マレーの虎 第12章 混迷化する戦場
みなさん、おはようございます、こんにちは、こんばんは、お疲れさまです。
菊水総隊旗艦である指揮艦[くらま]は、随行艦のミサイル護衛艦[しまかぜ]と共に、南シナ海に到着した。
[くらま]の司令部作戦室では、菊水総隊司令官の山縣幹也海将と幕僚たちに、南方作戦の詳細な情報を、菊水総隊司令官付特務作戦チーム主任の坂下亜門1等空佐が書類を片手に、説明した。
「スマトラ島、ボルネオ島、マレー半島等の東南アジアの各戦場は、連合国軍と派遣された枢軸国軍の抵抗で、泥沼化しています」
坂下は、各戦地から報告が上がった状況を説明する。
どこの戦場も、連合国軍は正面戦闘を極力避け、現地民で編成した義勇軍を主力とした、ゲリラ戦法を駆使して、こちらの戦力を削るといった戦術にシフトしている。
「まるで、第2次ポエニ戦争の中期に、イタリア半島に侵攻したハンニバル率いるカルタゴ軍に対して、共和制ローマが取った戦術そのものだ・・・ここにきて、マハン大佐の言葉の正しさを実感する事になるとは・・・」
幕僚の1人が、悔しそうに、つぶやきを漏らす。
「海上航空輸送路を脅かす、秘密飛行場や秘密軍港から出撃する、戦闘機や爆撃機、水雷艇や潜水艦等による、後方攪乱戦法により、十分な補給物資や人員を満載した運送艦や輸送船が、満足に投入できないのが現状です」
坂下の説明に山縣は、目を閉じたまま報告を聞いていた。
「本国から遠く離れた土地で・・・ここまでの抵抗をするとは」
別の幕僚が、つぶやく。
「ヨーロッパ諸国にとって、東南アジアは、地下資源の宝庫だ」
山縣が、口を開く。
「史実でも、ヨーロッパ諸国の反日感情は、そこから出ている。旧日本陸海空軍による南進は、東南アジアの人々に予想以上の衝撃を与えた。これまで、西洋列強に逆らえないと考えていたアジア人たちが、旧日本軍の戦果を目の当たりにする事で、独立思想が強まった」
山縣の言葉に、菊水総隊高級幕僚長である広間一進陸将が、答えた。
「大日本帝国の進撃を目の当たりにした東南アジア諸国では、戦後、独立意識が高まり、打倒ヨーロッパ等をスローガンに、次々と独立国家が誕生しました。ですが、ヨーロッパ諸国・・・特に英蘭仏は、世界大戦による損害から国力復興に全力を尽していましたが、資源の宝庫だった東南アジアの植民地の独立により、国力復興の主要な財源を確保できなかった。これらの国は、それまで維持していた、七つの海の支配国家という権威を、捨てなければなりませんでした」
「この世界大戦の影響が・・・我々の時代の、テロリズムや戦争を始める事になった。日本人のした事は、戦後教育で教えられている事とは、少し異なる。これまで、植民地支配による支配された生活から人間としての生活ができる事を、日本人は行動で彼らに教えた。ヨーロッパ諸国で・・・特に東南アジア圏で、利権を獲得していた宗主国にとっては、反日感情が生まれるのは仕方無い事だ」
山縣は、小さくつぶやいた後・・・幕僚たちに聞いた。
「我が身に振り返って考えてみればわかるが、これまで、自分の物だった金の卵が、誰かに奪われるとしたら、黙っているか?」
「「「・・・・・・」」」
幕僚たちは誰も、反論しない。
「それが、連合国軍による決死の抵抗だ。ここで、我々に奪われたら、自分たちの国が窮地に立たされる事は、明確である」
「ですが、我々も手を引く事は、できません」
「そうだ。それが、東南アジア戦線を泥沼化させている。このままでは、さらなる兵力を投入しなければならない」
山縣の言葉に、司令部作戦室は静まり返る。
この状況下での、兵力の増強は・・・推定でも、100万の将兵を投入しなければならない。
攻略作戦に参加する南方攻略軍に追加兵力が加われば、後方の補給態勢を確立する事も難しい。
[くらま]のヘリコプター甲板に、新世界連合軍総参謀長である、ヴィクトル・バルツァー大将が搭乗する、UH-60A[ブラックホーク]が着艦した。
UH-60Aから、バルツァーが降りると、山縣が出迎えた。
「遠路はるばる、ご苦労だった」
バルツァーを出迎えた山縣が、労をねぎらった。
