HELL ISLAND 第2章 傍観者
みなさん、おはようございます、こんにちは、こんばんは、お疲れ様です。
サヴァイヴァーニィ同盟軍同盟海軍西海攻略艦隊旗艦である[キーロフ]級重原子力ミサイル巡洋艦[ジダーヌフ]は、随行艦と共に、太平洋に進出していた。
「提督。チョールニィチャイ(ロシアンティー)を、お持ちしました」
「うむ」
サヴァイヴァーニィ同盟軍海軍西海攻略艦隊司令官である、アラン・ブイコフ・ドミトリエフ海軍中将は、水兵が持ってきたチョールニィチャイを、受け取った。
ブイコフは、チョールニィチャイに、口をつける。
「うむ?味が変わったが、茶葉を変えたのか?」
ブイコフが、水兵に顔を向ける。
「はい、エジプトで手に入った、イギリスの最高級茶葉を、用意しました。お口に、あいませんか?」
「いや、いい味だ。紅茶の風味が、最大限に引き出されている。貴官が淹れてくれたチャイは、とても美味い」
「ありがとうございます」
ブイコフが、再びチョールニィチャイに、口をつける。
「同志提督。駆逐艦[アドミラル・クチェロフ]から通信が、入りました」
参謀長が、報告する。
「どうした?」
「潜水艦3隻が、接近中です。[アドミラル・クチェロフ]が、撃沈したいと進言しています」
「ニューワールド連合軍か?それとも例の機関の潜水艦か?」
ブイコフが言った例の機関の潜水艦とは、防衛局防衛情報本部下部組織である国家治安維持局防衛部の事である(陽炎団公安部の下部組織でもあるが、それは治安部が主体である)。
「いえ、この時代の潜水艦です。艦級は、不明。例の機関の潜水艦は、本艦後方3マイルを、付かず離れずの距離を、とっています」
「では、それを確認してから、攻撃をするか否かを、判断しよう」
ブイコフが慎重になるのには、理由がある。
現在、サヴァイヴァーニィ同盟と、ニューワールド連合との間では、停戦協定が結ばれている。
アリューシャン列島ニア諸島アッツ島で、サヴァイヴァーニィ同盟軍と、ニューワールド連合軍は、武力衝突した。
不覚にも、この時代のアメリカ軍と大日本帝国軍が手を組み、サヴァイヴァーニィ同盟軍同盟海軍東海攻略艦隊第44独立海軍歩兵旅団の一部部隊と交戦し、T-80戦車及び歩兵戦闘車、数輌が撃破された。
アッツ島で地上戦、海上戦、航空戦が実施されている中、インドシナ半島で、サヴァイヴァーニィ同盟とニューワールド連合の要人が、停戦交渉等を実施していた。
停戦協定が合意され、双方は、矛を収めた。
停戦交渉の合意の条件として、サヴァイヴァーニィ同盟は、キスカ島を、ニューワールド連合は、アッツ島を、実効支配する事が決められた。
この停戦合意を聞けば、この時代のアメリカ合衆国政府は、「ふざけるな!」と叫ぶだろう。
何しろ、彼らの許可は、一切得ていないのだから・・・
もっとも、そんな事は、知った事では無いが・・・
ニューワールド連合との間で停戦協定が結ばれた以上、可能な限り不測の事態を避けねばならない。
現在、ニューワールド連合軍は、ハワイ諸島周辺で、連合国枢軸国連合軍と大規模な会戦を行っている。
サヴァイヴァーニィ同盟としては、様々な情報を収集するため、潜水艦部隊を中心とする、偵察隊を送り込んでいるが、それは一種の暗黙の了解で、ニューワールド連合軍も、ある程度の情報の開示の姿勢を見せている。
もっとも、戦場が変われば逆のパターンであり、ヨーロッパ東部戦線や北アフリカ戦線では、サヴァイヴァーニィ同盟軍の方が、同じような事をしているが・・・
諜報の世界の常識であり、お互いの勢力の能力を、ある程度バラす・・・というか、誇示する事で、相手を威圧、若しくは牽制するという意味合いも含まれている。
だから、自分たちが常に監視されているという点に付いては、別に気にもならない。
ガイド付きで、観光をさせて貰っていると考えれば、苦にならない(相当、物騒な観光ではあるが・・・)。
ただし、これはニューワールド連合軍に対してのみであり、米英独伊4ヵ国連合軍が相手であれば、当然ながら対応が異なる。
