対米包囲網 第10章 対米包囲網 4 ヒトラーの決断 中編 魔女狩り
みなさん、おはようございます、こんにちは、こんばんは、お疲れさまです。
シュッツ・シュタッフェル(SS)と、ゲハイメ・シュターツポリツァイ(ゲシュタポ)と言えば、現代人には、ある民族を迫害、弾圧、強制収容した収容所で、残酷な行いをした、暴力組織といった認識があるが、もう1つの歴史の中では、かなり違った組織となっていた。
SSは、ヒトラー親衛隊として、ヒトラーら政権の重鎮たちの警護を担当する警護部門と、ベルリン防衛を主任務とする総統直轄の武装親衛隊である軍部門に分れている(史実のSSと言うより、ソ連時代のKGBの組織編成に近い)。
ゲシュタポは、史実通りのSSの傘下での秘密警察としての扱いながら、主任務は、ドイツ国内の反社会的思想主義を掲げる集団の摘発と、他国での諜報活動という、分かりやすく説明するなら、日本共和区の、陽炎団国家治安維持局の規模を大きくしたような組織となっている。
そのSSとゲシュタポを、総括している国家保安本部長官であるハインリヒ・ルイトポルト・ヒムラーの元に、親衛隊の将校から、ヒトラーに宛てた、差出人不明の書簡が届けられた。
「何だ、これは!!?」
その、書簡に封入されていた、年表らしき物を見て、ヒムラーは声を荒げた。
「我らが、総統閣下に対して、何たる侮辱!!何たる非礼!!このような、出鱈目な怪文書を送ってきた奴に、私自ら相応の報いを、くれてやりたいくらいだ!!!」
怒り心頭といった感じで、ヒムラーは書簡を破り捨てそうになったが、寸前で思い止まった。
「これは、総統閣下も、ご覧になられたのか?」
暫く、何度も深呼吸をして冷静さを取り戻したヒムラーは、怒りは収まらないながらも、落ち着いた口調で、書簡を持ってきた親衛隊員に振り返り、問いかけた。
「いいえ、総統閣下には、大勢の国民からの手紙が、いつも送られてきますが、差出人不明の手紙に関しては、必ず中身を確認してから、閣下の元に、お届けするようにしています。ですから、これは届けていません」
「当然だ。こんな、総統閣下を愚弄するような、内容をご覧になられたら、きっと閣下は、お怒りになられるより、悲しまれるだろう。しかし・・・一体何者が・・・?」
そう言いながら、ヒムラーは胸が悪くなるような内容の、年表擬きを見返した。
ヒトラーが目指す理想の真逆な内容が記された・・・歴史。
ヒムラーは、知る由も無かったが、それは彼が知らない、もう1つの真実であった。
そして・・・
同封されていた紙片には、『第1副首相の身辺に、注意されたし』と、タイプライターで短い文章が印字されていた。
これには、ヒムラーも考え込まずには、いられなかった。
単純に考えれば、警告文とも取れるが、何か別の意図が含まれているのか、どうか・・・?
「クラウゼン副首相閣下は、総統官邸に、いらっしゃるのか?」
「いいえ、今の時刻ですと、ご公務を終えられて、お帰りになられていらっしゃると、思われます」
「・・・・・・」
まず、副首相に相談してみようと考えた、ヒムラーだったが、少し考え込んだ後、決断した。
「あまり大袈裟になっては、副首相閣下に、ご迷惑をかけてしまうが・・・何も無ければ、それでも良い。私が責任を取る。SSとゲシュタポから人員を割いて、閣下をお捜しせよ。見つけ次第、私の所まで、お連れしてくれ。『ヒムラーが、相談したい事がある』と、お伝えせよ」
「ハッ!!」
不動の姿勢で、親衛隊員は右手を挙げて、敬礼をした。
総統官邸での公務を終えたクラウゼンは、ベルリン市街を散策がてら、お気に入りのカフェテラスに向かっていた。
「クラウゼン閣下、歩いて行かずとも仰って頂ければ、お車を、ご用意いたしましたのに・・・」
ヒトラーユーゲント(ヒトラー青少年団)の制服である、茶色の開襟シャツと短パン姿の少年が、後を付いて歩きながら、声をかける。
「あら、ハンスは車の方が、良かったかしら?」
「い・・・いいえ。私は歩く事は、苦になりませんが・・・」
「そう。私も歩く事は、好きなの。こうやって、街並みをゆっくりと眺めながら、行き交う人々の姿を見る。とても、心が落ち着くわ」
クラウゼンの言葉を聞き、ハンス・ボウマーは、改めて、街並みを見回してみる。
春を迎えたベルリンは、街路樹の緑と、あちらこちらで咲き誇っている花々で、輝いているように見える。
モスクワ失陥、大西洋、東アフリカでの敗退の報を聞いても、街並みを行き交うベルリン市民の表情は明るく、その生活は、いつもと変わりない。
それは、ベルリン市民、ドイツ国民が、ヒトラーを心から信じているという表われであるのだろう。
もちろんボウマーも、その1人である。
明るい表情とは裏腹に、クラウゼンは思い悩んでいた。
自分が何故、この時代に飛ばされてきたのか・・・?
