対米包囲網 第14章 それぞれの思い
みなさん、おはようございます、こんにちは、こんばんは、お疲れさまです。
ハワイ諸島オワフ島真珠湾真珠湾基地。
その真珠湾基地に停泊している、イージス護衛艦[あかぎ]の士官室では、幹部が勢揃いしての昼食の時間であった。
「それでは、いただきます」
「「「いただきます」」」
艦長である神薙真咲1等海佐の食事の挨拶で、幹部たちは一斉に箸を持ち、食事を始める。
生真面目で厳格な性格と言われている神薙だが、[あかぎ]の幹部たちからは、すこぶる人気が高い。
艦艇に乗艦している幹部は、士官室での一堂に会しての食事の時は、艦長が席に着かなければ、食事が出来ないそうだ。
艦長が、何だかの理由で食事の時間に遅れた場合、冷めた食事を取らなくてはならないという、ちょっと悲しい事態になるらしい。
神薙の場合、余程の事が無い限り、ほとんど1番に士官室に、食事の時間に来ている。
これに関して神薙は、「自分は、食事は温かいうちに食べたいからだ」と、言っているが、本当は、部下たちに美味しい食事を食べさせたいと思っているからだと言う意見が多い。
因みに、どういう訳か、いつも何かと比較されてしまう、他のイージス護衛艦の場合、[みょうこう]、[あしがら]は、大体[あかぎ]と同じらしい。
ただし、[あしがら]の場合は、単に艦長が、食いしん坊だから・・・と言われている。
「きりしま」と[こんごう]の場合・・・
言わずもがな・・・である。
[こんごう]に至っては、一度、食事時間に艦長が、何をやっていたのか、所在不明になった事で、幹部たちが、「待て」を食らったまま、いつまでも「良し」の指示を貰えないペットの悲しい気分を味わうという事件があり、それ以来、先任伍長が、食事時間の前には、艦長にピッタリと、くっついているそうだ。
これに、[こんごう]艦長の橘田は、「真面目に待たなくても、良かったのだが・・・」と答えて、自分の部下たちに、呆れられたそうだ。
それは、さておき・・・
幹部同士の食事の会話となれば、当然、お堅い話が多い。
最近は、専ら連合国アメリカ合衆国が、どのタイミングでハワイ奪還戦を、仕掛けて来るか・・・?という、話題が多い。
様々な収集された情報や、民間に流布する噂等からも、アメリカがハワイ奪還に動いてくるのは、必定である。
その、方法は?動員される艦隊の規模は?と、様々な予測や意見が、積極的に上げられ、議論されている。
もちろん、そんな堅い話だけでは無く、タイムスリップをして1年半以上も経てば、幹部の誰々が、結婚を決めたそうだ等、明るく、ほのぼのとした話題もある。
基本、神薙は部下たちの会話に口を挟む事も無く、聞く事に徹している。
「・・・・・・」
ふと神薙に、視線を送った副長の切山浩次2等海佐は、神薙が箸を持ったまま、食事に手を付けていない事に気が付いた。
「艦長?」
思わず、声を掛けた。
「何か?」
「食事が、進んでいないようですが・・・体調でも、悪いのですか?」
「いや、少し考え事を、していただけだ」
そう答えて、神薙は食べ物を口に入れたが、切山の目には食事をすると言うより、食べる作業をしている様に、映った。
「・・・・・・」
息子の誤射の件を聞き、2日間の休養を言い渡された神薙だが、休養を終えて[あかぎ]に戻って来た時は、以前と変らない・・・ように、見えた。
だが、神薙の[あかぎ]艦長着任の時から、ずっと副長を務めている切山から見れば、何処がどうとは言えないが、明らかに違っている。
相当、息子の事が堪えているらしい。
