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ハワイ会戦 第5章 レイモンドの秘策

 みなさん、おはようございます、こんにちは、こんばんは、お疲れ様です。

 第1護衛隊群第1護衛隊に所属するイージス護衛艦[あかぎ]のCICで、艦長である神薙(かんなぎ)真咲(まさき)1等海佐は、デジタル表示された、海図を見下ろしている。


「艦長。哨戒機等から情報を総合しますと、敵機動部隊の艦載機及び戦艦部隊の目標は、我々、第1護衛隊群になります」


 副長の切山(きりやま)(ひろ)()2等海佐が、告げる。


「そうだろうな。あの男の狙いは、第1護衛隊群を壊滅させる事・・・」


 神薙が、腕を組んだ。


 彼女が言う、あの男というのは、レイモンド・アーナック・ラッセル少佐の事である。


 一応は捕虜という扱いながら、客人待遇で[いずも]に滞在を許されていた。


 菊水総隊司令官の山縣が許可したのだから、その点については、神薙も何も言う事は無い。


 レイモンドは、イージスシステムに興味津々で、[あかぎ]の見学を、直接神薙に申し込んできたが、神薙は断った。


 村主には、村主の考えがあるようだが、交戦国の軍人に、あまり情報を与えるのは危険と、神薙は感じたからだ。


 もちろん、その点は村主も考慮して、彼に与える情報は、元の時代の民間人が知る事ができる範囲内の情報に限っては、いたようだが・・・


 神薙は、レイモンドという人物に対して、人間的には好人物と評価はしていた。


 それでも、公と私を完全にわけていたのは、腹の内が読めないという部分が、大きかったからだ・・・


 そう・・・村主の従弟である、氷室(ひむろ)匡人(まさと)2等海佐の様に・・・


 奇しくも、神薙も村主と同じく、レイモンドと氷室を似ていると感じていたのであった。


 諺に、『一を聞いて十を知る』というのがある。


 元々は、論語からきていた言葉だが。


 あの青年は、自分に与えられた僅かな情報からでも、本質を見抜く事が出来る。


 神薙は、そう感じていた。


「さらにクリスマス島地上基地からB-25[ミッチェル]、A-20[ハボック]が出撃し、こちらに向かっているとの事・・・」


 切山の言葉に、神薙は思考を現実に戻す。


「陽動作戦の可能性が、あるな・・・」


 神薙は、つぶやいた。


 彼女の元には、新世界連合軍連合海軍艦隊総軍第1艦隊第2空母打撃群原子力空母[コンステレーション]が、陽動作戦に引っかかり、別動のドイツ第3帝国空軍の攻撃隊からの、V-1ロケット弾によるロケット弾攻撃で、被弾した事が届いている。


「どこかに潜んでいる可能性も、あるな・・・」


「その可能性は、無いわ」


 声を上げたのは、第1護衛隊群第1護衛隊司令の畠山和(はたけやまわ)()1等海佐である。


 彼女は、配置換えにより、前隊司令に代わって、新たに配置された女性隊司令である。


 神薙や村主よりも、1期上ではあるが、同じ子持ちであるため、神薙とは意見が合う。


 神薙と切山が、顔を上げる。


「上空には、早期警戒機や早期警戒管制機等の索敵機が、目を光らせている上に、同じ攻撃方法が効果あると思うほど、その男も、愚かで無能では無いでしょう。あの村主が気に入ったのだから、相当の切れ者という事でしょう」


