対米包囲網 第13章 散る花 時巡り再び咲く花
みなさん、おはようございます、こんにちは、こんばんは、お疲れさまです。
大日本帝国首都東京府千代田区郊外陽炎団本部庁舎。
その団長執務室で、陽炎団団長の本庄警視監は、様々な部署から送られてくる報告書に、目を通す事に忙殺されていた。
コン!コン!
ノックの音が響く。
「入れ」
「失礼します。団長に面会を求めている方が、いらしています」
「面会?」
団長付きの秘書を務める婦人警察官の声に、本庄は報告書から顔を上げた。
今日は、外部からの面会の予定は、無かったはずである。
「はい。『桐生が来た』と伝えて欲しいと、言われましたが・・・」
「・・・分かった。会おう」
微妙なタイムラグの後に、本庄は、婦人警官に告げた。
「分かりました」
一礼して、客人を迎えるために、婦人警官は部屋を出て行く。
「・・・・・・」
「ダメですよ~お兄様。そんなコワ~い顔を、なさっては・・・折角の花の顔が、台無しですぅ~・・・」
いきなり気の抜けるような、声が聞こえる。
「全く・・・いつも、いつも・・・よく、こんな下らない事を、思い付くものだ・・・それに、『花の顔』という表現は、女性に対して使うものだ。男には相応しくない」
冷静に返されて、桐生は、つまらなそうな表情を、一瞬だけ浮かべた。
桐生が、秘書の目を躱して、ちゃっかりと執務室に侵入している事に、別に疑問も感じない。
彼女が本気なら、最新のセキュリティシステムなど、何の役にも立たない。
「この程度のセキュリティ等、お前なら簡単に、すり抜けるだろう。ただ、俺に隠身は通用しない」
断言されて、むすっとした表情を浮かべたものの、すぐに、悪戯っぽいというより、邪悪な微笑を浮かべて、本庄の側に寄る。
「ダ・カ・ラ。コワ~い顔は止めて、スマイル!スマイル!アハハハッ変顔ォ~!」
ケラケラと笑いながら、人の顔を、クニクニといじり回して遊んでいるのを、本庄は無視した。
どうせ桐生の、自分に対する、いつもの社交辞令であるから、すぐに飽きて止めるのは、分かっているからだ。
「・・・・・・」
ただし、秘書は別である。
待合室に、客人を迎えに行って、もぬけの殻である事に驚いて、戻って来たのだろう。
慌てて戻って来てみれば、さらに驚愕する光景を、目の当たりにする事になった。
何か、見てはいけないものを見てしまった・・・
そんな表情で、団長執務室のドアを閉めてしまった。
「・・・・・・」
「・・・何か、マズかった・・・かな?」
「そう思うのなら、やるな!!」
思わず、本庄は叫んだ。
桐生に、椅子を勧めてから、本庄は真向かいに腰を下ろした。
取りあえず、気を取り直した秘書が、2人分の湯飲みを、テーブルの上に置く。
ただ、まだ先刻受けた衝撃が収まっていないのか、表情が引きつっていたが・・・
「久し振りだな・・・会長には、会ってきたのか?」
咳払いをしてから、本庄は口を開く。
「はい。日本共和区に戻って直ぐに、いの一番に会いに行きました・・・相変わらず元気でした」
「・・・そうか」
先ほどまでの、おちゃらけた口調と打って変わって、普通の口調で、桐生は答える。
いつも、普通にしていれば、それなりなのに・・・本庄は、心中でつぶやく。
「・・・ところで、東南アジアでは随分と、やらかしたらしいが・・・何故、俺に始末書が回ってくる?」
「はて?何故でしょう?」
「・・・・・・」
シレッと惚ける桐生に、本庄は、ため息を付いた。
「東南アジアでの活動の詳細については、五十嵐局長から、後ほど報告書が上がってくると、思います」
「分かった」
完全に質問をスルーされたが、敢えて突っ込むのは止めた。
「それと、治安部のサッシーには、すでに伝えてありますが・・・」
「サッシー?」
「笹川さんです」
勝手に、愛称が付けられている。
「まだ、はっきりとした事は、分かっていませんが、大日本帝国内に潜入させている防衛部2班の諜報員からの情報で、帝国内に潜伏している反乱分子が、近い内に、連合国アメリカ合衆国の工作員と、共同で、何らかの行動を起こす可能性があるかと・・・治安部も、情報は掴んでいるようですが、決め手を欠いているようです」
「知っている」
この件に関しては、桐生が、わざわざ報告を直接してくれなくても、すでに本庄の耳にも入っている。
大日本帝国内務省警保局も、特高警察も動いているが、中々不穏分子の尾を掴む事が出来ていない状況だ。
だが桐生が、本来なら管轄外の、その件について、わざわざ言及するのには、何かあるのだろう。
「もしも・・・ですが、どうしても困ったという事になった時は、これを使って下さい。役に立つと思います」
持参した黒い鞄の中から、漆塗りの箱を取り出した。
「・・・・・・」
本庄は、無言で箱を手に取る。
「言っておきますが、間違っても、開けたら煙が出てお爺さんになる事は、ありません」
「・・・・・・」
ここで、それを言うか?しかも、このタイミングで?
