HELL ISLAND 第2.5章 監視者
みなさん、おはようございます、こんにちは、こんばんは、お疲れ様です
サヴァイヴァーニィ同盟軍同盟海軍西海攻略艦隊と、ドイツ第3帝国海軍潜水艦部隊の攻防を最初から最後まで、静かに見守っている目があった。
「さすがに、我が祖国の海軍の精鋭が結集しているだけの事はある・・・いかに、この時代のドイツ第3帝国のUボートでも、取るに足らない・・・大人と子供の戦いにしかならないか・・・」
息を殺すように、深海に身を潜めていたのは、[シエラ]級攻撃型原子力潜水艦[キート]である。
ただし、[キート]は、新世界連合軍NATO軍傘下のロシア連邦軍海軍には、所属していない。
防衛局情報本部下部組織国家治安維持局防衛部外部0班が、極秘裏に保有している原潜である(このことは、日本共和区の要人であっても、極一部の人間にしか、知られていない)。
「祖国・・・か。すでに、祖国では死亡扱いになっている俺にとって、祖国は在って無きものだな・・・」
その発令所で、自嘲気味に艦長のアレクセイ・マクシム・ザハロフは、つぶやいた。
ザハロフの脳裏に、この時代へ、タイムスリップをする数年前の事が過る。
それは・・・
現、新ソビエト連邦最高指導者である、ロマン・ニコラス・ゲルギエフが、ロシア連邦国内で、共産主義復活を唱え、第2次ロシア革命を起こした頃に遡る。
当時、ザハロフは、ロシア連邦海軍太平洋艦隊に所属する潜水艦艇旅団の潜水艦の艦長で、階級は、中佐だった。
旅団司令部からの指令で、オホーツク海の領海警備の任務に付いていた時、事件は起こった。
ゲルギエフ派であった、副長以下乗組員が、突如反乱を起こし、ザハロフ以下の乗組員数人を拘束したのだった。
ザハロフたちは、そのままオホーツク海に、投棄された。
せめてもの情けと言うべきか、オールの無いゴムボートに分乗させられ、流された。
その際、緊急遭難信号機も渡された。
置き去りにされ、緊急遭難信号を発して救助を待つ事、数時間。
ザハロフたちを救助してくれたのは、日本国船籍の貨物船だった。
そのままザハロフたちは、現場海域に駆け付けた、海上保安庁第1管区海上保安本部所属の巡視船[そうや]に保護され、法務省入国管理局に収容された。
ここから先は、日本政府の外務省と、ロシア政府の出先機関である駐日ロシア大使館との遣り取りが始まっただろうが、ザハロフたちには何の情報も、もたらされる事は無かった。
そんな無為な日々が、半年程続く。
入管に手配されたホテルは、行動の自由は制限されていたが、それを除けば快適な環境ではあったが・・・
半年後・・・
そんなザハロフの前に、ようやくロシア大使館の職員が、姿を現した。
「・・・随分と、遅かったな・・・」
ロボットのように表情が無い職員に、取り敢えず嫌味を言った。
「貴官たちに付いてだが・・・海軍では、任務中の突発的な事故により、死亡した事に、なっている。既に遺族にも、そう伝えられている。大規模なテロリズムにより、国内は混乱している。既に死亡した事になっている貴官たちが、帰国すれば、国内は、さらに混乱するだろう。これ以上内外に醜態をさらす訳には、いかない・・・」
「・・・なっ!!?」
余りの言葉に、二の句が継げなかった。
それは、直接的な表現は避けているが、帰国を認めないという事を、暗に言っている。
「それに、このまま帰国したとしても、貴官には軍法会議が待っている。テロリストに、みすみす自艦を乗っ取られ、奪われるとは・・・海軍の面子にも関わる由々しき問題だ。これが、テロリストとの戦闘の結果としてなら、まだ言い訳も立つのだが・・・それに、貴官の部下たちも同じだ。海軍の面子を守るために、極秘裏に処分されるだろう」
「ま・・・待ってくれ!確かに、艦内の統制を執れなかったのは、俺の責任だ。だが、部下たちに罪は無い!」
冷酷な言葉に、ザハロフは抗弁した。
「・・・すでに、決定された事だ・・・残念ではあるが・・・」
「・・・・・・」
彼らの立場も、わからないでは無い。
一応、民間人レベルの情報ではあるが、国際ニュースやネット等で、内戦の状況は把握している。
国内各地での戦闘はあったが、突如ゲルギエフ派のテロリストとされる軍民たちが、一斉に姿を消した・・・という、理解不能な理由で、内戦は終息した。
しかし、残ったのは混乱だけである。
第2次ロシア革命の余波で、国境が接していた隣国の政権が崩壊し、隣国は未だ内戦の渦中であり、それから逃れるために、隣国の難民たちが大挙して国境に押しかけているそうだ。
それらへの対応や、治安の回復等、次々と問題が噴出している状態では、既に死亡した事になっている、少数の人間に構うほどの余裕すら無いのだろう。
第三者的に見れば、大事の前の小事(しかも極小)を、切り捨てるのも止むを得無しと、なるかもしれないが・・・
切り捨てられる立場に立たされた人間から見れば、どんな慰めの言葉も、自己満足のための、同情の振りにしか聞こえない。
職員が退室してから、どのくらい時間が経ったか・・・
余りにも理不尽な出来事に、ザハロフは、打ちのめされていた。
何故、こうなった・・・?
