インテルメッツオ 現の夢 後編
みなさん、おはようございます、こんにちは、こんばんは、お疲れさまです。
ハワイ諸島奪還のため、連合国アメリカ合衆国海軍太平洋艦隊が、サンディエゴ海軍基地から出航する少し前。
レイモンド・アーナック・ラッセル少佐は、出撃前の休暇を利用して、久し振りに故郷に帰省した。
自分が、これから赴くのは戦場である。
故郷に、あまり良い思い出が無いが、再び帰ってこられるかどうかの保障は無い。
祖父母の顔も、見ておきたかった。
「はあぁぁぁ~・・・くたびれた・・・」
久し振りに会った祖父母は、海軍少佐に昇進した孫の姿に、大喜びしてくれた。
それは、良いのだが・・・
頻りに結婚を勧めてくるのには、辟易した。
それもそうだろう・・・故郷では、自分と同じ位の年齢の青年たちは、大体結婚して子供もいる者たちもいる。
祖父母が、いつまでも恋人の話一つ出てこない孫に、ヤキモキするのも、分からないでは無い。
分からないでは無いが・・・勘弁して欲しい。
祖父母の元気な姿を見られたのは、喜ばしい事ではあるが、そういった諸事情で、非常に気疲れしたのだった。
海軍基地に戻って早速、レイモンドは基地内の食堂へ向かう。
「あっ!?レイモンドさん!」
食堂の入り口で掛けられた声には、聞き覚えがあった。
「マーティ!!久し振りだね!」
ハワイ準州での任務に同行してくれた、マーティ・シモンズ2等水兵。
今は昇進して、特技兵となっているが。
「元気だったかい?アリューシャン列島方面に派遣された、空母機動部隊に配属されたと聞いていたけれど・・・」
「はい。4ヶ国連合軍連合海軍の客員提督の従卒として、配属されていました」
「えぇ~と・・・誰だったっけ・・・?ウ~ン・・・」
直接、顔を会わせてはいないが、名前は一応聞いた。
イタリア王国海軍の提督だ。
確か、イギリス海軍の[キング・オブ・ジョージ5世]級の戦艦[デューク・オブ・ヨーク]を、奇策を使って沈めた提督だ。
レイモンドとしては、その奇抜な策には非常に興味を持っていたが、提督本人に関しては、まったく興味が無かった・・・
「・・・ダリオ・バリーニ提督です・・・」
5ヶ月間行動を共にしていただけあって、マーティは、レイモンドの取り扱いには、慣れている。
「ああ、そうだったね」
「・・・・・・」
相変わらずマイペースな上官に、マーティは、内心でため息を付く。
「それより、少し時間はあるかい?久し振りに話がしたいな」
階級は上がっても、態度は以前と変らない上官の言葉に、マーティは二つ返事でOKした。
「・・・また、チェリーパイ・・・ですか・・・?」
食堂のテーブルに陣取ったレイモンドの前には、チェリーパイの乗った皿が、置かれている。
「好きだから、当然!」
チェリーパイが大好物だというのは理解出来るが、ここまで徹底する人間も、珍しいだろう。
何しろ、レイモンドは、ヘリコプター搭載護衛艦[いずも]に滞在中も、チェリーパイには、異常と思えるくらい執着していた。
[いずも]の給養員長は、レイモンドのために態々、チェリーパイを焼いていた位だった。
因みにレイモンドの感想は、「味は最高だが、量が物足りない・・・」で・・・あった。
「そういえば・・・スグリ大佐が、一度チェリーパイを作ってくれた事が、ありましたよね・・・」
「・・・・・・」
チェリーパイを口に運んでいたレイモンドの動きが、一瞬、止まった。
レイモンドにとって、ハワイ滞在中の期間の中でも、唯一、記憶に封印をかけている出来事なのだが、レイモンドの度重なるリクエストに応えて、第1護衛隊群首席幕僚の村主京子1等海佐が、チェリーパイを作ってくれたのだが・・・
「・・・初めて、作ったから・・・上手く出来なくて・・・」
極上の微笑を浮かべて、はにかんだ口調で語る村主の両手は、何が、どうしたら、こうなると聞きたくなる程、10本の指すべてに、絆創膏が巻かれていた。
で、肝心の・・・味の方だが・・・
これに関しては、レイモンドもマーティも、ノーコメントを貫いている。
顛末として、3人同じ物を食べたにも拘わらず、平気な村主に対し、レイモンドとマーティは、[いずも]の医務室で2日間程寝込む事になった。
「・・・まあ、その話は忘れて。空母機動部隊の旗艦[ホーネット]は、大日本帝国海軍の爆撃機に体当りされたそうだけれど、大丈夫だったの?」
強引に話題が、変えられた。
「はい、飛行甲板が損傷しましたが、直ぐに修理出来ましたので・・・」
「そう・・・」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
2人の脳裏に、これからの事が過ぎる。
アメリカ合衆国を含む米英独伊4ヶ国連合軍は、ハワイ奪還戦に臨もうとしている。
そして・・・その相手は、大日本帝国軍であり、ニューワールド連合軍であり、自衛隊である。
ハワイに滞在していた時に、友情を育んだ人々と、正面からぶつかる事になる。
自分たちが、連合国陣営の軍人である以上、それは避けられない事であり、わかっている事ではあるのだが・・・
「それはそうと、バリーニ提督ですが・・・スグリ大佐と、カンナギ大佐を、ご存知だそうです・・・」
「へ?」
沈みかけた雰囲気を変えるためか、マーティが別の話題を振ってきた。
「自分が休憩中に、スグリ大佐の写真を見ていた時に、たまたま提督に、見つかって・・・」
マーティの話では、気分転換に、こっそり持っていた村主とレイモンド、自分の3人で撮った写真を見ていた時に、バリーニに見つかったそうだ。
