ハワイ会戦 第16章 石垣 再び戦場へ 2 飄風
みなさん、おはようございます、こんにちは、こんばんは、お疲れ様です。
[信濃]の飛行甲板には、3機のMi-24Dが駐機している。
黒く塗装された機体には、日の丸に鬼の面のマーク。
それだけでも、おどろおどろしい雰囲気なのだが・・・
その前で、全身黒尽くめの完全装備で、不動の姿勢で待機している大日本帝国版特殊作戦群こと、通称[鬼兵衆]。
目出し帽のせいもあり、表情すら見えないため、その出で立ちは、はっきり言って不気味である。
それこそ、地獄から現世に現れた、鬼そのもの・・・
そして、マレーでの不正規作戦で、共に戦った、メリッサと任の部下たち。
久し振りの緊張感に、石垣は、身が引き締まるように感じていた。
イレギュラーな存在を除いてだが・・・
「・・・犬?」
小松に、部下を紹介すると言われたものの、彼女が引き連れてきたのは、犬用のヘルメット、防弾チョッキ、安全靴を装備した大型犬6頭と、中型犬1頭だった。
「警察犬が部下って?どういう事・・・?」
確かに小松は自衛官だが、所属している国家治安維持局防衛部は、陽炎団警察傘下であるから、警察犬がいてもおかしくは無い。
しかし、部下って何なんだ?
石垣は、首を捻る。
まさか・・・
小松指揮下の戦闘班って、犬ばっかりなんて事は・・・
石垣の脳裏に、トンデモナイ妄想が浮かぶ。
「・・・何を考えているか、だいたい想像は付くけれど・・・」
小松が、つぶやく。
「一応言っておくけれど、そんな訳ないでしょう。他の班員は深部偵察とかで、第81歩兵師団に張り付いているのよ。それと犬だからって、彼らを馬鹿にしたりしたら、承知しないわよ。何て言ったって、北海道に侵攻してきたソ連軍の使役した爆弾犬を排除したり、狂犬病を発症した爆弾犬に噛まれたソ連兵を食い殺して、狂犬病に感染して狂暴化した羆を仕留めたりとか、戦場で戦果を挙げた猛者たちなんだからね!」
その話は、石垣も事務報告で知っている。
今年の3月から4月にかけて、北海道に侵攻してきたソ連軍との攻防戦は、戦闘だけではなく、思わぬ2次災害を、もたらした。
狂犬病に感染し、狂暴化した羆が北海道内の、幾つかの集落を襲ったそうだ。
羆の獣害事件といえば、1915年(大正4年)12月9日から14日にかけて起こった、三毛別羆事件が有名である。
これは、冬眠に失敗した「穴持たず」の羆が空腹から狂暴化し、民家を襲い、多くの被害者を出した事件だが、今回はそれを超える被害となった。
それらの羆を駆除するために、北海道警察、北部方面軍、陽炎団、菊水総隊自衛隊、破軍集団自衛隊、民間の猟師、日本共和区猟友会から、1000人規模の人員が動員され、数週間かけて、ようやく終息したのだった。
当然、熊狩り専門の猟犬(狂犬病予防接種済)、警察犬も動員された。
ソ連で政変が起こり、スターリンが暗殺された事で、軍民合わせて多くのロシア人たちが亡命して来たが、彼らの居住地として貸与されたのが、現代の北方四島だったのは、これらの事件でロシア人に対して、北海道民が極めて悪感情を抱いていたため、問題が起こるのを防ぐための苦肉の策だったからだ。
「へぇ~・・・凄い」
側瀬は、珍しそうに1頭1頭の犬たちを見て回っている。
相当訓練されているらしく、側瀬に顔を覗き込まれても、ドーベルマン・ピンシェルと、ジャーマンシェパードは、微動だにせず・・・である。
そして、1頭の中型犬だが・・・
「ねえねえ、アイちゃん。このコって、ボーダーコリー?」
側瀬が、黒と白の毛並みの中型犬の前で、しゃがんだ姿勢で、小松を見上げて問いかける。
「そうよ。名前は伝助」
「ふ~ん。伝助君、お手!」
精悍な他の警察犬とは程遠い、愛嬌たっぷりの笑顔で尻尾をペチペチと振っている、ボーダーコリーの伝助に、側瀬は手を差し出した。
ポン!
