HELL ISLAND 第1章 深海の刺客
みなさん、おはようございます、こんにちは、こんばんは、お疲れ様です。
菊水総隊海上自衛隊第1潜水隊群第1潜水隊所属の潜水艦[じんりゅう]は、ハワイ諸島とアメリカ西海岸の中間海域を、航行していた。
深度50メートルの海中を、速力7ノットで航行していた。
「まもなく、日付が変わるな・・・」
[じんりゅう]艦長の立足2等海佐は、艦長室で仮眠をとっていた。
戦場と言っても、艦長が24時間ずっと発令所にいる訳では無い。
このように適度の時間で、仮眠をとっている。
しかし、[じんりゅう]で勤務する他の乗組員ほどの、睡眠時間がある訳では無い。
艦の最高責任者である艦長である以上、睡眠時間は長くない。
因みに潜水艦では、1日を18時間として、勤務体制をとっている。
6時間勤務で、6時間が自由時間、残りの6時間が睡眠時間である。
自由時間が6時間あると言っても、狭い艦内で行える事は、限られている。
乗組員たちは、その時間は読書、映画鑑賞、ゲーム等といった事で時間を潰す。
立足は、防衛大学校や一般大学から幹部候補生学校を出て、幹部になった訳では無い。
一般隊員から幹部に昇った、幹部自衛官である。
海上自衛隊に入隊してから、ずっと潜水艦勤務を続けていた。
潜水艦勤務者として30年の経験がある、ベテランの潜水艦乗りである。
そんな彼ではあるが、部下からの評価は、様々である。
好戦的な性格の乗組員からは、臆病者、腰抜けと言われている。
何故、そのような事を言われるのかと言うと、彼は海上自衛隊内でも指折りの、平和主義者であった。
誰もが口を揃えて海上自衛隊内で、もっとも戦争を嫌う海上自衛官であると言う・・・
そんな彼が、何故、この時代に来たかと言うと・・・彼の上官である第1潜水隊群司令、達ての頼みを受けたからだ。
当初、この派遣の話が来た時、立足は、自分の艦を降りるつもりだった。
しかし、彼の上官である第1潜水隊群司令は、こう述べた。
「君に、いてもらわなくては困る」
「群司令。貴方も私の評価は、聞いているでしょう?」
「臆病者、腰抜けと言われている事か?」
「そうです」
「立足・・・それは違う。確かにお前は、周りから臆病者、腰抜けと言われているが、周りの好戦的意見に流されず、戦いを回避する方法を、臆する事無く発言する。それは臆病者でも腰抜けでも無い。むしろ、もっとも勇敢だと私は思っている」
「・・・・・・」
「戦争は、絶対にしてはならない事だ。戦争は、大勢の人を不幸にする。戦後80年間、我が国は、対外戦争を放棄した。それは、決して間違っていなかった。あの大戦で散った多くの人々の命が、それを我々に教えてくれたからだ。自国の国土と国民を守るための武力は、確かに必要だ。だが、官民を問わず、我々の先人たちは、武力に頼らず世界平和に貢献する事も不可能では無いと、不器用ながらも、それを世界に示してきた。しかし、若い者たちは新世界連合軍や朱蒙軍、世間の意見に流され、好戦的になっている。そんな状況下で君がいてくれたら、私は安心できる。好戦的思想に囚われている集団に、冷水を浴びせる者が、必要なのだ」
立足は、ベッドで横になったまま、そんな事を思い出していた。
彼は、ベッドから起き上がった。
すっかり目が覚めてしまった。
「だが、結局俺は、空母[エンタープライズ]を、撃沈してしまった・・・」
彼の脳裏に、あの日の事が思い出された。
立足は、空母[エンタープライズ]に攻撃を仕掛ける前に、退艦勧告を出した。
しかし彼らは、その勧告に応じず、駆逐艦を周囲に展開し、捜索を開始した。
発見次第、機雷攻撃を実施するために・・・
彼は行動計画通りに、ハープーン・ミサイルを発射し、空母[エンタープライズ]を撃沈した。
立足の、その時の行動には、[じんりゅう]艦内でも意見が、分かれる。
