対米包囲網 第18章 ルーズベルトの決断 賽は投げられた
みなさん、おはようございます、こんにちは、こんばんは、お疲れさまです。
1942年6月初旬。
連合国アメリカ合衆国連邦政府、連邦議会は、ハワイ諸島奪還のため軍事同盟を締結している、アメリカを中核とするイギリス、ドイツ、イタリアの4ヶ国の陸海空からなる連合統合軍の派兵を、正式に決定した。
ワシントンD・C某公園。
大統領から直接の招請を受け、レイモンド・アーナック・ラッセル大尉は、ワシントンを訪れていた。
一介の大尉を、非公式とはいえ大統領が直々に招請するなど、まず有り得ない事なのだが・・・
海軍省が手配してくれたホテルのフロントに、荷物を預けて、大統領と面会するまでの時間を潰すため、レイモンドは公園で、のんびりとした時間を過ごすことにしたのだった。
時間を潰す為だけなら、ホテルのラウンジやレストランでも良いのでは?と、言われそうだが、利用する気にならなかっただけである。
「ポッポッポッ~・・・」
側で見ている人がいたら、ドン引きされる事請け合いだろう。
近くの屋台で買った、ドーナツを囓りながら、側に飛んできた鳩にドーナツを千切って投げ、ハワイに滞在していた時に、日本人に教えて貰った日本の童謡を歌うという奇行を、やっているのだから。
最初は2、3羽しかいなかったのに、レイモンドの座っているベンチの周囲には、どこで見ていたんだと言いたくなる程の、無数の鳩が群がってきた。
「・・・バードストライク・・・案としては、有りなのだけどね・・・」
ハワイ奪還戦において、レイモンドにとって脅威なのは、第1護衛隊群と、ヒッカム航空基地のF-15J改とF-2改を中心とするジェット戦闘機群である。
クック、クックと鳴きながら、地面に散らばったドーナツ屑を啄んでいる鳩を見ながら、つぶやいた。
数日前に、陸海空軍の合同での参謀会議の折、新設された空軍の作戦参謀の1人が、ヒッカム基地のジェット戦闘機群を、一時的にでも無力化する作戦の1つとして、提案してきたものだ。
既に、ジェット戦闘機を実戦に投入しているドイツ国防軍空軍で、運用中に起こった事故の報告書等からヒントを得たらしいのだが、簡単に説明すれば、こちらの爆撃機の攻撃に合わせてヒッカム空軍基地上空に、野鳥の大群を放鳥し、ニューワールド連合空軍のジェット戦闘機の離陸を阻止するというものであった。
この余りにも奇天烈な案は、満場の失笑と共に即座に却下されたが、レイモンドとしては悪くないと思ったのだった。
理由はある。
その場にいる参謀たちの大半が知らない未来。
2009年1月に、ニューヨークの空港を離陸直後の民間旅客機が、鳥衝突により両エンジンが停止し、ハドソン川に不時着水するという事故がある。
ちなみに、この鳥衝突と言われる事象は、航空機だけで無く、高層ビルの窓ガラスに鳥が突っ込むとか、走行中の車輌や列車に突っ込む等といった事も含まれる為、航空機だけに限定されるものでは無い。
ヘリコプター搭載護衛艦[いずも]のDVD上映会で、その民間旅客機不時着水事故と、その後の奇跡を描いた映画を観たし(面白かったし、感動した)、その事故の実際の資料や、その他のバードストライクに関する航空事故の資料も調べる事が出来たので、その案が荒唐無稽な、机上の空論とは思わなかった。
スクランブル中のFー15J改のエアインテーク(空気吸入口)に、鳥が吸い込まれれば、ジェットエンジンが停止、若しくは不調を起こし、墜落までいかなくても、離陸を不能に出来るであろうし、コックピットや機体に衝突すれば、損傷も免れない。
それが無理でも、野鳥の大群が航空基地上空を埋め尽くすように飛び回れば、離陸したくても出来ないだろう。
その間隙を突いて、爆撃機による爆撃で基地機能を無力化させられれば、重畳だ。
ところで、人為的にバードストライクを起こすのが可能なのか?という点だが、これもアメリカ映画で、考古学者で冒険家という人物を主人公にしたアドベンチャー映画の中で、ナチス・ドイツの航空機を撃墜するシーンがあった・・・
