マレーの虎 終章 和みの時間
みなさん、おはようございます、こんにちは、こんばんは、お疲れさまです。
ジットラ・ライン要塞陣地が、菊水総隊陸上自衛隊第13普通科戦闘団、大日本帝国陸軍南方軍第25軍第5歩兵師団、新世界連合軍連合陸軍総軍に属する戦闘団によって、陥落した翌日・・・
石垣は、後方支援隊衛生隊の診察天幕で、医官から問診を受けていた。
「気分は、どうだ?」
迷彩服3型に、白衣を着込んだ医官(1等陸尉)が質問する。
「ここ数日は、問題無く生活が出来ています」
石垣が、答える。
「突然、気分が高まったり、落ち込んだりする事は?」
「ありません」
「爆音や銃声に、驚く、若しくは、ものすごい恐怖に、心が支配される事は?」
「ありません」
石垣の質問に対する返答を、医官は、ノートパソコンに記入していく。
「わかった。念のために、この前に処方した、寝付きやすくする薬と、精神を落ち着かせる薬は、引き続き持っておくように、診断書と紹介状を書いておくから、艦艇部隊に戻ったら、軍医叉は医官に、提出するように」
医官は、それだけ言うと、石垣を退室させた。
石垣が、診察天幕と繋がった状態の待合の天幕に入ると、椅子に腰掛けた。
戦闘に参加した自衛官は、各部隊の衛生班が用意した、アンケートを受ける決まりである。
アンケート内容には、10項目程度の質問事項がある。
戦闘後の自衛官たちは、アンケートに記入し、提出する。
その後、医官たちが、アンケートの結果から、診察が必要か否かを判断する。
石垣は、初めての陣地防衛戦を経験し、生身の肉体に対して、銃弾を浴びせた。
実戦経験が豊富なメリッサや任が、戦闘後の石垣が、軽度の戦闘ストレス症候群を発症した可能性があると判断し、医官からの診察を受けるように勧めた。
「診察は、終わったかしら?」
待合室で腰掛けていた石垣は、背後から声をかけられた。
「ケ・・・メリッサさん」
メリッサが、待合室に設置されている給湯器の紅茶を淹れた、紙コップを持って現れた。
「はい、これ」
紙コップを、手渡す。
「ありがとうございます」
石垣は、渡された紅茶を、一口飲む。
(甘っ!!?)
口の中に広がった甘味は、味覚が、紅茶である事を遅らせるレベルの甘さだった。
「あら、甘かったかしら、テータリックは?」
「テータリック?」
「マレー語で、ミルクティー。現地調達がしやすいから、ここに置かれているのね」
給湯器は3つ置かれており、ただの水と、お湯、砂糖とミルク無しのテーオー(紅茶)がある。
「戦闘ストレスも、一般的なストレス症候群と、変わらないわ。紅茶には、ストレスを緩和させる作用と、気分を落ち着かせる作用があるの。そこに砂糖等を入れて、糖分を摂取すれば、疲れを癒す効果もあるわ」
メリッサからの説明を受けて、石垣は、ある事を思い出した。
(そういえば・・・戦時中の大日本帝国陸海軍将兵は、氷砂糖を常時携帯し、行軍中、戦闘中を問わず舐めていたって、話を聞いた事があるな・・・そういえば・・・その氷砂糖は、将兵の母親や妻、恋人たち等、女性から贈られた物だった・・・)
男達を戦場へ送り出す女たちは、どんな思いを氷砂糖に込めたのか・・・
戦場に立つ事の出来ない女たちは、男達が口にする一片の氷砂糖に、いかなる時も共に寄り添いたいという、思いを込めたのだろうか・・・
その思いは、真摯で、とても深い・・・
そんな事が頭に過ぎり、先ほどの彼女の行動と、照らし合わせる。
「うん。いい」
石垣が、ニヤニヤしていると、メリッサが首を傾げる。
「ちょっと!何をニヤニヤしているの?もしかして、本当に戦場ストレス症候群でも、発症したの?」
「いえいえ!違います」
「じゃあ、何?」
メリッサに尋問されそうになった時・・・救いの手が降りた。
「石垣達也2等海尉」
待合室の受付に、呼ばれた。
「メリッサさん。1つ聞いていいですか?」
診察を終えた石垣は、ヘリの時間まで時間があるため、その間に聞きたかった事を、彼女に質問した。
「何?」
「厚木基地の1件で、どうして庇ってくれたんですか?」
厚木基地での、ドッキリ演習の失敗で、石垣に対して、菊水総隊総隊司令部での幕僚会議で、一時的に、更迭とまでは言わないが、配置換えで、後方での勤務等で、経験を積ませた方が良いのでは?という意見が出ていたのだが、それに、強硬に反対したのは、もう1人の当事者のメリッサだったという。
勿論、山本も、それに援護射撃で意見を出し、防衛局長官からも、それに賛成するという意見書が送られてきた事で、山縣が責任を取るという形で、石垣は、首の皮1枚が繋がった状態で現在に至る。
「別に庇ったつもりは無いわ。ただ、誰でも越えられない壁に、ぶち当たる事はあるわ。越えられないからといって、見放すのでは無く、壁を越えられるように手助けもしないのは、冷たすぎるわ。確かに貴方は、あの1件で、大勢の人に失望された。その理由は、今の貴方なら、わかるでしょう?」
「はい」
石垣は、ハワイ攻略、パナマ運河破壊、南方進出等を歴史の記録から研究し、基本行動計画を提出した。
だが、石垣は、部隊行動計画を考える上で、絶対に考え無ければならない事を無視した。
「自分は、戦いに赴く将兵たちの事を、1つも考えませんでした。この方法をとれば、人命は救われる程度の、軽い考えでした・・・」
今の自分が、厚木基地の時の自分と対峙したら、その自分を躊躇わずに撃つだろう。
自分が、そう思うのだから、いくら演技とは言え、彼女は尚更だろう。
戦場で、勝利よりも人命を重視する事を信念に持ち、それを実証してきたのだから・・・
「ありがとうございます」
「却下!」
「は?」
「お礼は、まだ早いわ」
メリッサの言う通り、石垣は、1つの問題をクリアしたに過ぎない。
これから、まだまだ壁が石垣の前に、立ちはだかるだろう。
それでも・・・
一歩、一歩、前に進んで行く。
自分の最善を尽せば、超えられない壁は無い。
マレーの虎 終章をお読みいただきありがとうございます。
誤字脱字があったと思いますがご了承ください。