咎められたりはしなかったが、写真について色々聞かれ、バリーニも自分が持っている、大日本帝国に駐在武官として赴任していた時に、友人となった人物から譲られたという写真を見せてくれた。
それには、大日本帝国海軍軍人の制服を着用した、村主と神薙の2人が映っていた。
「へぇ・・・奇遇な事も、あるものだね」
「スグリ大佐と、カンナギ大佐について、色々聞かれました。それと、『個人の私物に、とやかく言う気は無いが、写真を見る時は気を付けろ』と、注意はされましたが・・・」
「まあ・・・そうだろうね」
個人的に、バリーニに、その写真を渡した人物が、誰なのかが気になる所ではあるが・・・
そう思いながら、コーヒーを口に含む。
「どうも、バリーニ提督は、カンナギ大佐に好意を持っているみたいです・・・」
「ブウゥゥゥゥ!!!」
とんでもない極秘情報を聞かされて、レイモンドはコーヒーを噴き出した。
「・・・本当に?」
村主ほど親しくは無いが、イージス護衛艦[あかぎ]艦長の神薙真咲1等海佐とも交流はした。
レイモンドの個人的評価でも、村主ほどではないが、神薙も十分美人ではあるが・・・
しかし、写真だけで好意を持つのか?と、突っ込まずにはいられない。
現時点で、レイモンドはバリーニが『海のカエサル』とか、『禿げていないカエサル』と、影で言われている程、女好きであるとは知らない。
「結婚はしているのかとか、恋人はいるのかとか、男の好みはとか、趣味は何だとか・・・色々、細かい事まで聞かれましたから・・・」
「・・・・・・」
当たり前のように自然な動きで、厨房から布巾を借りてきたマーティが、テーブルを拭きながら答える。
「・・・世界は広いようで、狭いものだね・・・」
それについてのレイモンドの感想は、それだけだった。
1時間程会話をして、マーティは先に帰って行った。
レイモンドとしては、食堂に来たのはチェリーパイを食べるためだけで無く、もう1つ目的があった。
食堂で働いている少年、カズマ・キリュウに会うためもあった。
以前、レイモンドは食堂で起こったゴタゴタで、賭けに負けて100ドルを巻き上げられている。
キリュウは、その事を相当気にしていたらしく、休日にレイモンドの官舎にやって来て、掃除や部屋の片付けをやってくれていた。
おかげで、部屋は見違える程キレイにはなったが・・・ただし、整理能力が皆無のレイモンドのせいで、毎週部屋は同じように、散らかった状態になっていたが。
キリュウに、休暇から戻って来た事を、伝えるつもりだったのだ。
しかし、キリュウの姿は無い。
休みなのかと考え、帰ろうとした時に、陽気で賑やかな一群と出くわした。
「おや?大尉殿・・・いや、今は少佐殿でしたね」
「ああ・・・あの時の・・・」
レイモンドを強制的に賭けに参加させた、海兵隊員たちだった。
腐れ縁と言うべきか・・・
結局、何だかんだで、レイモンドは、彼らと夕食を共にする事になった。
「・・・以前、君たちはカズマの事を、サムライボーイと呼んでいたけれど、何故なのかな?」
「おや?カズマと随分親しくなったと聞いていましたが、本人から聞いていないのですか?」
小隊軍曹である、1等軍曹が不思議そうに聞き返してきた。
「何度か聞いてみたけれど、はぐらかされてしまってね」
「ウ~ン・・・まあ、海兵隊にも色々ややこしい事情がありましてね・・・少佐殿になら、教えても差し支え無いか・・・ただ、内密に願いますよ」
そう前置きしてから、1等軍曹は語り始めた。
そもそもの発端は、連邦議会で議決された徴兵制の期限付の改正案である。
16歳以上の兵役義務と、16歳未満13歳以上の志願制での募兵制だ。
これにより、各地の軍の募集所に、大勢の若者が申し込みに来たのだが、16歳未満であるにも拘わらず、年齢を詐称して軍の募集所に来る少年たちも、多かった。
特に、陸海や新設された空軍より下に見られている、海兵隊の募集所を狙ってやって来る者たちもいた。
16歳未満の少年兵の募兵の目的は、あくまでも後方支援のためである。
困った事に、それに不満を持ち、前線への配属を希望する少年たちもいた。
いちいち細かく調べる程の時間も無く、どうせ訓練で音を上げると見越して、海兵隊は大人に成りすました少年たちも採用した。
「まあ、苦肉の策というか・・・何というか・・・まあ、思惑通り、ほとんどの少年たちは、訓練に耐えきれずに脱落していった訳ですがね・・・」
「ほとんど・・・という事は、中には訓練修了まで残った少年たちもいると?」
「そう。その内の1人が、カズマという訳です」
「ふうん」
確かにキリュウの身体能力の高さは、レイモンドも目の当たりにしているから、それは納得である。
「でも、何故日系人で編成された海兵隊に、行かなかったのかな?」
同時に、当然の疑問も浮かぶ。
ヨーロッパ戦線で、パットン将軍率いる第1機甲軍団が、サヴァイヴァーニィ同盟軍麾下の新ソ連軍地上軍との戦闘で、戦果を上げた事は、アメリカ本土でも大々的に伝えられ、国民の間でも、明るい話題となっている。
一部の新聞が、第1機甲軍団の指揮下で、奮戦した第442戦闘団の事と、彼らを称賛したパットン将軍の言葉を伝えた事で、国内での日系アメリカ人に対する風当たりも、幾分和らぎはしたが、まだまだ厳しい状態だ。
日系人のみで編成された海兵隊なら、ともかく。
偏見も厳しかったであろう、他の部隊に入ろうと、何故考えたのだろう・・・?
