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マレーの虎 第17.5章 マレーの虎

 みなさん、おはようございます、こんにちは、こんばんは、お疲れさまです。

 戦闘が終わった後・・・石垣は、手頃な場所で腰掛けていた。


 連合陸軍、連合支援軍陸軍、陸自の救急ヘリと輸送ヘリが着陸し、戦闘によって発生した負傷者の搬送、及び捕虜の移送が、行われていた。


 石垣としては、防御陣地に突撃してくる、狂気にかられたと言うべき、オーストラリア兵たちの姿が、頭から離れなかった。


 倒れても、倒れても、前へ前へと、前進してくるオーストラリア兵は、恐ろしかった。


 しかし、自分も、彼らに銃弾を浴びせていたにも関わらず・・・平然としていた。


「紅茶は、いかが?」


「?」


 石垣が顔を上げると、メリッサが立っていた。


 両手には、紙コップを持っていた。


「コーヒーは、切らしたようだから、代わりに紅茶を、持ってきたわ」


 片方の手に持った紅茶が入った紙コップを、石垣に、差し出した。


「ありがとうございます」


 石垣は、紙コップを受け取り、紅茶を飲む。


 紅茶の風味と、砂糖の甘さが、口の中に広がる。


「どうかしら、コンピューターの世界では無く、現実の戦場を経験した、感想は?」


「何と言っていいか・・・一言で言いますと、恐ろしい限りです。戦闘中は、自分の手で、人の命を奪ったというのに・・・まったく、何も感じませんでした。ですが今は、それを、とても恐しく感じています・・・」


 石垣は、今、感じている気持ちを素直に答えた。


「精神状態が不安定なのは、戦闘中に貴方の精神を安定させようとした、コンバットハイの副作用よ」


「コンバットハイ・・・って、戦争中毒の事ですよね」


「そうとも言われているわ。戦争中毒になるから、コンバットハイと、いう訳でも無いのよ。精神状態を安定させるために、発症する場合もあるわ」


 メリッサは、そう言いながら、紅茶を飲む。


「訓練で的を撃つのと、実戦で人を撃つのは違うわ。貴方も、最初の初弾は、撃ってなかったじゃないの?私が撃った後、引き金を引いた。どうして私が、フルオート射撃を指示したか、わかる?」


「・・・・・・」


「フルオート射撃なら、自分の手で直接、相手の人生を終わらせていないと、言い聞かせる事ができるから。フルオート射撃なら、小銃が勝手に乱射して、その弾が、たまたま相手に命中したと、言い訳できる」


「ですが・・・今は・・・人の命を終わらせてしまった、後悔だけです」


「それでいいのよ。その気持ちを大事にしなさい。人を殺して、絶望する、後悔する、悲しむは、とても大切な物。そして、それは苦痛では無い。本当の苦痛は、それらの気持ちを失う事・・・それがコンバットハイの重症化、つまり、戦場中毒になる」


 メリッサは、優しく告げた。


「それと、紅茶を飲んだら、食事をしなさい。食べる気がないだろうけど、食べないと、精神の不安定を助長するだけ・・・」


 メリッサは、それだけ言うと、彼に背を向けた。


「ケッツアーヘルさん」


「メリッサで、いいわ。タツヤ」


 メリッサが振り返り、告げた後、石垣を残して、事後処理に回った。


 暫く、石垣はポカンとした表情を、浮かべていた。


「ファーストネーム・・・」


 自分の名前を呼んだ、メリッサの言葉を思い出し、頬の筋肉が自然に緩む。


 カシャ!!


「!!?」


 突然のシャッター音に、驚いて振り返ると、すぐ側にスマホを構えた、芝の姿があった。


「たっちゃんの、決定的瞬間、ゲット!!アハハハハ!たっちゃん!やることをやっているのね!」


「まり姉さん!?」


「私も、あっちゃんも、安心!安心!」


 1人で、うんうんと、うなずいている芝に、石垣は目が点になる。


「まり姉さん。それは、どういう・・・?」


「照れない!照れない!」


 と、石垣の肩を叩く。


「あっちゃんに、伝えたら、きっと安心するわ!私たちの弟に、春が来た!!」


 1人で盛り上がっている芝に、石垣は、これまでの疲れが、ドンと吹っ飛ぶ。


 と・・・ここまでは、良かったが・・・


「早速、あっちゃんに、報告、報告!!」


 何やら、ポチポチと、スマホに文字を打込んでいる芝に、石垣は慌てる。


「チョ!?チョット!?まり姉さん・・・まさか!?やめて~!!!」


 芝の意図を察した石垣が、慌てて止めようとしたが・・・


 ポチッ!


「「あっ!!」」


 石垣だけで無く、芝まで驚きの声を上げた。


「あちゃ~!ゴメ~ン、たっちゃん。一斉送信しちゃった・・・まっ、いっか」


「まり姉~!!?」


 石垣は、情けない叫び声を上げる。





 芝に、ひたすら弄られた石垣は、ようやく解放された。


「石垣」


 再び背後から声をかけられて、石垣は、背筋をゾクッとさせる。


 振り返ると、ハリマオこと、谷豊が、立っていた。


「貴方のおかげで、多くの者を救う事ができた。礼を言う」


「いえ、自分は、できる事をしただけです。礼を言うのでしたら、実際に戦った人たちに、お願いします」


 石垣は、ハリマオからの礼に、恐縮した。


「いや、我々を守ると言ったのは、貴方だ」


 ハリマオは、再び、礼を言った。


「石垣。貴方の意思と覚悟を、見せてもらった。私は、マレーを解放する抵抗軍の指導者として、貴方を信じる」


 ハリマオは、今まで見た事の無い真剣な表情で、告げた。


「私は、イスラム神の前に誓う。貴方を最後まで信じ、貴方が属する勢力に、最後まで力を貸す事を・・・マレーを解放する。その時まで、私は貴方がたに、全面的に協力する事を!」


 ハリマオの申し出に、石垣は、何を言って良いのかわからなかった。


 ただ、1つ言える事は、彼の申し出が、とてつもなく重い事である事だ。


 自分が信仰する神の名を出す事は、絶対に裏切らない事の証だ。


 神の名の下に誓うという事は、もしも裏切れば、その神を信仰する者たちに、命を狙われる。


 特にイスラム教は、同じ神を信仰するキリスト教、ユダヤ教の宗教の中で、最も戒律が厳しく、信者たちの団結心が、とても高い。


 もともと厳しい環境下で誕生したイスラム教は、格差社会が他の宗教と比べて低いのも特徴だ。


 常に彼らは、厳しい戒律に従い、行動している。


 だが、その中には苦しみや悲しみ、喜び等を、みんなで分かち合い、常に助け合って生きる、という良い面も存在する。


 石垣自身も、メリッサに、はっきり言われて、気付かされた事がある。


 悪い面は、決して悪いだけでは無く、良い面も存在する。


 同時に良い面には、悪い面が隠れている。


 好かれているからといって、全員から好かれている訳では無い。


 正しい行いをしたからとしても、それによって、不幸になる者もいる。


 どんな行いをしても、常に贖罪の精神が、必要なのである。

 マレーの虎 第17.5章をお読みいただきありがとうございます。

 誤字脱字があったと思いますがご了承ください。

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