何故、最初に出会ったのが、ヒトラーだったのか・・・?
それは、最初から抱いている疑問であった。
まさか、自分が選ばれたなどとは、到底思えない。
どちらかというと、交通事故に巻き込まれたような感じ・・・と、考えるのが一番しっくりくるのではないかと、思える。
ただ、ヒトラーに保護され、理解不能な出来事からの混乱から立ち直った彼女が考えたのは、どうにかして元の時代へ帰る方法を探す・・・というのでは無く、これからのドイツが歩む歴史を、多少なりとも良い方向へ、持って行けないか?という事であった。
クラウゼン個人の意見としては、歴史上のヒトラーとナチス党については、功より罪の部分が、確かに多い。
しかし、罪だけで断罪するのは、あまりに乱暴である。
少なくとも、第1次世界大戦、その後の世界恐慌の混乱からドイツを建て直したのは、ヒトラーの手腕である。
これは、公に言われる事では無いのだが、そのヒトラーの政治的能力に関しては、ヨーロッパ諸国では、それなりに認められているそうだ。
それに、独裁という言葉を嫌う国家、人々もいるが、独裁という政治体制自体は、必ずしも絶対悪という訳では無い。
あまりに何十年も続けば、弊害も当然出て来るが、短期的に国家の体制を整えたり、経済を建て直すには、民主主義より効率的であろう。
現代人なら、わかりやすい例が、[アラブの春]だろう。
アフリカの民主化を謳って、独裁者を排除したものの、待っていたのは混乱であった。
ヨーロッパ人なら、誰もが、そうなる可能性を知っているはずであっただろう。
フランス革命以後の民主化したフランスが、辿った混乱。
それを収拾したのは、ナポレオン・ボナパルトという、1人の英雄であった・・・という事を。
結局、独裁者を忌避するのも民衆なら、求め、支持するのも民衆と、言えるのかも知れない。
ならば・・・
クラウゼンは、自分が学んできた政治的知識や、歴史的知識と自分なりの考察を元に、助言者として、ヒトラーを補佐する・・・という選択をしたのだった。
「・・・っか?・・・閣下?」
ボウマーの呼びかける声に、クラウゼンは我に返った。
「ごめんなさい。何かしら?」
「何か、ぼんやりとなさっていたようですので・・・つい、声を・・・」
心配そうな表情の少年に、クラウゼンは微笑んだ。
「少し、考え事をしていたから。心配しないで」
「・・・色々と、大変な事が起こりましたから・・・お疲れも、溜まっていらっしゃるのでは・・・」
「そうね・・・」
確かに疲れているだろう。
ドイツ第3帝国の諜報機関も、大日本帝国に力を貸し、連合国軍と戦う不明軍についての情報は、朧気には掴んではいた。
戦前から大日本帝国もまた、これまでの政策とは違う方針に転換をした事から、クラウゼンも、日本にも自分と同じ様な、人間がいるのではと推測はしていたものの、想像の遥か上の規模であるとは、思わなかった。
クラウゼンが、不明軍の正体らしき物について、思い当たる事ができたのは、アトランティック・スペース・アグレッサーの存在が公となり、ドイツ第3帝国と、連合国の講和が成立して後、連合国から提出された様々な、太平洋側での戦闘記録が閲覧できるようになってからだった。
ドイツ国防軍情報部が、これまでは、ヒトラーやクラウゼンたち政権の要人たちに、伝えるべきか否かで論議していた、大日本帝国に関する真偽不明な情報も、纏めて上げられてきた事により、クラウゼンは、ほぼ全てを悟った。
膨大な、戦闘記録や写真、映像等から日本国自衛隊だけで無く、G7に属する国軍、その他の国軍、若しくはそれに準ずる組織等・・・
そして、外交記録等から文民も相当数来ている事は、容易に想像できた。
これだけの数が偶然に、この時代に来たとは、考え難い。
方法は分からないが、始めから、意図して来た・・・としか考えられなかった。
意図して来たのなら、その目的は・・・?