「まあ・・・同じ、日系人同士なら、年齢を誤魔化してもバレると、思ったのでは・・・少佐も、ご存知でしょうが、アイツは結構シャイですからね。あまり自分の事を、話さなかったでしょう?」
「シャイ・・・なの?」
結構、幕末とか、祖父について、話してくれたが・・・よく考えたら、殆ど、レイモンドが聞いた事にだけ、答えていただけだったような気がする。
「・・・話は長くなりましたが、入隊してきたカズマには、当然ながら皆、最初は敵意を持っていましたよ。陰口なら、まだ良い方で、露骨な嫌がらせをしたりとかね。教官の中にはカズマにだけ、無茶な訓練を強要したりした者もいます・・・しかし、アイツはそれを乗り切って、大人でも音を上げる訓練を耐え抜いた。毎日そんな姿を見ていたら、誰だって考えを改めますよ。それで、アイツの根性に敬意を込めて付いたあだ名が、『サムライボーイ』という訳なんです」
「ふうん、そうなんだ」
1等軍曹の話を、レイモンドはフムフムと頷きながら聞いていた。
「ただ、困ったのが、アイツを含めた訓練を修了した連中を、どうするかなんですが・・・俺たち海兵隊は、言ってみれば殴り込み部隊ですからね。いくら何でも、最前線のもっとも危険な場所に、子供を送る訳にはいきません。だから、16歳になったら正式に海兵隊員に迎えるという事で、今は准隊員待遇で、あちこちの軍施設で働いて貰っているという訳なのですよ」
「なる程」
色々、裏の事情があるという事だ。
海兵隊員たちと、色々な会話を交したレイモンドだったが、キリュウに関する事で、気になる事を聞いた。
海兵隊司令部に、件の第442戦闘団から連絡が入ったそうだ。
1等軍曹も、小隊長から詳しくは教えられていないが、キリュウの兄がワルシャワ防衛戦で、戦死したという事だそうだ。
そのため、キリュウは休暇を取って故郷に帰省しているらしい。
「カズマの両親は、カズマが産まれて直ぐに亡くなっているそうです。親代わりに育ててくれた祖父も、数年前に亡くなり、今度は兄まで・・・力になるとは伝えていますが・・・こんな事を頼むのは、厚かましいと思いますが・・・もしも、カズマが少佐に、何か相談しにくるような事があったら、少佐も、力になってやって欲しいのです」
1等軍曹の懇願を、レイモンドは承諾した。
しかし、ハワイ諸島に向けての出航当日になっても、キリュウに会う事が出来ず、後ろ髪を引かれる思いで、[インディアナポリス]に、レイモンドは乗艦する事になる。
食堂の料理長に、キリュウに宛てた手紙を言付ける事しか出来なかった。
両親と祖父が眠る墓の前で、キリュウは長い時間立ちつくしていた。
右手には、第442戦闘団の兄の上官から送られてきた戦死報告書が握られている。
悲しいはずなのに・・・胸が潰れそうなほど悲しいはずなのに、なぜか涙は出なかった。
『・・・生きろ・・・どれだけ不様で、情けない姿に成り果てようと、最期の最期まで生き抜け・・・これが、儂の兄から教えられた言葉だ・・・』
祖父は、生前何度もこの言葉を口にしていた。
しかし、キリュウには、この言葉の意味が理解出来なかった。
祖父の兄は、弟にそう告げたにも拘わらず、自分は上野の戦で、さっさとくたばったではないか。
ずっと、そう思っていた。
「もう、俺には失うものは、何も無い・・・」
右手の中の戦死報告書を握り締めながら、キリュウはつぶやいた。
お読みいただきありがとうございます。
誤字脱字があったと思いますがご了承ください。
次回の投稿は8月5日を予定しています。
次回よりハワイ会戦編に入ります。




