ハワイ会戦 第10章 海軍の誇り 戦艦対戦艦
みなさん、おはようございます、こんにちは、こんばんは、お疲れ様です。
戦艦[大和]の調理室では、主計科に所属する科員たちは、総動員で戦闘配食を作っていた。
「敵が現れる前に、戦闘配食を配るのだ!もたもたするな!!」
主計科に所属する兵曹が、叫ぶ。
兵卒たちは、炊きあがったばかりのご飯を、手に盛り、塩握り飯を作る。
炊き立てのご飯であるから、当然ながら熱い。
戦闘が間近に迫っているため、ご飯を冷ます余裕等は無く、塩握り飯を握る主計科の科員たちは士官、下士官、兵卒全員が揃って軍手をして塩握り飯を握る事になる。
手を冷やすために、水も用意されているが、気安めもいいところである。
手の平は、火傷で赤くなり、水膨れ状態になるのは当たり前であり、そんな状態でもアツアツのご飯を握り、握り飯を作る事になる。
大日本帝国海軍の戦闘配食は、空母、戦艦、巡洋艦、駆逐艦でも共通であり、握り飯3個が基本である。
一言で握り飯3個と簡単に言うが、それを作るのは極めて大変な作業である。
例えば、200人の乗員全員に握り飯を配るとしたら、1人当たり3個であるため、単純に計算しただけでも、600個は必要である。
これが巡洋艦であれば、800人から1000人単位になるため、握り飯の数は、2400個から3000個という計算になる。
[大和]型戦艦の場合、大規模な改修により、乗員の数は2500名以上になる(個艦要員と旗艦要員を合わせて)。
2500名で計算すれば、7500個という数になる。
これだけの数の握り飯を短時間で作る訳である。
いくら、三角に握るだけと言っても、大変な作業だ。
握り飯の場合、五目飯が一番人気であるが、それが間に合わない場合、塩握り飯を作る事になる。
手慣れた兵曹や上級兵卒たちは、次々と握り飯を生産するが、まだ慣れていない下級兵卒たちは、アツアツのご飯に悪戦苦闘する。
「あっち!あっち!」
下級兵卒の兵士が、熱いご飯に悲鳴を上げながら、握り飯を握る。
戦闘艦であれば、大砲や機銃を撃ちまくる光景を思い浮かべ、それを扱う兵士たちの戦場が想像されるが、彼ら主計科員たちの戦場も、凄まじいものである。
彼らがいなければ、それらを扱う兵士たちは、戦う事が出来ないのだから・・・
こういった、地味な仕事を熟す者たちの戦場は、語られる事が無い。
語られたとしても、世間の人々は、そこまで凄い事だとは気付かない。
いや・・・1人は、確実にいた。
『軍隊は、胃袋で動く』という名言を遺した、フランスの英雄だ。
「お前たち!握り飯を握るのが遅いぞ!早くしろ!!敵は待ってくれないぞ!!」
兵曹の怒号が飛ぶ。
「「「はい!!!」」」
下級兵卒たちは返事をして、できるだけ早く塩握り飯を握るスピードを早めた。
しかし・・・
「あっちぃ~!!!」
熱いご飯を手に乗せると、悲鳴を上げる兵卒たちであった。
ところで、未来からの様々な技術提供を受けたにも関わらず、何故、お握り製造機を導入しなかったのか?という疑問があるかもしれないが、日本共和区統合省経済産業局と、厚生労働局に防衛局を通して上げられた、とある報告書がある。
それによると、戦艦[大和]の全乗員に、お握り製造機で作った、お握りを試食してもらい、アンケートを取った結果、極めて不評だったとの事だ。
理由として、サイズが小さく食べた気がせず、力が出る気がしないというのが圧倒的で、他には、しっかり握られていないためパラパラ崩れて食べ難い、味が違い、あまり美味しくない等々という意見が挙げられた。
味については、コンビニ系のお握りの場合、保存性を高めるために、化学調味料等添加物がどうしても必要になるのと、製造機で作った場合、機械に飯粒が付着するのを防ぐため、食用油を混ぜざるを得ないのも、原因であるだろうとの意見が添えられていた。
食用油を添加物として使用するのは、製造上の理由もあるが、飯粒が食用油でコーティングされる事で、飯粒が乾燥して固くなるのを防ぐ効果もあるのだが・・・
幸か不幸か、諸々の事情により、お握り製造機の導入は見送られ、大日本帝国海軍の伝統は、守られる事になったという訳だ。
