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こぼれ話 言の葉の力

 みなさん、おはようございます、こんにちは、こんばんは、お疲れさまです。

 指揮母艦[信濃]酒保。


 統合作戦本部長官に任命され、[信濃]に乗艦した山本五十六(やまもといそろく)大将らと共に、[信濃]酒保店長に抜擢されたのは、統合省防衛局特別勤務者の桐生(きりゅう)明美(あけみ)だった。





「い~な、い~な。何で、桐生さんばっかり、あっちこっち行けるのかな~。俺も、[大和]に乗艦したいな~。[武蔵]にも、乗艦したいな~」


 様々な事務処理や、手続き等のために、トラック泊地に投錨している第1空母機動群旗艦[あまぎ]に、久し振りに顔を出した桐生に、店長の田中(たなか)洋哲(ようてつ)は、そう言った。


「・・・田中店長は、[あまぎ]の専属じゃないですか。それと、私が[武蔵]へ出向いたのは、新兵さんたちへの、剣道の指導の為であって、売店業務とは違いますよ」


「それは、そうなんだけどね・・・」


「それより、先日、私が提出した報告書の件と、要請の件は、どうなりましたか?」


 冗談半分と、本気半分で、拗ねている田中を無視して、桐生は本題へ入った。


「ああ、まず要請の件だけど、君の補佐要員として、2人派遣するようにしたよ。防衛局人事部も、あっさり許可してくれたしね。副店長兼販売主任として、三上(みかみ)宏樹(ひろき)君と、先任販売員として、伊藤(いとう)恵美(めぐみ)さんをね。2人とも、君が教育した、優秀な販売員だ。安心でしょ?引き抜かれるこっちは、涙の雨を降らせたいところだけど・・・また、1から新人教育を、しなくちゃならないと、考えると・・・」


「新人の教育も、重要な店長業務の1つですよ。ほら、山本長官じゃなくて、本部長官の名言にもあるじゃないですか。やってみせ、言って聞かせて、させてみて・・・って」


「・・・褒めてやらねばって、やつだな。リアルだ・・・実にリアルだ・・・色々な意味で・・・まあ、俺も含めて大体の人は、させてみてまでは、できるんだけどね。褒めるのが、結構難しい・・・褒めすぎてもダメだし・・・褒めなくてもダメ・・・だものな」


 桐生の言葉を受けて、後を答えた田中だが、新人の育成がいかに難しいか、ため息を付きつつ、両手を広げる。


「・・・それは、置いといて。桐生さんの報告にあった、酒保要員の販売業務における、新マニュアルの作成についてだが・・・[大和]酒保を、テストケースとして、問題点の報告書を作成して欲しいそうだ。新マニュアルについては、全面的に桐生さんの意見を取り入れると、言っている。思う所を、ドンドン意見として出してくれて良いと言われたよ。片っ端から厚生労働局に、意見を上げていくそうだ」


「・・・丸投げ・・・?」


「仕方無いだろう。同じ日本人といっても、80年も時間の隔たりがあるんだ。俺たちと考え方の違いがあってもおかしくない。そこに、1人で飛び込んで上手く立ち回ったんだ。特別扱いされるのは、仕方が無い」


「・・・褒められていると言うべきか・・・面倒事を押し付けられていると言うべきか・・・その件は、了解しました。次回の店長会議に間に合わせるようにします。ですが・・・」


「?」


「ちょっと、東南アジア方面に、直接出向く必要が出てきたのと・・・日本本土で、色々と・・・」


「ああ・・・そう・・・まあ・・・大変だねぇ・・・」


「はい。私が、3人欲しいです」


「まあ、頑張って、分身の術でも会得してよ」


「・・・私は、忍者ですか?」


「・・・いや!だからね。応援の気持ちを込めて、言っているだけで・・・だから、睨むの止めて、マジ怖いから・・・」


 田中は、ブルブルと身体を震わせながら、そう言った。





「ええぇぇぇっっっ!!?」


 指揮母艦[信濃]の酒保で、伊藤の絶叫が響いた。


 酒保内で、買い物をしていた、兵が数人、驚いて振り返る。


「・・・伊藤さん・・・声、大きすぎ・・・」


「だって、だって!店長研修で、東南アジアに行っている病院船[こんよう]に出張って、いきなり過ぎません?・・・まだ、私、[信濃]に来て、1週間しか経っていないのに・・・きりゅ・・・店長が、いなかったら、どうしていいか・・・」


