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対米包囲網 第6.5章 息子の涙 母の苦悩

 みなさん、おはようございます、こんにちは、こんばんは、お疲れさまです。

 ハワイ諸島オワフ島真珠湾真珠湾基地。





 ヘリコプター搭載護衛艦[いずも]の司令室に呼び出された、イージス護衛艦[あかぎ]艦長の神薙は、群司令の内村(うちむら)(ただ)(すけ)海将補から、息子の誤射の件を聞かされた。


「・・・・・・」


 一瞬、顔色を変えた神薙だが、終始無表情だった。





「神薙艦長」


 司令室を退室した神薙に声をかけてきたのは、首席幕僚の村主(すぐり)京子(きょうこ)1等海佐だった。


「何か?」


「[あかぎ]に連絡は、済ませています。2日間の休養を取るように」


「・・・心配は、無用だ」


 強張った声で、神薙は答える。


「官舎に戻って、鏡を見なさい。そんな顔で、部下の前に出るつもり?」


「・・・・・・」


 厳しい声で言い放った村主は、自分の後ろにいる防衛局特別勤務者の男に、神薙を公用車で官舎に送るように、指示を出した。





「・・・・・・」


 連合支援軍旧人民解放軍陸軍の宿営地の前で、神薙司は1人で佇んでいた。


 過失には問われなかったとはいえ、しでかしてしまった事に責任を感じ、謝罪に訪れたのだった。


 今回の件で、神薙以下3人は、作戦行動から外され、明日には後方に戻される。


 自分なりに、けじめを着けたかったからだ。


 訪問の趣旨を警備兵に告げ、取り次ぎを頼んだものの、かなりの時間待ち惚けていた。


「調査委員会で、過失無しの結果が出た以上、謝罪の必要を認められない。以上だ」


 神薙の前に現われた警備隊長に、事務的な口調で、そう告げられた。


「・・・・・・」


 思わず、口を開こうとした神薙だが、結局は無言で頭を下げ、踵を返した。


「・・・しかし、日本人とは・・・謝罪の好きな民族ですね・・・」


 警備兵のつぶやきに、警備隊長は振り返った。


「もしも貴官が、彼と同じ立場になったら、どうする?」


「それは・・・」


「私も、恐らく彼と同じで、責められる覚悟で謝罪に行くだろう。今回の件は、双方にとって不運だった。逆の場合も、あり得たからな。だから彼の気持ちも、わからないでは無いが、謝罪は受けられないし、その時期でも無い・・・それだけだ」


「・・・・・・」


 警備兵は、無言で小さくなっていく神薙の後ろ姿を見送った。





 71戦車戦闘団の宿営地に戻った神薙は、宿営地の片隅で地面に座り込んで、ボンヤリとしていた。


 時間が経っても、あの誤射をした時の光景が、脳内でフラッシュバックする。


 その度に、後悔と自責の念が、ジワジワと心を締め上げる。


 もっと、冷静だったら・・・もっと、周囲の状況に気を配っていれば・・・


「俺は、車長失格だ・・・」


 そう、つぶやいた。


「・・・・・・」


 多分、この件の詳細は、母にも届いているはずだ。


 母は、きっと悲しんでいるだろうし、自分以上に苦しんでいるだろう。


 申し訳なさが、さらに心を締め付ける。


「いつまで、ウジウジしているのよ!!」


 ガンッ!!


