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対米包囲網 第17章 戦争の狭間 歴史に翻弄される者 抗う者

みなさん、おはようございます、こんにちは、こんばんは、お疲れさまです。

 1942年5月。


 ワシントンD・Cに、激震が走った。


 ハワイから帰還した、1人の海軍士官からの情報で、パシフィック・スペース・アグレッサー軍の正体が判明したからだ。


 ニューワールド連合軍。


 自分たちの時代の連合国軍、枢軸国軍を中核とする未来の多国籍連合軍である。


 徹底した箝口令の下、政府と連邦議会は今後、いかにすべきかで様々な議論を交した。


 講和か・・・徹底交戦か・・・


 どちらを選ぶか・・・である。





 同年5月下旬。


 アメリカ合衆国連邦議会は、上下各院で僅差ではあったが賛成多数で、ハワイ奪還作戦の決行を決定した。


 この作戦の成功の成果の元、大日本帝国及び、ニューワールド連合との講和に向けた、外交を開始する・・・


 簡単に説明すれば、これが決議案の概要である。


 ただ、大日本帝国に味方する未来軍(ニューワールド連合軍)については・・・国民に、どのタイミングで知らせるのか?それとも、知らせるべきか否か・・・


 これについては、賛成派、反対派、どちらもが混乱を避けるために、今の段階で事実を明らかにするのは、時期尚早であるという意見が、大半を占めているのであった。





 ワシントンD・C某所。


 アメリカ合衆国連邦議会上院議員であるジュード・ウォール・ホイルは、とあるコーヒーショップで、知人を待っていた。


「お待たせしてしまって、申し訳ありません」


 2人の女性が、ウエイトレスに案内されて、ホイルの前に姿を現した。


「いやいや、私も少し前に来たところだよ。久し振りだね、シンディー」


「はい、お元気そうで何よりです。おじさん」


 ホイルは、笑みを浮かべて立ち上がると、シンディーと呼びかけた女性と、ハグをする。


 女性は、ホイルの支援の下、反戦活動に身を投じている、シンディー・プラウトンである。


「少し、痩せたのでは無いかね?無理をしては、いけないよ」


「いいえ、私たちの活動を、理解し、支援してくれる人々が、少しずつ増えています。辛い事や疲れる事もありますが、私たちの声に耳を傾けてくれる人々が、私たちに勇気を与えてくれているのです」


「そうか・・・」


 ホイルは、微笑を浮かべて答えた後、プラウトンの側にいる女性に視線を向けた。


「こちらの女性は?」


「紹介します。私たちの活動の支援を表明してくれた、元ジャーナリストのアンジュラ・バトラーさんです」


「お初にお目にかかります。アンジュラ・バトラーです」


「そうですか。よろしく、ミス・バトラー」


 ホイルとバトラーは、握手をする。


「・・・もしかして、連邦議会のバトラー下院議員の?」


「はい。父を、ご存知なのですか?」


「勿論だ。今回のハワイ奪還戦の決議で、強硬に反対意見を主張されたからね。しかし、1つ疑問なのだが・・・バトラー下院議員は、元々は対日主戦論派だったはずだが、何故主張を180度転換したのかね?彼の支持層からは、随分と非難されたそうだが・・・」