「前々から、研修については、言っていたでしょう?だから、通常業務マニュアルは、ちゃんと作成しているし・・・普段通りで大丈夫だから」


「・・・・・・」


「そのために、副店長の三上君も、いるんだし・・・ねっ。それに、私が店長研修に出席するのは、まだ10日も先の事だし、それだけ時間があれば、大丈夫、大丈夫」


 半ベソの表情を浮かべている伊藤に、桐生は、そう語りかけた。





 桐生が、店長研修に出発して10日程たった頃・・・


[信濃]の喫煙室のドアを開けた、石垣(いしがき)達也(たつや)2等海尉は、ドヨ~ンとした表情で、喫煙室の椅子に腰掛けている伊藤を見て、一瞬だけ、ドン引きした。


「ど・・・どうしたの?伊藤さん?」


 彼女は、喫煙者では無いはずだ。


「・・・あ・・・はぁ・・・ちょっと、休憩で・・・」


「そ・・・そう?桐生さんが、いないから、大変だね・・・」


「副店長も、いないんです・・・」


「へっ?」


「・・・三上さんは、即応予備自衛官の訓練とかで・・・日本共和区に・・・」


「・・・たっ!大変だね!!」


 酒保のNo1と、No2が、同時にいないとは・・・


 石垣は、心から同情した。


「それが・・・全然大変じゃ、ないんです・・・」


「え?」


「桐生さん・・・店長が、販売員の教育を完璧に、してくれていて・・・私がいても、いなくても、まったく問題が無くて・・・私・・・」


 心ここに在らずといった感じで、ボソボソと、つぶやいている伊藤の様子から、石垣は、何となく理由を察した。


 自分も、それに近い経験をした事が、あるからだが・・・


 兄という存在の背中を、追いかけて、追いかけて・・・躓いた。


 それに、打ちのめされた時に、メリッサ・ケッツァーヘル少尉の「兄と、同じにならなくても良い」という言葉に救われた。


 ついでで、桐生に、ガツンと一発、キツいのを貰ったが、それで、割り切るというか・・・


 開き直る事が、できたからだ。


 ここは、その経験を生かして、自信を無くして落ち込んでいる、伊藤を元気付ける事ができないか・・・


 と、考えた。


 が・・・


 どう言えば良いのか、思い付かない。


「困った・・・」


 自分が言われた、キツいの一発・・・


 多分、さらに落ち込む・・・


 桐生さんは、桐生さんで、伊藤さんは、伊藤さんで良いと思うんだけど・・・


 多分、説得力は、皆無だ・・・


 学生時代も、アルバイトを経験した事が無い石垣では、適格な言葉を思い付かない。


 喫煙室に来た目的を忘れて、石垣は考え込んだ。





「おっ?何か、取り込み中・・・だったか?」


 喫煙室のドアを開けて、入ってきた体格の良い中年の、兵曹長の階級章を付けた、勤務服姿の男が2人を見て、声を掛けてきた。


「おっと、失礼しました。中尉殿」


 石垣の姿を認めて、兵曹長は、挙手の敬礼をする。


「いえ、単に煙草を吸おうと思っていただけですので・・・お気遣い無く」


 答礼しながら、石垣は答える。


「おや?そっちは、酒保の新人さんだな?」


「・・・はい。私も、少し休憩していたので・・・」


 伊藤が、力なく答える。


「ところで、[大和の母]・・・いや、今は[信濃の母]だな。店長さんは、いつ帰ってくるのだい?」


「大和の母って?」


 何か、更年期の女性が飲む、健康食品の名前のようなネーミングに、石垣は問い返した。


「知らないのですか、中尉殿?酒保の店長さんの、あだ名ですよ。うちの若い連中は、皆、そう呼んで、慕っていますよ」


「・・・・・・」


 確かに、酒保で桐生が勤務している時間は、やたらに若手の兵士や、下士官が、多かったような気がする・・・


「店長は、今、病院船[こんよう]で、救護の初期対応の、研修を受けています。後、2週間位・・・それと、その後、トラック諸島に停泊している[あまぎ]で行われる、店長会議に、出席すると言っていました」


「うひゃぁ~」


 ハードスケジュールな内容に、石垣の方が、驚きの声を上げた。


 何しろ、病院船[こんよう]は、比較的安全な後方にいるとはいえ、激戦の真っ只中の南方戦線に投入されている。


 研修といっても、座学等では無く、ほとんど実地研修だろう。


「でも、店長って、1級販売士免許以外にも、准看護師と救急救命士、登録販売者の資格も持っているんですよ。後・・・忘れたけど、他にも色々・・・そんな人が、今更、研修を受ける必要って、あるんでしょうか?」


