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対米包囲網 第12章 それぞれの休暇

 みなさん、おはようございます、こんにちは、こんばんは、お疲れさまです。

 1942年5月下旬。





 台湾近海での、全ての公試運転、演習を終了した大日本帝国統合軍指揮艦[信濃]は、補修、点検のため、横須賀鎮守府に入港した。


[信濃]の乗組員には、3日間の休暇と、上陸許可が出された。





「久し振りの(おか)だな」


 しっかりとした、地面の感触を靴底に感じながら、石垣(いしがき)達也(たつや)2等海尉は、なんの変哲の無い感想を漏らした。


「俺は、日本共和区に、行こうと思うけど・・・皆は、どうするの?」


 石垣は、同行者に振り返る。


「アタシも!アタシも!お父さんと、夕食を一緒に食べる約束をしているから!石垣2尉も、一緒にどうです?お父さん、ハリマオさんの話、絶対聞きたがりますよ!レンちゃんと、メェメェも、どうかな!?」


 キャピキャピとした、元気な口調で答えたのは、(そく)()美雪(みゆき)3等海尉だ。


「いや・・・折角の、お誘いは嬉しいけど、父娘水入らずを邪魔するのは悪いよ・・・」


 何しろ側瀬の父親は、防衛局統合幕僚本部監察監の(そく)()隆一(たかいち)陸将である。


 失礼ながら、こんな高級幹部との食事に、同席する事になれば・・・


 戦闘ストレス以上の、ストレスになる事は、間違い無い(色々な意味で・・・)。


「私も、折角だが遠慮させてもらおう。日本共和区に、(シェ)上將が、いらしている。久し振りに、ご挨拶に伺いたい」


 (レン)(チェン)(ラン)中尉も、そう言って断った。


「謝上將って・・・連合支援軍総司令官の・・・?」


「そうだ。私にとっては、父親のような方だからな」


「ふ~ん。じゃあ、仕方無いな~・・・メェメェは?」


「・・・そうね。特に、予定も無いし・・・お邪魔じゃ無いかしら?」


 一瞬、考え込む素振りを見せた、メリッサ・ケッツァーヘル少尉だったが、遠慮がちに、側瀬に聞いてきた。


「ゼンゼン!メェメェだったら、お父さんもきっと、大歓迎してくれるよ!!」


(俺だと、駄目って訳!?)


 何とな~く、引っかかるような側瀬の言葉だが、本人は、特に悪気は無いのだろう。


 まあ側瀬の、子供っぽい外見は置いておくとして、父親的には、年頃の娘が男友達を連れてくるよりは、女友達を連れてくる方が、精神的に楽かも・・・と、考えられなくもない。


 直接的に、側瀬陸将の人となりを知っている訳ではないが、娘のファザコン振りを知っている石垣からすれば、父親も娘ラブが凄いのではないかと、勘ぐってしまうくらいだからだ。


