対米包囲網 第5章 オペレーション・インディアナポリス 5 第71戦車戦闘団上陸
みなさん、おはようございます、こんにちは、こんばんは、お疲れさまです。
[こんごう]のCICを退室した橘田は、艦橋に顔を出した。
「艦長。上がられます!」
艦橋にいる先任海曹が、声を上げる。
「そのままで、いい」
橘田の言葉で、航海要員たちは、さっきまで熟していた職務を、続けるのであった。
「艦長。どうされましたか?」
航海長が、問いかけてきた。
「さっきの対空戦闘で、撃墜した敵機の搭乗員たちを、弔うために・・・な」
「・・・・・・」
橘田は、航海長と共に、艦橋横のウィングに出た。
「航海長・・・」
「はい」
「さっきの対空戦闘で、本艦は、18機の攻撃機を、撃墜した」
橘田は、手を合せながら、つぶやいた。
「科員食堂で、海士や海曹たちが、囁いていた。すでに、開戦から半年を迎えようとしているのに、今だに、戦争の終着点が見えない・・・と」
「・・・・・・」
自分たちが介入した事により、史実とは異なる結果が、生まれた。
史実とは異なり、この半年間での連合国側の軍民の犠牲者たちは、大勢出ただろう。
だがアメリカは、中立国を通じて行われている和平交渉に応じるどころか、枢軸国とも軍事同盟を結び、徹底交戦を構える姿勢を、見せている。
海士や海曹の中では、自分たちと似た状況で、太平洋戦争に介入する架空戦記の物語の話をする者がいるが、現実は架空戦記のように、こちらの思い通りには、残念ながら行かない。
このような結果が出れば、講和交渉がうまく進む・・・という訳には行かないのだ。
新世界連合軍が、全面的に太平洋戦争に軍事介入したとはいえ、連合国は怯むどころか、さらに抵抗力を強めた。
「史実のアメリカも、大日本帝国に対して、同じような考えだったのでは無いでしょうか?」
航海長の言葉に、橘田が振り返った。
「かつてのアメリカは、机上の空論では、日本本土侵攻まで計画されていました。ですが、実際の戦略では、本土侵攻は不可能という結論が、軍部から出されていました」
アメリカの対日戦の戦略は、諸説存在するが、その中の1つで、アメリカはマリアナ攻略で、日本は戦争を諦めると考えていた。
しかし、マリアナが陥落しても、大日本帝国は諦めるどころか、徹底交戦の構えを見せた。
続いて、近代国家の生命線とも言える原油の補給を絶つために、フィリピン・レイテ島を攻略した。
フィリピンが陥落しても、大日本帝国は戦争を諦めなかった。
この時になって、アメリカの戦費も赤字となり、戦費確保のために、さまざま公報を軍部は行った。
誰もが思い出すといえば、硫黄島攻略作戦で、擂鉢山の頂上に星条旗を立てた、1枚の写真であろう。
あの写真のインパクトは、凄まじかった。
戦争が長期化する中で、アメリカ国民が、戦争の終盤を想像した。
そして、星条旗を立てたアメリカ兵たちを、公報に使った。
しかし、それでも大日本帝国は、諦めなかった。
この先の事は、言うまでも無い・・・
ただ、大日本帝国との戦争に送られる、将兵たちを乗艦させた輸送艦には、帰投する際、入れ替わりに負傷兵だけでは無く、多くの棺も乗せられた。
それが、何を意味するのか・・・
勝ち続けているはずなのに・・・
勝っても、勝っても、勝っても、勝っても、見えない終わり・・・
連日のように、戦地に送られる兵士たちを乗せた、輸送艦が出航し・・・
帰ってきた輸送艦から、多くの負傷兵や棺が、降ろされる・・・
それを見る、勝っているはずのアメリカ国民たちの心情は、どうだったのだろうか・・・
「そうかもしれんな。今度は我々の番、と言う訳か・・・」
橘田は、つぶやいた。
彼は心中で、部下たちの心情を考えるのであった。
開戦から半年を迎えようとする状況下で、各戦線についての内容が、大本営陸海空軍発表やニュース等で、どこも激戦を繰り広げている事が伝えられている。