ある1つの可能性に思い当たり、クラウゼンは、恐怖を感じていた。
侵略である。
例ならある。
ヨーロッパ人が、新大陸と呼ばれた、アメリカ大陸で行なった事を、そのまま使えば良いのである。
友好的な先住民を懐柔して味方に引き込み、敵対する先住民と争わせる・・・である。
この場合の先住民とは、この時代の人々の事である。
冗談では無い!と、クラウゼンは思う。
元の時代では、映画やドラマ、アニメを視聴したり、テレビゲームをプレイする事で、第2次世界大戦の世界観を、疑似体験できる。
だが、そんな感覚で、この時代の人々を見て欲しくない。
10数年という時間が、長いか短いかは分からないが、その時間でふれあう事が出来た人々は、血肉を持ち、心を持った人・・・
決して、ストーリーの決まった映像や、ゲームに出て来るデータとしての、単なる登場人物では無いのだ。
クラウゼンが、自分と同じ時代から来た人間たちの存在を確信しながらも、敢えて接触しようとしなかったのも、彼らの目的が何なのかが、はっきりと分からなかったからである。
暫く歩いて行くと、目的のカフェテリアが見えてきた。
自然と、クラウゼンの口元が綻ぶ。
今だけは、思い悩むのは止めよう・・・そう、思った。
「!!?」
急に、目の前に3人の男が、立ちはだかる。
「誰?」
「・・・・・・」
男たちの目付きが怪しいのに気が付いたボウマーが、クラウゼンを庇うように前に出る。
さらに、退路を塞ぐように、4人の男が2人の背後に立つ。
「誰ですか!?貴方たちは!?」
明らかに、自分に向ける害意を隠そうとしない連中に、クラウゼンは強張った声で、問いかける。
「魔女は死ね!!」
1人の男が、右手に持ったナイフを突き出してきた。
「!!!」
「閣下!!危ない!!」
ボウマーが、クラウゼンを庇う。
「ハンス!!?」
クラウゼンが、悲鳴を上げる。
その時。
双方の間に割り込んできた影が、男のナイフを手刀で叩き落とし、男の勢いを利用して、そのまま投げ飛ばした。
「「「!!?」」」
「グエッ!!」
地面に叩き着けられた男は、白目を剥いて気絶する。
「早く!こっちへ!!」
長く美しい金髪の女性が、クラウゼンとボウマーの手を取って、引っ張る。
「あ・・・貴女たちは・・・?」
「話は後です!取りあえず、あのカフェテリアに避難して下さい!」
男を投げ飛ばした東洋人らしき男が、叫ぶ。
「急いで!!」
もう1人の女性に急かされて、クラウゼンとボウマーは、走り出す。
「待て!!」
「おっと!ここから先は、通行止めだ!」
追いかけようとした男に、足払いを掛けて転倒させた、もう1人が不敵な笑みを浮かべて、言い放った。
マリクである。
何やら剣呑とした雰囲気で、カフェテリアを出て行った男たちを、新居たちは不審に思って追いかけたのだが、正解だった。
「クラウゼン閣下、お怪我はありませんか!!?」
カフェテリアの入り口で、店主が大声を上げた。
「店主!!その、ご婦人と少年を、保護してくれ!!それと、警察に連絡を!!」
振り返って、叫ぶ新居に、男が殴り掛かってきた。
「邪魔するな!!東洋人!!」
「やかましい!!」
ボクシングのカウンターの要領で、新居は、男の顔面に拳を叩き込む。
「あららら・・・腐っても、民間人だよ。暴力は、良くないんじゃ無い?」
からかうような口調で、マリクが言う。
「不可抗力だ!!手を上げたら、こいつが勝手に飛び込んできた!!」
「随分と、わざとらしい不可抗力もあったものだ・・・おっと!これも不可抗力だ!!」
先ほど、蹴り倒した男の頭に、マリクは、踵を落として再び昏倒させた。
「・・・・・・」
マリク、君の方がもっと酷い。
もっとも、キツ~い一撃を貰った相手に、同情する気は更々無い。
「貴様等、何者だ!?」
