薄明光線 第1.5章 束の間の休息
みなさん、おはようございます、こんにちは、こんばんは、お疲れ様です。
菊水総隊海上自衛隊第1護衛隊群第1護衛隊イージス艦[あかぎ]のCICで、艦長の神薙真咲1等海佐は、対空レーダーを表示しているスクリーンを、じっと眺めていた。
「敵残存機、撤退していきます」
対空レーダー員が報告する。
「対空戦闘用具おさめ」
神薙は、ヘッドセットを通して、指示を出す。
「対空戦闘用具おさめ!」
副長兼船務長の切山浩次2等海佐が、復唱する。
「艦内、対空戦闘用具おさめ、よし!」
CICに、報告が入る。
対空戦闘配置命令が、解除されたのだ。
「艦内哨戒第1配備」
神薙は、新たな命令を出した。
戦闘配置命令前の艦内配置命令ではあるが、戦闘配置では無い。
艦内哨戒第1配備とは、交代無しでの総員配置命令であり、艦内各所が閉鎖される。
主に、戦闘配置命令が予想される場合のみに発令される、配置命令だ。
「艦長だ」
神薙は、艦内マイクを持った。
「総員、そのままの姿勢で聞け。本艦及び僚艦の奮戦により、新世界連合軍連合海軍艦隊総軍第1艦隊指揮下の空母連合艦隊を敵の攻撃から守り切った。しかし敵は、まだ諦めていないだろう。オアフ島では、地上戦が継続されており、海上には、4ヵ国連合艦隊が健在だ。今後も戦闘は激しくなる」
神薙は、そこで言葉を止めた。
「ここからは明るい話をしよう。各員、お腹が空いただろう。少し遅くなったが、昼食にしよう。戦闘配食であるし、時間も僅かではあるが、楽しく過ごしてくれ」
神薙は、そう言うと艦内マイクを切った。
艦内哨戒第1配備であるから、乗組員たちは、持ち場で食事をとる事になる。
配膳のために、係員がCICに入室する。
給養員たちが腕によりをかけて、握った握り飯である。
「五目お握りか」
神薙の目の前に、3個の五目お握りと、缶詰のおかずが置かれた。
それと、飲み物として緑茶もある。
「どうぞ」
「ありがとう」
神薙は、配膳の海士に礼を言った。
「さあ、食べよう」
神薙の言葉で、CIC要員たちが、五目お握りや缶詰のおかずを口に入れる。
彼女も、五目お握りを一口食べる。
味付けは、濃いめであるため、疲れた身体には効果的だ。
しかし・・・
(辛い・・・)
口には出さなかったが、神薙の脳裏に浮かんだ感想は、それだった。
(醤油の味しかしない・・・)
切山も内心で、つぶやいた。
2人は、同時に緑茶を飲んだ。
周囲を見回してみると、CIC要員のほとんども、五目お握りをかじった後、すぐに緑茶に手を伸ばしている。
ただし、それは給要員が調味料の量を間違ったからでは無い。
「なかなかいい味付けね」
第1護衛隊群第1護衛隊司令の畠山和香1等海佐が五目お握りを一口かじりながら、満足そうにつぶやく。
「先輩の好みに、合わせた味付けです」
神薙が、緑茶をもう一口飲みながら、言う。
「あら、そう」
畠山は、かなりの濃い味付けを好む。
そのため、食事の味付けを、もっと濃くするように・・・と、常々、給要員長に言っていたのを、見かけた事があった。
それが、好戦的な性格であるためかどうかはわからないが、畠山の好みの味付けなのだろうが、健康面を考えたら、あまりいい味付けでは無い。
「先輩は、かなり濃い味付けを好み過ぎています。今回のように戦闘後に食事をするのであれば、味付けを濃くするのはいいですが、普段から、こんな味付けでは、健康を害しますよ」
「心配ご無用よ。私の身体は簡単には、壊れないから」
畠山が、1個目の五目お握りを食べ終える。
五目ご飯というのは、こういう時には一番いい。
主食と副食を併用できるため、栄養が偏る事も無い。
さらに、味を調整すれば薄味、濃い味にもできる。
激しい戦闘により、[あかぎ]の乗組員たちの心身も、疲れている。