サヴァイヴァーニィ同盟軍同盟海軍西海攻略艦隊旗艦である[キーロフ]級重原子力ミサイル巡洋艦[ジダーヌフ]の随伴艦である、[ウダロイⅡ]級駆逐艦[アドミラル・クチェロフ]は、[ジダーヌフ]からの指示を受けた。
[アドミラル・クチェロフ]艦長であるアガフォン・フセヴァオロト・アンドレーエフ・ウリヤノフ中佐は、艦橋から海上を眺めていた。
アンドレーエフは、実年齢は40代後半であるが、見た目は60代後半ぐらいである。
白く染まった髪に、白い髭を生やした人物である。
「同志艦長」
副長である少佐が、声をかける。
「ブイコフ同志提督から、返信です」
アンドレーエフは、海上を眺めながら腹心の部下からの報告に、耳を傾けた。
「接近中の潜水艦の、艦級が判明するまでは、攻撃を控えるように・・・との事です」
「わかった」
アンドレーエフは、短く答えた。
「上空哨戒中の対潜ヘリに連絡し、潜水艦の艦級を、判別させろ」
[アドミラル・クチェロフ]には、対潜水艦ヘリコプターであるKa―27が2機、搭載されている。
1機が発艦し、対潜捜索を行っている。
「了解しました。同志艦長」
[ウダロイⅡ]級対潜駆逐艦。
対潜、対空防衛任務に比重をおいて設計された前級の、[ウダロイ]級対潜駆逐艦の発展型であり、汎用性を高めた大型駆逐艦である。
本級は、強力なソナーを装備し、探知距離は、50キロメートルを誇る。
対潜哨戒ヘリコプターを搭載しているが、対潜哨戒ヘリの支援無しで、潜水艦の発見及び撃沈が可能である。
対潜兵器として、3タイプの攻撃方法がある。
短距離の目標に対しては、533ミリ対潜魚雷を使用し、中距離の目標に対しては、RBU-12000対潜ロケットを使用する。
長距離の目標に対しては、対潜ミサイルを使用して撃沈する。
同級の対潜捜索能力及び対潜攻撃能力は、海上自衛隊の対潜捜索能力及び対潜攻撃能力に匹敵するか、それ以上の能力があると、言われている。
対潜駆逐艦ではあるが、対水上戦能力もある。
新型の130ミリ連装砲1基と、8発のSSMを搭載している。
対空戦闘能力は、個艦防空ミサイル・システムと、コールチクと呼ばれる複合型近接防御火器が、搭載されている。
30ミリガトリング砲と、近距離対空ミサイルを組み合わせたCIWSである。
これらの装備から、対潜能力に特化した汎用駆逐艦と呼ぶのが、相応しいであろう。
排水量8900トン、全長163.5メートルと巡洋艦に匹敵するレベルではあるが、ロシア連邦海軍では、大型の駆逐艦として扱われている。
[ウダロイⅡ]級駆逐艦[アドミラル・クチェロフ]の艦長であるアガフォン・フセヴァオロト・アンドレーエフ・ウリヤノフ中佐は、サブマリン・キラーと呼ばれる程の名艦長である。
リムパック演習にも参加した経験がある彼は、仮想敵艦隊であった原子力潜水艦及び通常動力型潜水艦を、1隻たりとも近づけず、すべて撃沈判定を出した。
海上自衛隊の[そうりゅう]型潜水艦も同演習で仮想敵艦だったが、彼の指揮で、その[そうりゅう]型潜水艦も撃沈判定を出された。
「同志艦長」
[アドミラル・クチェロフ]の艦橋で、通信士官が報告する。
「対潜ヘリからの報告では、接近中の潜水艦は、ドイツ第3帝国海軍のⅤⅡ型潜水艦です」
対潜哨戒ヘリコプターであるKa―27PLが1機、展開しており、ティッピングソナーを海中に投下している。
「ソナー。対潜ヘリの情報に、間違いないか?」
アンドレーエフは、ソナー員に顔を向けた。
ソナー員は、ヘッドフォンを装着したまま何も答えない。
「間違いありません。同志艦長。ⅤⅡ型潜水艦です」
先任のソナー員が、報告した。
アンドレーエフは、うなずいた。
自分が[アドミラル・クチェロフ]の艦長に任命されてから、士官、下士官、水兵を問わず育て上げた乗組員である。
そんな部下の報告を、彼は疑う事は、無かった。
アンドレーエフが、サブマリン・キラーと東側陣営及び西側陣営に言わしめているのは、彼だけの能力では無い。
彼の命令を、1から10まで完璧に遂行できる部下たちが、いてこその話だ。