まあ、これは物語の主人公がやるから成功するのであって、参考にするには無理があり過ぎるだろう(ストーリーは、文句無く面白かったので、それはそれで良い)。
レイモンドが、その案に興味を持ちながらも、手放しで賛成出来なかったのも、作戦を実用可能な状態まで持っていくようシミュレーションする事が、どうしても出来なかったからである。
「・・・う~ん・・・どちらにしても、これは奇策の類だからね・・・現実的には、難しいだろうし、無理だね・・・」
これが、戦争映画の一場面であれば、観客が「あっ!?」とか、「おっ!!」と、言うようなスペクタルシーンに、なるかも知れないが・・・
問題点を挙げるなら・・・
そもそも、航空基地の機能を麻痺させる程の数の野鳥を、どうやって調達するのか?(ハワイに生息する野鳥を使うにしても、まさか、エサで呼ぶ訳にはいかない)
仮に、アメリカ本土で調達したとして、その運搬方法は?(輸送艦に積み込んだとして、それらに与えるエサの量は膨大であるだろうし、それに比例して糞の始末や、とんでもない音量の鳴き声の騒音に、輸送艦の乗員が悩まされるのは、想像に難くない)
そして、一番の問題が、無事ハワイ諸島近海まで運搬出来たとして、いざ放鳥して、こちらの思い通りに、ヒッカム航空基地まで飛んで行くかどうか・・・
鳥からすれば、「そんなの関係無いね」と、ばかりに、こちらに群がる可能性もある(味方の空母機動部隊に、大群で飛来されでもしたら、本末転倒である。レシプロ機でも、バードストライクで墜落する事例は、有るからだ)。
これらを含めた理由から、レイモンドも、この案に現時点では、不可の判を押すしか無いのだった。
だからと言って、代案も思い浮かばないとあっては、無責任に反対だけを主張する事も出来ない。
(・・・地道な正攻法しか無いと思うけれど・・・それでは、こちらの損害の方が大きい・・・さて、どうするかな・・・?)
物思いに耽って、エサをやる手を止めていたせいか、レイモンドの周囲の鳩たちが、催促するように、レイモンドの肩や頭に止まってくる。
中には、ツンツンと頭を突いてきたり、手に止まって、食べかけのドーナツを突いている鳩までいる。
「痛い!痛い!ああ、ちょっと、ちゃんとあげるから!これから大統領に会うのだから、制服を汚すのは勘弁して~!!」
スラックスの膝の上に、ドーナツ屑を落とされて、レイモンドは、ギャーギャーと悲鳴を上げる。
「・・・・・・」
「?」
鳩に全身纏わり付かれている状態で、人の気配を感じて顔を上げた。
厳つい顔の背広姿の男が、引きつった表情で立っていた。
「・・・何方ですか?」
「・・・レイモンド・アーナック・ラッセル大尉・・・ですね?」
「そうですよ」
顔面を、ピクピクさせながら、辛うじて声を絞り出す男に、和やかな微笑を浮かべて答える。
レイモンドの頭の上では、鳩がドヤ顔で鎮座している。
「・・・大統領補佐官のマシュー・ルイスです。大統領の命令で、お迎えに参りました」
「それはどうも」
「よいしょ!」と、かけ声を掛けて立ち上がる。
それに驚いたのか、レイモンドの周囲にいた鳩が、一斉に飛び立った。
「うわっ!?」
それで起こった風に、ルイス補佐官は、小さく叫んだ。
「!!・・・これ・・・いけるかな?」
ふと、思い付いたレイモンドは、再びベンチに座り直して、手帳を広げて何かを書き込み始めた。
「・・・あの・・・ラッセル大尉・・・?」
「ちょっと待って!忘れないうちに、メモしとくから・・・」
「・・・・・・」
何処までもマイペースなレイモンドに、ルイス補佐官は、もの凄~く不安を覚えた。
ルイス補佐官に案内されて、レイモンドはホワイトハウス内の通路を歩いていた。
(・・・そう言えば、ホワイトハウスって、UFOの攻撃で破壊されたり、テロリストに占拠されたり・・・結構壊されているな・・・)
この場所で、思い出す話としては縁起でも無い。
(日本でも、水爆実験で生まれた怪獣に、国会議事堂が破壊されていたっけ・・・あくまでも映画の中とはいえ、国家の重要な建造物を壊すって、アメリカ人も日本人も、変な所が似ているな・・・)
あくまでも、映画の中の話で・・・では、ある。
・・・一体、ハワイで何をしていたのか・・・?