「では、他の方法を?」


 切山が、聞く。


「そう考えるのが、自然なのじゃない?」


「と、なれば・・・潜水艦の可能性がある」


 神薙は、海図を見下ろしながら、つぶやく。


「隊司令!艦長!」


 通信士が叫ぶ。


「[いずも]より、通信です」


「わかったわ」


 畠山が、受話器を耳に当たる。


「畠山です」


「群司令の内村だ」


 内村からの通信だった。


「接近中の大編隊に対し、迎撃する事を命じる。イージス艦の最大の長所をいかし、誘導弾で迎撃せよ」


 内村の指示を聞いて、畠山は静かに言った。


「はい、わかりました。我々、海上自衛隊の力を見せ付けます。我々に攻撃を仕掛けるのは自殺行為である事を、思い知らせてやりましょう」


 神薙も知っているが、畠山は、かなりの好戦的な性格を持っている。


 汎用護衛艦の艦長だった時、環太平洋(リム)合同()演習(ック)に参加した。


 その時、仮想敵艦隊に対し、攻撃命令が下ると、たったの1隻で、すべての仮想敵艦を撃沈した。


 因みに、その時の汎用護衛艦の砲雷長は、現在、破軍集団海上自衛隊艦隊総隊旗艦であるミサイル護衛艦[はたかぜ]艦長の、渡嘉敷(とかしき)(なぎさ)2等海佐(当時は、1等海尉)である。


 この2人のタッグ・・・である。


 その攻撃が、どれだけ無慈悲で情け容赦が、なかったか・・・


 想像するのも容易である(想像したくも無いが・・・)。


 そんな彼女は、その過激で好戦的な性格が災いし、元の時代では、地上勤務叉は練習艦隊勤務であったが、この時代では、その性格の重要性が出た。


 しかし、隊司令の席は、派遣前に決まっていたため、今まで予備要員だった。


 しかし、何もしていなかった訳では無い。


 新世界連合軍連合海軍に派遣され、共同部隊行動等についての調整といった、重要な役目をこなしていた。


「神薙艦長」


「はい」


「群司令からの命令が出た。敵攻撃隊を、1機たりとも生かして返すな!!殲滅せよ!!1機残らず、すべて叩き落とせ!!」


 畠山の口調が、変わった。


「はっ!!」


 神薙は、挙手の敬礼をすると、艦長席に腰掛けた。





 艦長席に腰掛けた神薙は、ヘッドセットをつけた。


「対空戦闘用意!」


「対空戦闘用意!」


 神薙の号令を受けて、砲雷長が復唱する。


[あかぎ]艦内で、対空戦闘を伝える警報ブザー音が、鳴り響く。


「砲雷長。第5護衛隊イージス艦[こんごう]と連携して、敵攻撃隊を叩く。同じ目標を攻撃しないように注意しろ!」


「はい!」


 神薙の言葉に、砲雷長は気を引き締める。


「対空戦闘!!SM-2、発射準備始め!!」


 砲雷長の号令で、SM-2の発射を担当する海曹たちが、データを入力する。


「諸元入力完了!!」


「SM-2!第1波、発射準備完了!!」


「発射用意!!発射!!」


 砲雷長の号令でSM-2の発射を担当する士官が、発射ボタンを押す。


[あかぎ]の前部VLSが解放され、SM-2が、連続発射される。


 轟音と振動が、CICに伝わる。


「[こんごう]よりSM-2が、連続発射されました!!」


 通信要員が、報告する。


「第2波発射準備!!」


 砲雷長が、第2波攻撃の準備を命じる。


「第1波!!命中まで、30秒!!」


 レーダー要員が、レーダー画面を見ながら叫ぶ。


 対空レーダーでは、攻撃隊の光点とSM-2の光点が、距離を縮めている。


「第1波!!命中まで、10秒!!」


 カウントダウンが開始される。


「9、8、7、6、5、4、3、2、1、スタンバイ!!」


 攻撃隊の光点と、SM-2の光点が重なる。


「第1波攻撃命中!!敵攻撃隊10機の撃墜を確認!!」


 レーダー員が、報告する。


「[こんごう]のSM-2、敵攻撃隊と重なります!!」


 対空レーダー画面では、[こんごう]から発射されたSM-2の光点が、敵攻撃隊と重なる。


 瞬時に10機の攻撃機が、撃墜される。


 神薙は、目を閉じた。


 今頃、攻撃隊の搭乗員たちは、無数の誘導弾攻撃で、パニックを起こしているだろう。


(いや・・・これまでの経験で、もはやパニックを起こす事も無いだろう。こうなる事は、想定しているか・・・)


