マレーの虎 第19章 ジットラ・ライン攻防戦 2 黄泉がえった軍神
みなさん、おはようございます、こんにちは、こんばんは、お疲れさまです。
第1特科団第4特科群第404特科大隊派遣隊及び第5歩兵師団第5砲兵聯隊重砲兵大隊が展開し、ジットラ・ライン要塞陣地への、攻撃準備を整えていた。
MLRSで編成された第4特科群は、4個大隊編成下で、1個大隊を南方攻略に派遣していた。
82式指揮通信車の指揮、通信室で、第404特科大隊第4中隊長(2等陸尉)は、目を閉じ、状況開始時刻を、ひたすら待っていた。
「中隊長。状況開始時刻です」
「うむ」
中隊長は、落ち着いた雰囲気で、うなずいた。
彼は、82式指揮通信車の指揮通信室の、上面ハッチから、身を乗り出した。
周囲には、特科隊員で編成された警備小隊の隊員たちが、89式5.56ミリ小銃を装備し、ゲリラ・コマンド攻撃に備えている。
中隊に所属する6輛のMLRSが、ロケット弾の発射態勢に入る。
日米韓共同ミサイル等防衛協定締結により、日本及び韓国が、第3国からの侵攻を受けた場合に備えて、共同開発された新型ロケット弾が、6輛のMLRSに搭載されている。
「2000年代に締結された、クラスター爆弾禁止条約により、自衛隊は、保有するクラスター弾を破棄した。しかし、新たに開発された新型クラスター弾が、2020年代に導入された」
6輛のMLRSに装填されているロケット弾は、M26A3である。
ただし、世間一般的に知られている、クラスター弾では無い。
M26A3は、高度1000メートルで分解し、内部に収められた子爆弾6個が、四方に飛散する。
この時、子爆弾は、小型のパラシュートが開傘し、安定翼が展開する。
子爆弾先端部にはカメラが存在し、無人観測機や観測ヘリ等を中継し、特科中隊情報小隊の特科隊員たちが、3トン半トラックを改造した指揮車で操作をし、それぞれの子爆弾が着弾前に、攻撃目標を査定し、高度300メートルでパラシュートを切り離し、最終突撃で、査定された目標に突っ込む代物だ。
それぞれの子爆弾に誘導性能が存在し、指揮車から誘導だけでは無く、地上部隊及び航空部隊からのレーザー誘導でも誘導可能である。
誘導機能と自爆機能を有するクラスター弾であるため、禁止項目にある、無差別攻撃や不発する等の事態は発生せず、攻撃目標への正確無比の攻撃が可能である。
「状況開始!」
2等陸尉がヘッドセットで指示すると、一斉にMLRSからM26A3が、撃ち出された。
目標地点は、無人偵察機による航空偵察と、ハリマオ率いる抵抗軍による地上偵察で、ある程度把握していた。
そのポイント、ポイントに、誘導子爆弾を直撃させる。
子爆弾の炸薬量は、15キログラムであるが、対戦車攻撃や歩兵陣地攻撃には、効果的な打撃を与える事ができる。
中隊長は、M26A3の発射を見届けると、車内に戻り、液晶モニターを眺める。
その液晶モニターには、子爆弾のカメラ映像が、映し出される。
射程は、30キロメートルと短いため、ある程度、攻撃陣地まで接近しなければならないが、それらを考慮しても陣地攻撃には効果的である。
液晶モニターに、子爆弾の映像が映し出された。
第1射として、6発のM26A3が発射されたため、36発の子爆弾が、目標上空に飛散した事になる。
36個・・・それぞれの映像が、小さく映る。
それぞれが、指揮車の特科隊員たちによって、誘導され、最終突撃段階に入る。
液晶モニターに映し出された、36個の個別映像が時間差を空けて、砂嵐に変わった。
「無人観測機からの映像が、入ります」
指揮、通信要員の1人が操作し、映像を切り替える。
36個の子爆弾が、敵が潜む陣地に炸裂する段階が、映し出された。