因みに、その報告書の最後には『戦場での士気高揚という、ある種の感情のようなものは、非常に曖昧で不確かでありながらも、重要であるという事を鑑みれば、効率性だけで判断は出来ない部分もあるため、無理に是正する必要性は無いと思われる』と、わざわざ書かれていた。
余談だが、そんなアンケート調査を上げてきた人物に、「ドンだけ暇人なんだ?」と、突っ込みを入れる人間は、日本共和区統合省には、誰1人としていなかった。
戦艦[大和]の第1艦橋では、主計科が作った、塩握り飯が配られていた。
「長官」
竹の皮に包まれた握り飯を、主計科の兵士が渡した。
「うむ」
伊藤は、竹の皮に包まれた握り飯を、受け取った。
主計科の兵士たちは、各参謀、艦長を含む艦橋要員たちに、順番に塩握り飯を配った。
「それでは、いただこう」
伊藤は、そう言って、竹の皮を開き、温かい塩握り飯を1個持った。
そのまま、それを口に運ぶ。
さすがに戦艦[大和]の主計科が作っただけはあって、絶妙な塩加減だ。
彼の幕僚たちや艦長、士官等も、自然と表情を和らげている。
「さすがに[大和]の飯は、こんな時でも美味いですね」
参謀長が、語りかける。
「これだけの美味い飯を食えるのだ。将兵たちの士気も、向上するだろう」
伊藤は1個目の握り飯を食べ終え、2個目にかかった。
戦艦[モンタナ]の艦橋で、スコットは司令官席に腰掛けたまま、目を閉じていた。
前哨部隊からの報告を、待っているのである。
「提督。ここまで進出して、スペース・アグレッサー軍航空軍及びゴースト・フリートの空母艦載機部隊からの航空攻撃が無い以上は、大日本帝国海軍は戦艦同士の戦いを望んでいると見ていいでしょう」
参謀長が、声をかける。
「参謀長。本当にそう思っていいのでしょうか?」
若い参謀が、告げた。
「我々に、そう思わせたところで、スペース・アグレッサー軍航空軍叉はゴースト・フリートからのロケット弾攻撃が、あるのでは無いでしょうか?」
「貴官は、心配性だな。理由は?」
「サー。すでに我々はゴースト・フリートの戦闘艦1隻を撃沈、もう1隻にも、ある程度のダメージを与えました。今まで無い損害に驚いて、スペース・アグレッサー軍は、持ち前の武力を全面に出して、我々に、ぶつけて来るのでは無いでしょうか?」
若い参謀の言葉に、他の参謀たちの中にも、そうかもしれないと思う者たちが出てきた。
「いや、大日本帝国海軍は、必ず戦艦同士の戦いを挑んでくる!」
答えたのは、スコットだった。
彼は、司令官席を立ち上がり、幕僚たちに振り返った。
「何故、そう言い切れるのでしょうか?」
若い参謀が、尋ねる。
「総司令部にいる、ラッセル少佐からの報告書では、大日本帝国海軍は、未来からの援助で戦い方を改善したが、海軍の伝統だけは変えていないとあった。大日本帝国海軍は、世界の海軍の中でも、イギリス海軍と並んで、もっとも伝統を大事にする、誇り高き海軍だ。世界最大最強と自負している戦艦が、双方にある。そうなれば、どちらがその称号を持つに相応しいか、戦艦同士の戦いで、決しようとするはずだ!」
スコットは、自信に満ちた口調で、幕僚たちに言った。
彼自身、総司令部の作戦参謀であるレイモンドの報告書だけを、信じている訳では無い。
[モンタナ]級戦艦を基幹とする戦艦部隊の司令官を任された時、彼なりに大日本帝国人について調べたのである。
彼らは、伝統と文化を大切にし、それを愚直なまでに守る民族である。
それと、レイモンドの報告書を総合的に分析して、出した結論である。
スコットの言葉に、誰も異義を唱える者はいなかった。
彼の指揮下に入って時間は短いが、彼の幕僚たちは、彼の人となりを理解しているつもりだ。
そのため、異義を唱えないのである。
「提督!」
通信士官が、艦橋に飛び込んだ。
「どうした?」
通信参謀が、通信士官から通信文を受け取る。
「提督!前哨部隊が、敵の前哨部隊と遭遇しました!」
通信参謀からの報告に、他の参謀たちが、騒く。
「それで?」
スコットは、冷静に問う。
「前哨部隊司令である、アーレイ・アルバート・バーク大佐からの報告によりますと、敵前哨部隊の駆逐艦1隻を撃沈し、1隻を大破させたようです。こちらの損害は、駆逐艦1隻が大破したとの事です。そして、敵前哨部隊の後方に展開する大艦隊を、レーダーで捕捉した・・・との事です!」
