対米包囲網 第0章 ルテナント・ラッセル
みなさん、おはようございます、こんにちは、こんばんは、お疲れさまです。
1942年5月中旬。
マーク・アンドリュー・ミッチャー少将率いる航空母艦[ワスプ]を基幹とする奇襲攻撃艦隊は、重巡[インディアナポリス]を旗艦とする巡洋艦部隊の護衛下で、サンディエゴ海軍軍港に、密かに帰投した。
奇襲攻撃艦隊の帰投を、公に出来ない理由は、大日本帝国との戦闘で捕虜となった、多くの帰還兵に加えて、パシフィック・スペース・アグレッサー(ニューワールド連合)の特使として派遣されて来た、元アジア艦隊司令官トーマス・チャールズ・ハート大将(ニューワールド連合では、中将待遇)と、元オランダ海軍東インド艦隊司令官カレル・ウィリアム・フレデリック・マリー・ドールマン少将(同、少将待遇)が、乗艦しているからだ。
因みに、大日本帝国への逆侵攻作戦についての詳細は、大多数のアメリカ国民には、伏せられている部分が多い。
2流以下の新聞社は、成功した部分のみを、クローズアップして伝え、大新聞社は、作戦が行なわれた事のみを伝えている。
現在、アメリカ国民の関心は、太平洋の西側より、大西洋の方に向いているというのもある。
圧倒的な超兵器で、米英独伊4ヶ国艦隊と、ヴェルサイユ条約機構軍混成艦隊を壊滅させ、大西洋の制海権の大半を手中にした、アトランティック・スペース・アグレッサー(サヴァイヴァーニィ同盟軍)の方が、身近な脅威とされている部分も、あるからだ。
これ以上、面倒事を抱えて国内の不安要素を煽りたくない、アメリカ政府としては、この措置は、やむを得ない部分が多い。
本来なら、帰還兵には休暇等が与えられるはずなのだが、休暇は与えられず、状況が状況だけに、帰還兵の家族にすら、その事は伝えられず、面会すら許されていない状態だ。
そんな、帰還兵の中に、レイモンド・アーナック・ラッセル少尉と、マーティ・シモンズ2等水兵も、混じっていた。
「何か・・・5ヶ月振りの祖国だというのに・・・帰ってくるのが、苦痛っていうのは・・・」
自ら、望んで帰ってきたのだが・・・
サンディエゴに足を付けて、数日たったある日、太平洋艦隊司令部から呼び出しを受けた。
呼び出された理由は、見当がつく。
あまり、楽しい事では無いだろう。
自嘲気味に苦笑を浮かべて、レイモンドは、つぶやいた。
「ハワイの太陽が、眩し過ぎたのかな・・・サンディエゴの景色が、灰色に、くすんで見える・・・」
今さら、ぼやいても仕方無い事なのだが・・・
口の中でブツブツ言いながら、レイモンドは、海軍司令部の1つの扉の前に立つ。
「レイモンド・アーナック・ラッセル少尉。司令長官の命令により、出頭しました」
扉の前に立っていた、自分と同じ少尉の階級章を付けた士官が、部屋の主の「入れ」という言葉を合図に扉を開ける。
入室し、閉められた扉を背に、挙手の敬礼をするレイモンドの前に、執務室の主である、太平洋艦隊司令長官チェスター・ウィリアム・ニミッツ・シニア大将を始めとして、海軍作戦部長アーネスト・ジョセフ・キング大将、ウィリアム・フレデリック・ハルゼー・ジュニア中将等といった面々が、勢揃いしていた。
(うっわ~・・・もしかして・・・これって、査問会?)