好戦的思想・・・特に過激的な主張が目立つ者たちは、彼の行動を、「覚悟が足りない」と、非難した。
一方、同じような好戦的思想を持つが、穏健的な主張が目立つ者たちは、彼を支持した。
艦長室の艦内電話が、鳴った。
「立足だ」
立足が、艦内電話の受話器を耳に当て、告げた。
「艦長。お休みのところ申し訳ありませんが、ソナーが、敵輸送船団らしき船団を、発見したとの事です」
副長だった。
「わかった」
立足は、受話器を戻すと、ベッドから起き上がった。
素早く服装を整えると、艦長室を出た。
通路を進み、発令所に向かった。
その途中で、他の海士や海曹たちと、顔を合わせた。
「艦長。入られます」
先任海曹が、声を上げる。
立足は、そのままソナー員たちがいるところに向かった。
「状況は?」
「30隻以上のスクリュー音を、探知しました。速力12ノットで、航行しています」
先任のソナー員が、報告する。
立足は、ソナー員からヘットフォンを受け取ると、耳に当てた。
確かに、船団らしきスクリュー音を、捉えた。
「副長」
立足は確信し、ヘットフォンをソナー員に渡して、振り返った。
「はい」
「総員戦闘配置だ」
立足の指示で、副長が艦内マイクを持った。
「総員戦闘配置、繰り返す、総員戦闘配置」
艦内に、戦闘配置を知らせる警報ブザー音が、鳴り響いた。
艦内は、艦内哨戒第1配備が発令されているが、交代で食事と睡眠を、とらせている。
食事中、睡眠中の乗組員は、ただちに中断し、各部署に配置に着く。
「潜望鏡深度まで浮上」
立足が、指示を出した。
「潜望鏡深度まで浮上!」
潜航指揮官が、復唱する。
バラストタンクから海水が排水され、[じんりゅう]が、ゆっくりと浮き上がる。
「深度40、30・・・潜望鏡深度です」
潜航指揮官が報告すると、立足が潜望鏡を上げるように指示した。
[じんりゅう]から潜望鏡が上げられ、高性能カメラが海上に出る。
そのまま360度回転し、高性能カメラが全方向の写真を撮る。
撮影された写真は、ディスプレイに映し出された。
立足以下発令所にいる幹部たちが、ディスプレイを凝視する。
「間違いありません。4ヵ国連合軍の輸送船団です」
水雷長が、告げる。
「うむ」
「艦長。行動計画通りに、やりましょう」
副長が、言った。
今回、[じんりゅう]が与えられている任務は、増援として送られる輸送船団への攻撃である。
兵員や補給物資を満載した輸送船を、雷撃で撃沈するのだ。
「1番から6番に、魚雷装填!」
立足は、号令する。
今回は、事前警告をしない。
先制攻撃で、確実に輸送船を沈める。
「1番から6番に、魚雷装填!」
水雷長が、復唱する。
魚雷室で、水雷科の海曹や海士たちが、89式長魚雷を装填する。
「艦長。魚雷装填完了!」
「魚雷発射準備」
立足が、魚雷発射準備を命令する。
発令所にいる水雷科の海曹たちが、諸元入力を行う。
「諸元入力完了!」
「全門発射!!」
立足が、発射命令を出す。
「発射!!」
水雷長が、発射ボタンを押す。
艦首に設置されている魚雷発射管から、89式長魚雷が発射される。
「次弾装填!」
立足は、新たな命令を出す。
水雷科の科員たちは、素早く魚雷発射管に、89式長魚雷を装填する。
「装填完了!」
「諸元入力完了!」
「発射!!」
発令所にいる水雷科海曹たちの報告を聞き、立足は発射命令を出す。
再び、艦首に設置された6門の魚雷発射管から、89式長魚雷が発射された。
「魚雷第1波、命中を確認!」
ソナー員が、報告する。
「潜望鏡上げ!」
立足が、戦果確認をするために、潜望鏡を上げる指示を出した。
潜望鏡が上がり、戦果が確認される。
輸送船団を護衛する[グリーブス]級駆逐艦[グリーブス]は、先頭に展開していた。
「・・・・・・」
