ハワイ会戦 第18章 石垣 再び戦場へ 4 異変
みなさん、おはようございます、こんにちは、こんばんは、お疲れ様です。
「4ヵ国連合軍連合総司令部付作戦参謀、レイモンド・アーナック・ラッセル少佐です」
レイモンドは、第81歩兵師団司令部の天幕の中で、挙手の敬礼をしながら告げた。
「ふむ。貴官が海軍内で、マハン大佐の再来と言われている、作戦参謀か?」
「・・・いえ・・・とんでもありません。マハン大佐には、私などでは足元にも及びません」
そんな事、言っている人には会った事も無いですが・・・内心でつぶやきながら、レイモンドは答えた。
「さて・・・貴官が、ここまで出向いてきた目的だが・・・聞かなくても、わかっているが、一応は聞いておこう」
「・・・・・・」
聞くだけは聞く。
そういった態度が、ありありではあるが、それは想定の範囲ではある。
(・・・聞き流す気、満々だね・・・)
内心で、ため息を付きながら、レイモンドは総司令部とグデーリアンの意向を伝える。
「貴官の言い分は、わかった」
一通り、レイモンドの話を聞いてから、おもむろに第81歩兵師団師団長である、ジョージ・オリヴァー・メイソン少将は、腕を組んだ。
「貴官の意見は、正論だろう。我々の行動は、愚かな兵力の分散でしかない・・・と、見られて当然だ」
「・・・そう思われるなら、何故?」
「ラッセル少佐。貴官に、1つ質問したい」
「何でしょう?」
「貴官は、この戦争が終結して以後の未来が、どうなっていくか、どう予想しているのかね?」
「・・・それは・・・」
正直、漠然としたものはある。
だが、それは予想というより、こうなって欲しい願望、という方が正しいだろう。
それは、未来予想とは言えないだろう。
「ハワイ奪還戦は、勝敗がどちらに転んでも、単に1つの戦闘の結果にしかならないと、私は考えている。本国政府は、この戦闘の結果をもって、大日本帝国とスペース・アグレッサーとの講和を、目論んでいるようだが・・・それは、良い。しかし、その後はどうするのか?彼らとの戦いで、共通の敵と認識したからこそ、ドイツ第3帝国を含む枢軸国と、軍事同盟を結ぶ事が出来た。しかし、スペース・アグレッサーとの講和が成立した後は、どうなる?枢軸国と、このまま肩を並べる事が、出来るのか?私も国家に宣誓をした軍人である以上、敵と戦えと言われれば、戦う。その敵が誰であろうともね・・・しかし、これまでの歴史を振り返ってみたまえ。昨日の敵は今日の友であり、明日の敵でもある。戦争の歴史とは、それの繰り返しだったのではないかね?大日本帝国と、スペース・アグレッサーとの戦争が終結して、新しい世界が始まったとしても、戦いは終わらない。むしろ、新たな戦争が始まる火種となるだろう。それに対して、どうするべきか、貴官は答をもっているのかね?」
「・・・・・・」
レイモンドは、答に詰まった。
メイソンの言葉は、レイモンドにとって、こうならないで欲しいという願いの1つであるからだ。
「・・・答る事が出来ないかね?そうだろう。私も、この最悪の未来予想に対処する答を、持っていない」
結局メイソンは、レイモンドの要請に対して、一切応じるとも否とも明言しなかった。
説得は、失敗に終わった形になったが、メイソンは、連合国軍が潜在的に抱えている問題点を、的確に伝えてくれた。
今更、それを言うか・・・では、あるが・・・
約束の1時間が過ぎ、メイソンの副官に連れられて、レイモンドは師団司令部の天幕を出た。
これからどうするかだが、取り敢えず橋頭保陣地に戻り、グデーリアンに報告した後、連合総司令官のニミッツから、直接、第81歩兵師団司令部に、連合陸軍の作戦行動に従うよう命令を発してもらうしか無いだろう。
4ヵ国連合と言っても、決して一枚岩で無い事は、ハワイ奪還戦の前段階から、取るに足りないレベルで、色々噴出していたのは、ある程度耳には入っていたが、蟻の一穴から堤防が崩壊するという事態だけは、避けなくてはならない。
(スグリ大佐・・・貴女なら、メイソン少将の問いかけに、何と答えますか?)