 恐らく、攻撃隊の搭乗員の中には、自分の息子と同じ歳の青年も、いるだろう。


 だが、戦端は開かれた。


 開かれた以上は、躊躇する事はできない。


「やるか、やられるか・・・こんな二択しか出来ないのが戦争・・・」


 神薙は小声で、つぶやいた。


 その声は、誰の耳にも入らなかった。


 単純明快な言葉・・・どこかで聞いたような言葉。


 しかし、この言葉を発さなくてはならなくなる現実・・・


 単純だからこそ、明快だからこそ、この言葉の残酷さは計り知れない。


「第2波攻撃開始!!」


 砲雷長の号令が、飛ぶ。


「諸元入力完了!」


「第2波発射準備完了!」


「発射!!」


 再び[あかぎ]の前部VLSから、SM-2が連続発射される。


[あかぎ]艦内に、SM-2の発射が伝わる。





「[あかぎ]!SM-2、第2波の発射を確認!」


「[こんごう]!SM-2、第2波の発射を確認!」


[いずも]のCICでは、海曹たちが報告する。


「引くつもりは、無いようだな」


 内村がレーダー画面を見ながら、つぶやく。


「恐らく、余程の自信が、あるのでしょう」


 村主が、答える。


「君の愛弟子が考えた戦法が、我々に通用するか・・・見物だな」


 内村の言葉に、村主は冷笑を浮かべた。


(レイモンド・・・貴方が、どんな作戦を思い付いたのかは知らないけれど、簡単にはいかないわよ・・・)


「[あかぎ]のSM-2、攻撃隊命中まで10秒!9、8、7、6、5、4、3、2、1、スタンバイ!」


 レーダー画面上では、[あかぎ]が発射したSM-2と攻撃隊の光点が、重なる寸前だった。


「[あかぎ]のSM-2、攻撃隊に命中!!」


 レーダー要員が、叫ぶ。





 ハルゼー率いる機動部隊から出撃した第1次攻撃隊が、スペース・アグレッサー軍ゴースト・フリートの艦隊からのロケット弾による迎撃を受けていた頃、海上では速力26ノットで航行する戦艦部隊がいた。


[アイオワ]級戦艦[ニュージャージー]及び[ミズーリ]を基幹とする戦艦部隊である。


「司令。攻撃隊は予定通り、ゴースト・フリートの艦隊からの、ロケット弾攻撃を受けています」


 幕僚からの報告に、同戦艦部隊の司令官であるキャルヴィン・ホワイト・ヒル少将は、無言で、うなずいた。


「ゴースト・フリートの艦隊は、我々の存在に気づいていないようです。ここまで来て、我が艦隊に、ロケット弾攻撃が無いという事は、作戦の第1段階は、成功したようなものです」


「これだけの犠牲者を出して、第1段階の成功・・・というだけで済ませるのは、不謹慎だと思わないか?」


 ヒルは、ようやく口を開いた。


「ハルゼー提督指揮の機動部隊第1次攻撃隊は、自らを囮にして、我々に活路を開いてくれた」


 彼自身、この作戦には、あまり賛同できなかった。


 犠牲を前提にした、作戦であるからだ。


 ゴースト・フリートの戦闘艦は、極めて高性能なレーダーを使って、捕捉から攻撃まで行なってくる。


 そのため、戦艦の艦砲の有効射程距離に収めるには、このような囮作戦を実行しなければならない事は理解できる。


 だが、頭で理解できるが、心は理解できなかった。


 攻撃隊に所属する戦闘機や攻撃機の搭乗員たちのほとんどは、彼の息子と同じ年齢である。


 ゴースト・フリートの戦闘艦から、ロケット弾から発射される度に、息子と同じ年齢の若者たちの血が流れるのだ。


 真面な思考を持つ者なら、ここまで非道な作戦を、思いつく訳が無い。


 しかし、敵は常識を越えた超兵器を保有し、それを自分たちに使ってくる。


 それに打ち勝つには、非道な作戦の1つや2つは、思い付かなくてはならない。


 ヒルは、この作戦を聞かされた時、何としても成功させる信念の元で、戦艦部隊の指揮官として志願した。


(必ず、この作戦で、ゴースト・フリートの艦隊を、全艦、海の藻屑にしてみせる!)


