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マレーの虎 第11章 ティモール島の戦い 3 別れの言葉

 みなさん、おはようございます、こんにちは、こんばんは、お疲れさまです。

 村に到着した朝野小隊に同行した岩玉たちは、孤立した小隊弱の陸軍将兵たちの容体確認を行った。


 岩玉は、負傷者の診断を行いつつ、重傷者には応急処置を施し、軽傷者の手当てをした。


「岩玉2尉」


 朝野は、本部に詳細を報告した後、岩玉に声をかけた。


「彼の縫合を頼む」


「了解!」


 岩玉の指示に、衛生科の陸曹が返答しながら、傷の縫合処置に移った。


「どうしました?」


「UH-60JAが1機、急患輸送のために回されます。重傷者の査定をお願いします」


 朝野の言葉に、岩玉は、うなずいた。


「急患の査定は、終わりました。あちらで担架に乗せられている負傷者5人を、優先してください」


 朝野は、それを確認すると、担架輸送班、周辺警戒班、着陸誘導班を2個班から再編成し、指導陸曹(先任班長)である2等陸曹に、指揮をさせる事にした。


 三賀以下、その部下たち小隊弱を匿った村は、30人程度のかなり小さな集落であり、男たちは、村を守るために猟銃を持って警戒し、女たちが交代で負傷者の介助をしていた。


「残りの11人は軽症ですから、陸路による輸送が可能です」


 岩玉から説明を受けた後、指導陸曹指揮下で担架輸送班、周辺警戒班、着陸誘導班の編成が完了した事を伝えられた。


「では、ゲリラ兵には、十分注意してくれ」


 朝野はそう言って、指導陸曹を見送った。


 担架が5つであるため、10人の隊員が担架輸送班となり、6人が周辺警戒班、4人が着陸誘導班である。


「小隊長!本部から無線です!」


 無線員が無線機の受話器を持って、朝野の元に駆け付けた。


「第1小隊」


 朝野は受話器を耳に当て、口を開いた。


「偵察飛行中のLR-2が、村に接近中の部隊を確認した。1個中隊強の兵力が、かなり早いスピードで向かっている」


「到着予定時間は?」


「1時間程度だ」


(カナダ陸軍の小隊が、10分後に到着するな・・・)