山縣もバルツァーも、制服姿では無く、山縣は青色を基調とするデジタル迷彩服姿で、バルツァーも、デジタル迷彩服のOCP姿である。
「話は司令官室で」
山縣は、自室である司令官室に、バルツァーを案内した。
南方作戦の戦況について、話し合うためである。
幕僚室係の海士たちが、2人分のコーヒーを、テーブルに置いた。
「戦況は、極めて面倒な事態になっています」
バルツァーが、切り出す。
「そうだな。敵の士気を挫く、効果的な勝利を収めなければならない」
山縣の言葉に、バルツァーもうなずく。
「その通りです。そこで、方法としてあるのが、マレー半島でイギリス軍の1個師団クラスが守りを固めています、ジットラ・ライン要塞陣地を攻略すれば、一気に東南アジア各地で抵抗している英蘭米豪新連合軍の戦意を、挫く事ができます」
「ジットラ・ライン要塞陣地の攻略か・・・」
山縣は、腕を組んだ。
連合支援軍陸軍に属するタイ王国陸軍と空軍、大日本帝国陸軍南方軍第25軍は、ジットラ・ライン要塞陣地への攻略は行わず、ジットラ・ライン要塞陣地包囲網を構築し、南下を続けている。
多用途戦闘機や野砲による砲爆撃を行っているが、自然の要塞と人工的に手を加えられた要塞には、効果が薄かった。
「ジットラ・ライン要塞陣地を攻略するには、我々だけでは、かなりの被害を出すな。攻略するとなれば、ハリマオ率いる抵抗軍の協力が、不可欠だな」
ジットラ・ライン要塞陣地は、主要要塞と周囲に、イギリス陸軍とインド帝国陸軍の旅団6000人が、守備を固めている。
当初、南方軍第25軍は、史実のデータを元に攻略する作戦計画を練っていたが、自分たちの提供した記録とは異なり、ジットラ・ライン防御陣地と要塞は完成しており、記録があまり、参考にできなかった。
方法としてあるのは、周囲の地元民から情報収集と破壊工作を依頼し、一気に叩くという方法がある。
「ジットラ・ライン要塞攻略に関しては、南方軍司令官寺内大将と、マレー半島攻略軍司令官山下中将とも、協議する必要がある」
山縣としても、ジットラ・ライン要塞攻略に賛成だった。
強固な要塞を攻略するには、念入りな情報収集と現地民の協力が、必要不可欠である。
それらを怠った場合、日露戦争の旅順要塞攻略と、同じ悲劇が待っている。
山縣とバルツァーの2人は、司令官室で会談が終わった後、夕食を知らせる艦内放送が流れた。
「それでは、私はこれで・・・」
バルツァーが、退席しようとした時・・・
「そんなに急いで戻る必要は無いだろう。夕食を食べてから戻った方がいい」
山縣が、バルツァーを呼び止めた。
「わかりました。いただきます」
バルツァーは、夕食の誘いに乗った。
バルツァーの随行員たちにも、[くらま]第4分隊で調理された夕食が提供された。
山縣は、バルツァーを菊水総隊司令部食堂に案内した。
夕食は、タイ米を使ったピラフ、ビーフシチュー、サラダにデザートの果物ゼリーである。
[くらま]は菊水総隊司令官座乗艦であるため、常に来訪者に備えている。
マレー半島攻略を担当する大日本帝国陸海空軍南方軍第25軍司令部では、占領した都市部の一部の建物を、司令部庁舎として使用している。
第25軍司令官である山下奉文中将は、参謀副長の馬奈木敬信少将から戦況説明を受けた。
マレーの虎の異名を持つ山下の指揮下には、第5歩兵師団、第18歩兵師団、第3機甲師団の2個歩兵師団と1個機甲師団以外に、陸軍版海兵隊である水陸両用戦闘集団第1水陸両用旅団や、海軍陸戦隊警備隊等が指揮下に置かれている。
「第5歩兵師団は麾下の1個旅団が、1割程度の損害を出し、もう1個旅団は2割程度の損害を出しました。同師団長決定により、侵攻作戦を中断し、部隊の再編成を行うとの事です」
「第3機甲師団は?」
山下は、新設されたばかりの、機甲科と機械化歩兵科を中核とした、師団の状況を聞いた。
「第3機甲師団は、第7戦車旅団麾下の戦車聯隊が、2割以上の被害を出し、第8戦車旅団と交替しました。第5機械化歩兵旅団は、兵員の損害は1割程度ですが・・・装甲兵員輸送車等の輸送車両を、2割弱程失いました」
「ふむ」
馬奈木の報告に、山下は腕を組んだ。