「・・・・・・」
伝助が右前足を上げて、お手をした・・・側瀬の頭の上に・・・
「あっと、言うのを忘れてた。このコは、少しアルファ症候群なところがあって、自分より下と思った相手は、馬鹿にする態度を取る傾向があるから、注意してね」
シレッとした表情で、小松が告げる。
「・・・・・・」
犬に格下認定を出された、側瀬はブスッとした表情で、立ち上がる。
「・・・・・・」
腹を抱えて笑いそうになるのを、石垣は必死で耐えた。
「後、名前は、右からアドルフ、パウル、ヨハン、バナン、ディック、ウルツ・・・と、伝助」
「・・・どんな基準で、名付けたのやら・・・」
任が、つぶやく。
「普通、警察犬や軍用犬は、人間と1対1で、ペアを組むのでは?」
小松に対して、個人的に複雑な心情を持っているメリッサが、詰問するような尖った口調で、問いかける。
「普通はね。でも、私は普通じゃないから・・・例えば・・・」
そう言いながら、小松は首に掛けていた小さな笛を吹いた。
「!!?」
石垣は何か、耳というより頭に直接響く音を聞いたような気がして、耳を押える。
6頭の警察犬は、一斉に伏せの姿勢を取る。
「なる程、犬笛か」
1頭だけ、後ろ足で耳の後ろを掻いているだけなのを無視して、任がつぶやく。
犬笛とは、主に犬や猫の訓練等に用いられる笛で、人間が聞き取る事の出来る周波数の範囲以上の音を出す事が出来る。
ただ、周囲の地形や距離等、条件によっては音が届かないという欠点はあるが、隠密性の求められる任務には向くだろう。
ところで・・・
「石垣2尉。笛の音が聞こえたのか?」
石垣の反応を見て、任が問いかけてきた。
「聞こえるというか・・・音が、頭に響いた感じがしました」
「ふぅ~ん・・・石垣君。もしかして前世は、犬だったりして・・・」
「違う!!」
からかう口調の小松の言葉を、否定する。
「石垣2尉、お手!」
側瀬が、乗ってくる。
「だ~か~ら、違うって!!」
「ふむ。石垣2尉の前世が犬というのなら、さしずめチワワか、ポメラニアンかな?」
「えぇ~!ダックスフンドか、トイプードルがいい!」
「何で、小型犬限定!?」
ほとんどコントになっている上官たちの様子を、メリッサと任の部下たちは、またやっているといった感じで苦笑を浮かべて生温かく眺めていたが、[鬼兵衆]の要員たちは、無反応のまま、直立不動で立っているのは、少し不気味だった。
オアフ島東部、米英独伊4ヵ国連合軍連合陸軍橋頭保陣地。
まだ、戦艦[霧島]と[比叡]の艦砲射撃による傷が生々しく残る陣地に、4ヵ国連合軍総司令部の特使として、レイモンドは足をつけた。
既に、橋頭保陣地に連合国連合陸軍総司令部を置いている、連合陸軍総司令官に直接面会を求めるためだった。
彼の同行者として、ドイツ語の語学技官1名、護衛として下士官1名と、水兵1名、準海兵隊員という肩書で、キリュウが随行している。
一応、海兵隊員の装備は支給されたが、小銃は最新式のM1918A3ではなく、短銃身で取り回しのいい、M1[カービン]であった。
お使い程度の任務ではあるが、海兵隊員の戦闘服を着用しているキリュウが、いつも通りの無表情ではあるが、ほんの少し嬉しそうな素振りを見せていたが、そこは聞かない事にした。
多分聞けば、ムキになって否定するだろうから。
案内されて、司令部の天幕に入ったレイモンドを待っていたのは、ドイツ第3帝国国防軍の軍服を、着用した男だった。
4ヵ国連合軍連合陸軍総司令官ハインツ・ヴィルヘルム・グデーリアン上級大将である。
「4ヵ国連合軍総司令部付作戦参謀レイモンド・アーナック・ラッセル少佐です」
通訳を担当する語学技官と共に、挙手の敬礼をする。
「ラッセル少佐。貴官が来た理由は、わかっているつもりだが、まずは、話を聞こう」
答礼をして、グデーリアンは口を開いた。