「何、その資格のオンパレード・・・?」


 突っ込みを入れながらも、石垣は、内心で納得していた。


 大日本帝国海軍だけでなく、新世界連合軍連合海軍や連合支援軍、朱蒙軍海軍からも、病院船が派遣されているが、負傷した自衛隊員だけでなく、大日本帝国陸海軍や、朱蒙軍陸海軍、新世界連合軍陸海軍、連合支援軍陸海軍の各将兵たち。


 それだけで無く、連合国軍の捕虜等、負傷した将兵たちが次々と、後送されて来ているはずだ。


 現場は、猫の手も借りたい位だろう。


 桐生は、猫の手の1つとして、派遣されたのだろうなと思った。


 しかし・・・


 石垣には、1つ疑問に思う事がある。


 桐生のハイスペック振りは、全部では無いが、石垣も閲覧が許可された部分のみではあるが、防衛局人事部から送られた、身上書で、ある程度は把握している。


 桐生なら、ギリギリ年齢制限内で、予備自衛官技官の1つの、予備衛生員としても、十分やって行けそうなのだが、給与も待遇もランクが下の、防衛局特別勤務者でいるのが、不思議だった。


 単に、個人の選択の自由だよと言われれば、そうですか、としか言えないが・・・


「・・・そうなんですよね・・・桐生さんに比べたら、私なんて・・・何もかも中途半端で・・・看護師を目指して、高校の看護科を卒業したのに・・・看護専門学校は、中退したし・・・」


「いや、だからね!桐生さんは、君のお母さんくらいの年齢じゃない。伊藤さんだって、桐生さんくらい時間をかければ、大丈夫だと思うよ!」


 ズ~ンという、擬音を背中に背負って、さらに落ち込んでいる伊藤を慰めようと、石垣は慌てて声をかける。


「・・・ヤレヤレ・・・」


 そんな2人の様子を眺めていた兵曹長が、ポケットから煙草を取り出す。


「煙草を一服しても良いかな、嬢ちゃん?」


「・・・あ・・・はい。どうぞ・・・」


「?」


 この時代では、まだ分煙とかの概念は無いはずなのだが、わざわざ断りを入れてから煙草に火を付ける兵曹長に、石垣は首を傾げた。


「ああ、自分には息子が2人と、娘が3人いましてね。帰省で家に帰った時に、居間で煙草を吸っていると、娘たちが途中で居間から出て行く事があったので、何故だろうとずっと思っていたのですよ・・・中尉殿たちの中には、煙草が嫌いな人もいると聞いて、なるほど、と思いまして。娘たちに嫌われているのかと、思っていましたが、どうやら、煙草の煙と臭いが苦手だったようで・・・」


 苦笑いを浮かべながら、兵曹長は告げた後、おもむろにポケットから、1枚の葉書を取りだした。


「これを、どうぞ」


「?」


 渡された葉書に、伊藤が首を傾げる。


「うちの若いのが、嬢ちゃん宛に、礼状を書いたのだが、自分で酒保の郵便箱に出せば良いのに、恥ずかしがってね。煙草を吸うついでに、自分が預かって、出しておこうと思ってね。丁度良かった」


「あの~・・・酒保に置いてあるのは、御意見箱で、郵便ポストでは、ないのですが・・・」


「は・・・ははは・・・」


 現代なら、当たり前のようにスーパーや、各種施設に置かれている御意見箱だが・・・


 なぜか、郵便ポストのような扱いになっていると、桐生がこぼしていた事を、石垣は思い出した。


 勿論、こんな物を、酒保に置いて欲しい等という要望も入っているが、お世話になっている上官への感謝の気持ちを綴った内容の手紙やら、悩み事相談の手紙等、本来の目的から、大きく脱線しているらしい。


 それらの手紙は、種類別に分けて、各上官に届けたり、ちょっとした悩み事なら、桐生が直接相談に乗ったり、深刻な悩み事のものは、軍医に届けて判断を仰いだりして対応しているらしい(既に酒保の業務から逸脱している感は、あるのだが・・・)。