「新世界連合軍連合支援軍の泰陸軍支隊も、英印軍の遊撃戦や伏激戦と、マレー半島の現地住民で編成された義勇軍、民兵部隊によるゲリラ戦に苦戦しており、一時、作戦行動を中止しています」
参謀長の鈴木宗作中将が、説明する。
彼は、新世界連合軍連合支援軍陸軍の泰王国陸軍部隊と協議し、トンボ帰りで司令部に戻って来た。
「参謀長、参謀副長。これを見てくれ」
「「?」」
山下が、未来人から購入した、ノートパソコン(2020年代では旧式化のため、安価で購入できる中古品)を、2人に見せた。
菊水総隊旗艦である、指揮艦[くらま]から送られてきたメールである。
「ジットラ・ライン要塞陣地攻略ですか・・・」
鈴木が、難しそうな顔をした。
「確かに、連合国軍の士気と戦意を挫くには、強固な要塞であるジットラ・ライン要塞を、攻略するのは効果的です。しかし・・・」
馬奈木も、難しそうな顔をする。
「日露戦役の旅順攻防戦のような、苦しい戦いを覚悟しなければなりません」
鈴木の言葉に、山下はノートパソコンを元の場所に戻す。
彼自身、未来の精密機械を完全に使い熟せないが、簡単な操作や簡易な報告書等の作成はできる。
「第25軍麾下の予備部隊を第5歩兵師団に編入させ、要塞攻略に投入する事は可能か?」
参謀長と参謀副長が、顔を見合わせた。
「難問ですが、不可能ではありません。犠牲を少なく、確実に攻略するための作戦行動計画を、参謀部と議論します」
鈴木が承諾すると、山下は馬奈木に顔を向けた。
「南方軍司令官寺内大将と、大本営陸軍元帥杉山大将に電信、マレー半島での戦局を確実な勝利にするため、当初作戦行動計画を中止し、ジットラ・ライン要塞攻略に主眼を置く・・・と」
「はっ!」
馬奈木は一礼すると、軍司令部通信隊に出向いた。
軍司令部通信隊が使用する通信機器は、未来の技術提供と通信機器提供により、高性能な通信機器と専門的な訓練を受けた通信科将兵がいる。
参謀長も執務室を退室すると、山下はノートパソコンを操作し、彼らに提供された、マレー作戦の記録が保存された、ファイルを開いた。
破軍集団陸上自衛隊航空隊が運用するLR-2が、マレー半島に向かっていた。
同機に搭乗しているのは、破軍集団司令官付高級副官兼特別監察監である石垣達彦1等陸佐である。
「1佐。着陸する飛行場周辺の、状況報告です」
石垣の専属警護を任されている、警務官の本多葵花3等陸尉が、ヘッドセットを付けた状態で報告した。
「飛行場周囲には、第25軍第25飛行団警備隊第1中隊と海軍陸戦隊警備隊から派遣された警備部隊200人が警備していますが、この数日、正規軍、非正規軍を問わず威力偵察やゲリラ戦を受けています」
「用意された車輌は、後付された防弾板が取り付けられただけの民生車で、護衛車は、MINIMIを装備した軽装甲機動車が1輛だけです」
久須木賢2等陸曹が、つぶやいた。
「警護態勢が万全では無いのは、どこも同じだ。補給物資を満載した輸送科部隊ですら、12.7ミリ重機関銃を装備した軽装甲機動車と、MINIMIを装備した防弾仕様のパジェロが1輛ずつの1個小銃分隊で、旅団や戦闘団の後方支援隊輸送隊を護衛している。俺だけ、贅沢は言えない」
新世界連合軍連合兵站軍は、独立軍であり、専門の護衛部隊があるが、一部は新世界連合武装民事局傘下の、多国籍民間軍事企業に輸送部隊の護衛を委託している。
特にゲリラ戦が頻発する地域では、連合兵站軍の護衛部隊では無く、多国籍民間軍事企業の武装社員が担当している。
LR-2は、第25軍第25飛行団が使用する飛行場に着陸し、石垣1佐は随行員たちと共に地面に降りた。
石垣たちに用意されたパジェロと、防楯付銃架に取り付けられたMINIMIと、上面ハッチ全周をカバーする装甲板が取り付けられた軽装甲機動車がある。
石垣と随行員は、パジェロに乗り込み、先導に軽装甲機動車が着く。
同飛行場では水色に塗装された、C-130Hが1機着陸し、物資を下ろしている。
64式7.62ミリ小銃と灰色のデジタル迷彩服を着込んだ航空自衛隊基地警備隊から派遣された分隊が、警備している。
「空自は、物資の空輸で、大忙しだな」