その面々の威圧感に、冗談で無く、本気でそう思った。
「そう怯えなくても良い。ラッセル大尉」
レイモンドの心情を見透かしたのか、ニミッツが口を開いた。
「大尉?中尉では、無くですか?」
いきなり2階級上の階級で呼ばれて、思わずレイモンドは問い返した。
「貴官は、予備役から現役に移った時点で、中尉に昇進の辞令を、受けたはずだが・・・人事部で、辞令を受け取らずに、そのまま任務に出発してしまった。貴官の認識はともかく、貴官は、我が海軍では中尉として任務に従事し、重要な情報を持って帰還した。従って、その功績により、大尉に昇進が決定された・・・と、いうわけだ。正式な辞令は、後日になる」
ニミッツの副官らしい、士官の言葉に、レイモンドは自分の記憶を探る。
・・・確かに・・・何か、それらしい事を、出発前に、言われたような・・・言われなかったような・・・
自信が無い・・・
「・・・・・・」
首を傾げて考え込んでいるレイモンドに、その場にいる全員が、微妙に呆れた表情を浮かべた。
「そんな事より、貴官の提出した報告書を、読ませて貰った。その上で、確認のために聞きたいが、パシフィック・スペース・アグレッサーと、我々が呼称する不明軍は、未来から来た軍隊である。というのは、本当かね?」
「はい」
「しかも、その軍隊は・・・未来の日本を含む、アメリカ、イギリス、フランス、ドイツ、イタリア、カナダの軍隊で、構成されていると・・・?」
「はい。それに加えて、シンガポールや中国、韓国等、多数の国軍が参加しています」
「「「・・・!!」」」
レイモンドの言葉に、全員が、声にならない、うなり声を上げる。
「我々は、連合国や枢軸国の未来の軍、全てを敵に回しているという事か・・・しかし・・・」
ハルゼーは、小さくつぶやいた後、疑問を口にした。
「未来の日本人が、大日本帝国に味方するのは、分かる。しかし、なぜ未来のアメリカが、我々に敵対する?」
「本当の、恒久的世界平和を、構築するためでしょう」
「・・・・・・」
「あくまでも、私の私見ですが・・・この戦争。彼らが言う第2次世界大戦は、枢軸国の降伏で終わりではありません。この後の、ソ連を中核とする共産主義勢力との東西冷戦、そして、ソ連の崩壊で終息したと思われた後も、思想や宗教、民族問題等での紛争が後を絶たず、アメリカを始めとする多くの国は、それらの問題が自国に飛び火するのを防ぐために、紛争地域へ軍を派遣せざる得ない状態になっています・・・結果、感謝もされますが、それと同等の憎悪も受け、問題は拗れに拗れ、紛争は別方向に拡大。さらに、軍を派遣。と、堂々巡りの状態に陥っています。それらに疲弊した人々は、どこでボタンを掛け間違ったのかと、考えた結果だと思います。その答が、第2次世界大戦に介入し、その後の歴史を変える・・・です」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・勝手な話だ・・・」
ハルゼーが毒付いたが、その声は猛将らしくなく、弱かった。
それが、この場にいる全員の受けた、衝撃の強さを物語っている。
「それから、アトランテック・スペース・アグレッサーは、彼らとはまったく関係が無いというのは、本当かね?」
「はい。サヴァイヴァーニィ同盟の出現に、一番驚いているのは、ニューワールド連合です。彼らの時代に、テロリスト認定を受け、国際手配された人物に率いられているので、当然でしょう。ただ、サヴァイヴァーニィ同盟については、彼らも十分な情報を持っていません」
「・・・・・・」
レイモンドの言葉に、その場にいる将官たちは、顔を見合わせた。
すでに、アトランテック・スペース・アグレッサーこと、サヴァイヴァーニィ同盟軍によって、スエズ運河が奪われている。
フォークランド諸島を占領下に置いている彼らが、次に狙うとすれば、パナマ運河である事は、子供でも分かる。
現在、パナマ運河東側の、ガトゥン閘門への入り口であるカリブ海には、多数の艦隊が展開し、厳重な警戒態勢が敷かれているが、果たして、驚異的な強さを見せ付けた、アトランテック・ゴーストフリートを相手に、どれだけ効果があるのか・・・
唯一の救いは、ニューワールド連合とやらは、東南アジア方面攻略に、重点を置いているらしく、太平洋艦隊は、比較的自由に動く事ができる事位だろう。
昨年12月に破壊されたミラ・フローレス閘門は、突貫工事での修復が、既に完了している以上、太平洋艦隊の半数を、カリブ海に派遣すべきという意見が、連邦議会で上がっている。
これに、キングとニミッツは、否定的見解を持っている。
キングが、太平洋艦隊司令部に顔を出しているのも、自分たちの見解を纏めて、海軍省に伝えるためでもある。
「ラッセル大尉、私からも1つ質問がある。ハート大将、マッカーサー大将、伝え聞く所で、イギリスのウェーヴェル陸軍大将は、ニューワールド連合への参加を表明し、退役願いを一方的に送りつけてきた。その上、ハワイを独立させると主張している。彼らは、自らの意思で、それを行なったと思うかね?」
キングが、眉間に深い皺を刻んで、口を開く。
ハートと私的にも親交があったとされる彼としては、敵対している勢力の特使として、ハートが派遣されてきた(本来は、帰国したと言うべきなのだが)という事が、信じがたい事なのだろう。
脅迫されたとか、強要された上での主張なのか、本当に自分たちの意思からなのか、図りかねているのだろう。