通信参謀からの報告に、参謀たちが顔を見合わせる。
戦艦同士の戦いが、始まろうとしている。
初の実戦に、緊張する幕僚たちであった。
「全艦に通達、戦闘配置」
スコットは、短く命令した。
通信参謀が、通信士官に伝える。
スコットは振り返り、月明かりに照らされた暗い海上を、窓から眺める。
「提督。CICに、移動してください」
「ここにいる」
参謀長からの申し立てを、スコットは断るのであった。
「戦闘が始まれば、ここは危険です」
「俺は、この場を動かん!」
スコットは、幕僚からの申し立てに、動く気配を見せなかった。
戦艦[モンタナ]のCICでは、哨戒部隊からの情報を元に、諸元入力を行なっていた。
「1番砲、発射用意よし!」
「2番砲、発射用意よし!」
CICにいる射撃管制要員たちが、報告する。
「艦長。砲撃準備完了しました」
先任の砲術士官が、報告する。
「うむ」
艦長は、うなずいた。
彼は、アナログ式のCICを、見回す。
[モンタナ]級戦艦1番艦[モンタナ]が就役して、初となる実戦である。
海軍兵学校を平凡な成績で卒業した彼は、成績優秀者たちに対抗するために、持ち前の努力と根性で、海軍士官として勤務した。
ヨーロッパ大戦の時は、巡洋艦の乗組員として大戦を経験した。
そこで勤務が評価され、昇進と重要ポストが約束された。
海軍兵学校を優秀な成績で卒業した才子たちが集まる新たな勤務場でも、持ち前の努力と根性で職務を熟した。
そして、太平洋戦争では、新造戦艦[モンタナ]級戦艦1番艦[モンタナ]の初代艦長という役職についた。
(海軍兵学校時代の俺は、こんな未来が来るとは思ってもいなかった・・・)
彼は、そうつぶやき、右手を挙げた。
右手を振り下ろすと、力一杯に叫んだ。
「ファイア!!」
「「「ファイア!!」」」
射撃管制要員たちが叫ぶ。
戦艦[モンタナ]の前部主砲18インチ砲6門が、一斉に吼える。
その咆吼と振動は、CICにも響く。
戦艦[大和]、戦艦[武蔵]を基幹とする第1艦隊は、前哨部隊の壊滅の報告にも怯まず、前進を続けていた。
「ん?」
戦艦[大和]の対空見張員が、砲弾の飛来音を聞き、固定双眼鏡を、音の方向に向ける。
戦艦[大和]から1000メートル程度離れた海上で、巨大な水柱が上がる。
「敵弾!弾着!!」
対空見張員が、報告する。
「敵弾!?戦艦[モンタナ]か?」
戦艦[大和]の戦闘指揮所で、副長である中佐が部下に聞く。
「現在、確認中です!」
「確認不要」
艦長の有賀幸作大佐が、告げた。
「間違い無く[モンタナ]級戦艦だ」
有賀は、自信に満ちた口調で言った。
「問題は、どこから撃ってきたか・・・だが」
有賀は電探要員に、顔を向けた。
「電探に、反応は無いか?」
「申し訳ありません。電探には何の反応も、ありません」
電探要員が、申し訳なさそうに言った。
「と、なれば・・・」
有賀は、思考を働かせた。
味方の哨戒部隊が壊滅した時、最後の通信で、その後方には敵の哨戒部隊が展開していた事は知らされている。
本隊は、そんなに遠くに離れていない位置から、砲撃を実施しているはず・・・
有賀は、そこまで考えて、砲術士官や観測士官たちに指示を出した。
「主砲発射用意!距離は・・・」
おおよその距離を計算して、砲術士官や観測士官たちに伝える。
観測士官は、有賀から伝えられた距離を観測し、諸元を入力する。
「諸元入力完了!」
観測士官が報告すると、砲術要員たちは出された諸元データに従い、主砲を操作する。
「1番砲塔、砲撃用意よし!」
「2番砲塔、砲撃用意よし!」
担当する砲術士官が、報告する。
「撃ぇぇぇ!!」
有賀が、叫ぶ。
「「「撃ぇぇぇ!!」」」
砲術士官が、発射ボタンを押す。
戦艦[大和]前部主砲四六糎砲6門が、吼える。
「敵弾!接近!!」
戦艦[モンタナ]の見張員が、叫ぶ。
戦艦[モンタナ]の右舷側1500メートル程の海上で、水柱が上がる。
近くには駆逐艦が展開していたため、駆逐艦に被害が及ぶ。
「結構、当ててくるな・・・」