攻撃はこれだけでは無く、第5歩兵師団第5砲兵聯隊重砲兵大隊による重砲砲撃が、開始される。
重砲は、九六式二四糎榴弾砲を、未来の技術援助で改良した、九六式二四糎榴弾砲甲型である。
攻城砲であるため、要塞陣地や、敵の大規模防御陣地等に対して使用する事を、目的として開発された同砲は、地上部隊が運用する重砲の中では、最大火力を有する。
誰もが、攻城砲で要塞陣地攻略を思い浮かべるとしたら、日露戦争の旅順攻略時に使用された二八糎榴弾砲(海岸砲)であろう。
それと、同じく重砲として二式二〇糎多目的榴弾砲があるが、こちらは攻撃用では無く、防御用であり、重砲でありながら、短時間で陣地変換、退却できる事を主目標にしている。
攻撃用である九六式二四糎榴弾砲は、史実の問題点を改善し、さらに短時間で設置できる能力を向上させる改良を行った。
従来の九六式二四糎榴弾砲乙型は、40人の人員で設置に4時間かかるが、甲型は、30人の人員で3時間まで短縮できた。
九六式二四糎榴弾砲甲型18門が、一斉に砲口を上げ、砲撃準備に入る。
陸軍航空隊観測機による誘導下で、微調整を行う。
「砲撃準備よし!」
大隊本部で、幕僚の報告を受けると、大隊長はうなずいた。
「砲撃始め!!」
「撃て!!」
中隊長の号令下で、各小隊長が一斉に「撃て!!」と叫ぶ。
九六式二四糎榴弾砲が、吼える。
小隊単位による制圧射撃であるため、時間差を空けて、吼える。
発射された榴弾は、海軍が使用する三式弾をベースに開発された、榴散弾である。
重巡洋艦並の艦砲に匹敵する榴散弾が、敵陣地に飛来すれば、内陸部でも重巡洋艦部隊による艦砲射撃を受けるのと同じだ。
重砲兵大隊は、各師団下に1個大隊、軍及び方面軍下の独立砲兵旅団に、2個大隊という編成である。
1個大隊18門であるため、[高雄]型重巡洋艦2隻強と、同等の砲撃を行う事が出来るという計算になる。
3個砲撃中隊(各中隊6門)が、間隔を空けて砲撃をする。
重砲兵大隊指揮所は、見晴らしのいい山腹に置かれている。
偽装を施した観測所では、重砲兵大隊長(中佐)が、双眼鏡でジットラ・ライン要塞陣地を確認する。
「凄まじい・・・光景だ」
菊水総隊陸軍の自走式多連装噴進砲(MLRSの事である)による噴進弾の炸裂と、九六式二四糎榴弾砲による砲弾が、炸裂している。
着弾地点は、炸裂時の爆煙等で覆われ、どうなっているか、わからない。
第5歩兵師団及び第13普通科戦闘団等の協議で、重砲及びMLRSは、ジットラ・ライン要塞陣地攻略開始前の12時間にかけて、制圧攻撃を実施する事になっている。
12時間にも及んで、榴散弾と噴進弾による雨が、降り注ぐのである。
防御陣地の地下壕や塹壕等に潜んで、砲撃に堪えているイギリス兵や新英派のマレー義勇兵には、苦痛であろう。
12時間にも及ぶ制圧射撃は、連続で行われる事は無く、時間を空けて行われる。
2時間程度、砲撃が止んだ、と思ったら、砲撃が再開される。
もちろん、砲撃だけでは無く、中型爆撃機による水平爆撃及び泰王国に駐留する新世界連合軍連合支援軍空軍による精密誘導爆撃が行われる。
ジットラ・ライン要塞陣地に配置されている要塞砲及び高射砲を無力化し、歩兵及び歩兵支援戦車等による突撃戦法で、要塞陣地で、もっとも強固な防衛陣地を攻略し、要塞全体を一気に崩壊させる。
第13普通科戦闘団第1普通科中隊長は、89式5.56ミリ小銃の先端に89式多用途銃剣を装着する。
第1普通科中隊に所属する普通科小銃隊員たちも、89式5.56ミリ小銃及び64式7.62ミリ小銃に、89式多用途銃剣叉は64式銃剣を装着する。
「中隊長。突撃開始時間です!」
副官が、報告する。
「よし、行くぞ!」