 総司令部では、この作戦で、1隻ないし2隻を沈める事が可能であると結論付けているが、彼は、艦隊の総力戦で、全艦を撃沈する事を決めている。


「作戦を第2段階に移行!」


「アイ!」


 幕僚が挙手の敬礼をして、通信要員たちに上空にいる機に連絡した。





 ヒル少将率いる戦艦部隊の上空には、A-20[ハボック]が、4機展開していた。


「機長!戦艦[ニュージャージー]より、通信です!作戦を第2段階に移行するそうです!」


「待っていたぜ!!」


 機長は叫び、マイクを持って、爆撃手に指示を出した。


「爆弾槽を開け!」


「爆弾槽を、開きます!!」


 A-20の爆弾槽が、解放された。


「投下用意!!」


 機長は、タイミングを計る。


「投下!!」


「1番投下!!」


 爆撃手が、投下ボタンを押す。


 A-20から投下された筒が、空中で炸裂した。


 空中で炸裂すると、大量のアルミ片が空中に舞った。


「こんなので、本当にレーダーを攪乱できるのですか?」


 副操縦士が、疑った口調で、つぶやく。


「安心しろ。実績のある方法だ・・・それに・・・」


 1940年にイギリス軍は、アルミ片を空中にばらまく事で、ドイツ軍のレーダーを攪乱する事に成功した。


 これについては、イギリス、ドイツの双方から報告書が上がってきているので、信頼できる方法ではある。


 スペース・アグレッサー軍ゴースト・フリートの戦闘艦も、高性能なレーダーを使う事が、わかっている。


 どんなにレーダーが優れていても、弱点は同じはずであるが、どこまで効果があるかについては、かなり疑問を感じるのだが。


 アルミ片を戦闘海域全体に撒き散らし、ゴースト・フリートの艦隊のレーダー網を、攪乱する。


 海軍の作戦参謀が、自信を持って進言した方法だそうだ。


 その海軍の作戦参謀が意見を具申する前から、スペース・アグレッサー軍が高性能なレーダーを使用しているという情報を、陸海軍の上層部は既に掴んでいた。


 それに対抗するために、様々な対策が講じられたが、どれも机上の空論で終わっていた。


 いわゆる電子戦の理論は当時でも様々あったが、皮肉な事に彼らの出現によって、いくつかの理論が立証されたが、実用化となると膨大な資金と時間が必要になる。


 海軍では、入手した情報を元に、タンカーを改造して広範囲で通信やレーダーを妨害する、電波妨害艦(仮称)を、開発しようとしたが、新型の空母、戦艦、潜水艦等を含む戦闘艦艇の開発建造が優先され、企画倒れとなった。


 もちろん、開発にかかる資金等の理由もあるが、高出力で妨害電波を発した場合、現代(20世紀前半)の技術では敵よりも、自分たちの方により実害が及ぶ可能性が指摘されたという部分もある。