「それを・・・ホイル上院議員に聞いて頂きたくて、ミス・プラウトンに無理を言って、同席させて頂きました」


「ふむ。どうやら、とても重要な事の様だね。ここでは、何だ。私のオフィスへ来たまえ」


 ホイルはバトラーの表情から、彼女の告白が極めて重要な事だと察した。





 ホイルは、自分のオフィスへ2人を案内し、応接室の椅子を勧める。


「実は・・・」


 バトラーは、連合国軍による日本本土への、侵攻作戦が行なわれた時の事を語り始めた。


 自分の勤めていた報道局の上司と2人で、特ダネを狙って、大日本帝国へ不法入国をした事。


 立入禁止区域で目撃した、箱のような建物から発射される無数のロケット弾の事。


 警備兵に発見され、逃走した事を、詳しく話した。


「・・・何て、無茶な事を・・・」


 話を聞き終わってホイルは、つぶやくように感想を述べた。


「・・・それにしても、よく無事に国外へ脱出できたものだ・・・」


 大日本帝国の防諜能力は、この1年余りで格段に進歩している。


 政府や軍情報部等も、諜報員や工作員を次々と送り込んでいるが、ことごとく失敗に終っているそうだ。


 ジャーナリストといえど、ただの民間人を、こうも易々と取り逃がすとは考え難い。


「・・・上司は、私を逃がすため、追ってきた警備兵に立ち向かっていきました。上司の行方は、未だに分かりません・・・銃声が聞こえたので、もしかしたら・・・」


 バトラーは、沈んだ口調で言葉を切った。


 彼らが目撃したものが、重要な機密であれば・・・拘束が不可能と判断されれば・・・


 ホイルは、その先を考えるのを止めた。


 分かりきった事だからだ。


 しかし、これではバトラーが反戦活動に協力する理由が、理解できない。


「ミス・バトラー。貴女は何故、助かったのかね?」


「あの後、私は逃げる途中で、足を滑らせ崖から転落しました。怪我を負い、意識を失っていた私を見つけた老夫婦が、私を介抱し、匿ってくれたのです」


「・・・・・・」


「その夫婦は、日本の警察に賞金付で手配されていた私を、全財産を叩いて中立国の貨物船に、乗船出来るように手配してくれたのです」


 彼女の容姿を見れば、明らかに外国人である事が分かるはずである。


 それを、賞金に目もくれず、場合によっては、反逆行為として処罰される可能性すら有るにも関わらず、逃がしたというのか・・・


「信じられない・・・」


 思わずホイルは、つぶやいた。


「その老夫婦は、私にこう言いました。『自分たちには、3人の息子がいる。2人は満州で戦死した。2人の息子が、軍人として立派に御国の為に働いてくれた事は、誇りに思っている。しかし、親としては子供に先立たれるほど、辛い事は無い。貴女にも、ご両親がいるだろう。国が違っても、親の心は変わらないはずだ。もう二度と、ご両親を悲しませる事は、してはいけないよ』と・・・」


「・・・・・・」


 バトラーの言葉を、ホイルは無言で聞いていた。


「・・・その後、アメリカに戻った私は、軍や政府の人から、聴取を受けました・・・聴取と言えば、聞こえは良いですが、ほとんど尋問でした。どんな手段を使ったのか、日本人と何だかの密約でもしたのか・・・とかです。あの時撮影した写真も、カメラごと没収されました。私が情報機関に、拘束されていると人伝てに聞いた父が、色々と働き掛けなければ、私は今も拘束されたままだったでしょう。父には、すべてを打ち明けましたが、父は政治家です。自分の娘の事だけで、考えを変えたわけでは無いと思います。父は、自分で考え、決めた事を実行しているのだと思います。私も、私の考えで動きます。私の体験した事、思った事を多くの人々に伝えたいのです。アメリカ人も、日本人も、国は違えども、家族を愛する心は変わらないと。同じ、家族を愛する心を持った者同士、武器では無く対話で平和を築けると・・・それを主張するために、ミス・プラウトンの活動に参加させて頂く事を、決めたのです」