敵でありながら、日に日に心の内で、存在感を増していく女性に問いかける。
もちろん、答は返って来ないが・・・
恐らく、次に彼女と相まみえる時が、本当の勝負となる。
それに、全力を尽くしたいが、こうも余計な面倒事が多ければ、それも儘ならない。
弱気が出てくるのを、頭を振って振り払った。
今は、連合陸軍の支援に全力を注ぐ事に集中するように、自分に言い聞かせるのだった。
「ヴゥゥ・・・バウ!バウ!」
「うわっ!また!?」
どういう訳か、嫌われているらしく、またまた軍用犬に吠えかけられる、レイモンドだった。
「お待ちください。少佐」
どれほども戻らないうちに、先程、レイモンドを送り出してくれたメイソンの副官が、声をかけてきた。
「何でしょう?」
「申し訳ありません。副師団長が喫緊で、お話を伺いたいと申しています」
何があったのか、副官は酷く慌てているというか、混乱していた。
「?」
同行の下士官と、顔を見合わせる。
「わかりました。どちらの天幕へ伺えば、よろしいですか?」
「こちらへ・・・」
副官が、案内してくれたのは、数分前に後にしたばかりの、師団司令部の天幕だった。
「何だよ、それ!?」
かなり長い時間待たされた挙句に、第81歩兵師団に所属する兵から、副師団長とレイモンドからの言伝を伝えられた。
それを聞いて、思わずキリュウは兵士に食って掛かった。
曰く。
副師団長からは、「ラッセル少佐に、協力してもらいたい事案が発生したため、貴隊は先に、本隊に帰隊願いたい。ラッセル少佐に付いては、後程、送り届ける」で、あった。
レイモンドからは、同じく先に帰隊するようにという指示の後、「グデーリアン上級大将閣下に、少し遅くなる旨を伝えてほしい」で、ある。
もちろん、理由についての説明は、一切無い。
「冗談じゃない!子供の使いじゃないんだ!少佐に、会わせろ!!」
兵士の胸倉を掴みそうな勢いで、詰め寄るキリュウを、語学技官として同行していた軍曹が制止した。
「よせ!少佐からの指示だ。それに従うのが筋だろう」
「・・・・・・」
そう諭されて、不承不承キリュウは、鉾を収めた。
しかし、鋭い視線は、兵士を睨んだままであった。
「了解した。と、伝えてくれ」
軍曹は、兵士に告げると、キリュウの肩を叩いた。
「キリュウ准隊員。ここは、私の指示に従ってくれ」
確かに軍曹の言う事は、正しい。
「貴官は、車輛に戻れ」
少し前から降り出し、今も降り続けている雨に打たれながら、キリュウは輸送トラックに戻っていった。
レイモンド不在のまま、輸送トラックは、来た道を戻って行った。
納得のいかない気持ちと、諦めきれない気持ちを抱えてキリュウは、荷台の片隅に蹲っていた。
途中で、輸送トラックが停車した。
軍曹が下車し、先行している輸送トラックに乗っている、ドイツ国防陸軍の分隊長と暫く話をしてから、分隊長と1人の兵士を連れて戻ってきた。
「キリュウ準隊員!」
「・・・サー・・・」
レイモンドが気懸りなキリュウは、気の無い返事を返す。
「君は、日本語は出来るかね?」
「・・・日常会話レベルなら・・・」
「そうか」
軍曹は、ドイツ語で分隊長に何かを伝えている。
分隊長は、キリュウを見た後で頷いた。
「君に、やってもらいたい事がある」
「?」
「彼と2人で、師団司令部陣地の様子を、探りに行って欲しい」
ドイツ国防軍の戦闘服姿の兵士に顔を向けて、軍曹は告げた。
20代半ばくらいの、黒髪黒い目の兵士だ。
背中には、無線機を背負っている。
「ドイツ国防軍陸軍の、テオバルト・タツミ・ベルンハイム1等兵だ」
「よろしく、キリュウ準隊員」
ベルンハイムは、ややドイツ語訛りのある日本語で、挨拶した。
「あ・・・ああ」
話が、見えないのだが・・・
戸惑いを隠せないキリュウに、軍曹はウインクをする。
「我々の任務は、ラッセル少佐の補佐であり護衛だ。そして、この分隊の任務も少佐の道案内であり、護衛。師団長からの指示ならともかく、副師団長の指示に従う義務はない。まあ、ラッセル少佐の指示については、分隊の半数を橋頭保陣地へ帰隊させるという事で、一応は従った事に出来る。帰隊させる分隊には、グデーリアン閣下に状況を報告してもらい、指示を仰ぐように、依頼している」
兵士から伝えられた言伝に、不審を抱いたのは、キリュウだけでは無かった。
軍曹も、違和感を抱いたのだろう。
だが、伝令の兵士に問い質したとしても、理由を知っているとは思えない。
ならば、指示に従うように見せかける。
全員、帰隊しろとは言われてない以上、分隊全員が帰隊しなかったとしても、指示を無視した訳でも無い。
屁理屈と言われれば、屁理屈ではある。
「策士ですね」
「なあに。単なる悪知恵だ」
素直に称賛するキリュウに、軍曹は、チェシャ猫笑いを浮かべた。
「俺たちは、この先の道がカーブした所で待機している。司令部陣地の様子を、逐一報告してくれ。だが、偵察といっても、どんな危険があるか、わからない。くれぐれも無茶は、するなよ」
「サー・イエッサー!!」
キリュウは、笑顔を浮かべて敬礼をした。
ほとんど無表情で、何を考えているのかわからない所のあるキリュウだが、笑顔になると、年相応の普通の少年と変わらない。
メイソンの副官に連れられて、師団司令部の天幕に戻ったレイモンドが目にしたのは、自分に対して厳しい視線を向ける副師団長と、高級将校。
そして・・・
血の海の中で、こと切れているメイソンの姿だった・・・
さすがに、これには息を呑んだ。
「・・・師団長と何を話していたか、聞かせてもらいたい」
副師団長である准将の言葉に、レイモンドは青褪めた表情で頷いた。
自分たちが、師団司令部の天幕を出て数分間に、何が起こったのか・・・?