石垣は、C-130Hから下ろされている木箱(武器、弾薬)や段ボール箱(衣類、保存食)等を一瞥しながら、つぶやいた。
航空自衛隊の航空輸送隊は物資、人員輸送を常時行っている。
その活動エリアは、太平洋の島嶼部、エクアドル、さらに東南アジアにも拡大している。
パイロットたちは、加重労働を強いられている。
「マレー半島だけでも、現地民の3分の1が協力的であり、3分の1が中立、残りの3分の1が敵対的姿勢を見せている。現地民の協力者拡大のために食糧、医薬品、衣類等の非軍事物資の提供を行っているが、3つの比率は変わる事が無い・・・どころか、敵対的姿勢率が上がっているな・・・」
石垣は、迷彩柄の鞄から取り出した書類に、再度目を通していた。
報告書のタイトルには、『マレー半島での義勇軍、民兵部隊によるゲリラ戦が、エスカレート』と、書かれている。
幸いにも石垣以下の随行員と警護分隊は、無事に第25軍司令部が置かれている都市に、到着した。
市街には、汎用機関銃を取り付けた警備車が、巡回している。
警備車は、国家憲兵隊南方管区隊所属である。
周囲でも国家憲兵が、2人一組で巡回している。
市街の公道を走行していた時、いきなり目前に人が飛び出してきた。
「!!?」
久須木が、急ブレーキを掛けた。
「危ない!!どこを見ている!!」
久須木の怒鳴り声が、聞こえているのか、いないのか・・・
飛び出してきた人物。
1人の日本人女性と思わしき人物は、どこか狐を思わせる面長の顔立ちに、薄ら笑いを浮かべて立っていた。
異変に気付いた、前方を走っていた軽装甲機動車から数人の隊員が、下車してきたが、女性は薄ら笑いを消そうとしない。
「・・・国家治安維持局防衛部の人間が、何の用だ?」
石垣が、声をかける。
「偶然見かけたので、挨拶でも・・・と、思いまして・・・」
「随分と、意図的な偶然も、あるものだな・・・」
「ホントに偶然ですよ。グ・ウ・ゼ・ン。一応、お仕事中ですから・・・これでも」
「そう言って、弟に近付いたのか?貴官が以前、弟の恋愛を破局させた事は、聞いている。もっとも、弟の優柔不断も原因の1つだから、弟にも非がある」
「ウッワァ~!それって、略奪愛?どんな、悪女?」
薄ら笑いを浮かべたまま、馴れ馴れしい口調で話しかけてくる女性は、国家治安維持局防衛部派遣班のメンバーである、小松紫花2等陸尉である。
「それはさておき、ちょっとそこまで乗せてくれません?足が痛くて・・・でないと、轢き逃げされたって、通報しますよ」
「貴様!!ふざけるな!!」
「よせ、時間が惜しい。乗れ」
「ハイ、ハ~イ。お邪魔しまぁ~すぅ」
遠慮の欠片もなく、パジェロに乗り込んだ小松は、それ程狭くない車内で、石垣にピッタリと身を寄せるように隣に座る。
本多と久須木は、モヤモヤしたものを抱えつつ、車を走らせた。
「・・・8人目からの伝言です。『細工は流々仕上げを御覧じろ』です。東南アジア諸国中に遅効性の毒を、ばらまきました。連合国軍が気付いた時には手遅れでしょうね。ブーメランは、必ず返ってくる」
無駄に色香を振りまきながら、小松が(必要無いのに)耳元で囁いた言葉の意味を、正確に石垣は読み取ったが、敢えて惚ける。
「ほう?・・・それで、具体策は?」
「それは、内緒です。まあ・・・ウゥッ!!?・・・バタン。『きゃあ~!!』なんて、サスペンスドラマの毒殺シーンみたいには、なりませんから」
「それは、そちらの思う通りにすればいい。こちらはこちらで動く」
どうやら、受け狙いだったのか、派手なジェスチャーで説明した小松だったが、軽くスルーされて、ムスッとした表情になる。
「・・・しかし・・・」
「?」
「8人目が出張って来るとは、思わなかったがな」
「こっちとしては、いい加減隠居して、ベビーシッターに専念してくれた方が、いいんですけどね。まあ、老い先短い事だし・・・あっ!?何か今、ゾクッとした・・・」
心底辟易した口調で、小松は、ぼやいた後で、ブルッと身を震わせた。
マレーの虎 第12章をお読みいただきありがとうございます。
誤字脱字があったと思いますがご了承ください。
次回の投稿は9月25日を予定しています。