ただ、桐生が何を言いたいかは、察しがついた。
万が一、最悪の事態が起こった場合・・・それを、想定しての対策についてだろう。
なぜ、彼女にそれが出来るのかは、彼女の家系について、説明する必要がある。
桐生家は、彼女の法律上の父の出自である、御影家と共に、徳川家康が一大名だった時代から、代々徳川家に仕えていた家門であり、江戸城の建築にも関わったそうだ。
身分は直参旗本であったそうだが、それ程高い地位では無かったらしい。
将軍家と江戸幕府を影から支える役目を負っていたそうだ。
桐生家は、幕末の戊辰戦争の1つの戦いである上野戦争で、彰義隊の一員として参戦した当主が戦死した事で、直系が絶えてしまったそうだが・・・
江戸城があった場所に、現在何があるか?
それに関係する物が、箱の中身なのだろう。
「心遣いには感謝するが、これに頼る前に、事態を収拾するのが、俺たち治安を守る者の務めだ」
「そうですね。まあ、御守代わり位には、なると思います」
そう言って、桐生は立ち上がった。
「東南アジア方面の仕事も、一応は区切りが着きましたし、私は[信濃]に戻ります」
「待て!」
一礼する桐生に、思わず本庄は、声を掛けた。
「・・・お前は、今まで十分に働いた。もう後は、後進に任せて、会長の側に居ろ」
僅かに迷ったが、思っていた事を口にした。
「・・・それは、私に引退しろ・・・と、いう事ですか?」
「そうだ。会長も口には出さないが、常にお前を気に掛けている。いかに壮健とはいえ、会長は、高齢だ。お前が側で支えてやれ。それに・・・」
「えぇ~!!本庄さんが、そんな事を言ったって知ったら、父は怒りますよ。『俺を、年寄り扱いするな!』って。80年後の違う戦後を歩んだ日本を、自分の目で見る気、満々なのですから・・・」
「明美!!」
冗談めいた口調で、本庄が言おうとした言葉を止めた桐生を、本庄は強い口調で窘めた。
「・・・だから、怒らないで下さい。コワいです、お兄様」
「・・・・・・」
小さく肩を竦めた後、桐生は微笑を浮かべながらも、真面目な表情になる。
「本庄さん・・・父は、毎年8月15日に、ある場所へ行くのです。あの戦争で亡くなった、父の元部下の方々や、大勢の英霊の方々が、祀られている場所へ、彼らに会うために・・・でも、父は霊魂とか幽霊等は、全く信じていません。何度足を運んでも、誰も会いに来てくれないと、こぼしていましたから・・・例え、恨み言でもいいから声を聞かせて欲しいと、ずっと願い続けていました・・・父にとっての戦後は、まだ終っていないのです。例えこの先、違う歴史を日本が歩んだとしても、父にとっての戦後は、ずっと続いていくでしょう。父が、天に召される日まで・・・私が、この仕事を続けているのも、今の歴史が、どう未来に繋がっていくのかを、父に代わって見届ける為です。どんな結果を迎えても、父の戦後は終らないでしょうが、気持ちに1つの区切りを付ける事は、出来るでしょう。それが、実の娘のように、私を慈しんで育ててくれた、父への恩返しになると思っていますし・・・それだけで無く、私自身が答を見つけたい事があるからです。自分の為に・・・私の事を、心配して下さる本庄さんの厚意を、袖にするのは心苦しいですが、これだけは譲れないのです」
「・・・そうか・・・」
桐生の言葉を聞いて、本庄はため息をついて、これ以上言う事を諦めた。
「それに、適度の親不孝は、親の老化防止に、役立つと思いますしね。私が、あっちへフラフラ、こっちへフラフラしていたら、放蕩娘が気になって、のんびり余生を送ろうなんて、考え無いでしょうし・・・」
「どんな理屈だ!!?」
キシシシ・・・といった感じの、底意地の悪い表情と、笑い声を上げながら言った台詞で、真面目に語った言葉の全てが台無しである。
昔は素直で、もっと可愛げがあったのに・・・何がどうして、こうなったのか・・・
内心で、ため息を付く。
「・・・とにかくだ、それだけの大言壮語をするのだ。途中でリタイアするのは、許さないからな。必ず生きて帰ってこい!!」