「いでっ!!」


 頭に固い物が当たり、声を上げた。


「・・・智彦?」


 顔を上げると、大きな荷物を両手に提げた櫂が、仁王立ちで立っていた。


「智彦、どうやってここに?」


「ご心配無く。ちゃんと正規の手続きは、しているわ」


「・・・・・・」


 ドスンと、荷物を置く。


「大体・・・司が、いつまでもウジウジしていたら、貴方の部下もウジウジするでしょう?いい加減、シャンとしなさい!!」


 地面に置いた保温容器から、ご飯とカレーの入った容器を取り出し、手際よく皿に盛り付ける。


「智彦・・・」


「感謝しなさい。朱蒙軍陸軍少尉が、貴方のために、わざわざ作った、カレーなんだから」


 押し付けるように、神薙に皿をわたす。


「はい、食べて」


「・・・・・・」


 神薙は、無言でカレーを口に運んだ。


「どう?美味しい?」


「・・・ウゥッ!!」


 ふいに、胸に熱いものが込み上げて来て、涙が零れた・・・


「何?また昔の、泣き虫司に戻った?」


「違う!辛すぎて、涙が出ただけだ!!俺が、甘口カレー派だと知っていて、辛くしただろう!?」


「あら、そうだったかしら?」


 わざとらしく、櫂はシラを切る。


 素っ気ない態度だが、口の中に広がるカレーの風味は、激辛ながら優しい味だった。


「ありがとう・・・智彦・・・」


 智彦の優しい気持ちが、心に伝わり、涙が止まらなかった。


 辛さを言い訳にしながら、流れる涙をそのままに、神薙は、カレーを頬張った。





 イージス護衛艦[あかぎ]の艦橋では、副長の切山(きりやま)(ひろ)()2等海佐が、落ち着かない様子で、ウロウロと歩き回っていた。


 村主からの連絡で、神薙は風邪で休みを取らせると、全乗員には伝えられていたが、本当の理由を知るのは、切山と一部の幹部と海曹だけであった。


 切山が、落ち着かない理由も、全乗員に、副長は艦長に密かに思いを寄せているという噂が知れ渡っているため、「仕方無いな~」と、いった感じで、生温かく見守っているという状況であった。


「副長、済みませんが、煙草が切れてしまったので・・・ちょっと、買ってきて貰えませんか?」


 航海長が、声をかける。


「いや・・・しかし・・・何で?」


「副長、私もお願いします」


 先任海曹も、航海長の言葉の意味を察して、同調する。


「・・・・・・」


 2人の目は、そんなに心配なら会いに行って来いと、暗に語っていた。


「・・・分かった。すぐ、戻る」


 そんな、無言のプレッシャーを受けて、切山は、頷くしかなかった。





 しかし、艦長と副長が、同時に不在・・・


 なんて事は、いくら何でも、問題があり過ぎる。


 そう思った切山は、神薙の携帯に、連絡してみる事にした。


「・・・・・・」


 呼び出し音が鳴る間、どんな風に言葉をかけるべきか、切山は悩んだ。


「はい?」


「!!?」


 そのため、携帯から男の声が聞こえた時は、声が出ないほど驚いた。





「艦長、起きて下さい。戻りますよ」


「・・・ん・・・何だ?どうして、副長が・・・?」


 理由が分かってみれば、何の事も無い。


 神薙の携帯に出たのは、娯楽エリアにオープンしている、アメリカ軍風クラブのバーの、バーテンダーだった。


 そのバーのカウンター席で、酔って寝ていた神薙の肩を揺すって、迎えに来た切山は、声をかける。


 虚ろな表情で、顔を上げた神薙は、切山を見上げる。


「・・・もう、閉店か・・・?」


「そうです。さあ、帰りましょう」


「大丈夫だ。1人で・・・帰れ・・・る・・・」


 切山の手を振りほどいて、立ち上がろうとした神薙だが、ふらついて、危なっかしい。


「艦長!」


 慌てて、神薙が倒れないように、支える切山だったが、普段の神薙では考えられない姿に、息子の事で受けた衝撃が、相当だった事が窺える。


 恐らく、自分でも気持ちの整理を付ける事が出来ず、どうしようも無くなってしまったのだろう。


 酒に逃げる人間は、心が弱いと言う人もいるが・・・


 どんなに心が強い人間でも、逃げたくなる事があっても、おかしいとは思わない。


「今・・・司は、きっと苦しんでいる・・・それなのに・・・それなのに・・・私は、母親なのに・・・何も出来ない・・・何もしてやれない・・・」


「・・・・・・」


 店を出て、切山に支えられて歩きながら、神薙は小さくつぶやいた。


「・・・司・・・ごめん・・・ごめんね・・・こんな、情けない母さんで、ごめんね・・・」


 小さなつぶやきは、涙に染まっていた。


「・・・・・・」


 かける言葉が、切山には無かった。

 対米包囲網 第6.5章をお読みいただきありがとうございます。

 誤字脱字があったと思いますがご了承ください。

 次回の投稿は2月5日を予定しています。

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