 本部からの報告を聞きながら、朝野は、対応案を考えていた。


 本部との交信を終えた後、負傷した三賀に代わって、独立歩兵大隊第1中隊で孤立した隊の指揮を行っている曹長の元に向かった。


「動ける兵は、何人いますか?」


 朝野が尋ねると、曹長は答えた。


「衛生兵を除くと・・・10人だ」


「1時間後に敵部隊が、こちらに現れます!攻勢に備えなければなりません」


 朝野の話を聞き、曹長も事態を把握し、動ける兵士を貸してくれた。


 2人が話し合っていると、カナダ陸軍の小隊が到着した。


 AVGPクーガー及びグリズリーといった、装輪装甲車が停車した。


 クーガーから、1人のカナダ陸軍兵が姿を現した。


「そちらの指揮官は、誰ですか?」


 朝野が、英語で尋ねる。


「敬語は、よせ」


 カナダ陸軍の兵士が、短く返した。


「悪かった。代表者は誰だ?」


「私だ」


 どうやら、朝野たちの前に現れた彼が、指揮官のようだ。


「本部からの話は、聞いたか?」


 朝野が聞くと、カナダ陸軍小隊の指揮官が口を開いた。


「ああ、聞いている。1個中隊強の兵力が、接近中なのだろう」


「その通りだ。それで、装輪装甲車に負傷兵以外に村人を搭乗させて移送する事も、できるか?」


「できない訳では無い。元々、この村の者たちは、保護する事になっていたからな。しかし・・・」


「しかし?」


 第116任務部隊カナダ陸軍指揮官の言葉に、朝野は、何か問題があるのかを問うた。


「彼らを乗せれば、俺たちは徒歩で脱出しなければならない。それで問題なければ、それで行く」


 彼の言葉に、朝野はうなずいた。


「それで行こう。空と海上からの支援があれば、必ず脱出できる」





 三賀たち陸軍将兵を匿ってくれた村長に事情を話し、避難する事を要請すると、村長はしぶしぶ承諾してくれた。


 この村は、元々開拓村であり、前に住んでいた村の人口増加や、十分な作物を確保できなかった事等を理由に、この地に移り住んだのである。


 ようやく定住地を住めるようにして、畑や水源を確保できた矢先に・・・そのような話を受ければ、あまりいい顔をしないのは当然だ。


「司令部から、近接航空支援として連合支援軍海軍のハリアーが、2機投入される。到着まで持ち堪えればいい」


 第116任務部隊のカナダ陸軍将校である中尉が、朝野に伝えた。


「具体的な時間は?」


「約40分後だ」


 朝野の質問に、第116任務部隊カナダ陸軍小隊長付下士官のウィンコットが、答えた。


 朝野としては、カナダ陸軍将兵の中で、数少ない顔見知りの兵士だ。


「小隊長。家屋から持ち出した家具で、バリケードを構築しました。MINIMIの配置も完了しています」


 朝野小隊に所属する陸曹が、報告した。


 接近中の敵部隊は、1個中隊強(約300人程度)だが、歩兵のみである。


 行軍スピードから考えても、武器は歩兵携行火器である小火器と軽機関銃までであろう。


「できる事なら、76ミリ砲搭載のクーガーをここに残し、火力支援をしたいところだが・・・あれは、撤退する陸軍兵と避難民の護衛として必要だ。歩兵のみで、戦わなければならない」


「火力支援車が無くても、こちらには無反動砲に対戦車弾、擲弾がある。近接航空支援と地上部隊の増援が駆け付けるまで堪えれば、十分な勝機がある」


 中尉の言葉に、朝野がポジティブ思考で告げた。


「そうだな。我々も配置に着こう」


 中尉は、C8カービンを持って、防御陣地に向かった。


 朝野も、89式5.56ミリ小銃を持ち直し、自分の部下たちが展開する陣地に向かう。


 防御陣地は、家具等で積み立てられたバリケードで固められて、そこに十字砲火ができるようにMINIMIを設置した。


 櫓があったため、そこにカナダ兵のC9を携行する機関銃手と、64式7.62ミリ小銃を携行する選抜射手を配置した。


「もうすぐ、敵が現れる!無駄撃ちせず、落ち着いて射撃しろ。連発射撃は各班長の許可無く使用するな!」


 朝野はそう叫びながら、89式5.56ミリ小銃の安全装置を解除し、3点射制限射撃にした。


「朝野小隊長殿!」


 背後から、声をかけられた。


 朝野が振り返ると・・・そこには、三賀中隊長附従卒の朝野上等兵が、立っていた。


「全員。装甲車に搭乗完了しました!これより、彼らの指揮下で後退します!」


「無事に本隊まで、後退してくれ」


「はっ!では自分は、これで・・・」


 朝野上等兵は、挙手の敬礼をすると踵を返した。


「あ、じい・・・」


 朝野は、寸前のところで、言葉を飲み込んだ。


「はい?何でしょうか?」


 朝野上等兵が、振り返った。


「いや・・・何でも無い。必ず・・・必ず、この戦争を、生き残ってくれよ」


「?・・・はい」


 朝野の言葉に込められた意味は、朝野上等兵にはわからなかったが、再び挙手の敬礼をして、装甲車に戻った。


(まったく、こんな時に・・・何を言い出そうとしたんだ・・・俺は!)


 朝野は、自分より年下の祖父の背中を眺めた後、振り返り、目の前に現れるだろう敵に備えた。


 89式5.56ミリ小銃の2脚を立て、小銃を安定させた。


 朝野が射線を確保したと同時に、前方の樹木の影から火点が見えた。


 同時に単発音が響き、バリケードに小銃弾が被弾する。


「射撃、開始!!」


「「「撃て!!」」」


 朝野の射撃命令で、各班長が発砲命令を出した。


 3点射制限射撃で、89式5.56ミリ小銃が火を噴く。





 第116任務部隊本部では、菊水総隊陸上自衛隊の固定翼航空機を運用する固定翼航空隊に所属する、LR-2から送信されている村の画像を、リアルタイムで確認していた。


「ハヤブサの周囲に、連合国軍の戦闘機は?」


 第116任務部隊本部に所属する、カナダ陸軍のシェイヴァー中尉が、本部に所属する陸上自衛官幹部に聞く。


「連合空軍の早期警戒機からは、何の連絡もありません」


「了解。もしも、少しでも、敵機からの襲撃があると判断できるなら、ただちに離脱するように」


 シェイヴァーが念を押す。


 LR-2は、最高速度580キロ程度であり、新世界(ニューワールド)連合軍統合情報局が確認している連合国軍の戦闘機は、第2次世界大戦初期から末期叉は終戦後に開発された戦闘機に近い機体が、すでに登場しており、600キロ以上の最高速度を誇る戦闘機が存在する。