「そうですね。今度は約束を守りますよ。本庄殿」
丁寧に一礼をして、桐生は、執務室を後にした。
日本共和区平和神社。
休暇2日目の早朝、石垣は、この地を訪れていた。
タイムスリップをして以降、様々な戦闘や、事件、事故で戦死、殉職した、自衛官や警察官、海上保安官、消防吏員たちを祀る神社である。
日本を発つ前に、どうしても参拝を、しておきたかったからだ。
昨日、それぞれで自由行動をした石垣たちであったが、今日は、全員で平和神社に参拝する事を約束していたため、参道の入り口で、待ち合わせをしているところであった。
「おや?もしかして、石垣じゃないか?」
「?」
急に掛けられた声に、その方向に振り返る。
「あっ!?星柿?」
以前、朱蒙軍海軍海兵隊の訓練所で、一緒に教育研修を受けた、陸上自衛隊第14機動旅団第50普通科連隊第3普通科中隊所属の星柿健太郎2等陸尉だった。
「久し振りだな!」
「ああ、元気そうだな!」
挙手の敬礼を同時にした後、挨拶を交わす。
「星柿も参拝か?」
「ああ、第14旅団のハワイ派遣が、決定されてね。明後日、ハワイに向けて出発するんだ」
「そうか!じゃあ、またハワイで会えるな。俺も[信濃]で、ハワイへ向かうんだ」
久し振りの再会に、笑みが零れる。
「・・・俺の兄貴も、ここに祀られているんだ・・・だから、出発の前に挨拶しておこうと、思ってね」
「え?」
少しの談笑の後、真面目な表情で星柿は、つぶやいた。
「先々月の、北海道でね。兄貴はSATの隊員として、ソ連軍の指揮系統から外れた部隊の掃討作戦に従事していた時に・・・」
「・・・それは・・・辛いな・・・」
石垣も、詳細は知らされていないが、事務報告で、その情報は知っている。
知り合いの家族が命を落としたと聞かされれば、何とも言えない気持ちになる。
どう、言葉を掛けるべきか・・・言葉が見つからない。
「しっかし・・・殉職するまで、兄貴がSAT隊員だったって、全然知らなかったんだよな~これが・・・警備部所属とは、聞かされていたけれど・・・水臭い話だ。兄弟で、同じ特別国家公務員だっていうのに・・・警察の秘密主義も、大概だよな~・・・」
先ほどまでの沈んだ口調から気分を変えるように、やや明るい口調で、星柿は告げた。
「折角だから、一緒に参拝に、行かないか?」
「いや、連れが来るのを待っているんだ。急がないんだったら、星柿も一緒にどうだ?」
「へぇ~。連れって、男?それとも、女?」
「・・・いや・・・その・・・この場合、何と、言っていいのか・・・」
この場合、素直に女性と答えれば良かったのだろうが・・・何となく、諸々の事情で、石垣は言葉を濁した。
「?」
もっとも、これは無意味な先延ばしだったが。
「あっ!お~い!石垣2尉!!」
少し離れた所から、ブンブンと手を振りながら、大声で叫んでいる側瀬。
その後ろから歩いてくる、メリッサと任の姿も見える。
「あの婦人自衛官は、教育研修に参加していた娘だな。後は・・・」
「・・・・・・」
「ふ~ん。成る程、成る程・・・」
石垣の微妙な表情を見て、星柿は、人の悪い笑みを浮かべた。
「ハーレムなんて、小説の中の話だけだと思っていたが、リアルでもあるんだな」
「無い!!断じて無い!!彼女たちは、[信濃]に乗艦している同僚と部下だ!!それ以上でも、それ以下でも無い!!!」
石垣は、全力で否定する。
桐生といい、星柿といい、何故、そういう結論に持っていくのか・・・
「へぇ~・・・じゃあ、誰か1人、紹介してくれないかなぁ~?」
人の悪い笑みを浮かべたまま、星柿は1人を指差した。
それは・・・
「!!・・・ダメェ~!!!絶対ダメェ~!!!」
石垣が、絶叫する。
語るに落ちる・・・とは、この事である。
「ハッハ~ン。本命発見!!で、どこまで進展しているんだ?アルファベットで、答えてくれ」
「!!?・・・・!!・・・!!!」
星柿の言葉の意味を理解するまで、多少の時間を要した。
