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対米包囲網 第16章 作戦参謀のマイペースな日常 後編 場外乱闘の決着とその顛末

 みなさん、おはようございます、こんにちは、こんばんは、お疲れさまです。

 元北太平洋艦隊巡洋艦部隊司令官であった、チャールズ・ホレイショ・マクモリス少将は、太平洋艦隊司令部からの命令で、ミッチャー少将率いる奇襲攻撃艦隊の護衛として、サンディエゴ軍港に入港して後、中将への昇進と、太平洋艦隊総参謀長への就任の、辞令を受けた。





 マクモリスは、連日の参謀会議に出席しつつ、自分の麾下の作戦参謀たちから提出される、様々な作戦案に目を通し、陸軍や、新設された空軍、海兵隊の参謀たちとの合同会議を行なう等、多忙な日々を送っている。


 そのマクモリスの執務室に、1人の客人が訪ねて来た。


 戦時特例により昇進した、アレクサンダー・ヴァンデグリフト大将である。


 彼もまた、海兵隊総司令官に就任の、辞令を受けていた。


 ヴァンデグリフトが、マクモリスの執務室を訪れたのは、海軍と海兵隊で行なわれた強襲上陸作戦の演習内容で、個人的に疑問を感じた点を、直接質問する為であった。


「マクモリス中将、今回の合同演習の件だが、何故、水際防御を想定しない訓練であったのかね?」


 応接用の椅子に腰掛け、開口一番ヴァンデグリフトは、そう尋ねた。


「恐らくハワイ奪還戦では、水際防御は無い可能性が、大だからです」


「何故?」


「これを、ご覧下さい」


 マクモリスは、2つの資料を見せた。


「・・・・・・」


 ヴァンデグリフトが、資料を読み終えるまでの暫くの間、マクモリスは従卒が持ってきたコーヒーを飲んでいた。


「・・・これは?」


「1つは、1944年6月に開始された、ノルマンディー上陸作戦。もう1つは、1945年2月に開始された、硫黄島の戦いの資料です。どちらも、我々の知らない別の未来での、戦闘の記録です」


「例の海軍士官が、持ち帰った資料かね?」


「そうです。この資料と彼の考察から、水際防衛の可能性は低いと、判断しました」


「・・・ううむぅ・・・確かに。強襲上陸は、上陸地点を選択できる攻勢側に利がある。防衛側の立場で考えれば、広範囲に水際陣地を築くより、上陸させた敵を内陸部に引き込んで、遊撃戦とゲリラ戦を仕掛けて消耗させ、機を見て本格攻勢を掛ける・・・そうなれば、こちらが被る損害は、かなりのものだろう・・・橋頭堡を確保しても、いつ伏撃を受けるかと考えれば、防衛のために相当数の装備と兵員を、確保しなくてはならなくなる」


 ヴァンデグリフトは、腕を組んで考え込んだ。


 何しろ、上陸して橋頭堡を確保するにしても、侵攻を開始するにしても、最初に行動をするのは、殴り込み部隊と言われる、彼の指揮下の海兵隊である。


 どれだけの被害が出るか、想像しただけでも、ゾッとする話である。


 それを、承知で命令を下すのは、自分である。


 これは、神の与えた給うた試練であるなどと、無責任に宣う者がいれば、ヴァンデグリフトは容赦無く、その舌を引っこ抜いてやるだろう。


「今回の演習内容に付いては理解した。しかし、問題なのは陸軍の思惑だ。連中は、海兵隊を、ここに至ってなお、義勇兵のような扱いで考えている。装備にしても、最新の装備は陸軍に優先される。今までは、それで良かったが、これからはそうはいかない。陸軍が、その固定観念を捨てて、海兵隊との協力態勢を構築し、支援してくれない限り、この作戦が成功するとは言い難いと、私は考える」


「確かに。しかし、それ以上に問題なのが、各軍の将兵たちの固定観念です。16歳以上の徴兵制を決議したのは良いとしても、それによって、アメリカ市民権を有する様々な人種が、軍に次々と配属されています。個人的心情にバラつきがあるのは仕方無いとしても、極端な差別意識を露骨に示されては、作戦遂行にも影響を、及ぼしかねない。上層部でも、そういった意識から、脱却出来ないでいる者もいる。目下の、最懸念事項です」