自分自身のミスであれば、自分の責任で挽回する努力をするのであろうが、自分では、どうにもならない事に、苦悩し続けているのだろう。
切山は、息子を案じて、自分の無力さに涙を流していた、神薙を知っている。
ただ、それだけで、何も出来ない・・・
「・・・・・・」
何か、力になれないかと考えながらも、切山には、どうすれば良いのかも分からない。
「・・・・・・」
思い悩みながら、神薙を見詰めている切山の様子を、他の幹部は目配せをしたり、肘で脇腹を突き合ったりしながら、それとなく眺めていた。
切山が、神薙に浅からぬ思いを抱いているという事は、周知の事であり、本人たちのいない所では、奥手の副長が、いつ艦長に告白するのかというのが、もっぱらの話題であったりする。
数日後、切山は第1護衛隊群首席幕僚の、村主京子1等海佐を訪ねた。
自分では、どうにも出来ない事を相談するためだった。
正直、村主に頼るのは気が進まないのが、本心だったのだが・・・
「相談したいのは、神薙艦長の事かしら?」
ヘリコプター搭載護衛艦[いずも]の士官予備室で、開口一番、村主は切山に告げた。
「・・・はい」
この人には、お見通しだったか・・・内心で、切山はそう思った。
「息子さんの事が、相当堪えているみたいね」
「はい。私としては、どうすれば良いのかと、考えまして・・・」
「現状、どうする事も出来ないでしょう。これは、神薙艦長自身が自分で解決する事でしょう?」
テーブルの上に置かれたコーヒーに映る、自分の顔を見ながら顎に手をやって、村主は言い切った。
それは、どこか突き放す様にも聞こえる。
「それはっ!・・・そうでは、ありますが・・・」
そんな言葉を、聞きに来たわけでは無い。
テーブル越しであるとはいえ、ほとんど身を乗り出すように、言葉を掛けてくる切山を見詰める村主の目がスウッと、細くなる。
切山の背筋に、悪寒が走った。
まるで、自分の心の内を見透かされるような・・・そんな、錯覚を覚える。
これが、切山が村主に相談する事を躊躇った理由の1つでもある。
「切山副長。貴方が、そこまで神薙艦長を心配する理由は、何なのかしら?確かに、神薙艦長が、息子さんの事で心を痛めるのは理解出来ます。でも、これは個人的な問題でしょう?他人が踏み込んで良いものかしら?」
「首席幕僚の、仰る通りです。本来なら、私が出しゃばる事ではありません。ですが・・・」
どう言うべきか・・・迷って、切山は口をつぐんだ。
「・・・そういえば氷室2佐が、貴方の事を、こう言っていたわ。『切山2佐は、神ちゃんの副長になってから、随分と角が取れて丸くなった。良い意味で』って・・・」
「はっ?」
悪戯っぽい微笑を浮かべて、急に自分の従弟の事を持ち出してきた村主に、切山はポカンとなった。
「それから、こうも言っていたわ。『僕は、神ちゃんと切山2佐の結婚式に、祝辞を述べる準備をして、常にスタンバっているのに、肝心の2人に全然進展が無い』って・・・」
「なっ!?・・・なっ!!・・・なっ!!・・・かっ!!・・・からかわないで下さい!!私は、そんなっ!!」
冷徹な思考を持つ参謀と言われている村主から、そんな言葉を聞くとは思わず、切山は赤面して、狼狽えた。
「・・・ごめんなさい」
柔らかい微笑を浮かべながら、村主はそう言った。
「でも・・・そうね。私から言える事といえば・・・神薙艦長を、信じてあげて。それだけかしら」
「・・・・・・」
だから、そんな事を聞きにきた訳では、無いのだが・・・
口にこそ出さなかったが、切山の表情からは、それが窺える。
「・・・もう、随分昔の話だけれども・・・」