「艦長。第71戦車戦闘団が上陸を開始します。至急、CICに、お戻りください」
「わかった」
海曹が、橘田を呼びにきた。
CICに戻る前に、彼は、空を見上げた。
聯合艦隊空母機動部隊第1航空艦隊第5航空戦隊から出撃した攻撃隊が、母艦に帰投する光景が、目に映った。
「減らされているな・・・」
最初に出撃した攻撃隊の機数と帰投する機数を比べると、帰投している機数の方が少なく見えた。
橘田は、CICに戻る途中、この戦争の終盤について、考えていた。
一介の艦長が、そのような事を考えても、何の意味も無いのだが、考えずにはいられない。
母艦に帰投する攻撃隊の機数を見た時から、そう思えた。
(パナマ侵攻は、開戦前から既に、計画されていた・・・)
パナマ侵攻は、ハワイ攻略、スエズ運河破壊、アメリカ本土への空襲段階で計画されていた侵攻計画である。
当初は、ハワイ攻略と同時進行で、パナマ攻略も議論されていたが、あの時は、アメリカ側が講和交渉に応じる可能性があった上に、補給線の問題等で断念されたが、攻略計画は存在していた。
(思えば・・・エクアドルでのPKO活動の時から、計画は実行段階に移されていた。パナマを攻略すれば、パナマ運河を押さえる事ができる。アメリカの喉元に、ナイフを突き付ける事になった・・・)
橘田は、心中でぼやいた。
(だが、敵は、こちらの予想をはるかに超える抵抗を、見せ始めている)
当初、パナマ市攻略は、パルチザンと新世界連合軍連合海兵隊、陸上自衛隊中央即応連隊等で編成されたヘリボーン部隊で、短時間で制圧できると思われていたが、予想以上の抵抗を受けた事が報告された。
「アメリカ軍も、パナマを失う事の意味を、理解している」
「は?」
先ほど自分を呼びにきた、海曹が反応した。
「何でも無い」
「そうですか」
橘田は、立ち止まった。
「艦長?」
「君は、どう思っている?」
橘田は、海曹に振り返った。
「どう・・・とは?」
「この戦争についてだ?開戦からまもなく半年を迎えようとしている。しかし、話に聞くのは講和では無く、次の攻略作戦ばかりだ。それを、どう思っている?」
「自分には、わかりかねます。同僚の中には、講和の話がまったく無い事に、外務局の外交官たちを非難する者もおりますが、人間の人生が、そうであるように、世の中、自分たちの都合通りには、いかないと思います」
海曹の言葉に、橘田は視線を戻した。
「そうか、つまらない話を、してしまった・・・」
「いえ、艦長のつまらない話でしたら、もう慣れて、耳タコになっていますから」
「むむむ・・・」
海曹の言葉に、橘田は唸った。
確かに、パナマ攻略を命じられてから、エクアドルまで行くのに、ずっと愚痴をこぼしていたが、幹部自衛官だけでは無く、海曹までにも伝わっていた事に、不満を感じるのであった。
「わかった。もう何も、言わん!!」
橘田の言葉に、随行員の海曹は、心中で思った。
(その台詞を聞くのも、何度目ですか・・・)
海曹は心中に思うだけで、それを口にする事は無かった。
その後、2人は何も会話をしなかった。
CICに到着すると、橘田は砲雷長から、事務報告を受けた。
「艦長。第71戦車戦闘団は、予定通り上陸を開始しました。揚陸作業における敵の妨害はありません。連合支援軍陸軍に属する中国陸軍部隊及び朱蒙軍陸軍部隊も、上陸作業を開始しています」
CICのスクリーンの1つに、揚陸作業の光景が映し出された。
中国陸軍兵、韓国陸軍兵、陸上自衛隊員たちが揃って、作業をする光景は、不思議な感覚だった。
「一昔の前では、この光景を想像する事も、できないな・・・」
中国、韓国、日本が領土等の問題を起こしている時の事を思い出しながら、橘田はつぶやいた。