「・・・・・・」


 ホイルは、バトラーの言葉を、頷きながら聞いていた。


 しかし・・・


 彼女たちが、知らない事がある。


 大日本帝国に、味方している未来軍。


 恐らく、未来の日本人だけなら、彼女たちの考える通りの対話による解決も、1つの可能性としてある。


 しかし、アメリカ人は違う。


 何故、たった200年程度の歴史しかない国家が、これ程強大なのか・・・


 それは、アメリカだからである。


 自分たちがそうであるように、彼らもまた、彼らなのだ。





 所変わって、サンデイエゴ海軍基地。


 基地内の食堂の厨房で、皿を洗っていたキリュウに、同僚のアフリカ系アメリカ人の少年が、声を掛けてきた。


「おい、カズマ」


「何だ?」


「・・・また、来ているぜ。あの人・・・」


「・・・・・・」


 非常に迷惑そうな表情で、キリュウはカウンターの方を振り返る。


 カウンターから、厨房を覗き込むようにして、こちらに手を振っている海軍士官がいる。


「・・・・・・」


 キリュウは、無視をする事に決めた。


 どういう訳か、数日前の食堂での喧嘩以来、あの海軍大尉は、自分にかなり興味を覚えたらしいのだが、何故そうなったのか、全くもって理解不能である。


「そんなに、つれなくしなくても・・・」


「・・・あのな・・・」


 軽く舌打ちをして、キリュウは濡れた手をタオルで拭った。


 一度、はっきりと言っておくべきだろうと思ったからだ。


「やあ。元気?」


「・・・・・・」


 カウンターの方に出て来たキリュウに、レイモンドは朗らかに声を掛ける。


「・・・あの100ドルの事なら、俺が時間は掛かっても、必ず返す。それで良いだろう?」


「別に、そんな事を言いたいんじゃ無いよ。あれはあれで、100ドルを賭ける価値はあったって言ったよね」


「・・・だったら何だ?アンタに付きまとわれているせいで、仲間から変な事を言われて困っているんだ」


 露骨に嫌そうな表情で言うキリュウに、まったく堪えていない風に、レイモンドは笑顔を浮かべている。


「付きまとうって・・・僕は、ストーカーじゃ無いよ」


「だから、何なんだ!?付きまといは、付きまといだろう!!」


 双方の言葉の意味は、どちらも間違っていないだろうが、レイモンドが認識している、ストーカーと、キリュウの認識している、付きまといの意味は、似ていて非なるものかも知れない・・・


 ただ、これでは会話は、平行線のままである。


「君に、聞きたい事があるんだ。仕事の邪魔になるのなら、休日でもいいよ。話を聞かせて貰えないかな?」


「・・・・・・」


 NOと言っても、絶対諦めそうに無い。


「分かった・・・」


 根負けしたキリュウは、ため息を付いて、そう答えた。


「サンキュー、カズマ。あっ、僕の事は、レイモンドと呼んでよね」


 本当に嬉しそうに言うレイモンドに、再びため息を付く。


「・・・念のために言っておくが、俺に日本の事を聞いても無駄だからな。俺は、ルーツは日本人だが、生れも育ちもアメリカなのだからな」


「分かっているよ。僕が聞きたいのは、君のお爺さんの若い時の話だよ。幕末の話は、ハワイでも色々聞いたけれど、近親者にも話を聞きたいんだ」


「?」


 随分と日本と日本人に興味を持っているらしいのは分かったが、何故そこまでレイモンドが拘っているのかまでは分からなかった。





 数日後、約束通りキリュウは、レイモンドの官舎を訪れた。


「いらっしゃい。少し散らかっているけれど、気にしないでね」


 私服姿のレイモンドに案内されて、居間に足を踏み入れたキリュウは、思いっ切り眉を顰めた。


「・・・少し?・・・どこが?」


 足の踏み場も無い・・・と、までは言わないが、居間のソファーやテーブルの上には、書籍や、何かの資料と思しき紙の束が積み上がって、一部は崩れて散乱している。


 取りあえずテーブルの一部で食事をするスペースぐらいは、辛うじて確保されているといった状態であった。


「まあ、色々と忙しくて・・・整理をする暇が無くてね・・・」


 キリュウのこめかみに、2、3個の怒りマークが浮かんでいる様に感じて、レイモンドは肩を竦めた。


「・・・邪魔にならない所にいろ」


「・・・はい」


 何やら、キリュウの心の中の何かに、火が着いたらしい・・・


 何とも言えない凄みを感じて、レイモンドはキッチンに速攻で避難した。





 1時間後。


 居間は見違える程、綺麗に片付いていた。


「・・・この部屋、こんなに広かったんだ・・・」


「アンタの家だろ!!」


 他人事のように、感心しているレイモンドに、キリュウは突っ込みを入れた。


「で、俺の爺さんの話だったな」


「そう、そう。あっ、ちょっと待って。これを見て貰えるかな?」


 そう言いながらレイモンドは、幾つかに分けられた資料の山の中から、1つの資料を引っ張り出そうとした。


 そのせいで、また資料が散らかる。


「言っている傍から、散らかすな!!」


「・・・はい」


 これでは、どちらが大人か子供か、分からない。


 レイモンドは、苦笑を浮かべた。


「取りあえず、コーヒーを入れてくるから、適当に座っていて。この資料を読んだら感想を聞かせて欲しいんだ」


「分かった」


 それ程厚く無い紙の束を受け取ったキリュウは、ソファーに座って資料を読み始めた。


 その間に、レイモンドはコーヒーを淹れにキッチンへ向かう。


 レイモンドが戻って来た時には、キリュウは資料を読み終えていた。


「随分と、幕末の事を調べているんだな」


「まあ、ちょっと興味があってね」


 そう言いながら、レイモンドはコーヒーの入ったカップと、皿に盛った大きなドーナツを、綺麗に片付いて広々としたテーブルの上に置く。


「ハワイで会った日本人が、こう言っていたんだ。『幕末には、2つの考えに分れた日本人同士の大きな内乱が起こった。それは、それぞれの正義を信じる者同士の戦いだった』と・・・それは、善と悪では無く、違う信念同士の戦いだとね」