「何だ、進展無しか?しっかりしろよ!」
鯉のように、口をパクパクさせて、真っ赤になっている石垣に、星柿は呆れた口調で言った。
「何、大声出しているんです?石垣2尉。それに、顔が真っ赤っ赤ですよ?」
「い・・・いや・・・これは、その・・・何というか、ちょっと暑くて・・・」
「何だ?昨日は寒いと言っていたが、今日は暑いのか?自律神経に問題があるなら、良い漢方薬があるぞ。男性でも更年期障害は、あるからな」
頭に?マークを浮かべている側瀬と、人の悪い笑顔を浮かべている任が、代わる代わる突っ込みをいれる。
「更年期じゃありません!!!」
石垣が、絶叫する。
「・・・・・・」
殆ど、掛け合い漫才のような状態に、星柿は、吹き出しそうになるのを、必死で堪えていた。
「貴方たち!!お馬鹿な事は、止めなさい!!場所を考えなさい!!不謹慎でしょう!!」
一番真面な思考を持っている、メリッサの一喝が飛ぶ。
「「「「済みませんでした!!」」」」
全員が、頭を下げる。
「・・・何か石垣が、尻に敷かれている未来が、想像できるんだが・・・」
「ハ・・・ハハハ・・・」
社殿までの参道を、先に進む女性陣を見ながら、星柿が囁く。
石垣は、乾いた笑い声を小さく上げる。
その視線の先では・・・
「駄目でしょ、ミユキ!参道の真ん中を歩いちゃ!」
「えぇ~!何で!?」
「神社に参拝する時の基本でしょう!!参道の真ん中は、神様の通り道なのよ!!」
「ふ~ん。そうなんだ・・・」
地域によっては、違いがあるとは思うが・・・
アメリカ人のメリッサに、日本の神社の参拝マナーを教えて貰っている時点で、日本人として、どうなんだ、側瀬?という疑問が浮かぶ。
何だかんだで、結局は騒々しいこの集団を見て、不謹慎と思うか、微笑ましいと思うかは、人それぞれであろう。
参道脇には等間隔で、桜の苗木が植えられている。
参拝を終えての帰りに、石垣は桜の苗木を見詰めた。
「どうしたの、タツヤ?」
メリッサの声に、振り返る。
「・・・今年は、桜を見る事が出来なかったなと、思って・・・」
苗木は、低いながら若葉が芽吹いていた。
「そうね・・・」
しみじみとした口調で、メリッサは同意する。
生きていれば、来年また桜の花を見る事は、出来るだろう。
ここで眠る人々には、それが、かなわない・・・
石垣は、目を閉じる。
子供の頃から疑問に思っていた事だが、学校の歴史の授業では、第2次世界大戦の事は、歴史の教科書の数ページにしか、記載されていない。
しかも、3学期の押し迫った時期に重なるため、殆ど、飛ばし読みのような状態だ。
日本人にとって、あの戦争は何だったのかを、考える暇すら与えられない。
そんな状態では某国が、「日本は歴史を直視していない」と言っているのも、強ち間違いでは無いだろう。
学校の教師ですら、生徒に真面に教える事が無い。
ただ、本気でそれに取り組んだ場合、困る人も出て来るだろう。
何でも単純に、正義と悪の二択の枠に、思考を押し込めようとする人々は、特に・・・
石垣は、目を開けて空を見る。
自分に言える事は、あまり無い。
ただ、この時代の人々も、自分たちも、考え方の違いはあっても、平和を望んでいるのは、変らない。
あの地で眠る英霊たちも、ここで眠る英霊たちも、平和な明日を願って、その命を散らした。
それは、決して忘れてはいけない。
生きている自分たちは、何を為すか・・・
アメリカのある大統領が、「国家が君たちに、何をしてくれるかを聞くのでは無く、君たちが国家に何を出来るかを聞いて欲しい。それが、平和への対話に繋がる」と、言ったそうだ。
その言葉の意味は、とても深い・・・
「・・・必ず、今年中に戦争を終らせる・・・」
何に対する、誰に対する誓いであるか・・・それは、石垣にも分からない。
対米包囲網 第13章をお読みいただきありがとうございます。
誤字脱字があったと思いますがご了承ください。
次回の投稿は4月2日を予定しています。