 それに、自艦防衛の手段を持たない電波妨害艦では、発見されれば真っ先に標的にされるのは、目に見えている。


 それらの理由で、手詰まりになっていた電子戦対策だが、逆転の発想とも言うべき原始的な方法を、海軍の作戦参謀が示してきた。


 その根拠の出所は、なぜか伏せられていたが、空軍の参謀連中が挙って賛同を示したのだから、問題は無いはず・・・無いはず・・・である。


 ただし、知らぬが仏では無いが・・・出所を知ったら、彼らはショックを受けるかも知れない・・・





「何だ!これは!?」


[いずも]のCICで、水上レーダー要員が叫ぶ。


「どうした?」


[いずも]の艦長が聞く。


「水上レーダーが、乱れています!」


「何!?」


 艦長が、水上レーダーの画面を、注視する。


「やるわね。レイモンド・・・」


 村主が、つぶやく。





 水上レーダーが乱れたのは、[いずも]だけでは無い。


 他の護衛艦も、同じである。


 艦隊の後衛に位置する、第1護衛隊群第5護衛隊に所属するイージス護衛艦[こんごう]の水上レーダーも、一部が乱れていた。


 そして、乱れた部分は、少しずつ範囲が広がっていく。


[こんごう]艦長である橘田(きた)雄史(たけふみ)1等海佐は、頭に手を置いた。


「あちゃ~、やられた!!」


 橘田の、大きなつぶやきは、CIC内に響いた。


 何が原因か、直ぐに察しが付いたからだ。


「古典的ですが、我々のレーダー網を攪乱するには、有効な戦法です」


 レーダーである以上、その弱点は、どんなに時代が進歩しても同じである。


 アルミ片を空中に撒き散らし、レーダー波を攪乱し、その隙に艦隊を近づける。


「ですが、これでは敵も、レーダーによる管制射撃は、できないのでは?」


 若い幹部が、敵の問題点を指摘する。


「その艦隊の中には、大口径主砲を装備した、戦艦や重巡洋艦が展開している。レーダー照準に頼らなくても、下手な鉄砲でも数うちゃ当たる、と言った感じで砲撃されれば、貧弱な装甲でしかない我が艦隊は、危ない」


 橘田が、それに答えた。


 対空レーダー要員が、新たなる報告を行なう。


「敵攻撃隊!SM-2の迎撃を突破!艦隊に最接近!」


 悪い事は、連続して起こるのは、世の常だ。


「まったく、次から次へと!!」


 橘田は、叫んだ。


「対水上戦闘用意!」


 対空戦闘配置は継続のまま、対水上戦闘配置の指令を出した。


 艦内に対水上戦闘配置を知らせるアナウンスと、警報ブザー音が鳴り響く。


「近接戦闘に備え!主砲、CIWS発射準備!」


 SM-2からの攻撃を突破した敵攻撃隊は、目視可能な上空まで接近する。


「最大戦速!!ジグザグ航行!!」


 橘田は、大声で叫ぶ。


 第1護衛隊群に属する護衛艦は、全艦が最大戦速の状態で、ジグザグ航行を行なった。


 汎用護衛艦には、短SAMが搭載されているため、艦隊に最接近した攻撃隊には、全艦で当たる事ができる。


「レーダーが攪乱されている状態で、ハープーン・ミサイルを発射するのは、無理か?」


 橘田は、砲雷長に聞いた。


「はい、無理ですね」


 変に自信たっぷりな口調で、砲雷長は応じた。


「よし、わかった。頼りないが、127ミリ速射砲で、対処するようにしよう」


[こんごう]の艦首には、127ミリ速射砲が搭載されている。


 通常砲弾の射程距離は、20キロメートルであるため、戦艦や重巡洋艦の大口径主砲の射程距離に劣るが、対艦用の射程延長弾であれば、60キロメートルまで届くため、こちらが先制攻撃できる。