艦橋で駆逐艦部隊の指揮をとる大佐は、何か不吉な予感を感じていた。
(この感覚・・・あの時と同じだな・・・)
大佐は、あの日の事を、思い出していた。
大日本帝国陸海空軍と、スペース・アグレッサー軍が、ハワイ諸島に侵攻した時、彼はパナマ運河の太平洋側の警備部隊指揮官だった。
あの時も不吉な予感を、感じていた。
そして、それは的中した。
突如として海上からロケット弾が現れ、海面スレスレを飛行しながら、ミラ・フローレス閘門に命中した。
ミラ・フローレス閘門は、完全に破壊された。
その後、警備部隊は周辺海域に向かって緊急出港した。
大佐が指揮する駆逐艦部隊も、潜水艦捜索を行った。
そして、その潜水艦を発見した。
しかし、その潜水艦は、爆雷が届かない150メートル以上の深度を潜航し、速力10ノット以上速度で戦場を離脱していた。
深度150メートル以上で潜航しているのにも驚いたが、速力10ノット以上にも驚いた。
彼の知識では、潜水艦の安全深度は100メートル程度だ。
速力も10ノット未満である。
ドイツ第3帝国国防軍海軍の潜水艦は、200メートル程度まで潜航できるが、速力10ノット以上は出ない。
(あの時、あの潜水艦は、その気になれば、いつでも我々を撃沈できた。だが、そうしなかった・・・)
大佐は、心中でつぶやいた。
「司令」
艦長が、声をかけた。
「何だ?」
「少し休まれては、いかがですか?」
「いや、どうも休む気になれない・・・」
大佐は、振り返った。
「何か不吉な予感がする。これから何かが起こる気がする」
「司令がそう言う時は、必ず何かが起こる時です」
艦長は、そう言うと、副長に振り返った。
「戦闘配置命令を出せ」
「了解」
副長が、艦内電話の受話器をとった。
「総員戦闘配置につけ」
大佐は、その光景を見ながら苦笑した。
「司令とは、長い付き合いですから」
艦長が言った。
その時、後続の輸送船が、雷撃を受けた。
「何!?」
大佐と艦長は、ウィングに飛び出した。
後続に展開する輸送船が、次々と水柱と火柱を上げ、大きく傾いていく。
「遅かった・・・」
大佐は、つぶやいた。
「だが、このままでは、すまさんぞ!」
大佐は、決意したように告げた。
「全艦!周辺に展開しろ!海中を、くまなく探せ!」
パナマの時は、発見したにも関わらず何もできなかったが、今回は、そうはいかない。
最新鋭の駆逐艦であり、爆雷も新型に替えられている。
輸送船を攻撃した潜水艦が、どこまで深く潜れるかは、わからないが、ある程度には通用すると思っている。
「司令。イギリス艦隊から通信です」
「読め!」
「輸送船の救助は、我々が行う。貴隊は、潜水艦捜索を実施せよ」
通信士官からの報告に大佐は、うなずいた。
「返信。了解した。だ!」
大佐は、それだけを言うと、艦長に顔を向けた。
「対潜哨戒を実施しろ!」
「全艦に連絡!パナマでの借りを、返す時が来たぞ!」
艦長が、叫ぶ。
大佐の指揮下にある駆逐艦部隊の乗組員たちは、パナマでの苦い経験をした者たちが大半である。
艦長自身も、パナマ運河が破壊された時、大佐が乗艦する駆逐艦の艦長だった。
パナマ運河のミラ・フローレス閘門が、ロケット弾攻撃で破壊された時、彼は艦長室で休んでいて、爆発音で目を覚まし、その光景を見た。
「ソナーより、艦長!」
[じんりゅう]のソナー員長である、2等海尉が叫んだ。
「駆逐艦多数が、対潜捜索をしながら、こちらに接近中です!」
ソナー員長の報告に、立足は、うなずいた。
「どうやら敵の指揮官の中にも、かなり勘のいい者も、いるという事です。ですが・・・」
「我々だけ・・・と、考えている」
副長の言葉を受けて、立足は、つぶやいた。
「ですが、艦長。いつまでも、ここに止まる訳には、いきません」
航海士が、告げる。
「当たり前だ」
立足はそう言った後、副長に顔を向けた。