自問自答しても、答は出てこない。
呆然としていたザハロフは、「どうぞ」と言って差し出された紅茶を見て、我に返った。
ショートカットの黒髪に、切れ長の目、整った顔立ちの少年・・・と思える人物が、目の前に座っていた。
「!!?」
誰かが入室して来た気配は、まったく感じなかった。
それどころか、声をかけられるまで、自分以外の人の気配すら感じなかった。
まるで、幽霊のように、突然に姿を現したとしか思えない。
「何者だ?」
黒いスーツ姿の少年?に、問いかける。
「まあ・・・色々と面倒な手続きをする必要があったから・・・どうして役人って、こうも仕事が遅いのかしら・・・法務省やら、外務省やら・・・果ては、警察庁から防衛省まで・・・だから、お役所仕事って、嫌いなのよねぇ~・・・」
ザハロフの問いに答えず、その人物は、紅茶を飲みながら、ブツブツと文句を言っている。
声を聞いて、その人物が女性である事は、わかったが、今度は年齢が判別出来ない。
最初に少年と思ったのは、その人物が小柄な体格であったからだが、見た目でも年齢が、わからない。
10代後半以上、40代くらい・・・年齢不詳とは、この事だろう。
それは、置いといて。
「何者だ?」
もう一度、同じ質問をする。
「ああ、私は桐生明美。貴方たちを救助した貨物船のオーナーなのだけど・・・一応・・・かな?」
何故そこで、疑問形になる?
「・・・救助してもらった事は、感謝する」
どうも、話が読めないが・・・ザハロフは、頭を下げて礼を言った。
「困った時は、お互い様という事で・・・」
柔らかい微笑を浮かべて、桐生は、気にしないでも良いという感じで、手を振った。
「しかし、何故民間の貨物船のオーナーが、国の管理する施設へ?」
「ダ・カ・ラ。手続きに、メッチャ時間が掛ったんだって・・・」
「・・・・・・」
そこから、しばらく桐生の文句に付き合わされた。
「そこで、相談なのだけど・・・」
小1時間程、手続きに対する不満を言って、桐生は表情を改めた。
「関係各省庁と、そちらの大使館を通じて、そちらの政府の許可を貰って、私が貴方たちの身元保証人になるって事で、良かったら、ウチで雇いたいのだけど・・・どうかな?」
「は?」
突然の桐生の申し出に、ザハロフは目を丸くした。
たまたま会った人間を、仕事に勧誘するようなカル~い口調だが、国の省庁やら他国の出先機関に、直接話を付けるなど、普通の人間に出来る訳が無い。
「もちろん、最終的には貴方たちの意思を尊重させてもらうけれど、ちょっとウチ・・・人手不足で、困っていて・・・ウチに来てくれると嬉しいなぁ~・・・な~んて」
「・・・・・・」
「入管だって、やる事が色々あるし・・・貴方たちだけに構っている訳にもいかないしね。それに、貴方たちの今までの滞在費やら何やら・・・日本国民の税金で、いつまでも賄う訳にもいかないしね。そっちの政府に要求しようにも、そっちもそっちで、それどころじゃないみたいだし・・・もちろん、雇用するからには、きちんと給与や雇用条件、福利厚生等に付いては、勉強させて貰うわよ」
どこまでが冗談で、どこまでが本気なのか・・・非常に判断に困る。
「返事は、すぐでなくても良いから・・・よく考えてみて」
「・・・貴女は、一体・・・?」
「ん~と・・・只の、民間人よ。それ以上でも、それ以下でも無い」
どこか、すっ呆けた表情で、桐生は語った。
「フッ・・・」
「どうされました、艦長?」
急に笑った、ザハロフに、乗員が怪訝な表情を浮かべて問いかけてきた。
「単なる思い出し笑いだ。気にするな」
「はあ・・・」
(自家用ジェット機や、自家用クルーザーなら、ともかく・・・こんな兵器を、個人で保有する只の民間人が、何処にいる・・・?まあ・・・その自称、只の民間人のおかげで、俺が祖国を失う切掛けになった連中と、再び顔を合わせる事が出来た訳だが・・・)
心中で、つぶやきながら、ディスプレイに映る艦隊に鋭い視線を送って、ザハロフは指示を出す。
「深度そのまま。速力7ノットで、この海域を離れる」
昏い深海で、鯨は、ゆっくりと回頭し、深い海の闇に姿を消した。
HELL ISLAND 第2.5章をお読みいただきありがとうございます。
誤字脱字があったと思いますが、ご了承ください。
次回の投稿は2月17日を予定しています。