スコットは、見張員等からの報告を聞きながら、つぶやく。
「全艦、下命!全艦、最大戦速下で、ジグザグ航行!!」
伊藤は、艦橋から戦況を、確認していた。
「第3水雷戦隊に連絡!全速で、敵艦隊側面に移動し、雷撃を実施せよ!」
伊藤の指示により、軽巡洋艦[川内]を旗艦とする、3個駆逐隊を前進させた。
「残りの艦隊は、そのまま砲撃を実施し、ジグザグ航行をしながら、敵弾を回避!」
伊藤の指示は、戦闘指揮所で指揮を行なっている有賀にも届き、戦艦[大和]は、ジグザグ航行を実施した。
「主砲斉射!撃て!!」
戦艦[武蔵]艦長の有馬馨大佐が、戦闘指揮所で叫ぶ。
「「「撃ぇぇぇ!!」」」
砲術士官たちが叫び、戦艦[武蔵]の四六糎主砲6門が吼える。
「敵弾!接近!!」
対空見張員からの報告の後、戦艦[武蔵]の艦体が激しく揺れた。
轟音と振動が、襲う。
有馬たちも、何か掴まっていなければ、床に叩き付けられそうな衝撃だった。
轟音と振動が収まると、有馬が叫んだ。
「被害状況を、報告せよ!!」
「前部副砲に敵弾直撃!前部副砲が破壊されました!」
「前部副砲付近で、火災発生!」
「至急消火班は、前部副砲へ!」
報告を受けた有馬の指示で、消火班は破壊された前部副砲に展開し、消火活動を行なった。
「1番主砲塔、砲撃準備完了!」
「2番主砲塔、砲撃準備完了!」
「3番主砲塔、砲撃準備完了!」
主砲塔を担当する砲術士官たちが、報告する。
ジグザグ航行をしているため、後部主砲塔も、砲撃が可能になった。
「全門!!斉射!!」
有馬の指示で、主砲塔を担当する砲術士官たちが、発射ボタンを押す。
戦艦[武蔵]の四六糎主砲9門が、吼える。
戦艦[モンタナ]の18インチ主砲9門も、吼える。
「提督。まもなく夜明けなります」
参謀長が、報告する。
「夜明けになれば、敵空母機動部隊の艦載機からの航空攻撃を受ける可能性があります。ここは一旦、引くべきです」
参謀長の具申は、もっとだ。
夜が明ければ、再び制空権を確保するために、空母対空母の対決が始まる事になる。
そんな中で戦艦が前線の、ど真ん中に展開していれば、空母艦載機部隊の餌食になる。
「そろそろ潮時か・・・」
スコットとしては、もう少し戦艦同士の戦いをしたかった。
空母が誕生し、航空機中心の攻撃、防御が戦場の主役になった事により、戦艦は時代に置いて行かれた。
しかし、海軍軍人の心の内には、大艦巨砲主義が洋の東西を問わず、根付いているのかもしれない。
「敵の軽巡部隊が、接近中!!」
見張員が、報告する。
「何ぃ!?」
スコットたちは、双眼鏡を覗く。
「全艦!突撃せよ!!」
軽巡[川内]を旗艦とする第1艦隊第3水雷戦隊が、戦艦[モンタナ]、戦艦[オハイオ]、戦艦[アラスカ]を基幹とする戦艦部隊に、側面を突く形で突撃を開始した。
「右舷!魚雷全門、発射!!」
第1艦隊第3水雷戦隊第11駆逐隊駆逐艦[吹雪]の艦長が、叫んだ。
六一糎3連装魚雷発射菅3基9門から、一斉に魚雷が発射された。
「駆逐艦!轟沈!」
「軽巡大破!」
戦艦[モンタナ]の艦橋で、見張員の叫び声が響く。
敵の軽巡部隊の突撃で、戦況は大日本帝国側に、傾きつつあった。
「潮時だ」
スコットは、立ち上がった。
「全艦、一時後退!」
スコットは、後退命令を出した。
追撃されると思われたが、大日本帝国海軍側も、こちらが後退の姿勢を見せると、向こうも後退を開始した。
夜明け前という事を、理解しているようだ。
日米海軍の誇りである、巨大戦艦を基幹とする艦隊同士の水上戦は、引き分けで幕を下ろした。
「実に幸運と言うべきか・・・我々の史実の中では、あり得なかった艦隊戦だ・・・退屈な、悪質クレーマー狩りの最中に、偶然にでも拝めるとは、思わなかった・・・」
深海に身を潜めた、巨大な鯨の発令所で、艦長は感慨深く、つぶやいた。
「偵察用無人潜航艇を収容次第、この海域を離れる」
「艦長。定時連絡の時間です」
「了解した」
振り返って告げる、通信士官の声に艦長は、通信用マイクを手に取る。
「[カグツチ]より、[オロチ]へ・・・」
ハワイ会戦 第10章をお読みいただきありがとうございます。
誤字脱字があったと思いますが、ご了承ください。