 もしも、そのような戦闘機に追跡されたら、非武装のLR-2では、太刀打ちできない。


 シェイヴァーが聞いた話では、防衛装備局と防衛企業が連携し、LR-2をベースに、偵察機兼連絡機としての能力だけでは無く、地上目標への攻撃及び自機自衛のミサイルや機関砲の搭載が可能かどうか議論されているそうだが、今のLR-2は非武装だ。


「ハリアーの到着は?」


 ウェアが聞く。


「まもなく到着です!」


 連合支援軍海軍で制海権確保及び維持を目的とする、[チャクリ・ナルベット]級STOVL航空母艦の発展型として就役した[アユタヤ]から発艦した、ホーカー・シドレーハリアーは、対地対艦攻撃が可能なロケット弾を搭載して、急行している。


 最大速度でも、速いとは言えないハリアーであるため、到着には時間がかかる。


「戦闘地域は、近接戦闘が想定されている。航空攻撃で、味方に被害を出させるな」


 ウェアは、パイロットに念を押すように伝える。





 防御陣地突破を目的とした突撃を実施するオランダ海兵隊に対し、朝野小隊とカナダ陸軍小隊は、十字砲火で対処した。


 朝野小隊の各班長は、5.56ミリ小銃弾による3点射制限射撃では効果が薄いと判断し、連発射撃を指示し、火力を集中した。


 だが、オランダ海兵隊の海兵たちは、5.56ミリ小銃弾が被弾しても・・・怯む事無く突撃してくる。


「あいつら・・・薬物を服用しているようだな!」


 カナダ軍の、ライフル兵が叫ぶ。


「まじかよ!?」


「急所を狙え!!でないと、少々の被弾位では動きを止められない!!」


「連中、何を考えているんだ!!?人間やめるつもりかよ!!?」


 小銃員たちが口々に叫ぶ。


「大麻服用者には・・・5.56ミリ小銃弾は、威力不足だな。本当に、数発程度が人体に被弾しても、ケロリとしてやがる!」


 多目的榴弾を装填した84ミリ無反動砲の砲手が、叫びながら発射する。


「あんな麻薬中毒者と、顔を会わせたく無いから、警察官を辞めたのに!結局、ここでも麻薬中毒者と、戦わなければならないのか!!!」


 1人の陸士長が、ギャーギャー叫びながら、89式5.56ミリ小銃の引き金を絞る。


「泣き言を言うな!!死にたくないなら、撃ち続けろ!!」


 64式7.62ミリ小銃を構えた3等陸曹が、単発射撃で、確実にオランダ兵を絶命させる。


 陸士長は、元地域部所属の警察官だった。


 ある時、刃物を振り回す強盗が、コンビニで暴れているという通報を受けて、彼は、コンビニに駆け付けた。


 事態は切羽詰まっていたため、回転式拳銃を構えて、警告した。


 しかし、まったく効果が無かったどころか・・・刃物を振りかざして襲いかかって来た為、やむを得ず人体に向けて、発砲した。


 確実に人体に撃ち込んだにも関わらず、強盗は無反応で、襲いかかってきた。


 彼は恐怖に駆られて、残りの弾丸を撃ち込んだが、効果は無かった。


 弾切れになったところで、応援が駆け付けた。


 元銃器対策部隊所属の先輩が、急所に2発撃ち込み・・・事態は終結した。


 後からニュース等でも、取り上げられた。


 回転式拳銃に使われている拳銃弾では、健全者には効果があるが、極度の興奮状態や麻薬依存者には効果が無い事が報告されている。


 彼は、全治1ヶ月程の重傷を負い、傷が癒えた後、警察官を辞めた。


「陸上自衛隊に、入隊なんかするんじゃ無かった!!!」


 3曹が弱音を吐きながら、M26破片手榴弾の安全ピンを外し、投擲する。


 火力支援要請により、後方で展開する第116任務部隊砲兵部隊下にある特科部隊の120ミリ迫撃砲が砲撃を開始し、防御陣地寸前まで接近したオランダ海兵部隊を吹き飛ばす。