まったく理解出来ないが、会話に付いては別に聞かれて困る内容でも無い。
自分の隣で、真っ青になっている副官も、その場に立ち会っていたから、彼がそれを証明してくれるだろう。
レイモンドが事情を説明している間に、少将の遺体は、軍医による検死のために、医療用天幕に運ばれていった。
「・・・ふむ。貴官たちが師団長の前を辞して数分の間に、何があったのか・・・?」
顎に手を当てて、副師団長は、おびただしい量の血痕を眺めながらつぶやいた。
「メイソン少将の死因は、何なのですか?」
「・・・検死の結果を待たなければ、断定は出来ないが・・・目で見た限りでは・・・獣のようなものに、喉を噛切られたような感じだった。多分、ほぼ即死だろう」
「獣?しかし、師団司令部陣地内は、軍用犬が多数います。野生の獣でも、人間に死に至る害を与えるような、大きな獣が侵入すれば、犬が、すぐに気付くのでは・・・?」
その前に、人間を襲うような大型の危険な生物って、ハワイにいたかな?
これが海なら、サメやクラゲがいるが、陸上となると・・・
今更ではあるが、ハワイ諸島での動植物の生態系については、あまり知識を持っていない事に気が付いた。
「・・・そういえば・・・」
居合わせた士官の1人が、何かを思い出したように、つぶやいた。
「いや・・・それは無いか・・・」
「何だ?」
「野良犬が1匹、食料集積所に忍び込んで、ハムなどを食い漁っていたそうです。しかし、すぐに追い払ったので、関係は無いかと・・・」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「そんな些細な事は、どうでもよい。それより、作戦行動に出ている全部隊に連絡。作戦行動を中止し、速やかに司令部陣地まで帰投するように命令を出せ。以上だ」
「了解しました」
通信担当の士官が、敬礼をして天幕を飛び出していく。
「・・・・・・」
レイモンドは、何か引っかかるものを感じた。
副師団長の命令は、この場合、正しいだろう。
不測の事態が発生した以上、作戦を中止するのも、1つの判断だ。
こんな事を考えるのは、非常に不謹慎ではあるが、メイソンが急死(現時点では、まったく死亡原因が不明なため)した事で、第81歩兵師団は司令塔を失った。
再度作戦行動を起こすにしても、もう1度作戦自体を、見直す必要が出てくる。
そうすれば、陸軍総司令部の指揮下での共闘作戦に、切り替わる可能性が出てくる。
本当にメイソンには申し訳ないが・・・全体的に見れば、良い方向に向かっていく・・・はず。
はず、なのだ・・・が。
(上手く、行き過ぎている?)
どうも、喉に魚の骨が刺さったような違和感が抜けない。
そもそも、一体何者が、師団長を誰にも気付かれずに、殺害したのか・・・?