「・・・甘々な考えだな。爺さんが日本にいた時に比べたら、明治の世になって、武士が刀を捨ててから随分と惰弱になったんだな、日本人は・・・勝てば官軍、負ければ賊軍。勝たなければ信念だ何だと言っても意味が無い」


「そうかな?イギリスのチャーチル首相は、ドイツ第3帝国との戦争で、イギリスが劣勢に立たされていた時に、こう言ったそうだよ。『勇敢に戦った国は、負けても復活できるが、戦わずに屈した国に未来は無い』一字一句その通りじゃないけれど、それぞれの正義を掲げて戦った日本人、どちらにもそれが言えるのではないかな?」


 厳しい駄目出しをするキリュウに、レイモンドは、自分の考えを言ってみた。


「下らない戯れ言だ・・・朝敵とされた会津藩が、どんな目に遭ったか・・・アンタは、一部分しか見ていないで、勝手に全体を判断している」


 中々、厳しい意見だ。


 レイモンドは、楽しくなってきた。


 ハワイでは、よく村主と意見を交したが、キリュウと話していると、彼女と話をしていた時のような充実した高揚感を覚える。


 何やら、目を輝かせているレイモンドに、理由が分からないキリュウは、内心で首を捻っていた。


 キリュウは、ポケットから1枚の写真を取り出し、レイモンドに見せた。


 その白黒の写真には、紋付き袴姿の厳つい表情を浮かべた、20歳前後と思われる2人の男が写っていた。


 2人のうちの1人の男は、理由は分からないが、片方の羽織の袖が、不自然な形で下がっている。


「俺の爺さんと、爺さんの双子の兄だ」


 時の流れを感じさせる古い写真だった。


 目元がカズマに似ているなと、レイモンドは感じた。


「上野戦争が起こる数日前に、横浜の外国人居留地の写真館で撮影したそうだ。この戦争で、爺さんの兄は彰義隊に参加して、薩長軍と戦い、討ち死にしたそうだ」


「ええと・・・ショウギタイ、ショウギタイ・・・と。あっ、これだね。江戸城の無血開城に反対する幕臣たちや旧幕府軍が、結成した隊だね」


 資料を捲りながらレイモンドは、該当するページを探し出した。


「君のお爺さんは、参加しなかったの?」


 当然の疑問を口にすると、キリュウはムッとした表情を浮かべた。


「爺さんは、鳥羽伏見の戦いで、片腕を失った・・・参加したくても、爺さんの兄に『そんな身体では、足手纏いになる』と、止められたそうだ」


「ええと・・・トバフシミ、トバフシミ・・・と」


 些か気分を害しているキリュウを尻目に、レイモンドはページを一生懸命捲っている。


 奇妙な雰囲気の中で、レイモンドの質問に答えていくキリュウ。


 何とも言えない、空気の中で時間が、ゆっくりと過ぎていく。


「・・・実の兄に見捨てられ、失意のどん底だった爺さんは、日本を捨て新天地のアメリカで、新しい生き方を見つけた。俺は、爺さんを見捨てた国や、爺さんの兄を許さない。俺はアメリカ人として生き、アメリカ人として死ぬんだ」


 最後にキリュウが言った言葉が、レイモンドの心に残った。





 すっかり夕闇が深くなった頃、夕食を食べていくようにと勧めるレイモンドの言葉を断って、キリュウは帰って行った。


(カズマ・・・君は、否定するかもしれないけれど、君のお爺さんのお兄さんは、自分の弟に生き続けて欲しかったんだと思うよ・・・)


 キリュウを見送りながら、レイモンドは心中でつぶやいた。


 彼の祖父は生き抜く事で、自分や自分の兄の事を、子や孫に伝えるという選択をしたのだろう。


 だから、孫のキリュウは、日本の事を知らないと言いながら、祖父の若い時代の事を、詳しく知っている。


 公の歴史は、常に勝者の側の歴史だ。


 しかし、敗者だったからといって、歴史に埋もれる事は無い。


 それを、どんな形でも伝え続ける者がいる限り・・・


「スグリ大佐・・・貴女の国の人々は、とてつもなく厄介ですね・・・負けても、只では起き上がらない・・・正直、敵に回したくないですよ・・・」


 暗くなり、星が瞬き始めた空を見上げて、レイモンドはつぶやいた。

 対米包囲網 第17章をお読みいただきありがとうございます。

 誤字脱字があったと思いますがご了承ください。

 来週は、ゴールデンウィークのお休みを、頂きたいと思います。

 次回の投稿は5月7日を予定しています。

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