間章 3 水主の過去
みなさん、おはようございます、こんにちは、こんばんは、お疲れさまです。
第16軍第38歩兵師団第380自動車化歩兵旅団第230歩兵聯隊前哨部隊は、前哨陣地で警戒、食事、休養という順で、配置についていた。
「やれやれ。まさか上陸寸前に、小銃が更新されるとは・・・な」
野戦食を食べ終えた下士官が、新品の一式半自動小銃を眺めながら、つぶやいた。
「俺たち自動車化歩兵旅団よりも、機械化歩兵旅団の方が、新式の自動小銃や半自動小銃に優先的に、更新されているからな」
一式半自動小銃を、簡単に点検しながら、同僚がつぶやきを漏らす。
「まったく、敵は、何をしているのだ?パレンバンに落下傘降下した時には、もの凄い抵抗があったと聞いているのに、俺たちが到着してから、何にも無い・・・」
「俺たちの攻勢に、恐れをなして、逃げたのだろう」
「それは、無いだろう。連中にとっても、このパレンバンは重要な拠点だ。奪還の準備を整えていると、考えておくべきだ」
兵卒たちが、野戦食を口にしながら、雑談する。
彼らの雑談を聞きながら、警戒配置に着いている兵士たちは、一瞬たりとも気を抜かない。
「?」
軽迫撃砲から撃ち出された、照明弾の光が消えた時・・・
一瞬だけ、人影らしき物が、見えたような気がした。
「どうした?」
同じく、警戒配置に就いている兵士が聞く。
「何か、動いたような気がした・・・」
「何?」
隣の兵士が、闇に目を凝らす。
再び、軽迫撃砲から、照明弾が上がる。
照明弾が、周囲を照らすと・・・
彼らの目の前に、無数の敵兵が現れた。
「敵襲!!」
警戒兵の叫び声で、汎用機関銃や軽機関銃による十字砲火が、浴びせられた。
「地雷原に、接近!!」
敷設した対人地雷原に、敵兵が接近し、次々と対人地雷が炸裂する。
照明弾だけでは無く、火力支援のために、迫撃砲弾が発射される。
前哨部隊ではあるが、歩兵聯隊下の歩兵砲部隊も配置されており、歩兵砲や速射砲による砲撃が、実施される。
「撃ち方やめ!!撃ち方やめ!!」
指揮官が、射撃中止を叫ぶ。
「敵が、後退していきます!!」
観測兵が、報告する。
「威力偵察だったか・・・」
将校の1人が、つぶやく。
「再攻撃に、備えろ!!」
指揮官が、再攻撃に備える指示を出す。
「聯隊本部に連絡!!至急、増援部隊を寄こすように、要請しろ!!」
聯隊本部では、増援部隊として、1個歩兵大隊が待機している。
1個歩兵大隊から1個中隊程度の増援でも、敵の総攻撃に備えられる。
「対戦車戦闘の準備!!」
軽戦車等からの攻撃に備えて、速射砲に対戦車弾を、装填させる。
もっとも、長い時間の始まりである。
前哨部隊は、敵勢力圏内近くに部隊を止める際に、警戒のために配置する部隊であるため、こういった嫌がらせ程度の攻勢から、本格攻勢まで受ける事がある。
嫌がらせ程度の攻撃を続けて、前哨部隊や後方の部隊の神経を削り、気力等を奪い続けた状態で、一気に大規模攻勢をかけて、瓦解させる戦法も存在する。
そのため、前哨部隊の指揮官は、単なる嫌がらせ程度の攻撃でも、常時警戒態勢を維持しなければならない。
「聯隊本部より、1個歩兵中隊を、増援に出すそうです」
聯隊本部からの連絡通り、輸送車両に分乗した1個歩兵中隊が、前哨部隊に増援部隊として送り込まれた。
彼らの武装は、一式半自動小銃では無く、九九式手動装填式小銃である。
一式半自動小銃に更新されたとはいえ、全部隊が更新された訳では無い。
更新されている部隊でも、一部隊のみである。
彼らは、銃剣を装着した状態で、九九式手動装填式小銃を武装し、前哨部隊と共に、警戒配置に就く。
軽迫撃砲や速射砲も増量され、大規模攻勢に備えた。
威力偵察を受けてから、数時間が経過し、日の出を迎えた。
パレンバンに置かれた、スマトラ島攻略司令部(第38歩兵師団司令部、連合空挺部隊司令部等)では、前哨部隊が小規模な攻撃を受けた事が、報告された。
第1空挺団第1普通科大隊本部で、従軍カメラマンの水主は、メモ帳にペンを走らせていた。
「情報小隊からの報告では、付近に敵の野営地らしき物は、発見できませんでした」
大隊本部第2科長(情報担当)が、地図を見下ろしながら、説明する。
「我々の担当区での、行動展開は?」
見山の問いに、部隊運用を担当する第3科長が、口を開く。
「1個普通科中隊を即応部隊兼予備部隊として、2個普通科中隊を前方に展開した、対ゲリラ戦行動を前提にした行動展開にします」
「我々が任されている、担当区だけでも広大だ。対ゲリラ戦行動で、前進すれば、かなりの時間が、かかるな・・・」
見山が、つぶやく。