さすがに、邪魔に入った者たちが、ただ者でないと悟ったのか、1人の男が叫ぶ。
「・・・名乗る必要ってある?」
「いや、自分の名前も名乗らない輩に、名乗る意味も必要も感じない」
「だね」
数を頼んで不届きな事を働こうとする輩は、自分たちより強い人間には、まず手を出さない。
内心で新居は、この連中が、さっさと退散してくれれば良いと思った。
正直、これ以上の厄介事は、御免被りたいからだ。
しかし、大体こういった場合、厄介事は、友達を連れてくるどころか、増殖してやって来るのが世の常だ。
黒塗りの車が数台、猛スピードで突っ込んできた。
新居とマリクの前で急停車した車からは、SSとゲシュタポの制服を着た男達が、ワラワラと降りてきた。
「・・・次から、次へと・・・」
あまりの急展開に、思わず新居は、ため息をついた。
「動くな!!」
お馴染みの黒の制服に、ハーケンクロイツの腕章を付けた、SSの指揮官らしき男が、ワルサーP38を、構えて叫ぶ。
「・・・・・・」
新居とマリクは、無言で両手を挙げる。
「まずい!!SSと、ゲシュタポだ!!」
青くなったのは、クラウゼンを襲撃しようとした者たちだった。
「逃げろ!!」
当然の反応だろうが、倒れた仲間を捨て置いて、一目散に逃げ出した。
「待てっ!!」
当然ながら、ゲシュタポが追いかけていく。
「・・・タカヒコ。俺が合図をしたら、撤収するよ・・・」
マリクが小さな声で、囁いてきた。
「何?」
新居が、聞き返した。
突然、すぐ近くの消火栓が破裂し、勢い良く水が噴き出した。
「何だ!?」
「何事だ!?」
新居とマリクに拳銃を向けていた、SSの隊員は、噴き出した水を真面に喰らって、大騒ぎをする。
タァァーン!!
新居の耳に、狙撃音が響く。
(狙撃!?)
消火栓が、突然破裂した原因はわかったが、狙撃音が遅れて響いたという事は、相当離れた距離から狙撃したという事だ・・・
しかし、一体誰が・・・?
だが、それを考えている暇は無い。
「今だ!」
マリクの声に、新居はすぐ近くの路地に、一気に走り込んだ。
「カトリーヌ。私たちも引くぞ」
カフェテラスに、クラウゼンを連れて逃げ込んだバルツァーが、外の様子を伺いながら、つぶやいた。
「やむを得んな」
フェリチェも、ため息を付きながら、残念そうに同意する。
折角のチャンスが、とんだ番狂わせでフイになってしまったが、仕方が無い。
「・・・貴女たちは?」
問いかけてきたクラウゼンの青い瞳を、バルツァーは真っ直ぐ見返す。
「・・・ニューワールド連合・・・」
「・・・・・・」
僅かにクラウゼンが、表情を変えた。
バルツァーとフェリチェは、カフェテリアの裏口から抜け出した。
クラウゼンが襲撃された場所から、距離にして約1000メートル。
「クリア!」
OSVー96の狙撃眼鏡を覗きながら、1人の男がつぶやく。
「さすがは、SATの狙撃班でトップクラスの元狙撃手だっただけはある。だが・・・元の時代だったら、俺たちはマスコミに、メチャクチャ叩かれるだろうな・・・」
観測手を務めている、普段着に防弾チョッキを着込んだ、背の高い灰色の髪の男が、肩を竦めながらつぶやいた。
「仕方無いだろう。この辺で一番高い建物は、ここしか無いんだ。怨霊のやる事に、神様も文句は言わないさ。祟られたくないだろうしな」
「怨霊に祟られる神様って、何なんだ・・・?」
「さあね」
2人がいるのは、市内にある教会の、尖塔の最上階であった。
後に、[第1副首相襲撃事件]として知られる事になる事件であるが、この事件が切っ掛けとなり、ヒトラーは、ある事実を知る事になる。
対米包囲網 第10章をお読みいただきありがとうございます。
誤字脱字があったと思いますがご了承ください。
次回の投稿は3月5日を予定しています。




