対米包囲網 第15章 作戦参謀のマイペースな日常 前編 場外乱闘への序曲
みなさん、おはようございます、こんにちは、こんばんは、お疲れさまです。
今回の話の内容に、一部差別用語が出て来ますが、この時代ではそういった事もあるだろうと言う事で、ご了承下さい。
1942年5月下旬。
アメリカ合衆国カリフォルニア州サンディエゴ市サンディエゴ海軍基地。
「フワアァァァ~・・・」
とても人に見せられないような、大欠伸をしつつ、太平洋艦隊司令部付作戦参謀であるレイモンド・アーナック・ラッセル少尉・・・もとい大尉は、海軍基地のゲートを、くぐった。
門で、警備の任に就いている兵士が、微妙な表情で敬礼をしていた。
取りあえず、いい加減とはいえ、答礼をちゃんとした事は、褒めて欲しいな~等と、呑気に思いつつ、半分以上睡魔に襲われている状態でレイモンドは、トボトボと、やる気の無い様子で歩いていた。
規律等に厳格な将校が見れば、「たるんでいる!!」と、怒鳴り付けそうなものだが、これがレイモンドの日常茶飯事となっているとなれば、誰も何も言わない・・・
それが良いのか悪いのか・・・誰にも分からない。
もちろん、レイモンドにも分からない・・・
1つ言い訳をするなら、レイモンドは、それなりに激務に追われている。
日中は、連邦議会で現在議論の最中とはいえ、ハワイ奪還戦に向けての参謀会議。
夜は、官舎に帰宅して寝る間も惜しんで、様々な作戦案の研究、立案の作成といった日々なのだ。
おかげで、レイモンドの住居として与えられた官舎は、荷物の整理もする暇も無く、部屋に放置されたままの状態である。
これで、結婚でもしていれば、妻となる女性がそれなりに、整理整頓等してくれているのだろうが、残念ながら独身者であるレイモンドに、そんな面倒を見てくれる人は、いなかった。
「・・・ハウスキーパーでも、雇うべきかなぁ・・・」
ブツブツと、小さな声でつぶやく。
別に金銭には、困っていない。
レイモンドの実家は、アメリカ中東部の州にあり、都会から見れば、田舎には違いないが、それなりに大きな町だ。
その町で、5本の指に入るくらいの資産家であるから、実家からの仕送りで、1人や2人のハウスキーパーを雇っても、全く問題が無い。
だが正直、あまり実家に頼りたく無いのだ。
母は、数年前に流行病で亡くなり、父は海軍の任務で出動して生死不明。
祖父母は、存命なのだが・・・何かと親戚連中が、うるさいと言うか、80年後の日本人に教えて貰った言葉で言えば、ウザいのだ。
これには、レイモンドの両親の事情が、関係している。
親戚連中としては、ヨーロッパ系アメリカ人であるラッセル家に、北米先住民の血が混じった事が、どうにも我慢出来ない事らしい。
何かと、母に辛く当たっていたし、レイモンドに対しても、そうであった。
父や祖父母は、母や自分を守ってくれていたが、それでも完全という訳にはいかなかった。
それは、仕方無い事だと理解はしても、やりきれなく感じる事も多かった。
レイモンドが、故郷を離れて海軍兵学校へ入ったのも、そういった田舎独特の偏った空気に嫌気が差していた・・・というのもある。
レイモンドが頼めば、祖父母は孫の為に、それなりの事をしてくれるだろうが、それで祖父母が、親戚連中に悪く言われるのは嫌なのだ。
それがあり、レイモンドも実家とは距離を取っているのであった。
「マーティが、いてくれればねぇ・・・」
ハワイでの任務の時に、同行してくれたマーティ・シモンズ2等水兵の事を、思い出していた。
何しろ彼は、特に頼んでいなかったのだが、どちらかというと、不器用でズボラで怠惰な所があるレイモンドの身の回りの世話を、色々と焼いてくれた。
因みに彼は、サンディエゴへ帰還後、5ヶ月足らずで身に付けた、日本語の語学力を高く評価され、語学技官として、特進により特技兵に昇進したそうだ。
それもあって、中々会えずにいるのであった。
「今日の昼食は、食堂に行ってみようかな。運が良ければ、偶然にでもマーティに会えるかもしれないし・・・」
普段は、食事は食堂からの出前を頼んでいるが(当然、給料から天引きされる)、たまには気分転換も兼ねて、食堂で食事を取るというのも、良いかもしれない。
独り言をつぶやきながら、1人で納得するという、おかしな行動をしているレイモンドを、すれ違う将兵は、奇異な目で眺めていた。
午前中の参謀会議が長引いた事もあり、レイモンドが食堂に足を運んだのは、14時を回った頃であった。
正午頃の混雑時と異なり、食堂内は空いていた。
それでも、コーヒー等を飲みながら、休憩を取っている軍人たちの姿もあり、閑散とはしていない。
カウンターで、レイモンドに昼食の盛られたトレイを渡してくれたのは、アフリカ系アメリカ人のコックだった。
「ありがとう」
礼を言って、トレイを受け取りながら厨房を覗くと、様々な肌や髪の色の厨房員が、働いているのが見える。
国軍と言っても士官等は、ほとんどヨーロッパ系アメリカ人で占められている。
ハーフと言っても、外見が明らかにヨーロッパ系と異なる、レイモンドのような士官は、希有と言っても良い。
もう慣れっこにはなっているが、大尉の階級章を付けたレイモンドを見て、あからさまな嫌悪感を示す者はいないものの、微妙な表情を浮かべる、下位の士官も一定数はいる。
(80年後には、色々な肌の色の上官に仕える事もある・・・と、知ったら、彼らは、どう思うだろう?)