 マクモリスは、現在海軍が潜在的に抱えている問題を吐露した。


 しかし、これは陸軍でも同じ事が言えるだろう。


 陸軍は、それを打開するために、思い切った人事を断行した。


 陸軍総司令官に、ドイツ第3帝国国防軍の、ハインツ・ヴィルヘルム・グデーリアン上級大将を、就任させた。


 しかし海軍では、そういった思い切った人事が出来ない・・・


 マクモリスの脳裏に、1人の海軍士官の姿が浮かぶ。


 アメリカ軍最高司令官からの密命を受け、大日本帝国に占領された、ハワイ準州に潜入。


 軍情報部でさえ、把握しきれなかった重要な情報を、持ち帰るのに貢献した。


 そして・・・


 これは、彼が海軍兵学校時代に、師事していた将官が述べていたのだが、兵学校時代の彼は、能力的には、ごく平凡な士官候補生でしか無かったそうだ。


 それが・・・たった5ヶ月で変わった。


 彼に何があったのかは、分からない。


 ただ、彼の中で眠っていた才能が、一気に開花した。


 単なる偶然か、意図的か・・・


 彼の才能を見抜いた存在がいたのは、確かであろう。


 マクモリスが理解不能なのが、その敵である存在が、将来の敵になりかねない存在を、育てるというのがあるのか?と、いう点であった。


 考えすぎかも知れないが、そこに何かの深謀遠慮があるのでは?とも、勘ぐってしまう。


 事実として、彼のもたらした情報は極めて重要であり、無視出来ないという事だろう。


 それによって、彼自身の重要性も増した訳だが、逆にそれが、副作用を生じていた。


 これまで、ヨーロッパ系アメリカ人たちが、当たり前と思ってきた事に、強烈な疑問符を突き付ける事になった。


(彼が、純粋なヨーロッパ系アメリカ人なら、ここまで問題に、ならなかったのであろうが・・・)


 レイモンドの大尉昇進に関して、公にはなっていないが、影ではかなり批判も出ている。


 パシフィック・スペース・アグレッサー軍との戦闘で、既に多くの戦死者が陸海軍で出ている。


 それなのに、特に戦闘に参加して戦果を挙げたわけでも無いのに昇進した・・・と、言うのが建前の理由であるが、根本には、他人種や他民族に対する、否定的な意識が働いているのが、理由だろう。