「ですが、ゲリラ戦に備える以上は、基本に徹するしかありません」
「水主氏」
見山は、幕僚たちの意見を聞いた後、本部に控えていた水主に顔を向けた。
「貴方は、どの中隊と行動しますか?」
「そうですね。できれば前方に展開する中隊の、どれかを希望します」
水主としては、偵察部隊である情報小隊と同行したいが、それは無理な話である。
「わかりました。それでは、第1中隊長と第2中隊長と協議した上で、どの中隊に同行するか、決めます」
第1普通科大隊本部での会議が終わると、水主は外に出た。
パレンバンは、占領下に置かれているが、安全宣言は出されていない。
オランダ軍が放棄した、非装甲車両等に簡易な装甲板を後付し、機関銃を搭載したガントラックを使って、警備部隊が常時巡回している。
普通科隊員たちが、自主的に設置した炊出し所で、パレンバン市民たちに、スープの配給を行っていた。
水主は、デジタルカメラを構え、子供や老人にスープを配っている普通科隊員を撮影する。
連合空挺部隊に所属するアメリカ陸軍空挺兵や、フランス陸軍落下傘兵等も、子供や老人たちに、チョコレートやビスケット等を、提供していた。
経済機能が一時的にストップしたパレンバンでは、占領部隊による、飲料水や糧食等の無償提供が、行われている。
「?」
水主は、自分の上着の裾が、引っ張られているのに気づいた。
見下ろすと、幼い子供が、1人いた。
「どうしたの?」
水主が、優しく公用語で話しかける。
「・・・・・・」
子供は、何も答えない。
水主は、懐から板チョコを取り出した。
「どうぞ」
板チョコを渡すと、子供は走り去った。
少し離れた所で、子供は、板チョコのアルミを几帳面に剥がした。
そこに集まってきた子供たちと、板チョコを分け合っている。
ミルクチョコであるため、口に運んだ子供たちは、嬉しそうな顔をした。
水主はカメラを向けて、戦場で、ささやかな幸せを掴む子供たちの、安らぎの表情を撮った。
どんな状況であろうとも、不幸が永久に続く事は無い。
不幸の中にも、僅かながらの幸福を、得る事がある。
目の前にいる、子供たちのように・・・
ほとんどの人は、不幸の中にある幸福に、気づけないのである。
9の不幸を味わい、1の幸福だけでは、確かに幸福を感じ取るのは、難しいかも知れない。
しかし、後で振り返ってみると、大多数の人は、その時の、僅かながらの幸福が、とても充実した幸福だったと答える。
水主は、炊出しを行っているボランティア団体、自衛隊、軍を問わず、彼らの表情と、食べ物を受け取る者たちの姿を撮った。
見山に呼び出された3人の中隊長は、彼から行動計画を受けた。
第1普通科大隊の他の装備は、空輸と海輸で、パレンバンに到着しており、高機動車や、軽装甲機動車、重火器もある。
「付近には、ゲリラが潜んでいる。部隊行動の際は、細心の注意を払って行動してくれ」
見山は、地図を見下ろしながら、告げる。
「言うまでも無いが、南方軍挺進集団第2挺進団や、第38歩兵師団も進撃を続けているが、進撃する度に、威力偵察程度の攻撃を受けている。敵の戦意は、まったく挫けていない」
見山は、3人の中隊長に、念を押す。
「常に、各小銃小隊との連絡を絶やさず、異常が発生すれば、すぐに各隊で支援に当たれ」
一通り説明した後、見山が、3人を見回す。
「何か、質問は?」
「1つ、あります」
第1普通科大隊第1中隊長が、手を挙げた。
「我々と一緒に、民間人が同行するそうですが、どこの配置を、希望しているのですか?」
「水主氏は、比較的前衛を、希望している。ペリリュー島でも戦闘部隊と同行し、戦闘時の写真を撮っていた」
「ですが、今回はペリリュー島とは、状況が異なります。正規戦だけでは無く、非正規戦もあります」
第2中隊長が、口を開いた。
「その辺の細かな事は、中隊で判断してくれ。水主氏も、了解済みだ。彼に対する責任は、大隊本部が負うから、安心して、水主氏をどこに付けるか、決めてくれ」
水主は、どこの中隊に常時配置するでは無く、第1中隊、第2中隊、第3中隊へ、回って貰う事になった。
水主には、専属の護衛2名の隊員と、防弾仕様にされたパジェロが、与えられている。
彼自身も、防弾性能がある鉄帽や、防弾衣を着用している。
彼の防弾装備は、すべて私物であり、防弾能力も特注品であるため、最新型の軍用と、ほとんど変わらない。
拳銃弾や、榴弾の破片程度の直撃であれば、耐えられる代物だ。
安全面に関しては、自衛官や軍人以上である。
ただし、自身の身を守る物は、防弾装備だけである。
戦闘状態になれば、敵も、戦闘員なのか、非戦闘員なのかを、判別する事は難しい。
