ハワイ会戦 第10.5章 毒蛇と大蛇 2
みなさん、おはようございます、こんにちは、こんばんは、お疲れ様です。
ハワイ諸島とミッドウェー島の、ほぼ中間の海域に、大日本帝国統合軍省統合作戦本部直轄艦指揮母艦[信濃]は、護衛の艦艇群と共に展開していた。
現在、[信濃]では、第1級警戒配置が敷かれている。
「あれ?桐生さんは?」
酒保内は第1級警戒配置のため、人影は、ほとんど無い。
「店長なら、休憩ついでに、臨時救護所の様子を、見に行っていますよ」
ハワイ近海では、激戦が続いている。
前線の救護所で、負傷者に対応出来なくなる事を想定して、[信濃]は、負傷者の受け入れ態勢を整えている。
その場合、軍医の指揮下で酒保要員も看護官助手として、応急処置等に当たる事になる。
レジカウンターで、留守番をしている伊藤恵美が、氷室に説明する。
「そっかぁ~・・・と、いう事は・・・今は、僕とイトウちゃんと、2人っきり~・・・という訳だ・・・」
石垣の周囲の女性陣とは雰囲気が違うが、伊藤も中々の花である。
どちらかと言うと、癒し系という言葉が、ピッタリだろう。
デヘヘヘ・・・という、だらしない笑みを、氷室は浮かべる。
「オッホン!!」
背後から咳払いが聞こえ、振り返ると2・3人の水兵が、腕組みをして立っている。
「・・・ちょっと気分転換に、お話したいな~って、思っただけだからね。不純な気持ちは、これっぽっちも無いから・・・だから睨むの、ヤメて・・・」
じろりと睨まれて、思わず言い訳をする。
店長である桐生明美を、母親のように慕っている水兵たちだが・・・
酒保販売員の伊藤も、水兵たちの間では、癒し系のアイドル的な存在となっている。
「中佐殿は、節操が無いから心配だと、お母さんが、こぼしていました」
「・・・・・・」
なんていう事を、吹き込んでいるのですか桐生さん!?これは、速攻で抗議をしなくては!!
氷室は心中で、絶叫した。
臨時救護所に顔を出したが、桐生とは一足違いで、すれ違いだった。
「さてさて・・・何処かな~?」
広い[信濃]艦内だが、桐生の居場所は、大体察しが付いている。
(見ぃ~付けた・・・)
ほとんど人目に付かない、全通甲板の一画で、桐生は海を眺めていた。
氷室は、足音を忍ばせて、そっと近付く。
いつも、いつも背後から驚かされているのだから、偶にはこっちが驚かせても罰は当たらないだろう。
そう思ったからだ。
「何か用?氷室さん」
「!?・・・なぜ、わかったのです?背中に目でも付いているのですか?」
後、少し・・・というところで、まったく振り返らない桐生から声が掛かった。
「それだけ来ていますよ、来ていますよって、気配がダダ洩れなら、気付かない方がおかしいのでは?」
「・・・・・・」
多分その気配を察知出来るのは、桐生だけである。
「それより、鯨さんからの報告。サヴァイヴァーニィ同盟海軍の[商]級と思しき潜水艦を、追い払った。以上」
「・・・また、ですか・・・悪質クレーマーさんも、懲りないことで・・・」
「それと、追伸。暇なのですが、出番は、まだですか?以上」
「・・・ダメ!と、言っといて下さい」
「了解」
海を眺めたまま淡々とした口調で語る桐生に、同じように海を眺めながら、低い声で氷室は返す。
単なるお喋りとしては物騒な会話であり、誰かに聞かれでもしたら大変なのだが、その点については、氷室は、心配していない。
誰かが来れば、桐生が即、察知するからだ。
「・・・まあ、色々と思うところは、あるのですがね・・・」
水平線から、海をオレンジ色に染めて、太陽が顔を出そうとしているのを眺めながら、氷室は、つぶやいた。
「ここ一番の、強烈な打撃が必要?」
「そんな所です」
「・・・島原の乱」
「はあ!?」
突然の桐生の言葉に、氷室は自分より頭一つ分は低い桐生を見下ろした。
「原城に立て籠った、切支丹の信徒を中心とした一揆勢に対して、幕府連合軍の総大将だった、知恵伊豆こと、老中の松平信綱さんは、敵味方から『卑怯千万』と罵られる、ある作戦を実行した・・・」
「・・・ああ・・・」
歴史上の人物も、さん付けですか?という突っ込みは置いておくとして。
その作戦が何であるかは、すぐに察しがついた。
「・・・自分たちの味方と信じて疑わない存在が、敵として牙を剥く・・・自分たちと同じ神を、信じているはずの欧羅巴人たち。それなのに、異教徒である幕府連合軍の要請を受けた阿蘭陀船は、切支丹の信徒たちの立て籠もる原城に向けて艦砲射撃を行った・・・被害は、大した事は無かったけれど、切支丹の信徒の受けた心理的打撃は、相当なものだったでしょうね・・・それが、信綱さんの狙いだったとしたら・・・?」
・・・だから、歴史上の人物を知り合いか何かのように、語るのは・・・歴史マニアの人に、叱られても知りませんよ。
というのも、置いておく。
それについては、氷室も同じような事を考えはした。
ただ、有効なカードとなり得るかについては、氷室も疑問だった。
だが、[モンタナ]級戦艦を繰り出して、[大和]型戦艦との艦隊戦に連合国アメリカ海軍が、挑んできたという事は・・・
海軍では、空母対空母の航空決戦思想が台頭してきたと言っても、未だに戦艦同士の艦隊決戦思想は、連合国アメリカ海軍内でも、根強く残っているのだろう。
そして、こちらには[彼女]がいる。
こちらがミサイル戦艦である[彼女]を、カードとして切れば、彼ら連合国アメリカ海軍は、どんな反応を示すだろうか・・・?
「・・・これは・・・一考の余地有りですね」
「追い詰められた鼠は猫を噛むというけれど、それすら出来なくなるような絶望感を与えるのも、お忘れなく」
口の端を釣り上げて嗤う桐生の瞳孔が、獰猛な爬虫類の如く、縦に裂けたように一瞬見えた。
「そうですね。クィーンには、当然ながらナイトが付き従うものですから・・・」
ハワイ会戦 第10.5章をお読みいただきありがとうございます。
誤字脱字があったと思いますが、ご了承ください。
次回の投稿は11月4日を予定しています。