と、突っ込まれても文句は言えないだろう。
「大統領。レイモンド・アーナック・ラッセル大尉を、お連れしました」
大統領執務室の扉をノックして、ルイス補佐官が声を掛ける。
「入り給え」
部屋の中から聞こえた声と共に、扉が開いた。
制服の襟を正し、深呼吸をしてレイモンドは執務室に入った。
「アメリカ合衆国海軍太平洋艦隊司令部付作戦参謀レイモンド・アーナック・ラッセル大尉。大統領のご命令により、出頭しました」
挙手の敬礼と共に、そう告げる。
「ラッセル大尉。困難な任務を良く遂行してくれた。まず、礼を言わせて欲しい。ありがとう、良く無事に帰還してくれた」
執務机の前から立ち上がった、アメリカ合衆国大統領フランクリン・デラノ・ルーズベルトは、レイモンドの前に歩み寄ると、右手を差し出した。
「恐れ入ります」
レイモンドは、その手を握る。
ハワイから帰還した後に知った事だが、レイモンドのハワイ準州への潜入任務の発案者は、ルーズベルトだったそうだ。
もっとも、その人選をしたのは海軍省なので、取りあえず誰でも良かった・・・位の、大した期待を持たれていなかった、任務であったらしい。
レイモンド個人としては、得るものが多かったので、その点は何とも思っていないが、変に持ち上げられるのは、正直勘弁願いたい事ではある。
まあ・・・それはそれ、これはこれ・・・である。
「君の持ち帰ってくれた情報は、我々の対日戦略に1つの方向性を示してくれた。非常に感謝している」
「大統領。その事について、1つ伺いたいのですが、宜しいでしょうか?」
「何かね?」
「ニューワールド連合の特使として、派遣されてきたハート大将閣下に、ついて・・・です。ハート大将閣下の方が、私などより詳しく彼らの事を存じていらっしゃるはずですが・・・大将閣下からの報告の方が、私の報告より遥かに重要と考えますが・・・?」
ルーズベルトは、僅かに表情を変えた。
「確かに、彼のもたらした情報は、君以上だった。しかし・・・それは、とても受諾出来る物では無い。ニューワールド連合は、決して我々を隷属化しようと考えてはいない、それは言える。だが、彼らからの提案。それに甘んじてしまう・・・それは、我々が我々で無くなってしまうという事を意味する。機密事項に関わるため、これ以上は、国民の1人である君に、まだ言う事は出来ない。それと、ハート大将の身柄については、現在軍病院に入院という措置を取っている」
「わかりました」
現状、政府はニューワールド連合について、国民に公表していない。
それを考えれば、ハートに対する措置も、やむなしであろう。
入院と言えば、聞こえは良いが・・・
要は、監禁している・・・というのが、本当だろう。
ハートからアメリカ政府に伝えられた事を、今は知る事が出来ないが、想像をする事は出来る。
そう思い、レイモンドは、これ以上は尋ねない事にした。
尋ねても、答を得る事は出来ないであろうから・・・
「・・・そこで話は変わるが、君に尋ねたい。これは、私の個人的な質問であり、公式では無い。君の忌憚なき意見で構わない。未来人たちは、どのような人物であったのか?」
「私が関わる事が出来たのは、ほんの一部分の人々に過ぎません。そのため彼らすべてが、どのような人物であるのか?と言われれば、分かりかねます。ですが、その関わりを持つ事の出来た人々についてであれば、彼らは、我々と変わらない普通の人間・・・善良な隣人と言って良いかと思います」
[いずも]で出会った人々の顔を思い出しながら、レイモンドは告げた。
「大日本帝国は、彼らにより乗っ取られたと言う意見もあるが・・・その点については、どう考える?」
「・・・それは、正しくもあり、間違っていると思います。確かに、彼らが関わる事により、大日本帝国は、その有り様を大きく変えました。当然、その変容を受け入れない勢力との諍いもありました。一昨年、昨年の大日本帝国内で起こった混乱が、その証拠でしょう。ですが、それを乗り越えて一定の共存関係を、構築する事に成功しています」
「それをなし得た理由は?」
「未来人と、現代人とでは、多少の考えの違いはありますが、日本の皇室に対する不変の尊敬と敬愛の心。これが、未来と現代の日本人の心を繋ぐ事が、出来たのだと思います」
あくまでも、これはレイモンドが分析し考察した上での意見ではある。
個人的に、あまり的は外してはいないだろうとは考えている。
「ふむ。それが君の日本人に対する分析かね?・・・だとすると・・・いや、何でもない」
「?」
何やら言いかけて、ルーズベルトは口籠もった。
「実に有意義な意見だった。君の知略が、来たるべきハワイ奪還戦で、成功の一助となるよう祈っている。今日はご苦労だった」
「微力を尽します」
再び握手を交し、ルーズベルトとレイモンドの会談は終わった。
「・・・ハワイ奪還戦と、同時進行で計画されている、大日本帝国内の不満分子とのテロ計画は、成功は難しいかもしれんな・・・」