「副師団長」
思わず、レイモンドは副師団長に、声をかけていた。
「何か?」
「師団長の検死の結果が出るまで、居させていただいても、よろしいでしょうか?」
レイモンドの申し出に、副師団長は怪訝な表情を浮かべた。
あくまでもレイモンドを呼び戻したのは、不可解な師団長の死について、直前まで会っていたレイモンドに、不審な点が無かったかの確認を取りたかっただけである。
特に、何もなかったのなら、出来れば早急にお引き取り願いたい門外漢である。
まあ、引き留めたのはこちらであるから、死因が断定されれば、それを伝えるくらいはしてもいいだろう。
「それは、構わないが。貴官の護衛の分隊は、どうするつもりかね?」
「帰隊させます。それと、陸軍総隊司令部への報告は、いかがされますか?」
「はっきりとした原因が究明出来ていないのに、報告は出来ない。検死結果が出た時点で考える」
こんな時であるから、まず通信ででも総隊司令部に状況を伝え、指示を仰いだ方が良いのでは・・・
そう具申するべきだったかも知れないが、陸軍の事情に、あまり海軍士官が出しゃばり過ぎるのも気が引ける。
結局、迷ったが、口出しをするのを控えてしまった。
後で考えれば、即時連絡をするように、強く進言するべきだった。
キリュウとベルンハイムは、午後遅くから降り出し、未だに降り続けている雨に紛れて師団司令部陣地のすぐ側まで近寄っていた。
簡易な鉄条網で囲まれた陣地は、軍用犬を連れた歩哨が動き回っている以外、別段緊迫した雰囲気はない。
「・・・・・・」
鉄条網のすぐ側の叢に身を隠して、キリュウはずっと双眼鏡を覗き続けていた。
「そんなに、少佐の事が心配か?」
降りしきる雨を避けるように、木の陰で潜んでいるベルンハイムが、低い声で話しかけてくる。
「・・・別に」
つっけんどんな言葉だが、誰が見ても本心は、丸わかりの態度である。
「・・・気持ちはわかるが、そう逸るな。高級士官をどうにかしようなんて、考える奴はいない」
「・・・・・・」
よくよく考えれば、アメリカ人(日系人ではあるが)とドイツ人が、日本語で会話をして意思の疎通をするというのも、おかしなものだ。
「ベルンハイム1等兵は、どこで日本語を覚えたんだ?」
日常会話レベルでしか日本語で話せないので、どうしても言葉が、ぞんざいになってしまう。
それは、ベルンハイムも同じらしく、特に気にする様子も無い。
「テオでいい。僕の母は日本人だからさ。僕のもう1つの名のタツミは母が付けた。母の実家では、男にはタツという字を付けるそうだ。僕の兄は、アルベルト・タツトと言うんだ」
無線機に、なるべく雨が掛からないように気を配りながら、ベルンハイムは、キリュウの側で、双眼鏡を覗く。
「アンタの兄も、軍人なのか?」
「いいや、ベルリンで医学を学んで、今は故郷のドレスデンの診療所で、両親と一緒に医者として働いている」
「ふうん」
特に陣地内は、キリュウが見る限り異常は見られないし、暫く見張りを続けるのに、少しくらいの世間話的な会話くらいは、許されるだろう。
「・・・巡回する軍用犬の数が、増えている?」
ベルンハイムが、小さくつぶやく。
「?」
もう1度、双眼鏡を覗いて確認してみると、到着した時より多くの軍用犬を連れた歩哨が、しきりに陣地内を動き回っているように見える。
何か、捜索をしているように感じられた。
それに、天幕を出入りする将校らしき軍人たちの動きも、慌ただしい。
「・・・何か、あったのか?」
「・・・さあ・・・」
状況を報告するためか、ベルンハイムは、無線機を操作し始めた。
その時・・・
・・・ウルォオオォォォン・・・ウルォオオォォォン・・・
「・・・遠吠え?」
犬かと思うが、何か気抜けがするような、頼りない遠吠えだった。
ベルンハイムにも聞こえたらしく、キリュウと顔を見合わせる。
「オォオォォォン!!」
「オォオォォォン!!」
「オォオォォォン!!」
その遠吠えに、呼応するかのように陣地内の軍用犬が、空に向かって吠え声を上げた。
そして、自分たちのリードを握っている歩哨の手を振り切って、陣地の外へ一斉に走り出した。
「待て!」
「止まれ!!」
制止しようとする兵士の声に反応を示さず、犬たちは次々と陣地の外へ走り去っていく。
当然、兵士は逃げようとする犬を追いかけるが、本気で走る犬のスピードに、人間が追い付ける訳が無い。
中には、リードを握ったまま、犬に引き摺られて悲鳴を上げる兵士もいる。
「何が?」
あの遠吠えが原因らしいとまではわかるが、あまりに突然の事に、キリュウは思わず立ち上がった。
ヒュウルルルルル・・・
何か、風切り音が聞こえる。
「・・・!!?伏せろ!!カズマ!!!」
ベルンハイムに、押し倒された。
次の瞬間、司令部陣地の地面が、吹き飛ばされる。
ハワイ会戦 第18章をお読みいただきありがとうございます。
誤字脱字があったと思いますが、ご了承ください。
来週はお休みを頂きます。みなさん、今年1年はいかがでしたか、来年も良い年になるよう願っています。
来年もよろしくお願いいたします。
次回の投稿は2020年1月6日を予定しています。