 朝野は、部下たちからの愚痴を聞きながら、89式5.56ミリ小銃の弾倉を交換する。


「そろそろ、弾が・・・」


 予備弾倉が減る中、朝野が焦り出す。


「?」


 その時・・・上空から轟音が響いた。


「全員伏せろ!!!」


 カナダ陸軍小隊指揮官からの、叫び声が響いた。


 上空からの轟音と叫び声で、例え、英語が理解できなくても意味がわかった朝野小隊は、身を屈めた。


 同時に・・・オランダ海兵たちの展開する地面が、連続的に炸裂した。


 猛烈な炸裂により、一瞬して100人以上が瞬殺だった。


「どうやら・・・間にあったようだな・・・」


 朝野が、胸を撫で下ろした。


「小隊長!本部から連絡です!敵の増援が来ます!」


「!!?」


 朝野が、驚愕する。


 無線員からの報告では・・・さらに1個大隊クラスが、投入されたそうだ。


 同時に・・・上空から飛来音が響いた。


「榴弾!!」


 全員が、身を屈める。


 彼らが展開する地域に、猛烈な砲撃を受ける・・・


「どうやら・・・敵は、たかだか2個小隊相手に、総力戦を挑むようだ」


 敵の榴弾砲からの砲撃に、無事だった朝野が、つぶやいた。


「っ!!」


 朝野が立ち上がろうとした時・・・太股から激痛が走った。


 視線を太股に向けると、木片が太股に突き刺さっていた。


「これは・・・」


「小隊長!!」


 小隊陸曹が、駆け寄る。


「大丈夫です。この位の怪我なら、ここを無事に乗り切れば、再び現場に戻れます」


 小隊陸曹が、太股の状態を見ながら、叫んだ。


「いや・・・無理だ」


「小隊長?」


「ここまでの重傷を負った俺と、他の負傷者たちを担いで、後方に下がるのは無理だ。俺は置いて行け!」


「何を言っている!小隊長も他の負傷者たちも、同じだ!全員で、撤退する!!」


 小隊陸曹が、叫ぶ。


「救援部隊は、すぐに来ない。お前が、小隊をまとめて、後退しろ!」


 朝野は強く言った後・・・小隊長として、上位者として命令した。


「これは、命令だ。誰かが、残らなければ全滅する」


 小隊陸曹である以上、この意味はわかる。


 敵は、自分たちの殲滅に力を入れている。


 この状況下では、誰かが、殿にならなければならない。


 となれば、小隊をまとめられるのは、上級陸曹である自分しかいない。


「わ、わかりました。小隊の指揮を、一時的に預からせていただきます」


 小隊陸曹は承諾し、小隊の指揮を代行した。


「後退するぞ!各班長は、隊員たちの状況を把握して、後退しろ!!」


 小隊陸曹の後ろ姿を見ながら、朝野は弾切れになった89式5.56ミリ小銃に、最後の弾倉を叩き込む。


「俺は、世界一の大バカ者のようだ・・・」


「いや、世界一の大バカは、俺だ」


 朝野の言葉に、否定の意見を述べた男がいた。


 ウィンコットだった。


「何を?」


「1人で残る気か?・・・あれだけの大部隊を相手に、1人で何ができる?」


 そう言いながら、ウィンコットも、身体を引き摺りながら、朝野の元に寄る。


「なるほど・・・」


 朝野は、彼の行動が自分と同じだと理解した。


「軍曹。その無線機は?」


「無線兵から拝借した」


 朝野は、無線兵のみが携帯する大型無線機を持っている事を尋ね、ウィンコットは普通に答えた。


「ハリアー、聞こえるか?もしも、聞こえていたら、積んでいる爆弾をすべて、この一帯に投下しろ」


 ウィンコットは、最後の航空支援を要請した。


「ラジャ!ただし、作戦行動を行うための燃料が少ないため、広範囲の爆撃はできない」


 再び、轟音と共に、ハリアーが上空に現れて、無誘導爆弾を投下した。


「よし!今のうちに、あそこの納屋に閉じこもろう!」


 ウィンコットは、朝野を補助しながら納屋に移動する。


 救援部隊が到着するまで、時間を稼ぐためには身を隠すしかない。


 心許ない、隠れ家ではあったが・・・


「敵だ!!」


 朝野が叫び、そのまま地面に飛び込み、伏せ撃ちの姿勢となり、89式5.56ミリ小銃を乱射する。


 ウィンコットも、膝撃ちの姿勢でM8カービンを撃つ。


 数人の敵を排除した後・・・ウィンコットは朝野を立ち上がらせて、納屋に駆け込む。