「はい。グデーリアン上級大将閣下、オアフ島全域の制空権確保に至っていない状況下での陸軍による進軍は、いかに上級大将閣下の智謀をもってしても、極めて困難であると愚考します。海空軍の航空戦力も、陸上支援と制空戦とに戦力を二分する状況では、十分な支援を行う事が出来ません。十分な支援体制が整うまで、今しばらく進軍の開始を、お待ちいただきたいのです」
「・・・いつまでかね?」
「?」
「総司令部の意向は了解したが、我々は、いつまで待てば、よいのかね?」
「・・・それは・・・」
グデーリアンの問いかけに、レイモンドは口籠る。
「航空支援の重要性は、私も重々承知している。ロンメル元帥閣下のモスクワ占領が、短期間で達成できたのも、東アフリカで、ベーテルス元帥閣下の電撃戦が成功したのも、空軍の航空支援が、あったからこその事だ。だが、今回は違う。敵の航空戦力は強大であり、対空迎撃能力も強大だ。確かに数の上では、こちらの航空戦力の方が上だが、制空権が確保出来るのを待っている間にも、敵に倍する勢いで我々の戦力が削り取られていくだろう。そして、それを待っている間にも敵の増援部隊は、刻一刻とハワイ諸島に近付いて来ている。貴官もアメリカ人なら、未来人であるアメリカ人の事を良くわかっているのでは?君が未来人の立場であれば、どうするか・・・?私も、未来人とは些かながらも関りがある。その経験から、彼らならばどうするか?と考えた。確かに無謀な冒険であり、多大な犠牲を覚悟せねばならないが、航空支援が不完全であっても、賭けに出る必要がある」
グデーリアンの言葉に、レイモンドは説得が不可能である事を悟った。
時間が、無い。
それはレイモンドも、わかっている。
ニューワールド連合軍アメリカ軍は、とんでもない隠し玉を持っている・・・そう確信していた。
ただし、それは核兵器だけでは無い。
はっきりとは、わからないが、何か不吉な予感がするのだ。
だから、彼らが到着するまでに、決着を付ける。
これは、4ヵ国連合軍の基本戦略でもある。
その意味では、グデーリアンの主張が正しい。
「わかりました。グデーリアン閣下の意向は正しいと、私も思います。海軍としては、可能な限り航空支援が出来るよう、上に具申します」
「よろしく頼む」
「ですが・・・」
「?」
「出来れば、先行している第81歩兵師団を、呼び戻す事は出来ないでしょうか?彼らの兵力は、戦闘時に敵の後方を脅かす、または側撃を加える遊撃部隊として非常に貴重と思われます。今のように独断専行のような行動は、単に兵力を分散しているようにしか、思えないのですが・・・」
「・・・・・・」
「・・・申し訳ありません。出過ぎた発言でした」
「いや、ラッセル少佐。貴官の言うとおりだ」
小さくため息を、グデーリアンは付いた。
「アメリカ人である貴官に、こんな事を言うのは、よろしくないと思うのだが・・・ハワイ諸島は、アメリカ人のみで奪還すべし。と、考えているアメリカ陸軍の高級将校も、少なくは無いのだ」
敢えて、グデーリアンは詳しくは語らなかったが、それを聞いて、レイモンドは陸軍が抱えている裏の事情を、ある程度察する事が出来た。
色々な柵から、米英独伊4ヵ国連合軍陸軍総司令官に着任したグデーリアンだが、客員の将に対して思う所を持つアメリカ陸軍の高級将校も、いるのだろう。
こればかりは、頭ではわかっていても、気持ちとしては・・・という事だろう。
確かに、ヨーロッパ防衛戦で、ドイツ第3帝国国防軍陸軍のエルヴィン・ヨハネス・オイゲン・ロンメル元帥が先任司令官として、アメリカ陸軍のドワイト・デビット・アイゼンハワー元帥や、イギリス陸軍のバーナード・ロー・モントゴメリー元帥より上位の最高司令官となった事については、ドイツという国家の立ち位置から十分納得出来る。
しかし、いざ太平洋での戦闘という事に限れば、アメリカ陸軍から陸軍の最高司令官を・・・と、思う者もいなかった訳では無い。