 そんな父親の前に、一応娘の上官とはいえ、若い男がノコノコ現れたら・・・


 考えるだけでも、恐ろしい展開が待っているかも・・・で、ある。


「どうしたの、タツヤ?」


 1人で、身震いしている石垣に、メリッサが怪訝な表情で、話しかける。


「・・・い・・・いや・・・今日は、チョット肌寒いな~と・・・」


「?」


「どうせ、おかしな想像でも、していたのではないか?」


 任に、鋭く突っ込まれる。


「は・・・ははは・・・」


 取りあえず、笑って誤魔化すしかない。


「あれ!?石垣君?」


 聞き覚えのある声に、石垣は振り返った。


「桐生さん!?帰って来たのですか!?」


 ずっと店長研修とかで、1ヶ月程いなかった[信濃]酒保店長の桐生(きりゅう)明美(あけみ)だった。


「お久しぶり。石垣君、メリッサちゃん、春蘭ちゃん、美雪ちゃん。元気だったみたいね?休暇かな?」


「ええ。まあ・・・」


 いつも通りのアッケラカンとした、笑顔を浮かべる桐生に、石垣は、しどろもどろに答える。


 なにしろ、桐生から店長研修に出発する前に、自主鍛錬として続けておくようにと言われていた、剣道の鍛錬を、石垣は、任務やら何やらを理由にして、サボっていたからだ。


 バレたら、後が怖い・・・


「あれ・・・?元気が無いね。疲れているのかな?」


 そんな、石垣の様子を見た桐生は、石垣、メリッサ、任、側瀬と、順番に顔を見てから、石垣を手招きする。


「何です?」


「はい。疲れた君には、健康ドリンク!」


「はい?」


 いきなり渡された、小さなビンのシールには、ストロングなんとかと、書かれていた。


 その、如何にも~な、ネーミングの商品名の横には、デカデカとした文字で、『マムシエキス入り』と、書かれていた・・・


「しっかり、息抜きしてきてね」


「桐生さんっ!!何、トンデモナイ誤解を、しているんですかぁぁぁ~っ!!?」


 1人で、焦っている石垣に手を振り、メリッサたちに、「お休み、楽しんできてね」と、声をかけて、桐生は、颯爽といった感じで去って行った。


「しかし、いつ見ても元気な人だな・・・」


「そうね」


「しかも、いつもお肌ツヤツヤ・・・今度、どんな化粧品使っているか、聞いてみよ~と」


 呑気に語り合っている女性陣を尻目に、1人石垣は、ドッと疲れを感じていた。





 同日。


 1隻の貨物船が、神戸港に錨を降ろしていた。


 船名は、[ピース・エバンジェリステック・ウォーカー]・・・見た目は単なる貨物船にすぎないが、新世界(ニューワールド)連合多国籍情報局に所属する、CIA外部局[ケルベロス]が保有する、工作船である。


 指揮艦[信濃]へ、菊水総隊司令部付連絡将校として着任する予定の氷室は、ある人物を訪ねるため、この工作船に、乗船した。





「・・・・・・」


「・・・・・・」


「・・・・・・」


「・・・・・・」


「・・・・・・」


「・・・・・・」


 仏教の修行の1つに、無言の行というのがあるが、正しくこれだなと、氷室は思った。


[平和の伝道者]という、皮肉の最高峰と言って良い意味を持つ船名の、工作船の1室で、その船室の主を前に、ひたすら無言で待っていた。


 その船室の主は、来客用らしい応接机に道具を広げて、私物らしい日本刀の手入れをしていた。


 氷室の存在は、ガン無視である。


(まあ、いいか・・・)


 取りあえず、相手が話しかけてくるまで待つ事に決めた氷室は、主と部屋を観察する事にした。


 まずは、船室を見回す。


 至って、シンプルの一言である。


 来客用の簡易な応接セットに、シングルベッド、デスクに、何処にでもあるクローゼット・・・それだけだ。


(やっぱり、ベッドのマットレスの下には、個人用の携帯武器が、ワンサカと隠されているのかなぁ~?映画みたいに・・・)


「言っておくが、マットレスの下に、武器は隠していないからな。あんなことをしたら、いざという時に、武器が不具合を起こしかねないし、第一、寝られない。せいぜい、護身用のナイフと拳銃を、枕の下に忍ばせて置くくらいだ・・・」