中隊長が小さく告げると、一斉に第1普通科中隊の隊員たちが、突撃を開始した。
彼らの突撃に合せて、第13普通科戦闘団特科中隊2個射撃小隊の155ミリ榴弾砲であるFH-70が、支援砲撃を開始する。
突撃を開始する第13普通科戦闘団2個普通科中隊の火力支援のため、重迫撃砲中隊の120ミリ迫撃砲も、支援射撃を実施する。
第1普通科中隊の突撃と同時に、塹壕に潜んでいたイギリス兵、インド兵、マレー義勇兵は、突撃阻止のため、小銃、軽機関銃、重機関銃等で応戦する。
「散開!身を隠しながら、撃て!!」
小銃小隊長が叫び、隊員たちが砲爆撃等でできた窪みや、倒木、岩等に身を隠し、89式5.56ミリ小銃や64式7.62ミリ小銃を構えて、撃ち返す。
凄まじい銃火が、交差する。
「支援砲撃を要請する!弾着地点を近づけてくれ!」
小隊長が、無線員の背負う無線機に叫び、重迫撃砲中隊に、火力支援を要請する。
要請した後、上空から砲弾の飛来音が響き、彼らの目の前にあるトーチカと塹壕周辺に、迫撃砲弾が炸裂する。
120ミリ迫撃砲弾であるため、威力は高く、衝撃波等は120ミリクラスの榴弾砲に匹敵する。
「トーチカに、放射しろ!」
迫撃砲弾が着弾し、トーチカからの重機関銃による砲火が緩んだ隙に、小隊陸曹が、小隊付の携帯放射器を装備した隊員に叫んだ。
「了解!!」
携帯放射器を装備した隊員が、窪みから飛び出し、トーチカまで駆け出す。
「援護射撃!!」
小隊長が、89式5.56ミリ小銃を連発射撃で、トーチカ及び周辺の陣地に撃ちまくる。
他の隊員も、64式7.62ミリ小銃や89式5.56ミリ小銃だけでは無く、MINIMIも火を噴く。
援護下で携帯放射器を装備した隊員が、有効放射距離まで近付き、携帯放射器をトーチカに向けて、放射する。
炎の液体が噴き出し、トーチカの中を炎が支配する。
その時、援護射撃をすり抜け、3人の兵士が手動装填式小銃を構えて、現れた。
携帯放射器を放射した隊員は、そのまま放射を続けた状態で、3人の兵士に向けた。
彼らが発砲するより前に、火炎が彼らの身体にへばりつくのが、早かった。
たちまち3人の兵士は、浴びた炎で全身を焼かれ、のたうち回る。
普通科部隊と、特科部隊だけによる、地上戦だけでは無い。
上空には、AH-1Sの1個小隊と、OH-1が1機随行した状態で、地上部隊の上空援護が行われている。
「掩蔽壕より、野戦重砲が姿を現した。オメガ3の射線上だ!」
OH-1の観測手が、戦車壕に向けて、対戦車誘導弾TOWを発射したAH-1Sに、新たな目標を指示した。
「こちらオメガ3、了解。射撃する」
操縦士兼機長が、AH-1Sをわずかに移動させて、姿を現した野戦重砲に機首を向ける。
射撃手が、機首下の3砲身20ミリ機関砲を起動させて、照準を合わせる。
3砲身が高速回転し、20ミリ機関砲が火を噴く。
100発程度の焼夷榴弾が浴びせられ、たちまち土煙が上がる。
土煙が薄くなると・・・そこには、身体をバラバラにされた兵士たちと、無残にも破壊された重砲があるだけだった。
「目標の沈黙を確認」
OH-1からの報告を聞いた。
第5歩兵師団第5歩兵旅団の1個歩兵聯隊は、第5戦車団特務戦車隊と共に、突撃を開始し、火炎放射戦車である八九式火炎放射戦車壱型及び弐型は、敵歩兵陣地への火炎放射を行った。
射程距離の長い壱型は、遠くからトーチカや塹壕に向けて、火炎放射を行い。弐型は、五七粍榴弾を発射しながら接近した。
ある程度接近すると、車体の前部に装備された車載式仕様の一〇〇式火焔発射器で、火炎を浴びせる。
これらの火炎放射で、掩蔽壕や塹壕からあぶり出された敵兵たちに、後方で待ち構えていた小銃兵や機関銃兵が、小銃弾を浴びせる。
一式半自動小銃を武装した小銃兵は、火力に物を言わせて、前進する。