 朝野は、89式5.56ミリ小銃の残弾を確認する。


「弾切れだ・・・」


「こっちもだ」


 ウィンコットも、M8カービンの残弾を確認して、つぶやいた。


「これだけじゃ、生き残るのも無理だな・・・」


 朝野が9ミリ拳銃をレッグホルスターから抜き、つぶやいた。


「確かに・・・敵が健全者なら、降伏の意思を示せば、どうにかなるが・・・薬物を使っているとなると、お手上げだろうな・・・どの位の量の薬物を投与されているかは不明だが、戦闘で興奮状態になっている・・・嬲り殺しにされるがオチだろう・・・いいか?」


 ウィンコットはつぶやき、無線兵から借りた携帯無線機の電源を入れた。


「ここを突破されたら、次は撤退する部下たちが標的にされる。それだけは、絶対にさせない」


 ウインコットの言葉の「いいか?」の意味を理解した朝野は、淡々と答えた。


「第116任務部隊砲兵隊へ、聞こえるか?こちら、スター2-1」


「こちら、第116任務部隊砲兵隊。感度良好」


「火力支援要請。砲撃座標・・・」


 朝野たちを何度か援護砲撃してくれた、砲兵隊である。


 ウィンコットは、砲兵部隊に座標を教えて、砲撃を要請した。


 その座標は・・・


「了解。弾着まで25秒!」


「俺たちや敵兵どころか・・・村を、廃墟にする気か?」


「敵は怯むどころか、村に展開している」


「だな」


 朝野が、僅かに空いた穴から外を見る。


 オランダ海兵の集団は、納屋を取り囲みながら近付いてくる。


「逃げろ」と叫んでも、彼らの耳には届かないだろう。


「国によっては、麻薬を売る者、買う者、どちらも重罪に問われるが・・・納得だ。連中の目を見たらそう思う。売る奴も悪いが、それに手を出す奴も十分悪い・・・こんなのに、付き合わされるのは、ウンザリだ・・・」


「それは、それぞれの国の方針によるし、個人の考え方にもよる。一部の薬物使用を合法にしている国でも、絶対に手を出さない人間もいる。俺たちの国の、隣のアメリカでは各州の州法で合法だったり、非合法だったりするからな。この時代は、普通に薬物が薬局とかで売られていたりするから、それを責めるのは気の毒だ」


 その時、納屋の戸が破壊され、オランダ海兵が飛び込んできた。


「これで、試合終了だ!!俺たちも、付き合ってやるから悪く思うな!!」


 朝野が、9ミリ拳銃の引き金を絞る。


 納屋の中で発生した銃声を、空から飛来した榴弾の炸裂音が、打ち消した。





「・・・・・・?」


 装甲車に乗り込んでいた朝野上等兵は、声を聞いたような気がした。


「・・・・・・」


「どうした、朝野上等兵?」


 自分の側で横たわっている三賀が、声をかけてきた。


 本来なら三賀は、ヘリで後方に搬送されるはずだったが、断り、代わりに重傷の部下を搭乗させたのだ。


「・・・いえ」


「なぜ、泣いている?」


「え?」


 三賀に言われて、朝野上等兵は、手で自分の顔を撫でた。


 確かに、掌が濡れていた。


「・・・わかりません・・・わかりませんが・・・」


 朝野上等兵は、ゴシゴシと涙を拭ったが、なぜか、溢れる涙が止まらない。


「あ・・・れ・・・あれ?」


 初陣が、恐ろしくなかったと言えば、嘘だ。


 だが、張り詰めていた気持ちが途切れたからと言って、涙を流すのは恥ずかしい。


 朝野は、何度も何度も涙を拭った。


「・・・無理に止めなくてもいい・・・涙には、色々な意味がある。男が涙を流すのは恥ずかしいという風潮があるが、俺は違うと思っている。今、貴官がどんな理由で涙を流しているのかは、俺にもわからない・・・ゆっくり考えてみるといい。いつか、その意味がわかる時が来るだろう」


「・・・はい・・・」





 結局、朝野上等兵にその意味は、わからなかった。


 ただ、あの時聞こえた声は、聞いたことのある声だった。


 それは・・・





 ・・・じいちゃん。また、会おう・・・

 マレーの虎 第11章をお読みいただきありがとうございます。

 誤字脱字があったと思いますがご了承ください。

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