「・・・ですよね~・・・」


 氷室の心を読んだかのような独り言にプラスして、サラッと怖い事を言う。


 即座に氷室は、観察を止めた。





「で、何か用でもあるのか?」


 小1時間程経って、手入れの終わったらしい日本刀を、刀袋に仕舞いながら青年が、声をかけてきた。


「わっ!?ビックリした!!」


「なぜ、驚く?」


「いや・・・急に声をかけられたら、驚くでしょ・・・普通・・・」


「・・・用が無いなら、お引き取り願いたいところだが・・・」


「・・・君、そういうトコ、お母さんに似ているねって、言われない?」


 スーパー自己中・・・心の中で、氷室はつぶやいた。


「・・・用があるなら、さっさと言え!!」


「はいはい」


 ヤレヤレとため息を付きながら、氷室は青年を見る。


 とある事件を切っ掛けに、知り合いになった青年。


 桐生隼也(きりゅうしゅんや)・・・桐生明美の1人息子である。


「あのね、隼也君。君のお母さんに、僕、いつも苛められているんだ・・・君から言って貰えないかなぁ・・・可哀想な氷室君を、苛めないでって・・・何しろ僕は、これから[信濃]に赴任するんだよ。これから毎日、君のお母さんと顔を会わせるんだよ。毎日、苛められたら、僕のガラスの心臓が、持たないよ・・・」


「知らん!」


「そんなぁ~!!」


「アンタの事だ。どうせ、お袋に脅しでもかけて、逆に脅されたんだろう?自業自得だ」


「酷いなぁ~・・・僕が、そんな人間に見える?」


「見える!」


「サイデスカー・・・」


 断言されて、棒読みのような言葉を返す。


「と・・・とにかくですね。君のお母さん、お金にガメつ過ぎ・・・本当に金の亡者だよ。知っている?僕がチョット頼み事をしたら、それに特別手当を要求するんだよ。防衛局特別勤務者は、基本給が海士と同じ位だけど、君のお母さんは、剣道講師として技官扱いになるから、その手当が上乗せされているし、戦闘艦に乗艦しているから、危険手当なんかの手当等も、もれなく付いてくる。これだけで、僕の給料より遥かに上なのに・・・それにプラスして、陽炎団関係の職務もあるから、そっちからも、ハンパない額の給料貰っているでしょうが・・・」


「・・・だから?アメリカ軍でも、特殊技能のある軍属は、同待遇の階級の一般の将兵より給料が上だ。それと、1つ訂正しておくが、お袋は金の亡者じゃない。単に、金に汚いだけだ」


「サイデスカー・・・」


 全くフォローに、なっていない気もするが・・・


「・・・それにだ。今年の1月に、天皇陛下とマッカーサー大将らとの極秘会談を、手配しただろう?それで、お袋関係の事は全部チャラだ・・・あれを手配するのは、色々大変だったんだぞ。警護やら何やら・・・収支で考えれば、こっちがマイナスなんだからな。老い先短い婦人の我儘の1つや、2つや、3つや、4つ・・・10位、何でも聞いてやれ」


「数、多い!!多い!!それに、老い先短いって・・・この先1000年くらい、平気で生きそうな気がするんですが・・・」


「俺のお袋は、化け物か?」


「いや・・・なんか、人間辞めている雰囲気が、ヒシヒシと伝わってくるというか・・・何というか・・・」


「・・・だろうな・・・」


 それまで、ほとんど無表情だった隼也の表情が、僅かに曇った。


「ところで、何しに日本に?僕は、てっきり例の計画の準備で、アメリカに行っているものと、思っていたけれど?」


 明るい口調で、氷室は話題を変えた。


「油が切れた」


「へ?」


「刀の手入れに使う、丁子油が切れたから買いに来た」


「サイデスカー・・・」


 それだけのために、予定を変えるのか?やはり、この母子は只者では無い・・・


 世界や地球どころか、宇宙は自分を中心に回っていると、思っているとしか思えない。


「大切なんですね。その日本刀・・・」


「これは俺が、10年前に、アメリカに発つ時に、お袋から譲られた物だ」


 昔を思い浮かべるような表情になって、桐生はつぶやいた。


「まあ、昔を懐かしむのは置いといて、連合国アメリカ合衆国の連邦議会は、ハワイ諸島の奪還を、賛成多数で議決したらしいですしね。これから、ますます騒がしくなりそうだ」


「知っている。アメリカ国内では、反戦派と主戦派に国民が別れて、暴動やら何やらで、ちょっとした内戦が勃発しそうな雰囲気だからな。国内の世論を、ある程度政府寄りに持って行くには、戦争で、ある程度の戦果を挙げる必要が出て来たからな」