特務戦車隊を率いる指揮官は、八九式中戦車乙型の砲塔内から、その光景を眺める。
「暫く戦場から離れている間に・・・戦争は、急速に発展したな・・・」
特務戦車隊を率いる、若い将校がつぶやく。
「日中戦争で、深手を負って、暫く内地の陸軍病院で、生死の境をさまよって、現世に戻って来たはずが・・・どうやら、地獄に落ちたのかもしれない・・・」
彼は、火炎放射であぶり出される英印軍兵士や、地獄の業火で全身を焼かれる英印軍兵士、マレー兵の姿と、彼らに小銃弾を撃ち込む・・・叉は銃剣で突き刺す、陸軍歩兵たちの姿を眺めながら、客観的な感情で、つぶやいた。
わずか・・・そう、わずか4年である。
たったの4年で、戦い方が変わった。
上空からは、陸軍の戦闘攻撃機が、爆撃と機銃掃射を行っている。
「隊長!敵歩兵が、側面から現れました!」
八九式中戦車の、車体前部機銃手兼通信手の兵卒が、報告する。
「どうやら、地下壕から側面に、回り込んだ・・・か」
彼は、敵の意図を予想すると、隊長車である八九式中戦車及び隊長車随伴車である八九式中戦車の2輛と共に、側面から現れた敵歩兵に、対処する事にした。
「後続の戦車大隊、叉は拠点制圧の戦車大隊が態勢を整えるまで、我々だけで対処する!動ける歩兵は、私に、付いて来いと伝えろ!!」
五七粍榴弾を装填しながら、通信手に叫ぶ。
「照準よし!!」
「撃て!!」
砲手からの報告に、彼は叫んだ。
八九式中戦車の砲口が吼え、榴弾が撃ち出される。
次弾を装填すると、上面ハッチを開放し、身を乗り出した。
本来、戦闘の真っ只中で、車長が身を乗り出すのは自殺行為であるが、側面攻撃を許してしまった危機的状況に、兵たちの士気を高めるには必要だった。
彼が、姿を現した事により、歩兵たちが、歓声を上げた。
「軍神西住隊長が、姿を現したぞ!!!」
「軍神西住隊長は、我らと共にある!一兵たりとも、敵の突撃を許すな!!!」
歩兵たちが叫び、八九式中戦車3輛による砲撃下で、側面攻撃を敢行したマレー兵部隊の1個大隊に、白兵戦を挑んだ。
第5戦車団特務戦車隊の隊長は、西住小次郎大尉である。
史実では、4年前の1938年に、戦死したはずである彼が、なぜ、生きているのか・・・
これを、説明できる80年後から来た未来人たちは、いなかったが・・・
ただ、史実と同じ様に、狙撃されたにも関わらず、九死に一生を得た。
軍神西住。
という敬称が、何故付けられたか、西住本人でも不明ではあるが、菊水総隊陸軍だけでは無く、新世界連合軍連合陸軍の戦車兵たちの間で、彼はそう呼ばれていた。
そのため、大本営から軍神西住と、あだ名を付けられ、上官及び部下からも、そのような敬称で呼ばれる事になった。
因みに、大本営に詳細を聞いても、軍機に付き教えられない、と回答された。
その辺りについては、西住も、未来人から渡された資料で、ある程度把握する事は出来たが・・・
西住として、もう1つ意味不明なのは・・・菊水総隊陸軍の戦車兵・・・
年長の将校や下士官、兵卒は、単純に、彼らの知る歴史では、戦死して存在しないはずの自分に会えたという事に、驚きと感動のようなものを、感じているらしいのだが(これは、大袈裟過ぎると思いながらも、理解出来なくは無かったが)、若手の将校及び下士官、兵たちの反応は、理解の限界の、遥か上を行っていた。
彼らの自分に対する反応は、銀幕の人気俳優や、舞台の人気役者と間違っているのでは?と、聞きたくなる程、狂喜乱舞しているのである。
この理由について、大本営陸軍部は、完全に黙秘権を貫いていた・・・
マレーの虎 第19章をお読みいただきありがとうございます。
誤字脱字があったと思いますがご了承ください。