「直接、ハート大将閣下に、お話を伺った訳ではありませんので、閣下の質問には答える事が出来ません」
事実なので、レイモンドには、それしか答えられない。
「貴官の思う所で、構わない」
「分かりました。私の経験で言えば、ハート大将閣下は、自らの意思で、ニューワールド連合への参加を決断されたと思います」
そう、自分を客人として迎え入れてくれた、村主京子大佐(1等海佐)は、自分たちの事を話してくれた時も、一言も自分たちの陣営へ誘うような事は、言わなかった。
自分で考えろ、という事だろう。
初めて一緒に映画を観に行った後も、色々と話をした。
直接、彼らの考える歴史の改変に対する、疑問、危惧や懸念も、口にした。
村主は、それを全て否定しなかった。
その、別のルートに枝分れた未来の歴史に対して、彼らは責を負う覚悟があるのだろう。
それでも、考えに考えた末に、レイモンドは、祖国に帰国する事を決めた。
今の時代を、未来人である村主たちに委ねるのは、余りにも無責任すぎる。
彼ら未来人たちから学ぶ事は必要だが、より良い未来に今を繋げるのは、自分たちだという事は譲れないからだ。
自分とは逆に、未来人たちを受け入れ、より良い未来を築こうと、ハートも悩んだ末に、決断したのだろう。
その決断を、非難する気も批判する気も、レイモンドには無い。
正しいとか間違っている等の、単純な事では無く、自分もハートも、それぞれ自らの考えに基づいて、選択した。
ただ、それだけである。
「そうか・・・」
レイモンドの表情と言葉に、キングもそれを読み取ったのか、嘆息とともに、つぶやいた。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
場は、重苦しい沈黙に包まれた。
「とにかく、我々はこれまでの戦略と、これからの戦略を、もう一度見直さなくては、ならない・・・」
ニミッツが、落ち着いた口調で語る。
「ラッセル大尉、ご苦労だった。最終的な決断は、陸海軍省両長官と、連邦政府、大統領に委ねねばならないが、陸海軍の方針としては、ハワイ諸島の奪還に向けて作戦準備中だ。貴官には、太平洋艦隊司令部付参謀の一員として、奪還作戦の立案を、して貰いたい」
「イエス・サー!微力を尽します」
心の底から湧き上がってくる高揚感に、レイモンドは挙手の敬礼をして、ニミッツの命令を受けた。
レイモンドの脳裏に、1人の女性の姿が浮かぶ。
5ヶ月前に、初めて出会って以来、ずっと彼女を見続けていた。
自分の同行者だった、マーティは、若者らしい純粋な気持ちで、彼女に憧れを抱いていたが、多分、自分も同じ感情を、出会った時から抱いていた。
それを認めるには、少々時間がかかったが・・・
エクアドルから帰投する際に、彼女が1人で悲しんでいた姿を見た時に、自分の気持ちに、素直になれた気がする。
だから、ずっと、ずっと、彼女の姿を見続けていた。
有能な参謀である、彼女。
妙に、子供っぽい、可愛い所のある彼女。
彼女に出会えた事、彼女から多くの事を学んだ事を、神に感謝したい。
それは、偽り無い本心なのだが・・・
それ以上に、強く思う事がある。
(スグリ大佐。これで、貴女との階級差は、3つです。中尉よりは、大尉の方が、貴女に、真っ向勝負を挑むには、良いですよね)
ハワイ奪還戦になれば、真っ先に出て来るのは、彼女のいる第1護衛隊群だ。
彼女の知略が、どれ程なのか、確かめたい・・・
これも、偽り無い本心だ。
レイモンドが、ニミッツの執務室を出て行こうとした時だった。
もの凄い勢いで、執務室に飛び込んできた、通信士官と正面からぶつかった。
「アレ~!!?」
ドッスーン!!!
そのまま、弾き飛ばされて、派手な音を立てて、ひっくり返った。
「何事だ!!?騒々しい!!!」
すかさず、ハルゼーの怒号が飛ぶ。
(何故いつも、こういう役回りは僕なのだろう?しかも、お約束のように、誰も心配してくれない・・・)
床で、強かに後頭部を打って、頭を撫でながら、レイモンドは起き上がった。
(あれ?以前にも、こんな事があったような・・・)
「も・・・申し訳ありません・・・たった今、ワシントンD・Cより緊急電が・・・!!」
相当慌てて走ってきたのだろう。
通信士官は、ゼイゼイと息を切らしている。
「何があった?」
「・・・パ・・・パナマ・・・パナマ市が、パシフィック・スペース・アグレッサー軍の攻撃を受け・・・陥落・・・陥落しました!!!」
「何ぃ!!?」
「一体、どうやって!!?」
「・・・・・・」
レイモンドの脳裏に、ヘリコプター護衛艦[いずも]の資料室で見た、世界地図が浮かんだ。
「・・・パナマ・・・エクアドル・・・パナマ・・・エクアドル・・・パナマ・・・」
呪文を唱えるように、小さくつぶやいた。
眼鏡の奥の目を、冷たく光らせ、冷笑を浮かべる氷室匡人中佐(2等海佐)の姿が、脳裏に浮かんだ瞬間、点と点とが、一本の線で繋がった。
「してやられた!!![オペレーション・スウェルフィッシュ]は、このための布石だったんだ!!」
かつて氷室が予想した通り、1つの作戦の裏に潜ませた、絡繰りに気付いたのは、レイモンドだった。
ただ、少し遅かったが・・・
対米包囲網 第0章をお読みいただきありがとうございます。
誤字脱字があったと思いますがご了承ください。
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