 この先、彼のような他人種他民族の士官が、次々と現れたら・・・という、危機意識が、多くの海軍士官たちの心の奥底に芽生え始めている。


 そうなると見越していたとすれば、レイモンドに影響を与えた人物は、とんでもない策士だろう。


 レイモンドに、そのつもりが無くても、彼の存在そのものが、海軍士官たちの心理に、波風を立てる・・・


 それが、海軍内での不協和音を、奏でる事になる。


 マクモリスの目下の職務は、レイモンドを擁護しつつ、太平洋艦隊内に密かに蔓延する不協和音を、そうと悟られずに沈静化させるという、非常に面倒な事である。





 食堂内は、混沌とした状態になっていた。


 1人対多数、子供対大人。


 本来なら、話にもならない喧嘩・・・


 の、はずが・・・


 ヤンヤ、ヤンヤと少年に声援を送る、海兵隊員は置いといて。


 ヤバい雰囲気に、巻き添えを嫌って、さっさと退散した賢明な者以外の、海軍関係者まで賭けに参加してきて、さらに混沌が増す。


「あのチビに、10ドル!」


「・・・まあ、5ドル・・・だな」


 それ、後出しだよね!?レイモンドが送る、非難の視線は完全に無視されて、誰も同僚の海軍士官たちに、賭けようとしない。


 それも、そうだろう・・・


 大人5人を相手取り、キリュウは、1発も拳を食らっていないのだ。


 それどころか、自分も、1発も拳を繰り出していない。


 自分に向かって、放たれる拳を紙一重で躱し、上体が泳いでバランスを崩した所で、足を引っかけて転倒させるという、技まで使っている。


 自分の頭1つ以上高い大人たちを、軽々と翻弄する様は、見ていて爽快・・・


 イヤイヤ、彼らが負けたら100ドルが・・・


 キリュウの動きに見とれていたレイモンドは、頭を振った。


 しかし、適格な戦術を、士官たちに指示する気は、毛頭無かったが・・・


 たかが喧嘩・・・されど喧嘩・・・である。


 この士官たちの先任は、中尉だ。


 海軍中尉なら哨戒艇の艇長若しくは、副長を任される階級である。


 いち早く敵部隊を発見し、味方に敵の位置、艦級、規模を通報しなくてはならない。


 戦闘において、これがどれ程重要であるか・・・


 正直、こんな体たらくでは、困るのである。


 もっとも、頭に血が上った状態では、そこまで考えが、至っていないのだろうが・・・


 1人が、乱闘状態から身を引いて、全体を見渡して、後方から指示を出せば、キリュウを追い込んで行く事も、可能なはずなのだ。


 レイモンドの脳裏に、ハワイに滞在していた時に、大日本帝国海軍の士官たちと行なった、兵棋演習、海上自衛隊やニューワールド連合軍連合海軍の士官たちと行なった、戦術シミュレーションの場面が浮かんだ。


 そのどちらもで、レイモンドは好成績を出し、それを見ていた、ニューワールド連合軍や海上自衛隊の高級幹部たちが、驚いていた。


 だから、彼らを盤上の駒、シミュレーション上のデータに置き換えれば、どうすれば良いかが、イメージできる。


 ただし、そのイメージした通りに、自分自身が動けるかと聞かれれば、甚だ疑問であるが。


「アンタ、大尉なんだろ?連中に、どうすれば良いか、教えてやったらどうだ?100ドルが惜しく無いのか?」


 どこに、そんな余裕があるのか、逆に聞きたくなるような感じで、戦闘中のキリュウが話しかけてきた。


 すでに、息が上がっている士官たちをよそに、呼吸がまったく乱れていない。


「・・・惜しく無い訳じゃ無いけれど。これはこれで、100ドルの価値は有るかな・・・と」


「?・・・おエラいさんの考える事は、分からん。危ない!避けろ!」


「アウワッ!!?」


 キリュウに、突き飛ばされた。


 丁度、レイモンドがさっきまで、立っていた所に1人が突っ込んできた。


「まったく・・・」


 辟易した感じで、キリュウは足払いをかける。


 またまた、ズデン!と、士官が転倒させられる。


「オォッ!!いいぞ!いいぞ!サムライボーイ!!」


 歓声が、上がる。


 そんな周囲の騒がしさに流されず、レイモンドはキリュウの動きを、追い続けていた。


 何が凄いと言っても、この少年は常に自分の後ろを取られない様に、巧みに動き回っている。


 それが、天性のものかとか、個人の能力に付いては、どうでも良い。


(・・・まるで、一度に100の目標を捕捉し、10の目標を危険判定順に迎撃する・・・イージスシステムみたいだ・・・)


 そう思った。


 少年の動きは、相手の行動を読み、相手に合せて行動し、攻撃を躱して、相手の行動を潰しているように感じられる。


 いつの間にかレイモンドは、海原に展開している8隻の艦隊群のイメージを、脳裏に浮かべていた。


 レイモンドは、目前で行なわれている喧嘩?より、第1護衛隊群を相手取った戦闘を、脳内でシミュレーションする事に、思考の大部分を向けていた。


 あの、鉄壁の楯を粉砕する方法・・・


(スグリ大佐なら、どうする?)