「砲雷長。パナマ国家警備隊及びアメリカ軍の残存部隊からの攻撃は?」
「今のところ、ありません」
第71戦車戦闘団第2戦車中隊は、フェリーからパナマに上陸した。
「ついに、この日が訪れた!」
第71戦車戦闘団第2中隊第1小隊に所属する神薙司2等陸曹は、90式戦車の車長席から、上半身を出しながら言った。
陸上自衛隊唯一の機甲師団である第7機甲師団は、かなり期待された状態で、連合国軍(主にアメリカ軍)によるハワイ奪還の際、ハワイ諸島防衛の主力になると思われていた。
「連合国軍によるハワイ奪還作戦が、近々行われる可能性ある、と何度も言われていたが、結局、威力偵察に止まっていた。おかげで、俺たち第7機甲師団は、他の旅団や師団から、宝の持ち腐れと言われた・・・」
神薙が、ぶつぶつとつぶやきながら、天を仰いだ。
菊水総隊陸上自衛隊司令部が予想していた、アメリカ軍によるハワイ奪還作戦は行なわれないまま、第7機甲師団等は、ハワイでバカンスを楽しむ毎日だった(バカンスと言っても、訓練と常時出動待機が、続けられた)。
大日本帝国陸軍でも、中国戦線を経験した精鋭の師団や、独立旅団を配備し、ハワイ防衛に専念した。
実際には、ハワイ防衛の初期は、海上輸送路、航空輸送路が十分では無く、もしも、アメリカ軍による総力戦が行なわれれば、ハワイと大日本帝国本土を結ぶ海上、航空輸送路は脅かされ、満足な補給を受けられないまま、ハワイ諸島での激戦を繰り広げられただろう。
「車長。今回の出撃は、戦車戦を期待していいのですか?ハワイ諸島の時のように、暴動鎮圧では無いでしょうね?」
神薙が乗る90式戦車の砲手である3等陸曹が、ヘッドセットで、神薙に告げた。
彼の言ったハワイでのデモ鎮圧とは、大日本帝国の統治下に反対する団体が起こした暴動である。
大日本帝国の統治下だったとはいえ、ハワイの行政等は、元のまま行なわれていた。
その状況下で、一部の団体がデモを起こした。
国家憲兵隊の監督下で、ハワイ準州で編成されていた州兵部隊と、州警察治安部隊が、デモの規制を行なっていたが、最終的にデモは暴動まで発展し、州兵部隊及び州警察治安部隊の対処能力を超えてしまった。
そこで、菊水総隊陸上自衛隊第7機甲師団第71戦車連隊に出動命令が出され、暴動で熱くなった暴徒たちに対して、空砲射撃を行なった。
空砲射撃により、いったんは暴動が沈静化され、大日本帝国外務省と統合省外務局の文官たちによる交渉で、暴徒たちを落ち着かせる事ができた。
「大丈夫だ!上の話では、パナマ国家警備隊は、アメリカからM4[シャーマン]や、M3[リー]等といった中戦車を供与されたそうだ。それだけでは無く、パナマに駐留するアメリカ陸軍は、M26[パーシング]を装備している。戦車対戦車戦が、できるぞ!!」
「そうですか、それならいいです!!」
「俺たちの腕が、鳴るな!!」
神薙と砲手は、高ぶる好戦意欲を、我慢する事が、できなかった。
若さ故・・・
と言えば、それまでなのだが・・・
神薙としては、ニア諸島沖で、母親の神薙真咲1等海佐の挙げた戦果を、過剰に意識している。
母に遅れを取りたくないという意識が、殊更、好戦意欲をかき立てていると言っても良いだろう。
彼が、22歳という若さで車長を任されたのは、血の気が多いと言われているらしい戦車乗りにしては、母親に似て、沈着冷静であると、陸自の幹部から評価されたからであったが、彼の父の生前を知る空自の幹部は、彼を見て、真逆の感想を口にしたという。
曰く。
「神薙2曹は、顔立ちこそ母親似だが、性格は父親似だ。アイツは、超の付く熱血漢で、要救助者のためなら、救難ヘリで、火山の噴火口にも飛び込むような、無鉄砲な所があった・・・」
パナマ市に上陸する事ができた第71戦車戦闘団は、明日からの大規模攻勢に備えて、戦車の整備を行なわせた。