「通信士官。旗艦に連絡、接近中の潜水艦は、枢軸国ドイツ海軍の潜水艦と判明。ただちに同潜水艦を撃沈する。と、伝えろ」
アンドレーエフが、通信士官に言った。
ブイコフが、自分の座乗艦の随行艦の艦長として彼を選んだのは、それらの決断力、任務遂行能力が、高いからである。
「同志艦長。旗艦より、返信。攻撃を許可する」
攻撃許可を受けて、アンドレーエフは、命令を下した。
「対潜戦闘用意」
「対潜戦闘用意!!」
[アドミラル・クチェロフ]の艦内で、対潜戦闘を知らせる警報ブザー音が、鳴り響く。
「対潜戦闘用意!PPK-5発射用意!」
火器管制士官が、下士官たちに指示を出す。
本級が、自艦に装備する最大火力であるPPK-6[ヴォドパート]は、533ミリ魚雷発射管から運用できる。
「諸元入力完了」
「発射準備よし」
下士官からの報告を受け、火器管制士官は、アンドレーエフに顔を向けた。
「同志艦長。発射準備よし」
「発射!!」
アンドレーエフの号令で、火器管制士官は発射ボタンを押した。
固定式533ミリ魚雷発射管から、PPK-6が撃ち出される。
対潜ミサイルであるPPK-6は、目標となった潜水艦の上空までロケット推進し、目標に達すると、400ミリ対潜短魚雷又は核爆雷を投下する。
今回の場合は、短魚雷である。
射程100キロメートルという長射程を有するPPK-6は、目標に向かってロケット推進する。
PPK-6の発射を見届けたアンドレーエフは、航海士官に指示を出した。
「速力20ノットに増速!敵潜水艦部隊に接近する!」
「速力20ノットに増速します!」
航海士官が、復唱する。
目標上空に接近したPPK-6は、分離し、400ミリ短魚雷を投下した。
海上に着水すると推進器が作動し、目標となった潜水艦に向かう。
目標となった潜水艦としては、たまったものでは無いだろう。
突然、真上からスクリュー音が、発せられるのだから・・・
「敵潜!回避行動!」
ソナー員が、報告する。
「左舵を取りながら、急速潜航をしています!」
だが、今更回避できるはずもない。
短魚雷は、ⅤⅡ型潜水艦の真上に命中し、艦体を2つにへし折った。
水柱が上がり、海上に轟音が響く。
「ソナー。残りの敵潜の位置は?」
アンドレーエフが問う。
「今の爆発音で探知不能です。もう少しお待ちください」
ソナー員が、ソナーを調整する。
「音が確認できるようになりました」
ソナー員が、耳をすます。
「敵潜2隻。急速転進しながら、急速潜航を行っています」
「ⅤⅡ型潜水艦の安全限界深度は、230メートル・・・」
アンドレーエフは、ⅤⅡ型潜水艦の諸元を思い出していた。
「対潜ロケット弾発射用意!」
アンドレーエフが、指示を出す。
中距離用のRBU-12000対潜ロケット10連装発射機が、起動する。
10発の対潜ロケット弾が、連続発射される。
西側海軍では、ほぼ見られなくなった375ミリ対潜ロケット弾と同様だが、同ロケット弾は、はるかに長射程であり、潜水艦攻撃以外に対魚雷防御も可能だ。
対潜ロケット弾は、ロケット推進で目標上空に接近し、目標上空に到着すると、そのまま海面目掛けて突入する。
弾頭は無誘導の爆雷ではあるが、極めて強力だ。
「対潜ロケット弾!着水!」
見張員が、報告する。
アンドレーエフは、腕時計を見る。
「・・・そろそろだな」
アンドレーエフがそう言うと、海上で連続して水柱が上がった。
対潜ロケット弾が、海中で炸裂しているのだ。
目標となった潜水艦の艦内は、地獄であろう・・・
連続爆発で、艦内のいたるところで浸水、火災が発生しているのだから。
対潜ロケット弾が全弾炸裂した後、2隻目の潜水艦は、そのまま海中深く沈んでいった。
「ソナー。3隻目は?」
アンドレーエフが、問う。
「深度200メートルに到着し、全速で戦場を離脱しています」
ソナー員の報告に、アンドレーエフは、目を閉じた。
「3隻目は、原潜に譲ろう」