「速力15ノット、深度200まで潜航。敵輸送船団から距離をとる」
立足の指示に、副長が復唱した。
[じんりゅう]は、180度反転し、速力15ノット、深度200まで潜航した。
この時代の潜水艦では、深度200メートルは最高限界深度であるが、[そうりゅう]型潜水艦7番艦である[じんりゅう]は、もっともっと深く潜航する事ができる。
「後は、頼むぞ!」
立足は、目で見る事が出来ない後ろに顔を向けて、声をかけた。
[じんりゅう]とは逆方向に、別の潜水艦が、潜んでいた。
ニューワールド連合軍連合海軍艦隊総軍第2艦隊第24潜水艦部隊所属の[アスチュート]級攻撃型原子力潜水艦[スパルタン]であった。
「ソナーより、艦長。敵駆逐艦部隊が、三手に分かれました。一方は潜水艦[じんりゅう]の方に、もう一方・・・」
「撃沈された輸送船の乗員救助と、無事な輸送船の護衛だろう」
[スパルタン]艦長であるロニー・マクリーン・マカスキル中佐は、ソナー員が言い切る前に答えた。
彼は、同じく第2艦隊第3空母戦闘群旗艦である[クイーン・エリザベス]級航空母艦[ロバスト]艦長である、キャロル・マクリーン・マカスキル大佐の双子の弟である。
「サー。その通りです」
「[じんりゅう]は?」
マカスキルは、ソナー員に聞いた。
「速力15ノットに増速、深度200メートルを潜航し、無事な輸送船団から離れていきます」
「敵駆逐艦隊の指揮官は、かなり好戦的な性格のようだな・・・」
マカスキルは、姉とは色彩の異なる青みがかった緑色の目を細めながら、つぶやいた。
何が何でも、仕留めて見せる・・・そんな、意気込みを感じた。
[そうりゅう]型潜水艦は、隠密性及び静粛性は世界トップクラスの、通常動力型潜水艦である。
その同型艦である[じんりゅう]が、あえて、探知される可能性がある速力に増速し、離れていくのだ。
普通に考えれば、自分たちを引き離すための行動と気付くだろう。
もしかしたら、気付いていながらも、敢えて遁走する潜水艦を追跡しているのかも知れないが・・・
もちろん、それも1つの判断だ。
それは、否定はしない。
ただし今回は、それが裏目になる。
何故ならば・・・
「本艦の隠密性及び静粛性も、世界トップクラスです。恐らく、周囲に潜水艦らしき音源を確認できなかったので、単艦であると判断したのでしょう・・・」
副長である少佐が、言った。
そう・・・魚雷を撃ち逃げ出した潜水艦など放っておいて、生き残った輸送船の護衛を優先するべきだった・・・今回の場合は。
「絶好の獲物だな。魚雷発射準備!」
マカスキルが言うと、水雷先任士官が、復唱した。
「魚雷発射準備!」
[アスチュート]級攻撃型原子力潜水艦は、艦首に6門の魚雷発射管を、装備している。
6門の魚雷発射管全部に、魚雷であるスピアフィッシュが、搭載されている。
「データ入力完了!」
水雷要員が、諸元データを入力する。
「気付かれたか?」
「サー。いえ、その可能性は、ありません」
マカスキルの問いに、ソナー員が返答する。
「シュート!」
マカスキルから発射命令が出され、水雷先任士官が、発射ボタンを押す。
艦首に搭載されている6門のスピアフィッシュが、発射される。
スピアフィッシュは、イギリス海軍が開発したポンプジェット駆動の魚雷である。
最大速力は80ノットという高速で、弾頭は300キログラムという強力な魚雷である。
これに狙われたら、まず、回避する事は、できない。
「第1波!命中まで5、4、3、2、1」
副長が、カウントダウンを行う。
ソナー員のヘッドホンが、離れた水上で爆発をする複数音を、拾った。
HELL ISLAND 第1章をお読みいただきありがとうございます。
誤字脱字があったと思いますが、ご了承ください。
次回の投稿は2月10日を予定しています。