「そうなるように仕向けたのは、何処の何方でしょうかねぇ~?」


 他人事のように語る、桐生をジト目で見つつ、氷室はつぶやく。


「さあな。南方で色々やらかしている、怨霊どもと似たような連中だろうな」


 シレッとした表情で、桐生は答える。


「まあ良いでしょう。どちらにしても、無事に帰って来て下さい。色々なゴタゴタが片付いたら、また一緒に、酒でも飲みましょう」


「・・・死亡フラグだろ。その台詞・・・」


「・・・・・・」


 今、それを言うのか・・・


「1つ、教えておく。米英独伊4ヶ国連合軍の、海軍総司令長官は、予想通り太平洋艦隊司令長官のニミッツ提督だが、陸軍総司令官は、ドイツ第3帝国国防軍陸軍の、戦車の父と呼ばれた男だ。舐めて掛かると、痛い目に遭うぞ」


「成る程。ご忠告、肝に銘じておきますよ」


 それは、それは・・・連合国は、随分と思い切ったカードを切ってきたものだ・・・


 氷室は、そう思った。





 神奈川県海軍厚木飛行場。


 大日本帝国統合軍省統合軍作戦本部統合作戦総長である山本五十六(やまもといそろく)大将は、陸軍本部長である牛島(うしじま)(みつる)中将と共に、そこにいた。


「牛島君。これから君が見聞きする事については、全て、君の胸の内に止めておいてほしい。この件については、大本営でも既に、承認されている」


「はい」


 山本の、言葉に返事をしながらも、余りにも勿体ぶった物言いに、牛島は内心で首を捻っていた。


 バラバラバラ・・・という、腹に響くローター音が、遠くから近付いてくる。


 ゴオッ!!という、風の音と共に姿を現したのは、5機の巨大な回転翼機だった。


「これはっ!?」


 吹き付ける風に、目を細めながら牛島が、叫ぶ。


 上空で、ホバリングしている4機の回転翼機には、日の丸に鬼の面が描かれたマークが見える。


 その猛々しい外観の回転翼機は、菊水総隊や新世界連合軍から渡された資料で知っている。


 西側諸国では、[ハインド]と呼ばれる戦闘ヘリMi-24Dである。


「総長・・・これは・・・?」


「少し、演出が過剰過ぎました・・・かね?」


 最初に着陸した1機のMi-24Dから降りてきた、陸軍将校が声を掛けてきた。


「阿南中将殿!?」


 現在、日本共和区防衛局に、大本営から陸軍顧問として派遣されている、阿南惟幾(あなみこれちか)中将である。


「山本作戦総長。大本営からの指示で、研究のために陸軍が購入していた、Mi-24D、7機より4機を、実戦配備として譲渡します。それと、特殊訓練を積んだ陸軍の精鋭1個小隊を、牛島中将直轄部隊として、お預けいたします」


「うむ」


「特殊訓練・・・と、言うのは?」


「詳しくは、資料に纏めている。簡単に説明すれば、菊水総隊陸軍の特殊作戦群と似ていると、思ってくれれば良い。現在は試験的に編成した部隊だが、ゆくゆくは、様々な特殊作戦に投入できる部隊として、育成するつもりだ」


 阿南の説明を聞きながら、牛島は順次、着陸する回転翼機から降りてきて、整列する兵員たちの異様な姿に、圧倒されていた。


 全員が、黒い戦闘服に、同色の防弾チョッキを装備し、黒の目出し帽を被っているため、表情も分からない。


 漆黒の軍団・・・そんな言葉が、脳裏に浮かぶ。


「大日本帝国陸軍版特殊作戦群。通称、[鬼兵(きへい)(しゅう)]だ」


 阿南の言葉に、整列を終えた[鬼兵衆]は、一斉に山本と牛島に、挙手の敬礼をする。

 対米包囲網 第12章をお読みいただきありがとうございます。

 誤字脱字があったと思いますがご了承ください。

 次回の投稿は3月26日を予定しています。

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