サヴァイヴァーニィ同盟軍同盟海軍西海攻略艦隊第11潜水艦隊第11潜水艦師団に所属する、[ヤーセン]級攻撃型原子力潜水艦[ティンダ]は、[アドミラル・クチェロフ]と同様、旗艦[ジダーヌフ]の随行艦として配置されていた。
「ソナーが、回復しました」
[ティンダ]のソナー員が、報告する。
先ほどまで、[アドミラル・クチェロフ]が、対潜戦闘を行っていた。
艦長の、ロラン・リモノフ・コノワロフ大佐は、腕を組んだまま目を閉じていた。
「敵潜1隻、深度200メートルで、速力7ノットの速度で、戦場を離脱しています」
「他の2隻の状況は?」
コノワロフが、目を開けた。
聞くまでも無いが、一応聞いた。
「2隻とも撃沈を確認」
「さすがは、アンドレーエフ艦長だ」
コノワロフは、腕を解いた。
彼も、アンドレーエフの評価は聞いている。
何度か直接、話をした事もある。
彼は、部下からの信頼も厚く、とても部下思いである。
常に部下の立場になって物事を考え、適切な指導を行う。
アンドレーエフが[アドミラル・クチェロフ]の艦長に就任した時、彼は何度も部下1人1人に面談を行った。
そして、部下1人1人の性格を把握し、適切な訓練プログラムを作成した。
その結果、東側陣営だけでは無く、西側陣営でも恐れられるサブマリン・キラーと呼ばれるようになった。
コノワロフも、彼の教育方針に賛同し、自分もそれを踏襲している。
「この1隻を残したという事は・・・我々に譲るという事か・・・」
あのアンドレーエフが、潜水艦を見失う訳が無い。
残りの1隻に何もしないという事は、そういう事である。
「魚雷戦用意。最後の潜水艦を、撃沈する」
このまま見逃してしまえば、生き残った潜水艦は、米英独伊4ヵ国連合軍に詳細を報告してしまう。
今回の任務は、米英独伊4ヵ国連合軍との戦闘では無い。
情報収集だ。
自分たちの存在が、彼らに知られるのは、得策では無い。
「魚雷戦用意!1番魚雷発射管開放!」
[ヤーセン]級攻撃型原子力潜水艦は、左右合わせて10門の魚雷発射管を有している。
水雷要員が、諸元データを入力する。
「魚雷発射準備完了」
水雷士官が、報告する。
「魚雷発射!」
コノワロフが、発射命令を出す。
1番魚雷発射管から魚雷が、発射される。
敵の潜水艦は、気の毒であった。
サブマリン・キラーと呼ばれる駆逐艦に追跡され、2隻の僚艦を撃沈された。
何とか限界深度まで潜航し、そのまま戦場を離脱しようとしたが、今度は別の潜水艦に撃沈される。
しかし、これが戦争である。
「敵潜!右舵をとりながら、回避行動!」
ソナー員が、報告する。
しかし、発射された魚雷は、敵潜のスクリュー音にセットしているため、そのまま追跡する事が可能。
振り切るのは、不可能である。
「魚雷命中まで8秒!7、6、5、4、3、2、1・・・」
その時、爆発音が響いた。
「魚雷命中!」
ソナー員が、報告する。
「艦体破壊音を確認!」
ソナー員の報告を、コノワロフは、つまらなそうな顔で、聞くのであった。
正直なところ、もっと腕のある潜水艦艦長と、乗組員と、戦ってみたい。
狩られるだけの獲物を追うのは、少々飽きてきた。
狩るか、狩られるか・・・
そんな、緊張感が極限まで研ぎ澄まされるような、勝負をしてみたい。
そう思うのであった。
「あの[そうりゅう]型潜水艦の艦長と乗組員は、それなりにレベルが高い・・・」
コノワロフは、小さな声でつぶやいた。
西海攻略艦隊が、フォークランド諸島沖で、4ヵ国連合海軍と水上戦を行っていた時、情報収集を行っていた[そうりゅう]型潜水艦を、追い払ったが、その時の駆け引きは、今まで感じた事が無い高揚感に満たされた。
潜水艦乗りとしての、血が滾る。
もしも、戦える機会があるのなら、誰の邪魔も入らない状況下で、1対1の勝負がしたい。
彼は、そう思うのであった。
「艦長。これで敵の潜水艦を、すべて撃沈しました」
副長が、報告する。
「旗艦に連絡」
コノワロフは、短く命令するのであった。
HELL ISLAND 第2章をお読みいただきありがとうございます。
誤字脱字があったと思いますが、ご了承ください