ハワイでは、ニューワルド連合軍の、アメリカ軍の将兵とも交流する機会があったが、アフリカ系や、アジア系、ヒスパニック系の高級士官が、当たり前のようにいるのには、レイモンドでも驚いたものだ。
もちろん、民族や人種等の差別は、80年後でも残っているとは聞いたが、それでも少しずつ解消しようと、努力されているという事は、素直に素晴らしいと感じた。
そんな事を、ボンヤリと考えていたせいか、何かに躓いて、トレイを落としてしまった。
「・・・!!?」
「おやおや、誰かと思えば・・・ハワイで、ジャップの捕虜になったというのに、どういう訳か昇進なさった、大尉殿ではありませんか?」
嫌味の籠もった、見下すような口調で、1人の士官が足を出して椅子に座っていた。
その足に、躓いたのだろう。
その士官は、中尉の階級章を付けている。
その中尉と同じテーブルに着いている数人の士官も、中尉や少尉を示す、階級章を付けていた。
「ジャップの極秘情報を、色々と手に入れてきたのが、昇進の理由だそうで・・・」
「それは、それは・・・我々では、とても真似出来ない事ですね。大尉殿」
「黄色い猿に、仲間と勘違いされたのでは?その、容姿では?」
あからさまな侮蔑の籠もった言葉と、笑い声を叩き付けられたが、レイモンドは無視する事に決めた。
いちいち相手にするのも、馬鹿馬鹿しいと思った事もあるが、彼らは、つい最近までレイモンドと同格であったのだから、一種の妬みのようなものも、あるだろうと考えたからだ。
床に落としたトレイを拾い、汚れた床の掃除は、誰がするのだろう?やっぱり、自分かな?等と考えて、ため息を付いた。
そんな、レイモンドの態度は、彼らの癇に障ったらしく、凶悪な目で睨みつけられた。
「自分より下の者とは、口が聞けないってかっ!!?」
「インディアン風情が!!!」
激昂したのか、何人かが、いきり立って席を立つ。
「少なくとも半分は僕も、ヨーロッパ系アメリカ人ですよ。それに、1つ訂正しておきますが、貴方がたが、インディアンと呼ぶ人々は、いませんよ。れっきとしたアメリカ人です。ヨーロッパ系移民が来る以前から、アメリカ大陸に住んでいたね」
多少彼らの言葉にカチンと、きていたせいだろう。
自分でも、内心で驚く程、冷たい声音を吐き出していた。
「「「何だとぉ!!!」」」
レイモンドの言葉に、頭に血が上ったのか、士官たちが立ち上がる。
バシャッ!!!