それに、面子というものもある。
これまでの戦闘で、大局には影響しないとはいえ、イギリス海軍航空隊は、シーファイアで、菊水総隊航空自衛隊のジェット戦闘機を撃墜しているし、ドイツ国防陸軍もエレファントで、敵戦車を撃破している。
さらに、ドイツ国防軍空軍のHe111は、ニューワールド連合軍連合海軍アメリカ海軍の原子力空母を中破させている。
連合国、枢軸国の中で、アメリカ軍だけが、目立った実績を上げられていない・・・
だから、その気持ちも理解出来ない訳ではないが・・・
「今更言っても、詮無き事だが・・・先日の、ヒッカム航空基地への強襲作戦だが、あの作戦は、我々地上軍の進撃と連動していれば、もっと効果的な戦果を出す事が出来た。電撃戦は、闇雲に行うべきでは無い。ここぞという所で行ってこそ!なのだ・・・」
「・・・・・・」
これについては、レイモンドは意見を控えた。
ここぞという所の見極めに付いては、司令部と前線、各部隊間で意見が違う事もあるのは当然だからだ。
ただ、第81歩兵師団の件に付いては、意見の違いがあったとしても、先走り過ぎとしか思えない。
あくまでも、レイモンドは海軍軍人であり、陸軍の軍人たちと考え方が違うのは無理も無い。
少なくとも、アメリカ海軍は空軍との共同作戦で、スペース・アグレッサー軍に、一矢を報いた。
当然陸軍内に、焦りが出ても仕方が無い。
オアフ島に上陸が成功した事で、陸軍全体としても士気が高まっている以上、この機に乗じようという気持ちはわかる。
一種の勢いが、大軍を敗走させる切掛けになるというのは、戦史でも散見される。
だが、それを許すほど彼らは、そこまで甘くない。
きっと、十重二十重の罠を、仕掛けているはずだ。
オアフ島上陸時に、大日本帝国陸軍とハワイ連邦陸軍が、申し訳程度の水際防御で、さっさと撤退したのは、彼らの作戦の内であるからだろう。
「・・・グデーリアン閣下、1つ提案があるのですが・・・」
「・・・・・・」
グデーリアンは、無言でレイモンドに視線を向ける。
「私が、第81歩兵師団の司令部陣地に、直接出向く許可をいただけないでしょうか?差し出た真似である事は承知していますが、説得を試みてみたいのです」
「自信があるのかね?」
「いいえ。今回の戦いは、敵に大きな打撃を与える事になりますが、我が軍もそれ以上の打撃を被るでしょう・・・ですが・・・いえ、だからこそ、無駄に犠牲を出すのは避けなくてはなりません」
レイモンドの言葉に、グデーリアンは腕を組んだ。
考え込んでいるようだが、その時間は短かった。
「わかった。君に任せよう」
「ありがとうございます」
グデーリアンは、側で控えていた自分の副官を呼び寄せ、耳打ちをした。
副官は、敬礼をして天幕を出ていく。
「ラッセル少佐、貴官に道案内と護衛を兼ねて、1個分隊を付けよう。よろしく頼む」
グデーリアンとの会談を終えたレイモンドは、天幕を出た。
予定を変更する事を総司令部に伝えなくてはならないし、何かと準備もいる。
(・・・カズマを、どうしよう・・・)
前線とまではいかなくても、場合によっては、敵と遭遇する可能性もある。
まだ14歳でしかないカズマを、連れていく訳にはいかないだろう。
取り敢えず、橋頭保陣地に残して行くしかないのだが、説得しても素直に言う事を聞いてもらえそうに無いのだが・・・
だからといって、階級を傘に着て上官命令の一言で、有無を言わさず黙らせる・・・なんて事はしたくは無い。
「困った・・・」
他人が見聞きしていたら、悩むところはそこでは無い!と、突っ込まれそうな事にレイモンドは、本気で悩んでいた。
結果的に、いつも通りキリュウに論破されて、同行を認める事になるレイモンドだった。
ハワイ会戦 第16章をお読みいただきありがとうございます。
誤字脱字があったと思いますが、ご了承ください。
次回の投稿は12月16日を予定しています。