 だが、これは以前から色々と、シミュレーションをしているのだが、どうしても打ち崩せない。


 様々な戦術を考え、それで戦闘をイメージしても、どうしても勝つ事が出来ないでいた。


[女神の楯]は、それ程脅威である。


 傍からは、ボケ-として突っ立っている様にしか見えないだろう。


「危ない!!」


「ウワッ!!?」


 また、キリュウに突き飛ばされ、今度は尻餅を着いた。


「・・・アンタ、何ボーッとしているんだ?邪魔だから、後ろに下がっていてくれ」


 かなり乱暴とはいえ、何故か、ちゃんとレイモンドを庇ってくれているキリュウが、半ば呆れた視線を送っている。


その瞬間、レイモンドの脳裏に、1つの考えが閃いた。


「そうか!これだ!これしか無い!!」


「・・・・・・」


 パチンと指を鳴らして、ポケットから手帳を取り出して、尻餅を着いたまま、手帳に何かを書き込み始めたレイモンドに、キリュウは奇人変人を見るような視線を送っていた。





 すでに心此処に有らずの状態のレイモンドを、取り残したまま・・・


 1つの戦場?での決着は、着いていた。


 5人の海軍士官は、力尽きた感じで、ハアハアと息を付きながら、床にひっくり返っている。


 殴り合いらしい殴り合いは、まったく無かったが、最後に立っているのは、キリュウであった。


「良し!!勝った!!」


「ブラボー!!サムライボーイ!!」


 喝采の声と、拍手が響く。


「あれ?終ったの?」


 手帳から顔を上げた、レイモンドの目の前に手が差し出される。


「賭け金100ドル。頂きましょうか、大尉殿?」


 これ以上ない位の、満面に笑みを浮かべた海兵隊の隊長だった。


「・・・・・・」


 レイモンドは、無言で紙幣を、海兵隊の隊長に手渡した。


「・・・何なんだよ?これは・・・何なんだよ?・・・」


 荒い息を付いている中尉の前に、キリュウが手を差し出した。


「・・・災難だったな。これに懲りて、喧嘩を吹っかける相手は選んだ方が良い。俺の爺さんの若い頃の京に、アンタらがいたら、維新志士か新撰組に、確実に殺られていただろうね」


「?」


 極東の島国の歴史等、余程の興味が無ければ、この時代のアメリカ人が知る由は無いだろう。


 差し出された手を掴まずに、中尉はヨロヨロしながらも、自力で立ち上がった。


「・・・行くぞ」


 他の倒れている仲間に声を掛け、疲れてフラフラしながらも、傲然とした態度で、彼らは去って行った。





 食堂は、何事も無かったかのように、賑わっていた。


 早めの夕食を取るために、訪れる軍人たちの数も増えてきたせいもある。


 中でも、一番賑やかなのは、海兵隊の一団だった。


 まあ、懐が暖かくなったのだから当然だろう。


 その食堂の片隅で、レイモンドは思い付いた考えを、手帳に書き込みながら、実用可能な作戦になるように、色々な考えを、巡らせていた。


 ほとんど、昼食か夕食か分からない時間帯の食事になったが、まったくそれに手を付けず、文字や図を書き込んだり、消したりと夢中になっていた。


「おい」


「?」


 急に、声を掛けられて顔を上げた。


 キリュウが、チェリーパイとコーヒーを載せた、トレイを持って立っていた。


「それは?」


「料理長からの差し入れだ。久し振りに痛快な気分になった・・・と、伝言を頼まれた」


「僕は、別に何もしていないよ・・・でも、折角だから頂くよ」


 手を伸ばして、チェリーパイとコーヒーを取ろうとすると、キリュウはスッと避けた。


「・・・・・・」


「先に飯を食ってからにしろ。子供か?」


「・・・・・・」


 何処までも、ふてぶてしい態度の少年である。


 それは、置いておいて。


「さっきは、ありがとう」


「何が?」


「彼らに、絡まれていた時だよ。僕を庇ってくれたよね。あの流れだと、僕が彼らと喧嘩になっていただろうし」


「喧嘩に・・・なるのか?アンタ、メチャクチャ弱そうにしか、見えないが・・・」


 鼻をフンと鳴らして、キリュウが問いかけてくる。


「・・・ならないだろうね・・・」


 ツッケンドンとした、キリュウの言葉に、レイモンドは苦笑した。


 言っている事は間違っていないから、反論は出来ないが・・・


(ああ、そうか・・・)


 以前マーティと、[いずも]の海士たちが、彼らが読んでいる小説に出て来る『ツンデレ』なる言葉の意味について、議論をしていた事があったが・・・


 何となく側で聞いていたので、言葉は覚えても、意味を十分理解出来なかった。


「君って、ツンデレなんだね」


「はあ?」


 意味不明な言葉を発して、1人でウンウンと納得しているレイモンドに、キリュウは、怪訝な表情を浮かべていた。


 もし、この場に[いずも]の海士たちがいれば、「違う!!」と、否定するだろう。


『ツン』は、ともかく『デレ』の要素は微塵も無い事に、レイモンドは気付いていない。





 げに恐ろしきは、80年の時差である・・・

 対米包囲網 第16章をお読みいただきありがとうございます。

 誤字脱字があったと思いますがご了承ください。

 次回の投稿は4月23日を予定しています。

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