いきなり士官たちに、水がぶっかけられた。
「うわっ!!?」
「何だ!!?」
「・・・・・・?」
濡れ鼠になった士官たちと、まったく被害に遭っていないレイモンドが振り返ると、空になったバケツと、モップを持った小柄な厨房員が、仁王立ちで立っていた。
「掃除の邪魔だ。喧嘩なら、余所でやってくれ」
13、4歳位と思われる、黒髪の目付きの悪い少年だった。
士官と相対しても、憶するどころか、ふてぶてしい態度である。
何故、こんな子供が軍の施設にいるのかというと、徴兵制が一部改正されたからだ。
その理由は、アメリカ合衆国を取り巻く情勢が激変した事に起因する。
太平洋側に、パシフィック・スペース・アグレッサー(新世界連合)。
大西洋側に、アトランティック・スペース・アグレッサー(サヴァイヴァーニィ同盟)。
この2つの勢力が、太平洋と大西洋に展開し、さらに、パナマが奪われた事で、アメリカ合衆国は、ほぼ全方向から包囲された事になる。
それにプラスして、アメリカ合衆国の南に位置するメキシコ合衆国では、かつて米墨戦争でアメリカに奪われた、テキサス州やカリフォルニア州を奪還せよと、声高に叫ぶ勢力が台頭し、南部の国境付近では、小規模な紛争とまではいかないが、小競り合いが頻繁に起こっている。
それらに対処するために、期限付であるのだが、アメリカ市民権を有する16歳以上の男子には兵役義務を、16歳未満13歳以上の男子には、志願制での募兵制度を設けるという議案が提出され、連邦議会で議決された。
ただ、これは諸刃の剣であり、アメリカの各州では、期限の設定が曖昧な法案そのものに対する、反対決議が一部の州議会で議決され、16歳以上の男子の中には、兵役が半ば強制的に義務化された事に対して、兵役を拒否する運動を起こす団体も現れ、さらに反戦を唱える市民たちが、志願制であるとはいえ、16歳未満の子供たちを、兵役に就かせるという事に反発し、各地でデモや反戦集会を起こし、主戦論を唱える市民たちと、ぶつかるという事態を巻き起こし、国内の治安が急速に悪化した。
もちろん、16歳未満の子供たちは、戦場ではなく軍施設での補給や警備等といった後方支援が、主な任務であると連邦政府は発表しているが、混乱は終息どころか、拡大している。
しかし、祖国の危機を憂慮し、自ら志願してくる子供たちも、大勢いるそうだ。
この少年も、そういった志願兵の1人なのだろう。
しかし、この少年の容姿は・・・
「このガキ!ジャップの仲間か!!」
士官の誰かが叫ぶ。
「俺は、カズマ・キリュウ!!アメリカ市民権を持った、アメリカ人だ!!」
キリュウと名乗った少年の声は、決して大きくは無かった。
だが、その声に籠もった何かは、その場にいた全員を凍り付かせるような、『もの』が、あった。
「何だ、何だ?喧嘩か?」
空気を読め!と、言いたくなるような陽気な声とともに、場違いな雰囲気の戦闘服姿の兵士が、10人程食堂に入ってきた。
「海兵隊?」
「何故、連中が海軍の基地に?」
ずぶ濡れの士官たちが、口々に疑問を述べる。
「・・・確か、海軍と共同での強襲上陸の演習が行なわれたはず・・・もう、終了したのかな?」
自分が立案した、ハワイ諸島での強襲上陸作戦を元に海兵隊と海軍共同で演習が行なわれる事は聞いていたが、海兵隊司令部との調整があるため、いつ実施されたかまでは聞かされていなかった。
考え込むレイモンドをよそに、キリュウは、ツカツカと海兵隊の集団のリーダーらしき男に近付くと、ビシッと、モップの柄の先を突き付ける。
「申し訳ありませんが、食堂に入る時は軍用ブーツの泥くらいは、落として下さい。床が汚れます」
怖いもの知らずにも程がある!!と、レイモンドは内心で叫びたくなった。
訓練終了後、すぐに訪れたのか、海兵隊員たちの身なりは、お世辞にもキレイとは言い難い。
しかし、屈強そうな体躯の集団を前に、それは、さすがに口に出せない・・・と言うより、正直怖い。
苦情を入れられた海兵隊員の方は、別段気を悪くする風でも無く、ドッと笑い声を上げた。
「相っ変わらずの、潔癖症だな。サムライボーイ」
「・・・・・・」
「やっと訓練が終って、死にそうな程腹が減っているんだ。飯を食ったら、掃除を手伝ってやるから、まあ勘弁してくれ」
何となく、知り合いぽい雰囲気で、キリュウに話かけた後、状況について行けずポカンとした表情になっている、レイモンド以下数名に視線を送る。
「で、訓練後で疲れている俺たちの為に、食前の娯楽を提供してくれる訳だ」
「別に・・・床掃除の邪魔に、なっているだけです」
「まあ、まあ。そう、つれなくするな」
暫くの間、固まっていた海軍中尉は、ようやく我に返ったらしい。
「・・・海兵隊が!!士官に対して、何て態度だ!!」
「・・・だから?俺たちは、束の間の楽しい休息を取ろうと、やって来ただけだ。そこで、イヤ~な雰囲気を醸し出している連中に、士官面される覚えは無いね」
売り言葉に、買い言葉である。
取りあえず、冷静さを保っていたレイモンドは、これ以上はマズいと考えた。
「ちょ・・・ちょっと、双方とも落ち着いて・・・ここで、騒ぎになったら、MP(憲兵)の、お世話になる事になる・・・それに、食堂で働いている人たちにも迷惑がかかる・・・」
そう言いながらレイモンドは、不穏な空気を悟り、厨房から食堂の方に出て来ていたコックに振り返る。
仲裁の助太刀を、頼むつもりであったのだが・・・
見事に裏切られた。
コックが厨房に振り返って、何かを言うと、厨房員が一斉に出て来て、テーブルと椅子を食堂の隅に片付け始める。
(何?この、完璧な連携プレー!?)