「しかし、こうして見ると、凄まじい光景だな・・・」
神薙は、ズラリと並んだ戦車群を見ながら、つぶやいた。
第71戦車戦闘団に所属する90式戦車や、10式戦車だけでは無い。
連合支援軍陸軍に属する旧中華人民共和国人民解放軍陸軍の96式戦車や、朱蒙軍陸軍のK2戦車が、肩を並べている。
「日韓中の連合軍部隊とも言える、布陣だな」
神薙は、つぶやく。
海の方では、日韓の共同部隊行動だけでは無く、日中での共同部隊行動が行なわれている。
旧人民解放軍海軍の空母から発艦した戦闘攻撃機が、海上自衛隊の護衛艦を援護する事もあれば、自衛艦が旧中国艦に、さまざまな支援を行なった。
「こんな所で、会えるとは思わなかったわ」
神薙が、96式戦車やK1、K2戦車等を見回していると、背後から声をかけられた。
その声は、よく知った声だった。
「本当に、ここで会えるとは、夢にも思わなかったよ!!」
神薙が、振り返る。
彼が振り返った先には、朱蒙軍陸軍の婦人将校である、櫂智彦少尉が立っていた。
2人は顔を合せると、挙手の敬礼をした。
「良く、広い世界を飛び回っていると、特定の人物とは中々顔を合せない、と言うけれど・・・実際のところ世界は、狭い物ね」
「広い世界でも、腐れ縁で、どこかで会う事もある」
「そうね」
櫂は、笑みを浮かべる。
「それにしても、暫く会わない間に、随分と背が伸びたわね。昔は私の方が、背が高かったのに・・・」
「それは、昔の話だろう。男なんだから、女の子より背が高いのは、当然だ!!」
「へぇ~・・・昔は、ちょっ~と、突いただけで、ワンワン大泣きした貴方が、随分と言うように、なったわね」
「突いた?」
櫂の言葉に神薙は、反論した。
「俺の記憶では、ド突き倒された記憶しか、ないんだが・・・」
「あら、そうだったかしら?」
櫂は、首を傾げた。
「間違いない。俺が智彦の事を、トモヒコって、男の子の名前だねって言ったら、もの凄い剣幕で、ド突かれた」
「それは、貴方に問題があるでしょう。確かに、日本人ならトモヒコは男の子の名前だけれど、国が違えば、読み方も、名前に使われる漢字の意味も、変ると考え無い?」
「あの時の俺は、小学生低学年だったから、そこまで頭が回らなかった・・・」
「その後の事は、覚えている?おばさんと、お母さんがやってきて、それぞれで怒られた」
「ああ、覚えている」
神薙が笑みを浮かべながら、うなずいた。
智彦を、男の子の名前だと言ってしまった神薙司は、母である神薙真咲に、「失礼な事を言うな!!」と、拳骨を受けただけでは無く、ガミガミと叱られた。
櫂も、母である李世媛から、怒って暴力を振るった事について、厳しく叱られた。
最後には、2人共、泣きながら謝った。
「どう思う?」
「どう・・・と、言われましても・・・車長の知り合いでしょう?」
神薙と櫂の雑談している姿を、90式戦車の車内から見届けていた砲手と操縦手が、語り合う。
「そう言えば車長は、韓国に、子供の時からの友達がいるって話していましたから・・・それが、彼女の事だったんですね」
操縦手が、ヘッドセットに語りかける。
「車長に、あんな綺麗な彼女が、いるとは・・・」
砲手が、羨ましそうな口調で、つぶやく。
「いや、まだ、そうだと決まった訳では無いですよ」
「いや、どう見ても友達以上、恋人未満、という雰囲気では無い。明らかに、恋人並の仲だぞ」
「後で、車長に韓国軍に、他にも女性の知り合いがいないか、確認しないと・・・」
「あっ!ずるいぞ!!それなら、俺も!!」
戦闘の前の、僅かな和みの時間・・・
彼らは、自分たちの前途に何があるのかを、まだ知らない。
対米包囲網 第5章をお読みいただきありがとうございます。
誤字脱字があったと思いますがご了承ください。
次回の投稿は11月29日を予定しています。