村主は、微笑を浮かべたまま話を続ける。
「私たちが、まだ幹部候補生だった頃、当時教官だった、今は、統合防衛総監部海上総監の篠野真人海将から、厳しい指導を受けたわ。もちろん、言葉でだけど・・・それこそ、今ならパワハラと、訴えられる可能性があるくらいのね。私たち、女性自衛官に対しては、ほとんどセクハラ紛いの暴言もあったわ。それに堪えきれずに、大勢の脱落者が出たわ。でも、篠野教官が何故、そこまで厳しい指導を行なったのか?陸海空の幹部になるという事は、不測の事態が起こった時には、多くの人間に責任を持たなくてはならないという事。どんな、状況下でも冷静な判断をし、決断する。時には非情な決断も下さなくてはならない。その覚悟を徹底的に教えて下さったのよ。敢えて、言葉の暴力を使う事で、身体は大人でも、精神的には子供の部分がある、幹部候補生の自尊心やプライドを徹底的に打ち壊し、どん底に叩き込む。それで、そこから這い上がってくるだけの強い精神力を育むために・・・その厳しい指導を、神薙艦長は乗り越えた。彼女は今、ほんの少し立ち止まっているだけ、必ず、自分の意志で前に進むわ。それを信じて、もう少し待ってあげて欲しいの」
「・・・分かりました」
村主が言いたい事は理解出来たが、気持ちとしては釈然としない。
そんな、複雑な思いを抱きながらも、切山は頭を下げた。
神薙は、埠頭で1人ボンヤリと海を眺めていた。
村主が見抜いていた通り、神薙も自分自身の混乱から立ち直るための努力を続けていた。
ただ、どうしても、息子の事が脳裏を過ぎり、それが、気持ちを萎えさせていた。
これでは、駄目だと何度も自分に言い聞かせてはいるのだが・・・
「・・・私は、どうすれば良い?」
作業服の胸ポケットから出した写真に語りかける。
産まれたばかりの息子を抱いた自分と、自分の肩を抱き、微笑む夫。
親子3人の映った、たった1枚しかない思い出だ。
写真の中の夫から、答が返ってくるはずは無い。
「・・・・・・」
ため息を付いて、ポケットに写真をしまおうとした時、潮風に写真を飛ばされた。
「あっ!?」
風に舞った写真は、少し離れた場所に落ちた。
白の大日本帝国海軍の制服を着用した男が、写真を拾う。
「南雲長官?」
神薙は、不動の姿勢で挙手の敬礼をする。
いつからそこにいたのか・・・
空母機動部隊司令長官である南雲忠一大将は、答礼をした後、写真を一瞥する。
「良い笑顔だ。幸せな気持ちが、写真から伝わってくる」
そう答えて、神薙に写真を差し出した。
「長官、何故こちらに?」
受け取りながら、神薙は、南雲に問いかける。
「少し気分転換に、散歩をしていたのだよ」
「そうですか」
「1人で、ゆっくり海を眺めて歩いていたのだが・・・神薙艦長、良かったら少し、散歩に付き合ってもらえないかね?」
「・・・はい」
あまりにも唐突な申し出だったが、神薙は素直に受けた。
「・・・私の息子から手紙が届いてね・・・自分も1日も早く海軍軍人となって、御国のために働きたいと、書いてあった・・・」
「・・・・・・」
ほとんど、独り言のような南雲の言葉を、神薙は無言で聞きながら、史実を思い出していた。
多分、手紙の差出人である息子とは、史実では1944年にサイパン島で自決した南雲と同年に、戦死したとされる長男の事だろうか?と、推測した。
だとすれば、まだ学生だろう。
何かの本で、戦前戦中の男児の将来の夢は、1位が陸軍大将で、2位が海軍大将というのを、読んだ事があった記憶が過ぎる。
現代で例えるなら、将来はプロ野球選手、プロサッカー選手等というのと、似たようなものだろうか?