 因みに、[信濃]艦内には、郵便局が開局しており、本土の家族宛の手紙等は、そちらで取扱っている(当然ながら、検閲は入る)。


 それは、さておき・・・


『伊藤恵美様』と書かれた、葉書には、一言『いつも、明るい笑顔を、ありがとうございます』とだけ書かれていた。


 差出人の名前は無い。


「そいつは、少し人見知りする奴でな、口下手なんだ」


 兵曹長は、紫煙を吐き出しながら語る。


「うちだけでは無く、他の部所でも、新兵として配属された連中には、色々な奴がいる。最初から、打てば響く様な感じで、ソツ無く仕事を熟す奴もいるし、中々覚えられずに上手く熟せない奴もいる。そんな連中を俺たちは指導していく訳だが・・・怒鳴ったり、叱ったり、褒めたりしてな・・・まあ、そんなこんなで、器用な奴も不器用な奴も、失敗とかで落ち込んだりする時もある・・・そんな時に酒保に行って、嬢ちゃんの笑顔を見て、『明日も頑張ろう』って、なるんだよ。単純っていや、単純だがね。でも、人をそんな気持ちに、自然に出来るのは凄い事だと思うぞ。中途半端とか、役立たずとか・・・そんな事は無い。見ている人間は、ちゃんといる」


「・・・・・・」


 伊藤は、葉書の文面に視線を落とした。


 本当に恥ずかしがり屋なのだろう。


 その文字は、小さい。


 しかし、丁寧に書かれた文字からは、誰かは分からないが、ありがとうの気持ちは、伝わってくる。


「・・・さて、自分は職務に戻ります。お邪魔しました」


 備え付けの灰皿で、火を消すと、石垣に敬礼をして、兵曹長は喫煙室を出て行こうとした。


「・・・あっ!あの!その新兵さんに、私こそ、ありがとうございますと、伝えてください!」


 慌てて立ち上がった伊藤は、頭を下げながら声をかけた。


 兵曹長は、「わかった」と言うように、軽く手を振る。


 頭を上げた伊藤の表情は、先ほどとは打って変わって、明るくなっていた。


「私、酒保に戻ります。石垣さん、愚痴を聞かせてしまって、ご迷惑をおかけしました。それと・・・ありがとうございます」


「いや・・・俺は、何も・・・」


 良いところを、兵曹長に持って行かれた感は、少しだけあるが・・・


 お礼を言われて、石垣は、照れ隠しに頭を搔いた。


 今さらながら、石垣は、言葉が持っている力という物を考えさせられた(本当に、今さらだが・・・)。


 言葉という物は、使い方によっては、人を傷つける凶器となり、人に力を与える魔法にもなる。


 以前の失敗を思い出して、少しチクッと胸が痛んだが、笑顔で礼を言う伊藤の表情を見て、癒されたような気になった。





「・・・後、1本・・・」


 1人になった石垣は、本来の目的である煙草を吸おうとしたのだが・・・


 箱の中に1本だけ残った煙草を見て、少し悩んだ。


 煙草は官給品であり、石垣には支給されない。


 優先的に前線に回されるため、[信濃]の酒保では、発注しても欠品が続き、品切れ状態で、いつ納品されるか分からない。


 暫く悩んで、セルフコーヒーで我慢する事にした。





 数日後。


 菊水総隊司令官の山縣幹也(やまがたみきや)海将の命令を受け、石垣は、ある作戦のために、マレー半島に出向く事になった。


[信濃]の回転翼機に乗り込もうとした石垣は、自分を呼ぶ声に振り返る。


 息を弾ませて、伊藤が走ってくる。


「良かった、間に合った!」


 回転翼機のローター音に、かき消されないように、伊藤は叫ぶような声で言いながら、紙包みを、差し出した。


「やっと、納品されました!!お待たせしました!!」


 紙包みの中は、3箱の煙草であった。


「・・・でも、今は持ち合わせが・・・」


 困った表情で言う、石垣に。


「いえ!この間のお礼です!!受け取ってください!!それと・・・お仕事、頑張って下さい!!」


 満面の笑顔を浮かべる伊藤に、石垣は笑顔を返す。


「・・・ありがとう。それじゃ、遠慮無く頂きます」


「はい!お気をつけて、行っていらっしゃいませ!!」


「行ってきます!」


 甲板要員に注意されて、伊藤は手を振りながら、離れていった。


 それに手を振りながら、回転翼機に乗り込んだ石垣は、座席に座って、だらしないニヤニヤ笑いを浮かべながら、煙草の入った紙包みを眺める。


 それを、先に乗り込んでいた、メリッサに、しっかりと見られている事に、気付いていなかった。





 因みに、これがマレー半島某所での、煙草にまつわる後日譚に繋がったかどうかは・・・


 定かではない・・・

 こぼれ話をお読みいただきありがとうございます。

 誤字脱字があったと思いますがご了承ください。

 次回から第10部に入ります。

来週は、お休みさせていただきます。ご了承ください。

 次の投稿日は12月11日を予定しています。


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