「対水上戦闘!!主砲延長弾、砲撃始め!!」


 橘田の号令で、射撃員が、ピストル型の発射装置を持った。


「撃て!!」


 砲雷長の発射命令で、射撃員は、ピストル型の発射装置の引き金を引く。


[こんごう]の艦首に搭載されている127ミリ速射砲が旋回し、吼える。


 連続発射された延長弾は、コンピューター制御された状態で、目標となった敵艦に飛んで行く。


「敵艦に、命中!!」


 射撃員が叫ぶ。


 しかし、戦艦の上部構造物にある程度の損害を与えても、距離を詰めてくる戦艦を含む、敵艦隊の速度に変化は見られなかった。


「・・・こいつは、神薙の危惧が正解だったか・・・」


 この作戦を立案したのが誰であるか、橘田は、すぐわかった。


[いずも]に滞在していた客人だ。


 彼に情報・・・あくまでも、開示できる範囲であったが・・・それを、与える事に神薙は、難色を示していた。


 橘田は、むしろ開示可能な情報に限っては、別に良いのでは、という意見だった。


 敵国の軍人に、ある程度の情報を開示する事で、抑止にも牽制にもなる。


 それに、重要な情報は、厳重に管理されている。


[いずも]の資料室で、彼が何を調べたかに付いては、パソコンの検索履歴で把握されていたし、書籍に付いても確認されていた。


 特に問題は、無かった。


 しかし、1つ見落としがあった。


 漫画やアニメ、映画という類だ。


 レーダー画面に異常が生じた時、橘田の脳裏を過ったのは、ある漫画だった。


[いずも]の乗員の中には、彼らと個人的に友情を育んだ者もいる。


 乗員の誰かが、もしも、その漫画を彼に貸したりしていれば・・・


 たかが漫画、たかがアニメ・・・しかし、されど漫画、されどアニメである・・・


 有名な所でハリウッドが、日本の某SFアニメのドッグファイトシーンの描写を元に、F-14の戦闘シーンを、実写化したと言われるが・・・


 余程、とんでもないチート設定で無い限り、実現は不可能とは言えないだろう。


 もちろん、そんな馬鹿なという意見もあるだろう。


 しかし、橘田が小学生になるかならないかの頃に観ていた、ある日本のロボットアニメの話の中で、悪の宇宙人によって、自分でも知らない間に体内に爆弾らしきものを、埋め込まれた人々が、自爆し周囲の人々に大変な被害が出るというシーンがあったような気がする。


 記憶が定かでないのは、幼かった橘田にとって、そのシーンが余りにも衝撃的で、そのロボットアニメの他のシーンが思い出せない程のトラウマになったからだった。


 それから30年近く経って、橘田は、それが現実に起こった事を知る。


 某宗教の過激なテロリスト集団による自爆テロである。


 それは、テロリストだけでは無く、女性や子供といった弱者にも爆弾を持たせ、自爆テロを起こさせるという残酷で救いようのないものだった・・・


 まるで、アニメがそれを予言していたのかとさえ、錯覚してしまった。


 電子戦に話を戻すが・・・


 史実で見ても、第2次世界大戦でイギリス軍がドイツ軍のレーダー攪乱に使用した他、大日本帝国海軍も、1943年11月の第4次ブーゲンビル島航空戦で、アルミ片の代わりに模造紙に銀箔を張るといった代用品を使用し、敵艦隊の注意を航空隊が引き、逆方向から雷撃戦を仕掛けるという戦法を取り、戦果を挙げている。


 それに、第4次中東戦争中の1973年10月に行われたラタキア沖海戦では、小規模ではあるが、艦対艦ミサイルを搭載した艦船(ミサイル艇)同士の海戦で、電子戦が行われ、イスラエル海軍の艦艇が、シリア海軍の艦艇を撃退している。


 それらを考えると、自分たちは安易に客人に、情報を与えてしまったのか・・・?


 もちろん、単なる模倣ではなく、それらの情報を元に、分析し、実現可能な戦術を構築する才能・・・客人の才能を、大多数が見誤っていた。


 ・・・敵の、思いもよらぬ所から攻撃する事を奇襲と言い、思いもよらぬ策を、奇策と言う・・・


「・・・敵に、塩を送る・・・じゃないが、俺たちは、トンデモナイ化け物を、育ててしまったのか・・・?今回、カサンドラだったのは、神薙だな・・・」


 どこか、他人事のような口調で、橘田は、つぶやいた。

 ハワイ会戦 第5章をお読みいただきありがとうございます。

 誤字脱字があったと思いますが、ご了承ください。

 次回の投稿は9月16日を予定しています。

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