五目お握りは、その疲れを癒し、次の戦闘に備えてエネルギーを回復させるには十分だった。
給養員長が気を使って、食後のデザートまで用意していた。
デザートは、おはぎだった。
普段は、あまりおはぎを好まない若い者たちも、おはぎを嬉しそうに食べていた。
ニューワールド連合軍連合海軍艦隊総軍第2艦隊第3空母戦闘群は、第1艦隊空母連合艦隊の指揮下に入った状態で、戦闘終了命令が出され、全艦、遅めの昼食をとっていた。
ニューワールド連合軍連合海軍艦隊総軍第1艦隊空母連合艦隊第3空母戦闘群の、[クイーン・エリザベス]級航空母艦[ロバスト]の司令官公室で、第3空母戦闘群司令官、ヒック・ドルイト少将は、幕僚たちを集めて、遅い昼食をとっていた。
司令官公室付のシェフが作った、ゲッティイメージズ(主に大麦を使った料理)を、ドルイト以下幕僚たちが食べていた。
ドルイト以下、副官のイアン・クリントン少佐や、幕僚たちのほとんどは、ベジタリアンであり、肉料理は一切口にしない。
菊水総隊海上自衛隊から派遣されている連絡員である3等海佐は、少し物足りなそうにベジタリアンの料理を口にするのである。
(イギリス人は、動物愛護の精神から、菜食主義者が増えていると聞いていたけど、さすがに、ずっと、野菜料理や豆料理だと、物足りないなぁ~・・・あ~、肉が食べたい、味噌汁が欲しい、白いご飯が食べたい!)
等々と、ベジタリアンの料理では無く、肉料理と日本食を食べたい事を、心の中で願うのだ。
「少佐。イギリス料理に、飽きたか?」
ドルイトが、豆のスープを飲みながら、3佐に聞く。
平民階級出身である、ドルイトや他の幕僚は、スプーンを使わず、そのまま飲んでいるが、貴族階級出身のクリントンや他の幕僚は、スプーンで上品に飲んでいる。
「提督。少佐は、肉料理が好みなのです。いくら、私たちに合わせるといっても、ずっとベジタリアンの料理では、不満がたまるでしょう」
クリントンの言葉に、ドルイトは、スープの器をテーブルに置いた。
「そうか、それは気付かなかった。シェフ」
「サー」
「夕食からは、彼のために肉料理を用意してくれ」
「かしこまりました」
「いえいえ!そのような心遣いは無用です!この食事も、大変美味しいです!皆さんと同じメニューで大丈夫です!」
心の中では肉料理と聞いて、ガッツポーズをしているが、まさか、訪問者である自分だけが他のメンバーを差し置いて、肉料理を食べる等、言語道断だ。
「遠慮する事は無い。貴官も、この艦に連絡将校として派遣されて、日も長い。たまには、自分に正直になってもいいだろう」
ドルイトは、温厚な大学教授のように語りかけるのであった。
「いえいえ、本当に大丈夫ですから!」
3佐は、恐縮するのであった。
「そうか・・・」
「提督」
シェフが、声をかける。
「肉料理が駄目なら、和食を用意しましょうか?和食なら、肉料理を使わない料理もありますから」
シェフの言葉に、ドルイトはうなずいた。
「それはいい。たまには和食を食べるのもいいだろう」
ドルイトが、うなずく。
「では、今日の夕食は、和食を用意します」
「少佐。シェフの和食料理は絶品だ。楽しみにしてくれ」
幕僚の1人が、言う。
「少佐。私は、これでも日本の和食専門店に修行に行った事もあります。和食の心得もありますから、期待して待っていただきたい」
シェフが言いながら、鍋にあるスープを全員のスープの器に淹れる。
「そ、そうなのですか・・・」
3佐は、目を白黒させながら、声を絞り出すのであった。
薄明光線 第1.5章をお読みいただきありがとうございます。
誤字脱字があったと思いますが、ご了承ください。
来週はお盆休みをいただきます。
次回の投稿は8月17日を予定しています。




