、視野が広い犬も存在する。
じっと、相手を観察し、相手の心情を理解し、寄って来る犬もいる。
後は集団心理が発生し、他の犬や警戒心が強い犬も寄って来る。
だが、警戒心の強い犬は、そう簡単に近付く事は無い。
2人も、ペットとして犬を飼った事があるため、そういった事には理解がある。
そのため、慎重に対応する。
薄明光線 第2.5章をお読みいただきありがとうございます。
誤字脱字があったと思いますが、ご了承ください。
次回の投稿は8月24日を予定しています。