と、心中で突っ込みを入れながら、自分に言いがかりを付けてきた士官たちは、常日頃から、素行が悪かったのかなぁ・・・と考えた。
そんなこんなで、舞台は整った・・・のか?
ここで、アメリカ映画でもお馴染みの、野次馬の賭けが始まる。
「俺は、サムライボーイに、10ドル賭ける!」
「同じく、15ドル!」
「俺もだ!」
海兵隊員たちの、威勢の良い声が響く中、リーダーが呆れた声で突っ込みを入れる。
「オイオイ、肝心の士官殿たちに賭ける奴は、いないのか?これでは、賭けは不成立だぞ」
「「「負けるのは、イヤです!!!」」」
「「「その通り!!!」」」
「・・・と、言うわけで、隊長が賭けて下さい!」
口々に、好き勝手な事を言う部下たちに、隊長と呼ばれた男は渋い顔をした。
「・・・『退却クソ食らえ』は、俺たちのモットーだが・・・負けるのが分かっている勝負に挑む程、俺は無能では無いつもりだが・・・と、言うわけで・・・」
あまりにもブッ飛んだ展開に、ついて行けなくなって、唖然として突っ立っていたレイモンドは、自分に向けられた視線に気が付いた。
「大尉殿。同じ海軍の世染みという事で、貴方は士官殿たちに、賭けて下さい・・・100ドル!!」
「エッ?・・・エェェェ!!?」
既に、強制的に賭けへの参加が、決定されている・・・
「ちょっと!!僕はっ!!」
「良しっ!!これで、成立だ!!」
「ちょっと!!待って~!!」
レイモンドの抗議は、完全に無視された。
「・・・勝手な話だ・・・」
大人たちの悪ふざけと言っても良い光景を、1人キリュウは、冷ややかに眺めていたが、レイモンドと同じく、この場の展開について行けなくなった士官たちに、振り返った。
「アンタたちが、さっさと退散してくれれば、こんな下らない茶番は終るんだが・・・」
面倒事は、ご免だ・・・という表情を浮かべる少年に、士官の1人がキレた。
「この、ガキ!!」
拳を固めて、殴り掛かる。
その、右ストレートは、間違い無く少年の顔面に、叩き込まれるはず・・・だった。
「!!?」
そのまま拳は空を切り、士官は、つんのめって転倒する。
「・・・遅いな」
モップを持ったまま、キリュウは、ボソッとつぶやく。
「オオッ!!始まった!始まった!」
「イケ!イケ!!」
野次馬から、煽るような声援が飛ぶ。
「おい、サムライボーイ。モップは、置いとけよ。相手にハンデを付けないと、賭けは面白く無いからな」
その声にキリュウは足下に、そっとモップを置いた。
(エエ~い!もう、どうにでもなれ!!毒を食らわば皿までだ!!)
もう、止めようがない状況に、一応この場では先任士官であるという事実をレイモンドは、遙か彼方まで放り投げた。
「君たち!言っておくけど、負けたら承知しないからね!負けたら査問会に、告発するからね!!」
今日は厄日か!?と、内心で絶叫しつつ、レイモンドは理不尽な言葉を、士官たちに投げつけた。
対米包囲網 第15章をお読みいただきありがとうございます。
誤字脱字があったと思いますがご了承ください。
次回の投稿は4月16日を予定しています。