実際、戦場カメラマンでも、さまざまであるが、自己の命を最低限守るために、護身用拳銃を携行する者もいたそうだ(ただし、護身用拳銃であるため、戦闘状態になれば、携行していても意味をなさない)。
戦闘レベルにも寄るが、戦場カメラマンが、自己の安全のためにやむを得ず、戦死した兵士の自動小銃や、鹵獲した敵軍の自動小銃を持って戦闘に参加する場合もあった。
もっとも、これは最終手段ではあるが・・・
陸上自衛隊の戦闘部隊と共に行動する、従軍記者や、カメラマンに関する細かな規程が、統合省防衛局で定められ、立法権を有する日本共和区議会に、承認された。
正規戦及び非正規戦が混雑する状況、叉はそれに相当する激戦下で、自衛隊の保護下に入り、職務を遂行する民間人の安全を保障できない場合に、部隊指揮官の判断で、自己防衛可能な銃器を、供与する事を可能にした。
この時の自己防衛可能な銃器とは、拳銃叉は自動小銃に限られている。
「水主氏の戦場での経験は、我々以上だ。危機回避能力等を、心配する必要は無い」
見山が、3人の中隊長を落ち着かせるために告げた。
実際、防衛局から提出された、水主の経歴は確かである。
水主は、自分が乗るパジェロの前にいた。
防弾仕様されているパジェロに、第1空挺団施設中隊と、空挺後方支援隊整備中隊車輌整備小隊が、独自に防弾能力向上のために追加改良を行った。
このような、独自での装甲板の追加等の改良は、第1空挺団に限った話では無い。
他の団、旅団、師団等でも、独自に防弾能力向上の追加改良を、行っている。
彼の護衛である、金澤と武藤の、2人もいる。
金澤と武藤は、M14A1と、89式5.56ミリ小銃折曲式銃床の、整備点検を行っている。
「水主さん」
武藤が、呼ぶ。
「貴方は、どこで、落下傘降下の訓練を、受けたんですか?」
「急に、どうしました?」
「いえ、輸送機から落下傘降下する際の姿勢は、民間で教えている以上に、完璧でした」
自衛官たちの時代では、落下傘降下の講習は、民間でも行われている。
アメリカでは、講習費等を支払えば、アメリカ陸軍、海兵隊の空挺部隊訓練生に混じって、落下傘降下に必要な教育を、受ける事ができる。
「自分が、反戦カメラマンになる前の事です。その時は、よくパラシュート降下をしました。それらの経験があったから、反戦カメラマンとして、やって行けるんですよ」
水主の回答に、武藤は、興味津々といった、感じだった。
「へぇ~。前の仕事は、何だったんです?」
「・・・・・・」
武藤の質問に、水主は、答えない。
「武藤。小銃の整備が完了したなら、パジェロに荷物を、積み込むぞ!」
金澤が、M14A1を肩にかけた。
「あ、はい!」
武藤は、自分の背嚢を持って、パジェロに積み込む。
背嚢には、一週間分の食糧、予備弾薬、予備の手榴弾、応急処置器具等が入っている。
金澤の背嚢も、同じである。
水主は、予備のカメラと、その支援機材等が積み込まれて、応急処置器具や食糧等がある。
予備の燃料や、他の資材等の積み込み作業を、3人で分担して行う。
「前の、仕事か・・・」
水主は、カメラのレンズを手入れしながら、つぶやいた。
彼は懐から、1枚の写真を、取り出した。
その写真には、水主だけでは無く、11人の兵士たちの姿が、映っている。
写真に写っている水主も、一緒に写っている兵士たちと同じく迷彩服を着ている。
それだけでは無く、足下には、MG4がある。
「今、思えば・・・辞めてから、もう、10年になるのか・・・」
水主は、小さくつぶやいた。
しかし、C-130Hから落下傘降下する時、その動作は、身体が覚えていた。
降下時の姿勢から、落下傘が開傘する時の姿勢まで・・・
10年前の自分と、変わらない姿だった。
「銃からカメラに持ち替えて、同じ戦場を駆け巡っているが、俺はどうやら、戦場から離れる事は、できないようだな・・・」
水主と11人の、肌や髪、目の色が違う兵士たちの迷彩服には、スペイン外人部隊を示す隊章が、輝いている。
彼らは、スペイン陸軍外人部隊の兵士たちである。
「・・・10年か・・・既に、この世の何処にもいない者・・・今も、銃を手に戦場を駆け巡っている者・・・民間人として、静かに暮らしている者・・・俺の様に、ペンやカメラを片手に、戦場を見届けようとする者・・・人とは、様々だな・・・」
正義も、悪も無い。
ただ、その時、その時に、あった事を伝える・・・
ただ、それだけである。
間章 3をお読みいただきありがとうございます。
誤字脱字があったと思いますがご了承ください。
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