海軍軍人である父親の背を見て育ったのなら、それもあり得る話である。
「・・・奇妙な事だが、本来なら息子の意志を尊重し、激励するべきなのだろうが・・・自分でも、言葉に出来ない複雑な気分になった」
南雲は立場上、もう1つの歴史の帰結を、知っているはずだ。
自分の運命も、息子の運命も・・・
それを、家族に告げてはいないだろうが・・・
「・・・大勢の将兵の命を預かる立場の私が、こんな事を言うのは、間違っていると分かっているのだが・・・息子を、止めたくなった。おかしなものだ・・・部下たちには、命を賭けて国を守れと言いながら・・・自分の子供には、まったく逆の事を言いたくなってしまった・・・貴官の令息は、菊水総隊陸軍に所属しているそうだな。貴官は、令息が軍人になりたいと言った時、どう思ったのかね?」
「・・・正直、内心では反対でした。中学校を卒業して、直ぐに自衛隊学校に入学したいと聞いた時は・・・普通に、高校、大学に進学してから進路を決めても遅くは無いし、将来の選択肢は色々あると言いました。何度も、何度も・・・ですが、息子の意志と決意は堅かったので、最終的に、それを尊重しました。ですが・・・いざ、息子が戦場に出るとなると、恥ずかしい事ですが、何故、あの時強く反対しなかったのかと・・・後悔もしました・・・」
事実を簡単に、神薙は告げた。
「そうか・・・未来の人間も、今の人間も、子供に対する親心は、何10年経っても、変らないのだな・・・」
埠頭の端で立ち止まり、海を眺めながら南雲は、つぶやいた。
「・・・・・・」
「・・・愚痴のようなものを聞かせて、済まなかったね」
振り返った南雲は、僅かに微笑みを浮かべて、神薙にそう告げた。
「・・・いいえ。ですが、南雲長官。何故、私に・・・?」
「特に、深い意味は無い。ただ、貴官なら私に、答をくれそうな気がしたからだ」
「いえ、私では・・・そんな、大それた事は、とても・・・」
南雲に聞かれた事に、答えたに過ぎないのだが・・・
「・・・息子が何を思い、海軍に入ろうとするのか・・・単に父親の後を継ぎたいと考えているのか?それとも、熟慮の上で、自らの道を決めたのか?それが、分かりかねていたのだ。もう1つの私たちの未来を知らなければ、そこまで考え無かったかも知れないが、未来を知っている今では、どうしても気になってね。貴官に聞いて貰えて良かった。自分の気持ちに、向き合う事ができそうだ。ありがとう」
「・・・恐れ入ります」
南雲の出した答というものが、何なのかまでは、神薙には分からない。
だが、南雲の話を聞いているうちに、自分も吹っ切るまではいかないが、ある程度、気持ちに整理をつける事ができそうに思えた。
終ってしまった事を後悔しても仕方が無い。
自分の手の届かない事を、悔やんでも、何にもならない。
それでも、自分に出来る事が1つあった。
司を・・・息子を、信じる事だ。
司は、自分の意志で、自分の未来を選択した。
不幸な出来事を経験したが、生きてさえいれば自らの意志で、それを償うチャンスはある。
自分が信じる事で、それが一助となるのなら・・・
「ありがとうございます」
心からの感謝の言葉を口にした。
「?」
急に、頭を下げて礼を言う神薙を、南雲は不思議そうに眺めた。
「何に対しての礼なのかは、理解しかねるが、私の言葉が貴官の役に立ったのなら、重畳だ」
「はい」
微笑を浮かべて、神薙は答える。
「・・・・・・」
非常に間が悪いというか、村主との面談を終えて、戻って来た所で切山は、語り合う神薙と南雲の姿を見かけてしまった。
もちろん、何を話しているのか分からない距離ではあったが。
まさか、言葉をかけるわけにもいかず、立ちつくしていた。
切山は知らない事だが、彼の同期でライバルでもある氷室も、かつて似たような経験をしたのだが・・・
「どうした副長?何かあったのか?」
神薙に声をかけられるまで、呆然としていた。
「い・・いえ。艦長の姿が、見えませんでしたので・・・」
「済まない。南雲長官と、雑談をしていた」
神薙の声に、以前のような強さが戻って来ているのが感じられた。
信じて待つようにと言った村主の言葉が正しかったのは、理解出来たが。
自分が、それを出来なかったのは・・・少し、遣る瀬無い。
「そうだ、副長」
「はい」
「貴官には、随分心配をかけてしまった。済まなかった」
「いいえ」
言葉少なく答えた。
もし、氷室がこれを見ていたら、「何をやっているんだ!」と、ぼやくかも知れない。
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誤字脱字があったと思いますがご了承ください。
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