レイモンドの意見から判断すれば、大日本帝国人と未来の日本人との結束力は、思った以上に強固と、言わざるを得ない。
やはり、これはハワイ奪還に焦点を絞るべきだろう。
テロに関しては、彼らの後背を脅かす程度の成果があれば、十分とするべきだ。
ルーズベルトは、誰もいない執務室の窓際に歩み寄り、外を見る。
ホワイトハウスの敷地外では、主戦論派、反戦論派の団体が、それぞれデモ行進を行なっている様子がわかる。
ここ数ヶ月は、デモ活動の行き過ぎで、双方の団体が乱闘騒ぎを起こすのが、日常茶飯事となっている。
彼らの意思を1つに纏めるには、どうするべきか・・・
「やはり、スペース・アグレッサーの正体について、国民に公表すべきであろうな・・・そして、その目的についても・・・」
それはそれで、新たな混乱を生むであろうが、ここまで国民の心情が乖離していては、軍事行動を起こすにしても、支障が出るのは明白である。
ルーズベルトは、難しい政治的判断に、頭を悩める事になる。
「・・・あれは?」
ホテルへ戻る途上、車の後部座席からワシントンD・Cの街並みを眺めていたレイモンドは、プラカードを掲げて練り歩く集団に目を止めた。
「ああ・・・反戦を主張する団体の、デモ行進ですよ。ほとんど毎日のように目にしますから、もう慣れっこですね。色々な団体が、入れ替わり立ち替わり、主張を繰り返していますから・・・ワシントンだけでも、10幾つかの団体がありますよ」
ルイス補佐官の言葉に、レイモンドは横に首を振った。
「いえ、デモ行進なのは分かりますけれど・・・先頭でプラカードを持っているのは、子供ですよね?」
どう見ても、10歳にも届いていないのでは?と思われる、少年少女たちが団体の先頭でプラカードを掲げている。
「13歳以上16歳未満の少年たちの募兵に、反対を主張する団体ですからでしょう」
「・・・・・・」
補佐官の言葉を聞いて、レイモンドは言葉を失った。
主張をする事は、構わない。
しかし、それなら何故子供を使う?
抗議活動は、民主主義の国家では一般市民の政治的活動として、言論の自由の1つとして保障されている。
ただし政治活動とは、国によっては、一種の準軍事的行動と見られる場合もある。
彼らの主張でいけば、16歳未満の少年たちの募兵に反対しているのだ。
準軍事的と取られかねない政治活動に、明らかに13歳にもなっていないような子供たちを使っている時点で、その主張は本末転倒も甚だしい。
子供を盾に、自分たちの主張を通そうという姑息な手段を使う大人たち・・・
その下劣な遣り口に、嫌悪感を覚えて、レイモンドは視線を、その団体から逸らした。
「!?・・・ちょっと、車を止めて!!」
視線を逸らした先で見かけた人の姿に、レイモンドは叫んだ。
「・・・カズマ・・・?」
急停車した車から降りたレイモンドは、左右を見回した。
サンディエゴ海軍基地の食堂で働いているはずの、日系アメリカ人の友人らしき姿を見たと、思ったからだったのだが・・・
「どうされました、ラッセル大尉?」
「いいえ・・・すみません、知り合いを見かけた気がしたのですが・・・気のせいだったようです・・・」
「・・・・・・」
どう考えてもカズマが、ここにいる訳が無いのだ。
自分の迂闊さに、苦笑した。
その後、サンディエゴ海軍基地に戻ったレイモンドは、それと相前後するように、少佐への昇進の辞令を受ける事になる。
この異例とも言える昇進に、海軍内では様々な憶測が広がる事になる。
ワシントンD・C某所。
「ボス、あまり1人でチョロチョロ徘徊しないで下さいよ。ここで、うかうかしていて市警察に目を付けられたら、我々の計画が水の泡なのですから・・・」
「徘徊って・・・敵情視察と言え」
「似たようなものでしょう」
「・・・・・・」
桐生隼也は、ムスッとした表情を浮かべた。
「心配無い。俺の隠身を見破れるのは、俺のお袋と、師匠くらいだ・・・それより、Xデーに向けての準備は、抜かりないだろうな。それと、監禁されているハート閣下と、ドールマン閣下の救出も、同時進行で行なう。別働隊との連絡は、万全だろうな?」
「ノープロブレム。いつも通り、チャッチャと終わらせましょう!」
「デューク。いつも、いつも言っているが、今回は、皆殺しは無し・・・だぞ。元の時代の麻薬組織殲滅とは訳が違うんだ。ターゲット以外の殺害は、厳に禁ずる!」
「分かっていますって、始末書は、いつも通りボスが・・・と、言う事で・・・」
「てっ!!オイ!!全然、分かっていないだろう!!」
ニューワールド連合文民諜報機関CIA外部機関[ケルベロス]は、既にアメリカ国内に潜入し虎視眈々と、その機会を窺っていた・・・
対米包囲網 第18章をお読みいただきありがとうございます。
誤字脱字があったと思いますがご了承ください。
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